跳躍船
2
僕たちの乗った乗り物はゲートを潜って、跳躍港と思しき空間のなかに侵入していった。そして間もなく、僕たちの乗ったエアカーは、最初に僕たちが出発した施設にあったのと同じような広大な格納庫のような場所に到着した。
僕たちはそれぞれ車を降りると、ダンを先頭にして建物のなかに向かって歩き出した。格納庫を少しはかり歩いていったところに、緑色のペンキで塗装された、重厚感のある鉄製のドアがあり、そのドアを開けると、また通路があり、僕たちはその通路をしばらく進んでいった。通路の突き当たり奥にはエレベーターがいくつかあり、僕たちはそのエレベーターに乗り込んだ。
ダンがエレベーター内にあるタッチパネルを操作し、間もなく、身体に浮遊感が伝わった。タッチパネルの液晶を見ていると、僕たちの乗っているエレベーターは下へと向かって移動しているようだった。僕たちの乗ったエレベーターは高速で下降し続けた。そして五分ばかりが経過し、僕が一体どこまでこのエレベーターは下に降りていくのだろうと不安に思い始めた頃、出し抜けにエレベーターは停止した。
程なくして、エレベーターのドアが左右に開くと、目の前に広がったのは、たとえば大規模なショッピングモールを彷彿とさせるような、広々とした、明るい空間だった。空間は三層構造になっていて、僕たちが降り立った場所は最上階になっているようだった。白色の照明で照らし出された広大な敷地内では、複数の職員が忙しそうに働いていた。
「……これが跳躍港」
僕はエレベーターから降りると、周囲の空間を見回しながら呟いた。
「そうです。……というか、正確には、ここは、跳躍港の玄関口みたいなところになります。跳躍するための船が止まっているのは、更にこの地下の空間になります」
ミカさんが僕の言葉のあとに、説明してくれた。
「……さっきのエレベーターでもう随分下まで降りたような気がするんだけど、これからまた更に下に降りるんだ」
明美が半ば呆れたように言った。
「この勢いだと、そのうち地底人とかと遭遇してしまいそうだな」
と、和司さんが冗談めかした口調で言って軽く笑った。
「ほんとね」
明美が微笑して頷いた。僕も軽く口元を綻ばせた。
「さあ。行くぞ。船があるのはまだまだこの先なんだ。早くしないと出発時間に間に合わなくなる」
ダンが急かした。僕たちは頷くと、ダンのあとに続いて歩き出した。
3
施設内を少し進むと、今度は歩くエスカレーターが現れて、僕たちはそのエスカレーター内をダンに続いて早足で歩き続けた。歩きながら周囲の空間に視線を向けると、そこでは複数の職員が壁面に取り付けられた計器類を険しい顔つきで眺めながら何か作業しているのが見えた。
「これらの施設は跳躍するための微調整を常に行っているのです」
ミカさんが僕の疑問を察したように、背後から説明してくれた。
「あと、きみたちのような、異世界からの不法侵入者がいないかの監視も行っている」
と、ダンが振り向いてミカさんのあとに続けた。
「この施設内にはわたしたちの世界にあるあらゆるデータが集まってくるんです」
ミカさんは付け加えた。
「なので、もし万が一、異世界からの予期せぬ干渉があった場合などに、すぐに対応することができるんです」
「……なるほど」
と、僕は頷いた。だから、あのとき、ダンは、いち早く僕たちがこの世界に侵入したことに気がつくことができたのかと思った。
やがて歩くエスカレーターを歩き切ると、今度は僕たちの目の前に、地下鉄の駅のようなものが現れた。僕たちが駅のプラットホームのあたりに立つと、僕たちがそこに立ったことを感知したかのように、マイクロバス程の大きさの、銀色の車体をした、四角い乗り物が右方向からやってきて音も無く停車した。そして乗り物のドアは左右にスライドして開き、僕たちはその乗り物のなかに乗り込んだ。乗り物のなかは普通の電車の中と同じような構造になっていた。対面式に座席がある。僕たちが電車のシートに腰を下ろすのと同時に、また自動的にドアは閉まり、かと思うと、僕たちの乗った乗り物は動き出した。
僕が気になって前方に目を向けてみると、乗り物はコンピューターによって自動制御されているらしく、そこに運転手のような人物は存在しなかった。
その後、乗り物はノンストップで十分程高速で移動し続けた。乗り物に一応窓はついているものの、そこから見える景色は、地下鉄の窓から見る景色と同じで、ただの暗闇ばかりだった。
そのうちに、僕たち乗った銀色の四角い乗り物は、再びプラットホームのような場所に到着した。僕たちは乗り物から降りると、また再び歩くエスカレーターに乗って少し移動した。
そして今度こそ、跳躍港そのものに僕たちは到着した。
跳躍港は一見すると巨大な洞窟のように見えた。十階建てのビルがすっぽりと収まってしまいそうな程の、自然の岩盤が向きだしになった空間だった。そしてその空間のなかに、縦に細長い、大型船程の、黒色をした、どこか潜水艦を彷彿とさせるような形状をした物体が停まっていた。
「これが、異世界へと跳躍するための船なんですか?」
明美は目の前に聳えるようにして存在する、黒色の、楕円形をした物体を見つめながら訊ねた。
「そうです」
ミカさんは明美と同じように、自分の目の前に存在する、巨大な黒色の物体を見つめながら答えた。
「……しかし」
と、和司さんがミカさんの言葉のあとに、納得がいかないというようにやや首を傾げながら言った。僕はどうしたのだろうと思って和司さんの顔を見つめた。
「見たところ、この船の前方にも、後方にも、この船が進んでいけるような空間は存在していないみたいなんだが、この船はどうやって移動するんだろう?……そもそも、何故こんな地下深くに船が?」
僕は和司さんの問いは最だと思ったので、問うようにミカさんの顔を見つめた。
「それは」
と、ミカさんが口を開きかけたところで、それを遮るように、
「この船は超空間を進むから、進行方向に空間が存在している必要はないんだ」
と、それまで黙っていたダンがミカさんの代わりに答えて言った。和司さんはより詳しい説明を求めるようにダンの顔を見つめた。
「この船がこんな地下深くに置かれているのは、システム上の都合なんだ」
と、ダンは和司さんの顔を見返すと説明を続けた。
「きみたちも最初この施設に来るときに見たと思うが、この建物の上層部はリング状の構造をしている。それは光速に近いスピードで粒子を衝突させるためのものなんだ。互い違いの方向から粒子を射出して光速に近いスピードで粒子同士を空間上で衝突させる。するとこのとき、莫大なエネルギーが発生するんだが、それと同時に、異次元への扉が開くんだ。この船はそのふたつを利用して、跳躍……つまり異世界へと移動するんだ」
「……そんな、信じられないな」
和司さんはダンの説明に軽く目を開いて、嘆息するように言った。
「……でも、みなさんの世界でも、わたしたちの世界にある異世界へ移動する方法の、ごく初期的なものであれば、既に開発が終わっているようですね……わたしはそれを多世界通信……インターネットを使って調べているときに確認しました」
ミカさんが和司さんの顔を見てなんでもなさそうに言った。
「それは本当なんですか?」
明美はミカさんの発言に、信じられないといったように少し大きな声を出した。
「……そんなこと、はじめて知ったわ」
明美は小さな声で続けた。
「恐らく、そういった実験は極秘裏のうちに進められているんだろう。公になっている情報はごく限られたものでしかないんだ」
和司さんが明美の顔を見て、説明するよう言った。明美は和司さんの科白に、なるほど、と、いったように首を縦に動かした。
と、僕たちがそんなことを話していると、背後から複数の話声が聞こえてきた。気になって振り返ってみると、そこには黒い、法衣服のようなものを着た、五十代半ばから六十代前半と思われる複数の男たちがいて、こちらへと向かって歩いてくるところだった。彼等も船に乗り込むのだろうか。彼等は僕たちの存在に気がつくと、その口元をにっと笑みの形に変えた。
「おお。きみたちがそうなのか。異世界から訪問者というのは」
と、全部で五人程居る男達のなかで、中央を歩いていた、一番の年長者と思われる人物は僕たちの顔を見ると、嬉しそうな口調で言った。彼は銀色の髪の毛に、緑色の瞳を持っていた。やや小太りで、背の高さは、和司さんと同じくらいあった。僕たちが戸惑っていると、彼は僕たちのところまで歩いてきて、手を差し出した。
「わたしはエストラルの外務大臣を務めている。シュナールだ。きみたちのことはミカから聞いて知っている。よく同行に同意してくれた。歓迎するよ」
僕と明美と和司さんの三人はよくわけがわからないままに、彼と握手を交わした。その後、シュナールという人物の随員と思われる四人の男達とも僕たちは握手を交わすことになった。
「既に、ミカから聞いて知っているかもしれないが、今、きみたちのことは異世界連合のなかでも大変な話題となっているのだ。もしかたら、黒鬼族を根本的に撃退する方法がわかるかもしれないとまで言われている」
「……そ、そうなんですか」
僕はどう答えたらいいのかわからなくて、曖昧に口元の筋肉を持ち上げた。シュナールという黒い法衣服のようなものを身に纏った男は僕の言葉に首肯すると、
「きみたちがちょうど異世界連合の定期会議が行われるこの時期に、わたしたちの世界へやってきたというのも、何かの運命かもしれんな」
と、口角をあけで相変わらず楽しそうな口調で言った。
「きみたちには期待しているよ」
「……期待にお応えできるかどうかはわからないですけど、できるだけのことはやらせてもらいます」
僕はシュナールの顔を見つめると、いくらか強ばった笑顔で答えた。
「よろしく頼むよ」
と、シュナールは言って、気安い感じで僕の肩を軽く叩くと、それから、改めてミカさんとダンの方に眼差しを向けた。それから、彼等は僕たちにはわからない専門的なやりとりを開始し、僕たちはその場で彼等のやりとりが終わるのを待つことになった。
僕は彼等のやりとりに耳を傾けるともなく傾けながら、改めて目の前に聳えるようにして存在している、黒い船を見つめた。
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