表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

異世界?

 気がついたとき、僕は机の上でいつの間にか俯せになって眠ってしまっていた。


 ……変な夢を見たな、と、思った。微かに頭が痛かった。顔をあげてみると、窓の外の向こうに夕暮れの空が広がっているのが見えた。それはなんの変哲もない、いつも通りの夕暮れの空だった。でも、強いていえば、少し空が赤過ぎるような気もした。いつも僕が見ている夕暮れの空はもっと半透明の、美しい色合をしているのに、でも、今日の夕暮れの空は、血液の赤を思わせるような赤黒い色彩をしていた。だけど、それはただそんな気がするだけなのかもしれなかったし、ときと場合によっては実際にこんなにふうに空が赤黒く見えることだってあるのかもしれなかった。だから、僕も特に気に留めることはなかった。つけ放しにしていたはずのパソコンの電源も知らないうちに落ちていて、少し変だなとは思ったけれど、これもきっと僕が無意識のうちにやったのだろうと判断して、それほど留意して確認するようことはしなかった。


 僕は身体を起こすと、両腕をあげて大きく伸びをした。それから僕は腹が減ったなぁと思った。何でも良いから腹のなかに食べ物を入れたいと僕は思った。自分の部屋から出で、一階の台所へ行こうと僕は思い立った。確かインスタントラーメンがあったはずだと思った。それに、このくらいの時間帯であれば、パートから母親が戻ってきていてもおかしくない時間帯だった。上手くすれば母親に何か作ってもらえるかもれしないと僕は単純に考えた。


 僕はそれまで腰掛けていた椅子から立ち上がると、部屋のドアを開けて階段を降りていった。そして台所へと入っていった。と、そこで僕はふと違和感を覚えた。台所の様子がいつもと違っているのだ。台所の広さ自体は変わらないのだけれど、そこに置かれているダイニングテーブルが、僕の知っているものではなかった。いつもそこにあるダイニングテーブルは、もう七年くらい使い込んだ、茶色の、地味な感じがするものだったのに、それがいつの間にか、少し凝った、黒いデザインの、真新しいものに変わっていた。台所のキッチンもいつの間にか最新の、オシャレな感じのするシステムキッチンに変わっていた。



 わけがわからなかった。母親は一体いつの間に、こんな改装工事を行ったのだと僕は首を捻った。今日の朝、この台所に入ったときは、いつもと何も変わらなかったのに。もし母親が、僕が部屋に籠っているあいだに、改装工事をやったのだとしたら、それなりに大きな音がするはずだし、その音に僕が気がつかないはずがなかった。あるいは僕が眠っているあいだに行ったのだろうか。でも、僕は眠りが浅い方なので、それだけの音がすれば当然目を覚ましていたはずだし、そもそも、今日の午後、つまり僕が家にいるあいだ、母親はパートに出かけていなかったはすだった。その時間帯に家にいたのは僕だけで、だから、業者が僕に断りもなく、勝手に工事をやって、勝手に帰っていくということは、考えにくいことだった。


 何かが変だ、と、僕は不審に感じた。そしてそれから僕は慄然とした。背筋がぞっと寒くなるような感覚を覚えた。もしかしたら、と、僕は思い当たった。ほんとうに、僕は異世界へと迷い込んでしまったんじゃないのか、と。それから、僕が思い出したのは、あの星の図形の奥に一瞬見えた、黒いお面のようなものを被った人間だった。てっきりあれは夢だと思い込んでいたのだけれど、でも、実はあれはほんとうに起ったことだったのだろうか、と……。


 不安に駆られた僕は、一旦食事を取るのを中止すると、それまでいた台所を出て再び階段をかけあがり、二階にある自分の部屋のなかへと戻った。そして机の上のパソコンの電源を入れた。なんだか胸騒ぎというか、嫌な予感があったのだ。


 パソコンが立ち上がると、僕はすぐに奇妙な点に気がつくことになった。僕はインターネットに接続すると、ヤフーのトップページが最初に開くように設定していたのだけれど、それがいつの間にか、見た事も無い、 KENSAKUという赤い文字で書かれた検索エンジンに変更されていたのだ。


 わけがわからなかった。まさか、ほんとうに異世界へ来てしまったのか、と、僕は体温が急速に低下していくような感覚を覚えた。けれど、僕は首を振ってすぐにその考えを否定した。きっと僕のパソコンがウィルスか何かに感染してしまって、そのウィルスが僕のインターネットの検索エンジンを勝手に変更してしまったのだろうと考えた。多分そうだ……絶対にそうだ……僕は自分に言い聞かせた。そんなまさかほんとう異世界へ来てしまうことなんてあるはずがないじゃないか、と、僕は自分自身を励ますように思った。


 とにかく、あのサイトだ、と、僕は思った。僕が机の上で眠ってしまう前まで見ていたと思われるあのサイト。異世界への行き方と書かれたサイト。僕はもう一度あのサイトを見て確認したかった。あのサイトを見れば、今、自分に何が起こっているのか、これからどうすれば良いのか、ただの感だったけれど、何かがわかるような気がした。


 それで、僕は早速、そのKENSAKUという、見たこともなければ聞いたこともない検索エンジンを使って、この奇妙な異変が起こる前まで僕が見ていたサイトを探し始めた。


 でも、それは見つからなかった。キーワードとなる言葉の組み合わせ方に問題があるのかと思って何度か試してみたのだけれど、どうしても、僕が見ていたホームページを見つけ出すことはできなかった。異世界に関するサイトはいくらでも出で来るのだけれど、何故か、僕が見ていた異世界への行き方というサイトは表示されなかった。たまたまそのサイトが検索されにくくなっているだけなのかもしれなかったけれど、薄気味悪いというか、落ち着かなかった。


 それで、僕が思い当たったのが、この僕が今使っているKENSZKUという検索エンジンに問題があるのではないかということだった。きっといつも僕が使っているヤフーを使えば、探しているサイトもすぐに見つかるはずだと思った。僕は今度はヤフーと文字をタイプして、検索をかけてみた。


 でも、次の瞬間、信じられない結果が、パソコンの画面に表示されることになった。ヤフーが、検索結果に表示されないのだ。当然、ヤフーと検索をかければ、ヤフージャパンだとか、ヤフーオークションだとかいったものが、検索結果にあがってくるはずなのに、でも、どうしてか、全くそれらのものが、検索結果にひっかかって来なかった。唯一表示されたのは、「やったー」というもので、それをクリックすると、驚いたり、感動したりしたときの言葉の表現とだけ記載されていた。


 その結検索果を見た瞬間、僕は自分の思考が硬直するのを感じた。あるいはもしかすると、僕は、ほんとうの、ほんとうに、異世界へと来てしまったのではないか、と、血の気が引くように思った。


 でも、少し間をおいて、僕はその自分の考えを打ち消した。やはり異世界へ来てしまうことなんてほんとうにあるわけがないと僕は思い直した。きっとインターネットのシステムが一時的に混乱していて、ヤフーと検索しても検索されないようになっているだけなのだろうと僕は推測した。もっと何か違う、誰でも知っていることを調べてみればいいのだ、と、僕は思いついた。たとえば日本の有名人とか。そうれすれば、当然僕が知っている結果が表示されるはずだと僕は思った。


 それで今度は日本の著名人の名前を、僕は次から次へと調べっていった。たとえば松本人志だとか、浜田雅功だとか、きゃりーぱみゅぱみゅだとかBZだとかといった、有名な芸能人、アーティストについて。


 そして結果はどうだったのかというと、信じられないことに、それらの名前は全く検索結果に表示されなかった。唯一、浜田雅功という、恐らく同性同名の別人が、地方で市議員に立候補しているのが検索されたくらいのものだった。


 そんな馬鹿な……と、今度こそ僕は青ざめることになった。これだけの著名人の名前が検索してヒットしないというのは考えられないことだった。これはほんとうに僕は異世界へ来てしまったのかもしれないと思った。僕が知っている有名人がひとりも存在していない世界へ。と、ここまで考えてから、待てよ、と、僕は気がついた。テレビを付けてみればいいのだ。テレビを付けてみれば、ほんとうにここが異世界なのかどうかわかるはずだと思った。テレビを付けて、そこに僕が全く知らない芸能人がたくさん居るようであれば、それはすなわち、ここは異世界だということになるんじゃないか、と、僕は怖々としながら、部屋にある小さなテレビをつけてみた。


 テレビのスイッチを入れると、流れ始めたのはニュースだった。時間帯が時間帯なので、どのチャンネルを回してみてもバラエティ番組はやっていなかった。流れているニュースはごくごく普通の、日本のどこかで起った事件や、イベントについてや、天気についての解説で、特に不自然な点は感じられなかった。なんとなく、出ているニュースキャスターの顔に見覚えがないような気がしたけれど、普段それほど注意してニュース番組を見ているわけではない僕には、それがただそんな気がするだけなのか、それとも実際にそうなのか、見極めることは難しかった。


 ……ニュース番組を見るともなくみながら、やっぱり全てはただ思い込みなのかな、と、僕は自分自身を落ち着かせるように考えた。冷静に考えて、異世界へ行く事なんてできるはずがないし、さっき著名人をネットで調べて検索結果に表示されなかったのも、きっと何か原因があるのだろう、と、僕はざわつく自分の気持ちを無理に納得させた。たとえば、それはどういった理由から?理由はえーと、なんだろう?…とにかく……。


 と、そんなことを僕が考えていると、一階で物音がした。状況が状況なので、僕はものすごくびっくりしてしまったけれど、でも、少し考えてから、きっと母親がパートから帰って来たのだろうと見当をつけた。僕はいつもと変わらない母親がそこにいることを確認したくて、テレビを消すと、自分の部屋から出で、一階へと降りて行った。

 一階へと降りて行くと、玄関口に母親がいて、彼女は靴を脱いで家のなかにあがろうとしているところだった。母親は僕の存在に気がつくと、

「ただいま」

 と、笑顔で言った。

「……うん」

 と、僕はどちらかというと強張った、固い表情で頷いた。気のせいか、母親の雰囲気がいつもと違っているように感じられたのだ。どこがどんなふうに違うのかと問われると、上手く説明することはできないのだけれど。でも、なんとなく、いつもと様子が少し違っているように感じられた。まるで母親に良く似た、全くの別人を見ているような。


 僕が母親の顔をじっと見つめていると、母親は家のなかにあがりながら、

「どうかしたの?」

 と、不思議そうな顔をした。

「……いや、べつに」

 僕は微苦笑して首を振った。まさか母さんはほんとうの母さんだよね?なんて訊ねることができるはずもなかった。


「すぐにご飯にするわね」

 と、母親は僕の戸惑いに気がつくこともなく、何気ない口調で言いながら、台所の方へと歩いて行った。僕はなんとなく母親のあとを追って台所と入っていった。


「……あのさ」 

 僕は少し躊躇ってから、母親の背中に向かって声をかけた。母親は台所の冷蔵庫をあけるようとしているところだった。母親は冷蔵庫のドアを開けるのを中断すると、怪訝そうに僕の方を振り返って、僕の顔を見た。


「いつの間に台所のテーブルとか新しくしたの?」

 母親は僕の問いに、ぽかんとした表情を浮かべた。まるで僕の言っていることがなんのことなのかわからないといった顔つきだった。


「今朝まではこんなテーブルじゃなかったよね?キッチンもいつの間にか新しくなってるし。だからいつの間に変えたんだろうと思って」


「……何を言ってるの?」

 母親は僕の顔を何か気味の悪いものでも見るよう見てから、困ったように口元を綻ばせた。

「テーブルもキッチンも前からずっと同じじゃない?」

 母親は当然のことように言った。そこには微塵も、僕のことをからかったり、嘘をついているような雰囲気は感じられなかった。


「……そんなはずないよ」

 と、僕は食い下がった。

「だって、今朝、俺、前からずっと使ってる茶色のテーブルがあるのを見たし」


「……母さん、あんたが何のことを言ってるのかわからないわ。母さん、今日、パートで色々あって疲れてるのよ」

 母親は面倒くさそうな声で答えた。そうして母親は僕に背を向けると、冷蔵庫を開けて、夕食を作る準備に取りかかった。僕はそんな母親の背中を見つめながら、何も声をかけることができなかった。自分の身体がやわらかい暗闇に向かって落下していくような感覚があった。どういうことだ?と思った。テーブルがずっと前から使っていたものだって?そんなはずがないじゃないかと僕は思った。ほんとうに今朝まで茶色の、古いテーフルだったのだ。それとも、僕の記憶違いなのだろうか?テーブルはずっと前に新しいものと取り替えられていて、そのことに僕が気がついていなかっただけなのだろうか?そんなはずがないと思った。……でも、ほんとうにそうなのか?僕の頭がおかしくなってしまったのだろうか?


「あんた、お風呂まだでしょ?今のうちに入って来たら?」

 僕が台所で立ち尽くしていると、母親がふと気がついたように僕の方を振り向いて言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ