異世界へ移動できた理由について・跳躍装置
「……ミ、カさん?」
明美は信じられないというようにミカさんの顔を見つめて小さな声で言った。和司さんも明美の隣で、驚いたように目を見開いていた。
ミカさんは入り口付近から僕たちのところまで歩いて来ると、
「わたしの名前を覚えていますか?」
ミカさんは悪戯っぽい表情で言った。
「改めて自己紹介させて頂きます。わたしの名前はル・ブ・ミカ。まさかこんなふうにあなたがたと直接お会いすることができるとは思っていなかったのですごく驚いています」
僕たちそれまで座っていた椅子から慌てて立ち上がると、それぞれ簡単に自己紹介をした。自己紹介を終えると、ミカさんに促されて僕たちはまた椅子に腰を下した。ミカさんも近くにあった椅子に腰を下ろした。
「さきほどは、部下が失礼しました」
ミカさんは改まった口調で言うと、頭を下げた。
「あなたがた突然、この世界に出現したので、我々としても驚いてしまったのです。もしかしたら、あなたがたは黒鬼族なのではないか、と。……何しろ、我々には苦い経験がありますので」
ミカさんは顔をあげると説明して言った。
「……それはわかったが、まだ俺たちは怪しい連中だと疑われているんだろうか?さっき、坊主頭の男が、俺たちはこれから取り調べを受けることになると言っていたが……」
和司さんは腕組みしながら眉根を寄せて警戒しているような表情で言った。
「それについてはご安心ください」
ミカさんは和司さんの問いに、目元にやわらかな笑みを浮かべて言った。
「わたしが既に上の方に話を通してあります。……ダンから……ダンというのは、あなたがたをこの部屋案内した、坊主頭の男です。ダンから、怪しい一団がこの世界に突如として出現したという話を聞いたとき、わたしはすぐにピンと来たのです。その突然この世界へとやってきた人々というのは、先刻インターネットを通じてやりとりをしていたひとたちなのではない、か、と。そしてダンから、あなたがたの映像を見させてもらい、確信しました。やはり、わたしの予感は間違っていなかった、と」
和司さんはミカさんの話にわかったというように頷くと、
「ということは、もう俺たちは完全に自由の身というわけなのか?」
と、訊ねた。
すると、ミカさんは少し苦しそうな表情を浮かべた。
「申し訳ありませんが、完全に自由の身というわけにはいきません。今後も、ある程度、あなたがたの行動は規制させて頂くことになります。……ですが、あなたがたの身に危険が及ばないことは誓ってわたしが保証します。それに、先ほど規制と申し上げましたが、それはこの中央の施設内を自由に動きまわることはできないといった程度の規制ですので、どうぞご安心ください」
和司さんはミカさんの説明いまひとつ納得していないような顔つきで頷いた。
「……あの、ミカさん?」
と、明美がミカさんの顔を見つめて遠慮がちな口調で切り出した。ミカさんはなんでしょうというように、明美の顔を見つめた。
「橘さん……いえ、わたしたちの仲間に怪我をしていた男のひとがいたと思うんですけど、彼は無事でしょうか?」
ミカさんは明美の問いに、少しあいだ記憶をたぐり寄せるように黙っていたけれど、
「彼は今、都市にある病院で手当を受けています。頭を強く打っていたようですが、処置を受け、回復に向かっています」
と、ミカさんは明美を元気づけるように微笑みかけて言った。ミカさんの言葉を受けて、明美はほっとしたように表情を緩ませた。僕も良かったと心のなかで思った。
「……それで、これからのことについてお話をする前に、ひとつ確認したいことがあるのですが」
と、ミカさんは改まった口調で言った。
「あなたがたは一体どうやってこの世界へやってきたのですか?わたしたちが把握している情報によれば、あなたがたの世界には、まだ自由に多世界へ移動する技術は存在していないはずだと思うのですが……」
ミカさんの問いかけに、僕たちは顔を見合わせた。
「……それが、俺たちにも何がなんだかよくわかっていないんだ」
和司さんが代表してミカさんの問いに答えて言った。和司さんのあとに、明美がこの世界へ来る直前に起こった出来事を話して聞かせた。黒鬼族と自称する男が研究室にやってきて、僕たちを自分たちのところへ強引に連れて行こうとしたこと。その際、抵抗した橘さんが怪我をすることになったこと。そのあと、突如としてこの世界へ移動していたこと。それから、和司さんの見解。僕に何か特別な能力が備わっているのではないかという、信じられないような解釈。
明美の説明に、ミカさんは腕組みして黙って耳を傾けていたけれど、明美が話終えると、得心がいったというように軽く頷いた。
「……なるほど。だいたいお話はわかりました。……なんというか、やっと謎が解けた気がします。本来であれば接続が難しい、あなたがたの世界と、どうしてあのとき、いとも簡単に繋がることができていたのか」
ミカさんは独り言を言うように小さな声で言った。
「……武田さん?」
ミカさんは軽く伏せていた顔をあげて僕の顔を見ると、それが僕の名前で合っているのか迷うような口調で僕の名前を呼んだ。僕はミカさんの顔を見ると、それで合っているように頷いてみせた。
「おそらく、武田さん、あなたには、特別な力が備わっているのだと考えられます。異世界と異世界を繋ぐ特別な能力が。世界と世界の振動数を調節することができるような能力が備わっているのだと予想されます……だから、あのとき、あなたがたの世界へ簡単にわたしたちの世界から通信することが可能になったのだと考えられます。そして更に言えば、黒鬼族も、だからこそ、武田さん、あなたを狙ったのでしょう。付け加えて言うと、明美さんと和司さんのふたりにも、武田さんほどではないにせよ、似たような特殊な資質があるのだと考えられます」
「俺たちにも!?」
和司さんがミカさんの発言に、驚いたように目を開いて言った。
「あなたがたが、この世界へ移動することが可能になったのは、武田さんの能力に加えて、明美さんと和司さんの力が合わさったから可能になったのだと思われます。恐らく、武田さん、お一人の力では、四人全員をこの世界へ移動させることはできなかっただろうと思われますから」
和司さんはミカさんの推測に、そんなことがあるのだろうかと考え込んでいる表情で黙っていた。
「しかし、これは、ほんとに、驚くべきことです」
ミカさんは一拍間をあけてから、語気を強めて言った。
「なんの技術も用いずに、多世界へ身体事移動することができるなんて。これまでそんな例は一度も聞いたことがありません」
「ちなみに、こちらの世界には、多世界へ自由に移動できる技術があるんだろうか?もしそうだとすれば、それはどのように行われるんだろう?」
和司さんは強く興味を惹かれた様子でミカさんの顔を見つめた。ミカさんは和司さんの顔を見返すと、短く顎を縦に引いた。
「ええ。わたしたちの世界には多世界へ移動できる技術があります。といっても、さきほどインターネット通信を通じてお話しさせて頂ましたように、自由に、どの世界へでも移動することができるというわけではありません。それぞれの世界には固有の振動数というものがあり、比較的振動数が近い、異世界へのみ、移動が可能です。全く世界線が異なる異世界へは移動することは不可能です。わたしたちが異世界へ移動する際は、跳躍装置という、特殊な装置を用います。目的地となる異世界の振動数をコンピューターに打ち込み、人為的に異世界へと繋がる通路を作るのです。もちろん、この通路を生身の人間が直接通ることは不可能ですので、その目的に応じた船を用いて、異世界へ跳躍します」
「……すごいテクノロジーだな」
和司さんは圧倒されたように言った。
「こちらの世界には、ミカさんたちが異世界へ移動することができるように、他の世界からも、つまり他の異世界からの訪問者もいるんですか?」
と、続けて明美が訊ねた。
「もちろん、いますよ。ただ……」
と、ミカさんは答えてから、わすかにその表情を曇らせた。
「わたしたち側の世界線にある多くの世界は既に黒鬼族に滅ぼされてしまっていますので、あまりその数は多いとは言えませんが……全て合わせても七つの世界があるだけです。そしてわたしたちは相互通行をして、お互いの技術を共有し合っています。確か、既に申し上げたと思いますが、わたしたちの世界が黒鬼族によって滅ぼされるのをなんとか食い止めることができたのは、ひとえに、異世界の人々の助力のおかげなのです」
「……その、他の七つの世界は、ミカさんの世界に比べて技術が上回っているんだろうか?」
和司さんが遠慮がちな口調で訊ねた。
「ミカさんの世界が危機に瀕した際に、助けてくれたということは、他の世界の方が技術が上だったのだろうかと気になって……」
和司さんは釈明するように続けた。
ミカさんは和司さんの言葉に、短く頷いた。
「その通りです。」
と、ミカさんは言った。
「他の七つの世界の方が、わたしたちの世界よりも技術が進んでいます。特に、異世界連合の明主である、ランダーという異世界の国は、わたしたち世界よりも凡そ、二百年近く技術が進歩しており、わたしたちの世界は、彼等の世界から技術提供を受けています」




