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脅威について

           5


 その後、僕たちは部屋のなかで軽く談笑したり、眠ったりして時間を過ごした。最初は物珍しく見えた超空間の眺めも、ずっと景色が変わることがないので、そのうちに退屈に思えてきた。


 部屋のなかに入ってから二時間ばかりが経過したところで、部屋のドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けてみると、そこにはミカさんとダンの姿があった。

「みなさん、お待ちかねの食事の時間です。一緒に食堂にいきましょう」

 ミカさんは微笑んで言った。


 僕たちは部屋を出ると、ミカさんに続いて、先ほどここへ来るときにも通った食堂へと向かった。食堂へと通じるドアを開くと、なかから良い香りがふわりと漂ってきた。食堂のなかには一緒に船に乗り込んだ、法衣服のような黒い衣服を身に纏った男たちの姿もあった。彼等は同じ席に集まって何やら真剣な表情で話し合っていた。これからのランダーという世界で行われる会合のことについてでも話し合っているのだろうか。シュナールという人物が僕たちが部屋に入ってきたことに気がつくと、笑顔で片手をあげた。僕たちは曖昧に微笑すると、軽く頭を下げた。


 僕たちは部屋の右隅にある空間を陣取ってそれぞれ席を下ろした。間もなくすると、白いコック風の装いをした、白人男性が、料理を台車のうえに乗せて僕たちの席まで運んできてくれた。


彼は僕たちのテーブルのうえにそれぞれに料理を並べると、また台車を押してどこかへ去っていった。僕は西洋人風の容姿した男性が料理を運んできたので、条件反射的に洋食を思い浮かべたのだけれど、でも、それは予想に反して、和食風の料理だった。実際にそれがご飯なのかどうかまではわからなかったけれど、でも、明らかに白ご飯と思われるものと、味噌汁的なもの、そしてとんかつと思われるものが皿のうえには並んでいた。あとはサラダ。そしてお茶。更にお箸まである。僕たちが意外な料理にいささか面食らっていると、


「なんだ?食べないのか?もしかしてきみたちにはこれが不味そうに見えるのか?」

 ダンが僕たちの顔を見て、不思議そうに訊ねてきた。


「……いえ、そういうわけではなくて」

 明美がダンの顔を見ると、いくらかぎこちなく口角をあげていいわけするように答えた。


「……その、なんというか、思ったよりも馴染みがあるものというか、わたしたちが普段口にしているものとあまりにも変わらないものが出てきたのでちょっとびっくりしているんです」


「なるほどな」

 と、頷いたダンの口調は、既に注意の大半が料理に傾いているようで、自分で訊いておきながら上の空だった。


「恐らく」

 と、ミカさんが僕たちの顔を見ると口を開いて言った。


「こうしてわたしたちの世界とみなさんの世界で食べ物が似ているのは、最初の、わたしたちの世界の基礎なる部分が同じだからだと思います。最初にも説明したように、わたしたちの世界の大本の部分は同じなんです。だから、きっと、色々習慣とか、好みとか、似ている部分が多いんだと思います」

 ミカさんは言った。


「確かに、こうして話している言語も全く同じなんだから不思議だよな」

 と、和司さんがミカさんの言葉に感心している様子で頷いた。


「さあ、料理が冷めないうちに食べましょう」

 ミカさんが微笑んで改まった口調で言った。僕たち三人は頷くと、それぞれテーブルの上の箸に手を伸ばした。そして僕が箸で掴んで口運んだとんかつのような食べ物は、まさしくとんかつの味がした。更に言うと、美味しかった。とても。



「……でも、実際問題、わたしたちの世界に今、どれくらい危機は迫っているでしょうか?」

 食事のあと、明美が心配そうな面持ちでミカさんの顔を見ると訊ねた。


「最初にも話したと思うんですけど、彼等は既になんらかの方法を使って、わたしたちの世界へ直接干渉しているようでした……もしかしたら、今頃、わたしたちの世界は既に黒鬼族からの攻撃を受けているんじゃないかと心配で……」


 明美の言葉を受けて、ミカさんはいくらか表情を曇らせて眼差しを伏せた。


「……確かに。そうですね」

 ミカさんは口を開くと言った。


「今のところ、黒鬼族が、あなたがたの世界に攻撃を開始したという話は聞いていませんが、みなさんの話を聞いていると、かなり事態は切迫しているように思えます」


「……もし、万が一、手遅れだったら……」

 和司さんがミカさんの顔を見つめて真剣な表情で言った。


「黒鬼族に対する対策が間に合わず、彼等の侵攻を許してしまうようなことがあった場合には、一体どれくらいの期間で、俺たちの世界は壊滅的な状況に追い込まれてしまうんだろう?」

 和司さんは続けた。


「……一週間」

 ダンが和司さんの顔を見ると、硬い表情で小さな声で告げた。


「もって、一週間といったところだろうな」

 ダンは腕組みすると、やや顔を俯けるようにして続けた。


「俺たちが把握している、きみたちの世界の科学技術のレベルでは、黒鬼族の攻撃の前ではひとたまりもないだろう。……かつて俺たちの世界がそうだったように。一瞬で世界各国の主要都市は占拠され、その後、多くの人々が、彼等の食糧、また、労働力として、彼等の世界に連れて行かれることになるだろうな」


「……当然、多くの人々が死ぬことになりますね」

 ミカさんがダンの言葉のあとに俯き加減に告げた。


「……」

 僕たち三人はミカさんとダンの告げた事実に打ちのめされて言葉が出てこなかった。こんなところでのんきに食事なんかしている場合ではないだろうという気もしてきた。


「じゃあ、早く、なんとかしないと」

 と、明美が居ても立ってもいられないという口調で言った。


「確かにそうだが……」

 と、ダンは明美の顔を一瞥すると、難しい表情で言った。


「しかし、結局のところ、今、俺たちにできることはほとんどなにもないんだ。もしできることがあるとすれば、今日行った、きみたちの身体の検査……その結果が出てからだろうな。検査の結果次第によっては、何か、対策を取ることができるかもしれないが」

 そう言ったダンの表情は考え込んでいるようなものになっていた。


「……でも」

 ミカさんが深刻になってしまった雰囲気を和ませようとするように明るい声で言った。僕たち三人はミカさんの顔に視線を向けた。


「黒鬼族も、そんなに早急には、あなたがたの世界へ侵攻を開始することはできないはずです。わたしたちの世界とあなたがたの世界との関係と同じで、黒鬼族の世界からも見ても、あなたがたの世界は遠い場所に存在しているのです……だから大丈夫です」


「……だが、俺たちが出会った、黒鬼族は、何か革新的な技術を既に開発しているように見えた……」

 和司さんが不安そうな面持ちで告げた。


「……何か、方法はないんですか?」

 僕はミカさんとダンの顔を見ると、自分でも焦っているとわかる口調で訊ねた。


「たとえば、これから行く、ランダーという世界はかなり技術が発達しているみたいでしたけど、彼等の技術を使ってなんとかするとか……」


 僕の言葉に、ミカさんは沈痛な面持ちを浮かべて弱く頭を振った。


「ランダーの世界の技術力を持ってしてもそれは難しいのです」

 ミカさんは言った。


「実を言うと過去に……まだわたしたちの世界が黒鬼族から侵攻を受ける前に……これ以上、彼等からの侵攻を受けることがないよう、ランダーの世界で、黒鬼族殲滅作戦が試みられたことがあったようです……ランダー世界の兵士が宇宙船に乗って直接彼等の世界へ赴き、彼等の世界を滅ばそうとする試みが……」

 ミカさんは苦しそうな表情で続けた。


「……しかし、その試みは見事に失敗に終わった」

 ダンが堅い表情でミカさんの言葉のあとに続けた。


「その戦いに、相当数のランダー側の兵士が投入されたようだが、しかし、誰一人として黒鬼族の世界から戻ってく者はいなかったらしい……」


 ダンがそう告げたあとに、まるで水たまりに水がたまるように沈黙が満ちた。僕は俯き加減に眼差しを落としながら、黒鬼族の侵攻によって焦土と化した東京の街を想像した。そして空中に浮かぶ、巨大な宇宙船のなかに、食糧として吸い込まれていく、無数の人々の姿。そこにはもちろん、僕の知り合いや、友人、家族も含まれている。


「……確かに、状況は厳しいですが」

 いくらかの沈黙のあとで、ミカさんが口を開いて言った。


「まだ希望は残されています」

 ミカさんは言った。


「わたしたちはあなたがたという貴重な存在を味方として迎え入れることができました。きっとこれによって、わたしたちは黒鬼族よりも一歩以上リードできているはずです」

 ミカさんは確信しているというよりも、信じようとしているような表情で言った。


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