会議場へ
僕たちがランダーという異世界に到着したのは翌日の早朝だった。
朝部屋のベッドで眠っていると、自分の身体がどこか^向かって急速に落下していくような感覚があり、はっとして目を覚ますと、船は既にどこかの駅のような場所に到着していた。
船の窓から外の様子を見てみると、そこには新幹線の発着場所を何十倍にも大きくしたようなものが見えた。メタリックブルーをした広大な空間のなかに、黒色の、楕円形をした、潜水艦か、もしくは銃弾を彷彿とさせるような形をした船が無数に停泊しているのが見えた。そしてその船の下の空間を大勢の人々が行き交っているのも見えた。天井部分はアーチ型をしていて、かなりの高さがあるように思われた。今僕たちがいる空間は最初に出発したときと同様に地下深くの空間なのだろうかと気になっていると、果たしてそれはその通りらしく、朝、食堂で一緒に朝食を取った際にミカさんが教えてくれた。なんでもミカさんの説明によると、基本的に跳躍港というのは、その構造上、地下深くに建設されるものなのだという話だった。地上に粒子同士を衝突させる施設を作り、そこから得られるエネルギーを地下に流し込んで、跳躍するタイプのものが、他の世界でも共通になっているとのことだった。
僕たちは食堂で朝食を取ったあと、再びミカさんとダンに先導される形で船を降り、その後、複雑な経路を辿って、リニアモーターカーのような形状をした列車に乗り込んだ。ミカさんの説明によると、この乗物で直接定期会議が行われることになっている施設まで向かうことができるのだという話だった。
列車のなかには僕たちと、シュナールという人物とその随員の姿しか見られなかった。列車は動き出したあと間も無く、地下空間から地上へと出た。そして僕は列車の窓から外に広がる景色を目にして思わず息を飲んだ。なんとそこには、信じられないような景色が広がっていたのだ。
それはいくつもの島が空間の上に浮かんでいる姿だった。そしてその島ごとに高度に発達した都市の姿が確認できた。透明な、つなぎ目のない、ガラスのような素材で全て作られている、背の高い建物が密集するように浮遊島には集まっていた。
「一体、あの島はどういった原理で空中に浮かんでいるんですか?」
僕は窓の外に向けていた視線をミカさんの顔に向ける不思議に思って訊ねてみた。すると、ミカさんは僕の顔を見ると、にっこりと口元を笑みの形に変えた。
「あれらの島々は重力操作によって浮かんでいるんです」
ミカさんはこともなげに答えて言った。
「地上だと、どうしても地震等の自然災害に見舞われてしまいやすくなるので、ランダーの世界では、このように都市自体を空中に浮かべるようになったそうです」
「合理的な考え方ではあるけど、毎回この景色は驚かされるよなぁ」
と、ダンは窓の外の景色に目を向けると、苦笑するような笑顔で言った。
僕は振り向いて、再び窓の外へ視線を向けた。明美も和司さんも圧倒されたようにじっと窓の外に見える景色に見入っていた。天気はよく晴れていて、薄い水色をした空のなかに、大小様々な島が浮遊しているのが見えた。
僕たちの乗った列車は間も無く、地上に設置された、透明なチューブ状の構造物のなかに入り込んだ。その透明なチューブはたとえば滑り台等のように徐々に傾斜を高めていくような作りになっており、気がつくと、僕たちの乗った列車はかなりの高高度まで上がっていた。真横に浮遊している島々が見えた。僕たちを乗せた列車は空中に浮かぶ島々を真横に眺めながら高速で移動していった。
そして、不思議なことに、透明なチューブは空中に浮かんでおり、それを支える支柱のようなものは存在しなかった。恐らく、今、僕たちを乗せた列車が通過しているこのチューブも、重力操作によって半永久的に空中に浮かんでいることが可能なのだろうと思われた。
よく見てみると、今、僕たちが通過していっている透明なチューブ状の構造物は空のあちこちに張り巡らされており、そのチューブのなかを車のような形をした乗り物が行き交うのも見えた。ミカさんたちの世界でも十分僕たちからすると未来世界のように思えたというのに、ランダーという異世界はその更に上をいっているようだった。
列車に乗ってから一時間ばかりで僕たちは目的地付近に到着した。
「あれがそうです」
と、ミカさんが窓の外を指差して教えてくれた。ミカさんが指さした方向に目を向けると、そこには巨大な島があった。ひょっとすると、北海道程の大きさがあるかもしれない。そしてその島も他の島と同様に空中に浮遊していた。更に、その島は、他の島に比べて人工物が極端に少なく、島の大半が鮮やかな緑色をした木々で覆われていた。島の中央部を綺麗な青色をした川が一本流れていて、それの流れは島の先端にたどり着くと、行き場を失って滝のように地上へと流れ落ちていた。
その島には、ガラスのような素材で覆われた、巨大な、球体の建築物がひとつ存在しているだけだった。透明な建物の外壁は太陽の光を反射していて、外からはなかの様子を伺うことはできなかった。我々を乗せた列車はゆるやかなカーブを描きながら降下を開始し、やがて吸い込まれるようにその球体をした巨大な建築物のなかへと入っていった。
列車が到着したのは、空港の到着ロビーのような場所だった。広大なスペースを多くの人々が行き交っていた。そこには実に様々なひとたちがいた。白人系もいれば、アジア系もおり、もちろん、黒人もいた。装いは、ダンやミカさんと同じような、身体にピッタリとフィットするような近未来的なデザインの服を着ているひともいれば、着物と洋服を混ぜ合わせたような、映画のなかにしか出でこないような、不思議なデザインの服を着ているひとたちもいた。ただ、今の僕たちのような、半袖にジーパンといった格好をしているような人たちの姿は全く見かけることはなかった。僕たちが普段当たり前だと思っている装いは、異世界なかでは意外とごく少数の部類に属するのかもしれなかった。
定期会議はすぐにはじまるかと思っていたのだけれど、意外とそうでもなく、僕たちは一度、ホテルの一室のような場所で少しのあいだ待機することになった。通された部屋の大きな窓からは、どこまでも緑色の木々が広がる、広大な公園のような景色を眺めることができた。遠くで太陽の光を浴びて川面が眩しく乱反射しているのが見えた。
準備が整い次第、ミカさんが僕たちを呼びにくるとのことだったけれど、部屋に通されてから三十分以上が経過しても、ミカさんが僕たちを呼びに来ることはなかった。最初、僕たちは部屋にあるベッドに腰掛けて、これから行われるという会議について意見を交換し合ったりしていたのだけれど、なかなかミカさんとダンのふたりが姿を現さないので、そのうちに暇をもてあました僕たちは誰からということもなくベッドの上に横になった。そして軽く目を休ませるくらいのつもりで僕は瞳を閉じたのだけれど、移動の連続や、慣れない環境のせいで、思いの外疲れていたらしく、気がつくと僕の意識は本格的にやわらかな泥のような眠りのなかに沈んでしまっていた。




