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信じられないような現象・ひとつの仮説

「何かって?」

 僕は和司さんが口にした言葉が気になって問うように和司さんの顔を見つめた。和司さんは僕の顔を見ると、いくらか思い詰めたような表情で頷いた。

「……何かというのは、異世界に関係するものだと思う」

 と、和司さんは答えて言った。

「……といっても、その確かな根拠があるわけじゃないんだが」

 和司さんは補足するように続けた。僕は和司さんの科白に頷いた。和司さんはテーブルの上のコーラを手に取って一口飲むと、話はじめた。


「俺も明美と同様で、異世界には前々から興味を持っていて、自分で色々と調べていたんだ。……俺が異世界から……パラレルワールドから来たっていうことは知っている?」

 僕は和司さんの問いに、首肯してみせた。

「……明美から聞きました。和司さんが明美さんよりも早くにこの世界へ来ていたこととか、和司さんにも霊能力?的なものがあることとか」


 和司さんは僕の発言に納得したように頷くと、話を先に進めた。

「で、ネットや本等で色々調べていくうちに、俺たちと似たような体験をしているひとたちが世界には少なからずいるということがだんだんとわかってきた……このことはもう既に明美から聞いて知っているかもしれないが、この宇宙というのは、我々が存在している宇宙が唯一ひとだけ存在しているわけじゃないんだ。


 恐らく、無数に、無限に存在していると考えられる。……たとえば我々が存在しているこの地球から遠く離れた場所には地球と全く同じ姿をした惑星があって、そこには自分と全く同じ姿をした自分がいるということが考えられる


……考えられるというか、これはひとつの事実だ。突き詰めていくと、我々の身体の違いというのは粒子の並び方の違いに過ぎないんだ。たとえばサイコロを投げたときに連続で十回、六の目が出る確率はかなり低いと言えるが、実験をくり返していけば、必ずそれは起きる。


 これと同じことで、もし宇宙が無限大の広がりを持っているとすれば、我々と同じ粒子の並び方を持った人間というのは必ずどこかに存在しているということになる……それも、恐らくひとりやふたりという単位ではなく、宇宙と同様に無限に存在していると考えられる」


「……多世界解釈?」

 僕は和司さんの話に、遠慮がちな声で言ってみた。僕の発言に、和司さんはその通りだというように首肯した。


「そう。まさしく多世界解釈だ。我々の選択した選択の数だけ、無限に世界は分岐して増えていっていると考えられる。……といっても、このことはまだ実際に科学的に証明できたわけじゃなんいだが……今、なんとかそれを証明しようとしているところで……


 でも、それはともかくとして、でも、実際に、俺や明美、それから武田くんは、こうして異世界へと来ている。……だから、科学的にまだ実証することは無理でも、確実に異世界というものは存在しているということになる……最も、一般のひとはなかなかこんなことを言っても真剣に取り合ってくれないだろうが……まあそれはいいとして……


 で、その異世界というのは、遠くに分岐した世界であればあるほど、つまり、遠い過去に分岐した世界であればあるほど、我々が知っている世界とはその姿が異なるということになる


……そして当然、なかにはこの俺たちが住んでいる世界よりも遥かにテクノロジーが進歩している世界だって存在しているはずなんだ……こんなことを言うと、あまりにもSFチックに話が飛躍し過ぎだと思われるかもしれないが、でも、俺、個人的には、どこかにそういった世界は必ず存在していて、さらに言えば、もしかすると、その世界の人間たちは何らかの方法を使って、自在に異世界へ行くことが可能になっているんじゃないかとも思うんだ……」


 和司さんが話したことは、僕が明美の運転する車のなかで思いついたことでもあったので目を見張った。和司さんのような優秀なひとと同じアイデアを思いつくなんて、と、僕は内心嬉しくなったりもした。


「……実際に、勇気は、ネットの画像を見たことによって、この世界を訪れているの」 

 それまで黙って和司さんの話に耳を傾けていた明美がふと思いついたように口を開いて言った。和司さんは明美の発言に興味を惹かれたように明美の顔に視線を向けた。


 明美は和司さんの顔を見返すと、僕がこの世界を訪れることになった経緯を和司さんに話して聞かせた。僕が偶然異世界への行き方というサイトを発見し、そのサイトに掲載されていた画像を見ているうちに、ほんとうにこちらの世界へ来てしまうことになったこと。そのサイトは既に削除されてしまったのか、今のところそのサイトを再び見つけ出すことは不可能であること。そして更に明美は僕が異世界を訪れることになったと思われる自分なりの解釈も付け加えた。僕がネットで見た図形は、僕の身体の振動数を強制的に変化させることができるもので、それによって僕は異世界を訪れることが可能になったんじゃないかと思われること。


「……なるほどな」

 と、和司さんは明美の発言に、眼差しを伏せると、いくらか難しい顔をして頷いた。そして少しのあいだ何かに思いを巡らせるように黙っていたけれど、

「確かに、明美の言う通り、その画像には何か秘密がありそうだな……もしかすると、ほんとうにそういった力がその画像にはあるのかもしれない……」

 と、和司さんは思案するような声で続けた。


「……それで、わたし、勇気の話を聞いていてふと思ったんだけど……」

 と、明美は和司さんの顔を一瞥すると、少し迷うようにしてから話はじめた。


「もしかすると、勇気が見たって言う画像は……さっき話した、わたしたちのことを調べようとしているひとたちと何か関係があるんじゃないかしら?……たとえば彼等はわたしたちとは違う異世界の人々で、彼等は異世界から勇気がもともといた世界へ干渉して、その画像を勇気がいた世界のインターネット上にアップしているとか?そして彼等は、勇気のような人間を意図的に、今わたしたちがいる世界へ移行させようとして、その画像を流しているとか?」


「……なかなか面白い考えだとは思うが、でも、なんのために?」

 和司さんは明美の発言に腕組みとすると、挑むような目で明美の顔を見つめた。


「……それはわからないけど……」

 と、明美は和司さんの指摘に軽く唇を噛んで、言い淀んだ。そして、少し間をあけてから、

「……でもたとえば」

 と、明美は何か思いついたらしく話はじめた。


「彼等の世界のテクノロジーもあまり完璧とは言えなくて……今のところ、彼等もそんなに自由には他の世界へ移動することはできないのかもしれない……でも、それに対して、ネットであれば、比較的に簡単に色んな世界へ干渉することが可能なのかもしれない……そして彼らは、勇気のような特異体質を持った人々を使って……彼等は何らかの理由で、勇気や、わたしたちのように、違う世界へ特別な機械を使わなくてもジャンプすることができる人々がいることを知っていて……何か実験を試みようとしているとか?」


 和司さんは明美の推測に対して、何かを検討するように腕組みしたまま黙っていたけれど、

「……なるほど……その可能性はあるかもしれないな」

 と、納得したように小さな声で言った。それから、和司さんは思い出したようにテーブルの上のコーラを手に取って一口含むと、

「……実を言うと、最近、俺が個人的に行っている研究で、信じられないような現象が起こったんだ」

 と、和司さんは告げた。


「信じられないようなこと?」

 僕は興味を惹かれて和司さんの顔を注視した。和司さんは僕の顔を見返すと、軽く頷いた。

「さっき明美から説明があったと思うが、俺は大学とはべつに、個人的な研究施設を持っているんだ。俺はそこで振動数についての研究を行っている……つまり、自分の仮説を立証するために……俺がこの異世界へ来てしまったのは俺の身体の振動数が何らかの影響で変わってしまったからだと考えていて……だから、なんとか物体の振動数を人為的に変化させることはできないかと思っているんだ」


「……すごいですね。ひとりでそんな実験をやってるんですか?」

 僕は感心して言った。


「いや、もちろんひとりじゃないさ」

 と、和司さんは僕の顔を見ると、微笑して答えた。


「大学の研究室の仲間や、何人かの学生と一緒にやっている……といっても、あいた時間に趣味程度にやっているものなんだが……でも、大学の研究室だとなかなか自分の思う通りには研究できないし……むしろ異世界というものの正体を探るだけという意味ではこちらの方が都合が良いし、自由も利くんだ。何でも自分の思いついたことを積極的に試していくことができるからね……いちいちお偉い先生方の許可を取る必要もないし……実際、大学にある、馬鹿でかい加速器なんていう大袈裟なものを使わなくても、俺は簡単にこの世界へ来ることができたんだから……もっと単純な方法で異世界があるということを証明することができるんじゃないかと俺は考えているんだ」


 僕は和司さんの説明に、なるほどというように頷いた。


「そしてそうやって実験を続けているうちに、この前、偶然、ある現象が起こったんだ」

 と、和司さんは説明を続けた。


「俺たちは例によって、物体の振動数を変える実験を行っていた。でも、いつものように大した成果は得られなかった。僅かに物体の振動数が変わったかなといった程度の変化しか起こらなかった……その日は天気が悪くて、かなり強いが雨が降っていた。雷も激しく鳴っていて、続けざまに雷が近くに落ちたりしていた……俺は落雷で停電になったりしなければいいんだけどなと思っていた。そしたら案の定、近くで落雷があって、ラボの電源が落ちてしまった。そのとき使っていたパソコンも電気も全て消えて真っ暗になってしまったんだ。電源はすぐに復旧するかなと思っていんだが、なかなか戻らなかった。仕方がないから、今日は諦めてもう帰ろうと思ったんだ。何しろ個人の研究施設だから、自家発電機みたいな大層なものは持っていないし……で、俺たちがそうやって相談していると、突然、それは起こったんだ」


「何が起こったんですか?」

 僕は続きが気になって、和司さんが口を開く前に訊ねた。和司さんは僕の顔を見つめた。

「他の電源は全て切れたままなのに、パソコンの電源だけが、復活したんだ」

 と、和司さんは告げた。


「電気が来てないんだから、パソコンがつくはずがないんだ。でも、何故かパソコンの画面は灯って、そこに文字が打ち込まれていった。……もちろん、キーボードには誰も手を触れていない……そしてそこに表示された文字はこうだった……今、偶然、この世界へ接続することができた……今、きみたちの世界は危険にさらされている。直ちに対策を取るべきだ。世界線を閉じるんだ。さもなければ……と、そこまでパソコンの画面に文字が打ち込まれたところで、電気が復旧した。ラボは元通りの明るさに戻った。だが、それと同時にパソコンの電源は落ちてしまっていた。ついさっきまで電源もないのに動いていたパソコンが。当然、そこに表示されていた文字も消えていて、パソコンの画面は真っ暗になっていた」


「……」

 僕は和司さんの話にすっかり引き込まれて何も言葉を発することができなかった。暗闇のなかでひとりでにパソコンの画面に文字が刻まれていくところを僕は想像していた。


「……でも、それは、その停電のときだけ、パソコンがハッキングされていただけなのかも?」

 明美はしばらくの沈黙のあとで、遠慮がちな口調で言った。和司さんは明美の指摘に首肯すると、

「それは俺も考えたよ」

 と、和司さんは答えた。


「でもそれは不可能なんだ。なぜなら、そのとき俺たちが使っていたパソコンはラップトップパソコンではなく、デスクトップパソコンだったんだ。バッテリーが内蔵されているタイプのものじゃない。だから、落雷で停電になるのと同時に、パソコンの電源は切れてしまっていた。ハッキングしようにも、パソコンに電源が入っていないんだから、パソコンそのものを動かすことができないということになる」


「……でも、パソコンの上級者にはわかる、何か特別な方法があるのかもしれない」

 明美は言った。


「……確かに、あるいはそうかもしれない」

 と、和司さんは僅かに間をあけてから、小さな声で認めた。

「俺もパソコンについてそこまで詳しい知識があるわけじゃないから、その可能性は否定できないと思う。……そういった特別な方法が何かあったりするのかもしれない。……でも、反面、あの瞬間に、わざわざ俺たちのパソコンをハッキングして、パソコンの画面に、あんな意味不明な文章を表記させる必要性はどこにもないと思うんだ。まあ、最も、世の何かは変わり者もいるから、もしかしするとその可能性だってあるのかもしれないが」


 明美は和司さんの科白に軽く首を振ると、考え込んでいる表情で、

「……確かにそうね。わざわざそんなことをする必要はないわね」

 と、心持ち小さな声で言った。


「いずれにしても」

 と、和司さんは改まった口調で続けた。

「俺はさっきの明美の仮説と、俺自身が体験したことを踏まえて、もしかすると、と、思ったんだ」

 と、和司さんは言った。僕はこれから和司さんが何を語ろうとしているのだろうと思って、和司さんの顔をじっと見つめた。


「異世界とネットは、この現実の世界よりも、アクセスが容易になっているのかもしれない」

 と、和司さんは真剣な表情で告げた。

「ネット上であれば、比較的に簡単に異世界へ移行することができるのかもしれない」

 と、和司さんは続けて言った。




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