会議
「……黒鬼族との戦闘で……」
明美は小さな声でミカさんの言葉を繰り返した。
「みなも知ってのとおり」
僕たちがそんなやりとりをしているあいだに、ランダーの王は、威厳に満ちた口調で話し始めた。
「我々の世界に、再び黒鬼族の脅威が迫りつつある」
ザラワンという名前の王は言葉を続けた。
「それは我々が苦労の末にようやく閉じることに成功した世界線とはべつに、我々の世界へと侵入が可能な世界線が新たに見つかったためだ。今、黒鬼族はその世界線の侵入口である世界に迫りつつある。もし、この世界が突破されて、彼らが再び我々の世界へ傾れ込むようなことがあった場合には、今後こそ、我々、人類世界は滅びることになるだろう」
ザラワン王はそこで自分の言葉が全ての聴衆に届くのを待つように言葉を区切った。沈黙があり、中央の席にいる、他の六名の代表者は誰も口を開かなかった。もちろん、それ以外の聴衆も全てザラワン王の言葉の続きを待って黙っていた。
「しかし、今日、我々は黒鬼族に対抗しうる、大いなる武器、情報を得ることに成功した」
ザラワン王は幾ばくかの沈黙のあとで、再び口を開くと言った。
「それが彼らだ」
ザラワン王はそう言って、何かを見上げるようにやや目線を上にあげた。すると、観衆のあいだでおお!というようなどよめきのようなものが起こった。ホログラムを見てみると、それまでランダーの王が写っていたスクリークの右隅に、僕たち(僕、明美、和司さん)の姿が映し出されていた。
「彼らは驚くべきことに、我々が長年のあいだどうしても到達することができなかった、遠方の世界線、つまり、黒鬼族が狙っている世界線から、今、こうして、我々の世界を訪れて来てくれているのだ。彼らが我々にもたらした情報を至急解析すれば、我々は黒鬼族よりも数歩も先を行くことが可能となるだろう。もうひとつの世界線を未来永久に閉ざすことが可能となる。彼らは我々の救世主と言っても良いだろう」
ザラワン王はそう言って演説を終えると、それまで腰掛けていた席からゆっくりと立ち上がり、やや顔をあげながら両手で拍手した。すると、それにつられるようにしてそれまで腰掛けていた六名の代表者、及び、他の聴衆が立ち上がって僕たちに向かって拍手した。会場内に割れんばかりの拍手の音が鳴り響いた。ホログラムに映し出された僕たちの姿はさながら英雄か何かのようで、僕は居心地が悪くなった。というのも、僕たちはべつに大したことは何もしていないのだ。
「遠方からの使者、ルワナ世界の方よ、名を名乗られよ」
と、ザラワン王は立ち上がったまま言った。すると、ホログラムに僕の顔が大きくクローズアップされて映し出された。僕は立ち上がると、ひどく緊張しながら自分の名前を名乗った。それに続いて、明美と和司さんのふたりも続いた。
僕たち三人の全員が名を名乗り終えると、ザラワン王は納得したように軽く頷き、それから、
「本来は、もう一名、遠方世界からの来訪者がいるようだが、今は、黒鬼族との戦闘で負傷し、エトラスルで療養中とのことだ」
と、気づかわしそうな表情で告げた。
ザラワン王は再び、それまで腰掛けていた、座り心地の良さそうな、ゆったりとした、豪奢な作りの椅子に腰を下ろした。それに続いてもそれまで立ち上がっていた大勢の人々も元の椅子に腰を下ろした。
ザラワン王は椅子に腰掛け直すと、再び目線をホログラムの方へ向けながら改まった口調で言った。
「さて、目下のところ、遠方世界からもたらされた情報は解析中だが、この情報が解析でき次第、我々は遠方世界へと跳躍する。そしてそこにある世界線を閉ざす作戦行動を実行に移す」
ザラワン王がそう語り終えると、聴衆が賛意の意を表するように再び拍手した。僕たちもなんとなくつられるようにして拍手した。拍手が終わると、それまで黙していた黒い法衣服のようなものを着た人物……シュナールがおずおずといった感じで挙手した。
「シュナール殿に、何かご意見がお有りのようだ」
ザラワン王はシュナールの方へ顔を向けると言った。そう言った直後、僕がシュナールに意識を向けたせいか、ホログラムいっぱいにシュナールの顔が映し出された。
「……意見というほどのものではありませんが、現在、我々が、遠方世界からの訪問者より得た情報に拠りますと、黒鬼族は、何らかの未知の技術を用いて、遠方世界に直接的に干渉しているようであります」
シュナールはやや緊張しているような面持ちで答えた。ザラワン王はシュナールが口にした言葉は初耳だったようで、見るからにその表情を険しくした。
「直接干渉……シュナール殿、それは既に黒鬼族が世界線を突破し、侵攻を開始しているということなのだろうか?」
「……いえ、まだそこまで自体は進行しているわけではないようですが、彼らは我々が知らない、何か特別な方法で、間接的に、遠方世界へと訪れることに成功しているようなのです」
シュナールはザラワン王の剣幕にやや気圧された様子で答えた。
「その方法とはどんなものなのだろうか?」
ザラワン王は続けて訊ねた。
「……それは直接、遠方世界から訪れている者達に聞いた方が確実かと思われます」
シュナールはやや狼狽した様子で答えた。ザラワン王はそれもそうかと納得したのか、シュナールの方へ向けていた眼差しをホログムの方へ向けた。すると、またスクリーンに僕たちの顔がクローズアップされて写し出されていた。会場にいる全ての聴衆が僕たちに注目しているのがわかった。和司さんが軽く手をあげて挙手した。
「福田殿といったかな?どうぞ。発言されたまえ。あなたの意見が伺いたい」
「……はい」
和司さんは手を下ろすと軽く咳払いして言った。
「それは……といっても、これはまだ俺の推測の域をでないものではありますが……それは、人間の意識を乗っ取るという方法によって行われているのだと思われます」
和司さんは言った。和司さん発言は予想外のものだったのか、和司さんの発言のあと、会場内にざわめきが起こった。




