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エストラル


 その後、僕たちを乗せた乗り物は都市の上空をしばらく飛行し、やがて空飛ぶ車の材質と似たような質感のある、黒い滑らかな金属で出来た巨大な球形の建物に入って行った。僕たちを乗せた乗り物が到着したのは格納庫のような場所で、その広大な空間にはやはり僕たちが乗って来たのと同じ、卵を横向きに置いて細長く伸ばしたような形の黒い乗り物が無数に止まっていた。


 僕たちは車から下ろされると、建物のなかへと連れて行かれ、その建物の通路をしばらく歩かされたあと、だだっ広い空間に通された。建物の内部も、滑らかな黒い金属質の物体で出来ていた。空間の中央付近には黒いテーブルと椅子があった。部屋のなかに入ると、僕たちをこの部屋まで案内してきた坊主頭の東洋人風の男が僕たちにしていた手錠を外してくれた。


「取り調べが開始されるまできみたちにはしばらくこの部屋で待機してもらうことになる」

 坊主頭の男は手錠を外すと一方的に告げた。


「しばらくっていつまでだ?」

 和司さんが訊ねると、

「さあな。俺にもよくわからん。上の判断次第というところだ」

 坊主頭の男は無愛想に答えた。

「トイレはそこの奥のドアの向こうにある」

 坊主頭の男は僕たちの背後にある空間を指差して言った。振り返ってみると、部屋の奥にもうひとつドアがあった。


「食事は定時になったら運ばせる。水が飲みたかったら、さっき言ったドアを開けて右側の空間に浄水器があるからそれを使ってくれて構わない。なお、この部屋には鍵をかける。許可があるまできみたちは外へでることはできない。以上だ」

 坊主頭の男は無表情にそれだけ告げると、僕たちに背を向けて歩いて行き、部屋のドアを開けて外へと出て行った。男が部屋を出て行くと同時に部屋のドアがロックされる音が聞こえた。


 抵抗しても無駄だろうと思ったので、とりあえずという形で僕たちは部屋に用意されている椅子に腰掛けた。腰掛けた椅子も金属質の、装飾を排除した、無骨な感じのするデザインのものだった。しかし、見た目とは対照的に、座り心地は悪くなかった。


「……あの、これから僕たち、どうなるんでしょう?」

 僕は恐る恐るといった感じで誰に尋ねるともなく言った。

「さあな。多分、いくらなんでも処刑されたりするようなことはないと思うが」

 和司さんは眉をしかめて言った。


「……橘さん、大丈夫かしら?」

 明美が心配そうな表情で言った。僕は橘さんを預けたときの、僕と同い年くらいの東洋人風の顔立ちをした若い男の顔を思い浮かべた。

「……たぶん、大丈夫だよ。手当をしてくれるって言ってた」

 僕は気休めにしかならないとわかりながらも言った。僕の科白に、明美はそうね、と、というように浮かない表情で頷いた。


「……僕たちは、ほんとうに異世界へ来てしまったんですかね?」

 僕はしばらくの沈黙のあとで、和司さんの顔を見ると訊ねてみた。どう考えても今自分がいる世界はさっきまで自分が過ごしていた現実世界とは異なっているということはわかるのだけれど、それでもまだ僕は信じられない気持ちで一杯だった。ほんとうに異世界へ移動してしまうなんて。それも今回の移動は、一番始めのときとは違って、かなりはっきりと、根本から異世界だと認識できるレベルくらいの違いがあった。ほんとうにそんなことが起こりうるなんて僕は上手く飲み込めていなかった。


「……正直、俺も未だに自分の身に何が起こったのか把握できていないんだが……でも、状況を見る限り、俺たちはほんとうに異世界へ移動してしまったんだと考えてまず間違いないだろう」

 和司さんは硬い表情で答えた。


「……たぶん、あの実験のせいじゃないかしら?」

 明美が少しの沈黙のあとで、遠慮がちな口調で言った。僕は明美の顔に視線を向けた。


「あのとき、わたしたちは水の振動数を変える実験を行っていた。そして実験は成功していて、間接的にではあるけど、この世界と繋がっていた。そこにある種の力が働いて……それが何なのかはわからないけど……わたしたちは世界を跨ぐことができたんじゃないかしら?」


「……その何かって?」

 僕は明美の顔を見ると訊ねてみた。明美は僕の問いに、思い悩むような表情を浮かべると、

「それはわからないけど」

 と、口籠った。


「もしかしたら」

 と、明美の言葉を引き継ぐように、それまで黙っていた和司さんが口を開いて言った。

「それは武田くん、きみにあるんじゃないか?」

 そう言って、和司さんはじっと僕の顔を見据えた。


「僕に?」

 僕はわけがわからなくてぽかんとした表情で和司さんの顔を見返した。異世界へ移動した理由がどうして僕にあるのだろうと不思議だった。


「確かあのとき」

 と、和司さんは軽く目を細めるようにして話はじめた。

「遠藤とか言う男が口にしていた言葉が気になったんだ……彼は言っていたんだ……武田くん、きみが、予想以上の逸材だって……そのことと、今回の異世界への移動は何か関係がありそうな気がするんだ」


「関係って?」

 僕は反芻した。


「つまり、武田くん、きみが、今回、僕たちを異世界へ導いたんじゃないかって思うんだ」

 和司さんは言った。


「これはただの俺の推測に過ぎないんだが、武田くん、きみには、自分でも把握していない、異世界と異世界を繋ぐ特別な能力が備わっているのかもしれない。あのとき、俺たちは遠藤という男にかなり追いつめられていた……もう少しで彼等に捕らえられるところだった……その危機的状況が、武田くんの普段は眠っている、異世界と異世界を繋ぐ能力を発揮させたのかもしれない……そしてあのとき、実験をしていた関係で、俺たちがもといた世界とこの世界は比較的繋がりやすくなっていた……だから、俺たちはこの世界に来ることになったんじゃないかって思うんだが……」


「……でも、まさかそんなことが……」

 と、僕が口を開きかけたとき、ドアが開く音が聞こえた。ドアの方を振り返ると、なんとそこには、さっきラボのパソコンの画面に映っていた女性の姿があった。


「ようこそ、エストラルへ」

 ミカさんは僕たちの顔を見ると、笑顔で言った。


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