エストラルの歴史とこれからについて
「二百年も!」
僕は驚いて言った。ミカさんの世界だけでも相当技術が進んでいるという気がするのに、それよりも技術が進んでいる世界というのは一体どんな世界なのだろうと僕は興味を惹かれた。
和司さんはミカさんの説明に圧倒されたように黙っていた。
「このように、世界によって文明の進化の速度がそれぞれ違っているのは、それぞれの世界によって、歴史のあり方、また大陸の配置などに違いがあるからなのです」
と、ミカさんは僕たちが黙っていると、説明を続けた。
「たとえば、わたしたちの世界、エストラルと、明美さんたちがいる世界においても、その歴史の成り立ちは大きく異なっています。今、わたしたちが話している言語は全く同じで、意思の疎通ができるところをみると、わたしたちの世界と、あなたがたの世界は最初その基礎となる部分は同じで、後に枝割れかしていったのだろうということが予測されます。あなたがたの世界と、わたしたちの世界で、最もその成り立ちが異なっていたのは、陸地の形でしょうね。大陸の形」
ミカさんはそう言うと、黒い机の表面を軽く手で触れた。すると、その瞬間、机の上から少し浮き上がった場所に突如として立体スクリーンのようなものが出現した。スクリーンには、木の葉の形をしたような巨大な大陸が表示されていた。ミカさんはそれまで腰掛けていた椅子から立ち上がると、大陸の上部にある、海側の位置を手で指し示した。
「わたしが今手で示している位置に、わたしたが今居る都市、ツクバはあります」
「……驚いたな。都市の名前は全く同じなのか」
和司さんは信じられないというように言った。
ミカさんは軽く頷くと、更に説明を続けた。
「そして現在、あなたがたの国家は日本という名前だったとわたしとは記憶していますが、わたしたちの世界ではそうではなく、比較的に早い段階で、当初ヤマトと呼ばれていた国家の人々は大陸中に進出していき、その歴史のなかで、様々な国を併合したり、また分裂したりを繰り返して行きながら、最終的に単一国家である、エストラルという国を形成するに至りました。
このエストラルは現在あなたがたの世界にある日本とは違って、様々な人種からなる連合国家になっています。わたしたちの国家は言ってみれば、あなたがたの世界にあるアメリカという国の、もうちょっと規模の大きな物といったら良いでしょうか。わたしたちの国、エストラルは特に大きな戦争をすることもなく、平和で豊な時代が長く続いていました……あの日、突如として、黒鬼族がやってくるまでは……」
ミカさんはそこで言葉を区切ると、何か苦痛に耐えるように軽く瞳を閉じて黙った。僕たちも何を言ったらいいのかわからなくて黙っていた。
「……現在も」
と、しばらくしてから、ミカさんは再び瞳を開くと話はじめた。
「わたしたちの世界は黒鬼族から侵攻を受けた後遺症を引きずっています。世界の人口はかつての三分の一にまで激減し、黒鬼族の侵攻によって、大陸にあった都市のほとんどが消失してしまいました。また黒鬼族は自分たちが過ごしやすいように、惑星改造弾を用いました。それによってわたしたちの星は厚い雲に覆われ、夏でも、摂氏十度くらいまでにしか気温があがらない世界へと変わってしまいました。……現在、この星を覆っている雲を処理する方法が、異世界連合の明主であるランダーで開発されたようなので、それによって今後、現状が大きく改善される可能性もありますが……」
「……そんなに、黒鬼族という存在は恐ろしいものなのか?」
和司さんがまだ状況が上手く飲み込めないといった顔つきで訊ねた。
ミカさんは思い詰めたような表情で頷いた。
「……彼等は悪魔のようなものです」
と、ミカさんは言った。
「彼等は突如としてこのわたしたちの世界へやってくると、圧倒的な軍事力で大陸の主要都市を占領していきました。そしてそのあと、その都市にいた人々は殺されるか、彼等の世界へ連れて行かれました。……これはわたしたちが直接確かめたわけではないのですが、黒鬼族はわれわれ人間を食料にしているようなのです。彼等は恒星間を飛行して遠い宇宙にまで出かけいくことができるような高い技術力を持っているようなのですが、そうするよりも多世界へ赴いた方が、楽に食料である人間を手に入れることができると考えたのだろうと言われています」
「……人間を食べる」
明美が怯えたような表情で言った。
「……そんなやつらが、俺たちの世界へ来たらとんでもないことになるな……」
和司さんは絶句するように言った。僕は自分の家族や、友人が、黒鬼族の餌食になっているところを思わず想像してしまった。
「ですから、我々としてはなんとしてもあなたがたの世界にある世界線を閉じる必要があるのです。あなたがた側にある世界線が崩壊することは、それは即ち、世界の終わりを意味するのです」
僕たちはミカさんの言葉にそれぞれ無言で頷いた。
「それでまずわたしたちが行わなければならないのが、わたしたちの世界から、あなたがたの世界へ跳躍することなのです」
ミカさんは言葉を続けた。
「黒鬼族の侵攻を防ぐためには、まずわたしたちがあなたがたの世界へ赴き、そこにある世界線を閉じる必要があります。我々はさきほどあなたがたの世界と繋がったデータをもとになんとかあなたがたの世界へ跳躍できないかと調べてみましたが、残念ながらデータが十分とはいえず、それは不可能であるという結論に達しました。ですが、あなたがたがこのように、何の乗り物も用いずに我々の世界へ訪れる事ができたということを考えれば、またその逆も可能なのではないかと考えられます。つまり、あなたがたがどのような仕組みで、この世界へと渡ってくることができたのか、その方法が解明できれば、我々はあなたがたの世界へ跳躍して、その世界線を閉じることが可能になると思われるのです」
「……それはつまり、俺たちを人体実験するということだろうか?」
和司さんは緊張した面持ちで訊ねた。
「……ある種の人体実験のようなことは必要になってくるかもしれません」
ミカさんはきまり悪そうな表情で答えた。
「ですが、ご安心ください。決してあなたがたの生命に危険は及びません。ただ、何がとうなってあなたがたがこの世界へと渡ってくることができたのか、それを調べさせてもらうだけのことです。……どうか、わたしたちにご協力して頂けたらと思います」
ミカさんは僕たちの顔を見据えると、真剣な口調で言った。




