方法と決定
「……それは、なんとか、ここから移動しなきゃとは思っていましたけど……早くしないと、大変なことになると思っていたし……だから……」
僕はロザナの問いに、いくらかしどろもどろになりながら答えた。
「それです!」
ロザナは僕の答えに、解を見つけたというように瞳を輝かせて言った。
「何かわかったのかね?ロザナ殿?」
ザラワン王は振り向いてロザナの顔を見た。ロザナもザラワン王の方を振り向くと、軽く口角をあげて頷いた。
「思念……強い思念によってです。ザラワン王」
ロザナはわくわくしているような表情で言った。ザラワン王はなんのことかわからないといように訝しそうに眉根を寄せた。
「彼……勇気さんは、黒鬼族に追い詰められていたとき、なんとかしてここから移動したいと強く望んでいた……つまり思考していた……その強い思念が、空間を捻じ曲げて、彼らの世界から比較的振動数が似ていた異世界……エストラルへと移動することを可能にしたのです……おおよそ信じられないことではありますが、もし、彼らが話していることがほんとうのことだとすれば、わたしの予測は間違っていないはずです」
「……まさか、思念によって、世界を跳躍することが可能だというのか……しかも、かなり遠方の世界線であるにもかかわらず」
ザラワン王はロザナの発言に、とても信じ難いというように言った。ロザナはザラワン王の言葉に、確信に満ちた表情で首肯した。
「確かに、とても信じられない、驚嘆すべきことではありますが、恐らく、事実です。勇気さんには思念によって、空間を超越する能力が備わっているのです。だからこそ、黒鬼族も、彼を狙ったのでしょうが」
「……なるほどな」
ザラワン王はロザナの説明を聞き終えたあとでもまだ受け入れがたいという表情でいたけれど、改めて僕の顔に視線を向けると、
「勇気殿……これからそのときのことを再現することは可能だろうか?」
と、訊ねてきた。
「再現?」
僕は驚いて言った。
「再現っていうのは……つまり、ロザナさんが言っているように、思念によって、空間を超越してみせろということですか?」
ザラワン王は、僕の問いにかけに、真顔で頷いてみせた。
「無理です。無理です。そんなの。……とても。もし、仮にロザナさんが言っている通りだとしても、僕にもどうやったらそれが可能なのかわからないんです」
僕はザラワン王のとんでもない要求に慌てて言った。そんなことができるわけがないと思った。
「確かに、今すぐ、ここでそれを再現してみせろと言ってもそれは不可能でしょう」
ロザナは腕みしながら、どこか余裕の表情で言った。
「勇気さんにも一体どういった理屈で世界を跳躍することができたのか、わからない、それはわかります」
ロザナは穏やかな口調で続けた。
「しかし」
と、ロザナは僕の顔を真っすぐに見つめると、真顔で言った。
「話はそんなに難しくはないのです。……勇気さん、あなたには、我々と共に、我々の最新の船に搭乗してもらいたい。そこでそのあいだ、勇気さんには、自分がもといた世界をイメージしていてもらいたいのです。そうすれば、我々は比較的安全に、ルワナへ行くことができる」
僕はロザナの言っていることの意味が全くわからなくて、問うようにロザナの顔をじっと見据えた。ロザナは僕の混乱を察したらしく口を開いて説明を続けた。
「先ほどの会議でもお話ししましたように、我々は最新の技術を使って、黒鬼族の侵攻を防ぐために、あなたがたの世界へ赴こうと思っています。しかし、我々が独自に開発した船にはまだまだ技術的な問題があり、かなり遠方の世界にあるルワナへ安全に移動することが難しいのです。ところが、勇気さん、あなたが我々の船に乗り込むことで、それが安定……確実に移動できる目算が、かなり高くなるのです」
ロザナはそこで言葉を区切ると、自分の話したことが僕たちにちゃんと伝わっているかどうかを確認するように、少し間を開けた。僕はロザナの言葉の続きを待って黙っていた。和司さんと明美も黙ってロザナの顔を見つめていた。ロザナは再び口を開いて言った。
「わたしの予測によれば」
と、ロザナは僕の顔を見て言った。
「勇気さんにはたとえ直接その世界へ跳躍することができなくても、行きたいと望む世界をイメージするだけで、ある程度振動数を調節する力が備わっていると考えられます。つまり、勇気さん、あなたが、自分がもといた世界をイメージすることによって、我々の乗った船はあなたの世界へと自動的に誘導されるわけです。あなたの思念が船の周囲の空間を捻じ曲げて、遠方にあるあなたの世界へと行くことを可能にするのです」
ロザナは断言して言った。
「……僕にはとてもそんなことができるとは思えないけど……」
僕はやや眼差し伏せて自信のなさそうな声で答えた。
「大丈夫。できますよ」
ロザナは軽く口角をあげて笑みを作ると静かに言った。
「そしてあとは勇気さん、あなたが我々に協力してくれるかどうかだけです。もちろん、この計画にはある程度危険が伴いますから、それを勇気さんたちに強要することはできません。もし、勇気さんが嫌だということであれば、我々は我々だけでなんとかします。……しかし、本音を言えば、勇気さんに協力してもらいたい。……どうでしょう?我々に協力してもらえないでしょうか?」
ロザナは僕の目を覗き込むようにして言った。僕は判断に迷って、周囲にいる、和司さんと明美の顔を見た。
「……わかりました」
和司さんが僕の代わりに答えて言った。
「俺たちに何か協力できることがあるのであれば、協力させてもらいます」
和司さんは決意に満ちた表情で言った。
「それはほんとうでしょうか?」
和司さんの返答は予想外だったのか、ロザナはそれまで腰掛けていた椅子から立ち上がると、嬉しそうに表情を輝かせて言った。そしてロザナは数歩歩くと、和司さんに握手を求めた。和司さんもロザナに続いて立ち上がると、ロザナの手を握り返した。
「どのみち、俺たちはもとの世界へ帰らなければならないですし、このまま何もせずにいたら、黒鬼族の脅威に晒されてしまうこともわかっている……であれば、協力を拒む理由はどこにもありません」
和司さんは真剣な表情で言った。
「すまない。そう言ってもらえて助かる」
ロザナは感激している口調で言った。
「できる限りのことはやらせてもらいます」
明美も和司さんに続いて立ち上がると、ロザナの顔を見つめて言った。ロザナは明美とも握手を交わした。
「あまり役に立つかどうかわからないけど……」
僕はみんなに続いて立ち上がると、ロザナの顔を見つめて、おずおずとした口調で言った。ロザナは微笑んで僕の顔を見ると、僕に対しても手を差し出してきた。僕は彼の手を握り返した。
「どうやら方向性は既に決したようだな」
ザラワン王はそれまで腰掛けていた椅子から立ち上がると、僕たちの顔を見て、何か好ましいものを見るときのような笑顔で言った。




