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記念館

 ルワナには……つまり僕たちがもともといた世界には、船の準備が整い次第に出発することになった。ただ、残念ながら、僕たちがもともといた世界へ跳躍することができる船は今のところ一隻しか存在せず、その一隻の船にはひとまず、エトスラル世界の代表者……ミカさんとダン、それからランダー世界の兵士数名(ザラワン王はさすがに国王ということもあり、また高齢のためもあって、ランダー世界にそのまま留まることになった)それから、サウシリア世界の代表者、ロザナと、その船の乗組員が、先発隊として僕たちの世界へ向かうことになった。


 僕たちとしては橘さんをエストラル世界に置いていくことになるのが気がかりだったけれど、ミカさんが、それについてはまた後日に本国に連絡を取って対応をしてくれるとのことだった。僕たちがエストラル世界で受けた身体検査の解析は今順調に進んでいるらしく、もう間も無くすれば、問題なく、エストラル世界から僕たちの世界へ跳躍することが可能になるだろうという話だった。


「それに上手くいけば、わたしたちだけでも、ルワナ世界に存在する、もうひとつの世界線を閉じることが可能かもしれません」

 ミカさんは再び跳躍港へ向かう列車のなかで(サウシリア世界で新しく開発されたという新型の船も跳躍港にあるらしく、僕たちは来たときとは逆の工程を辿って跳躍港に戻ることになった)いくらか興奮している口調で述べた。


 車窓からは、ここへ来るときにも目にした、空中に浮遊する都市群を覗むことができた。相変わらず、それは圧倒的な眺めだった。今、日は傾きつつあり、夕暮の、蜂蜜色の美しい光が、宙に浮かぶ都市群をバラ色に染めていた。


「そうだな。今まではルワナへ行くことが難しくて、世界線を閉じることができずにいたが、それができるとなると、物事はもっと簡単にいくかもしれん」

 ミカさんの隣の席に腰掛けていたダンがミカさんの科白に頷いて言った。


「世界線を閉じるのってそんなに簡単なことなんですか?」

 明美がダンの顔を見て不思議そうに訊ねた。


 ダンは明美の問いに軽く頷いた。

「技術的にはそんなに難しいことじゃない」

 ダンは短く答えた。


「今までそれができなかったのは、ルワナ……きみたちの世界へ跳躍することができなかったからなんだ……きみたちの世界は俺たちの世界から見てもかなりの遠方にあり、周波数の違いがあるため、危険を知らせることはおろか、多世界通信システムを通じてきみたちの世界の情報を得ることすら、これまではままならない状態だったんだ。それが直接きみたちの世界へ行けるとなると、全く話は違ってくる」


「……ダンさんの話を聞いて、なんか安心しました」

 僕はダンの顔を見ると、口元で軽く微笑んで言った。ダンの説明を聞いていると、全ては思ったよりも簡単に片付いてしまいそうに思えた。黒鬼族とかという恐ろしい種族との対決も避けられそうだと思った。


「……しかし、黒鬼族が、簡単にそれを許すとは思えないな……」

 和司さんは腕組みしながら、伏し目がちに険しい表情で言った。ダンはそう言った和司さんの顔を真顔でじっと見つめた。


「……確かに、な」

 ダンは一拍間をあけてから、渋い表情で頷いた。


「彼らも俺たちがなんらかの対策を講じてくることは考えているだろう……それに、やつらが人間の意識を乗っ取る方法を開発しているというのも気になるな……」

 ダンも和司さんと同じように腕組みすると、思案顔で続けた。


「……あの」

 明美がダンの顔を見ると、遠慮がちな声で話しかけた。ダンは伏せていた眼差しを上げると、明美の顔を見つめた。


「黒鬼族って、一体どんな種族なんですか?一応、以前の説明で、別世界の地球で誕生した、人間とは違う、知的生命体だとは聞いているんですけど……でも、彼らがどんな姿をしているのかとは全然見当もつかなくて……」


 ダンは明美の発言に軽く頷いた。

「そうだな……きみたちも彼らがどんな生物なのか、一応、知っておいた方がいいだろうな」


 ダンは何かを考えているような口調でそう言うと、自分の隣に腰掛けているミカさんの方へ目線を向けた。ミカさんはダンの顔を見返すと、何かを心得ているというふうに短く顎を縦に動かした。


「ではみなさん……これから少し予定を変更して……記念館にみなさんをお連れしたいと思います」

 ミカさんは僕たちの顔を見ると言った。


「記念館?」

 和司さんがミカさんの顔を見て、不思議そうに繰り返した。ミカさんは和司さんの顔を見返すと、頷いて口を開いた。


「実は跳躍港の近くに、黒鬼族の侵略を忘れないために建設された、記念館があるのです。そこには黒鬼族の死体が収納されていて、黒鬼族の姿を直接目で見ることができます」

「……」


 僕たちはミカさんが口にした意外な言葉に、適当な言葉が見当たらなくて黙っていた。ミカさんは左腕の、銀色の線で美しい刺繍が施された袖口のあたりにちらりと視線を落とした。


「幸い、まだ船の出発予定時刻までは余裕がありますし、これから黒鬼族と対決することになるかもしれないことを考えて、黒鬼族の姿を見ておくことにしましょう」

 ミカさんはやわらかい口調で言った。でも、そう言ったミカさんの表情は、潜在的な黒鬼族に対する恐怖があるのか、どこか強張った表情になっていた。


 僕たちの乗った列車は、跳躍港が近づいてきているのか、緩やかなカーブを描きながら、降下を開始していた。


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