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異世界・拘束

 僕たちが今立っているのは、水槽のなかに映し出されていた映像の一番手前側の場所、つまり銀色の道路のようなところだった。僕たちが今立っている道路のようなものを真っ直ぐに進んで行ったところには、破壊され、荒廃しているように見える、でも、巨大で壮麗な建築物が立ち並ぶ未来都市のようなものが見えた。空は厚い灰色の雲に覆われ、周囲の空間は暗く沈んで見えた。気温も低く、かなり肌寒く感じられた。恐らく、気温は摂氏五度から八度くらいしかないだろうと思われた。


「……一体何がおこったの?」

 僕の隣に立っていた明美が恐る恐るといった感じで口を開くと言った。

「……わからない」

 と、和司さんは周囲の景色を見回しながら呻くように言った。

「ここは見たところ、水槽のなかに映っていた異世界のようなところだと思うが……」

「それは、つまり、わたしたちは異世界へ移動したっていうこと?」

 明美は和司さんの言葉に、険しい顔つきで、わけがわからないといったように少し大きな声を出した。

「……わからないが、恐らく、そういうことなんだろう」

 和司さんはしかめっ面に近い表情で肯いた。

「異世界へ移動したことによって、さっきの、遠藤とか言ったか?彼らの追跡を振り切ることができたんじゃないかと考えられる……」

「……でも、どうして、わたしたちだけが、異世界へ移動することができたのかしら?」

 と、明美はそこまで口にしてから、はっとしたように表情を強張らせた。

「橘さん!」

 と、明美は叫ぶように言った。



 僕も明美の言葉で我に返った。あまりの突然の変化に、僕は橘さんがスーツ姿の男に投げ飛ばされたことをすっかり失念してしまっていたのだ。橘さんはもとの世界にいたときと同様に、俯せに倒れたままだった。明美は橘さんの側に駆け寄ると、うつ伏せに倒れている橘さんを抱え起こした。橘さんは意識を失っているようで、瞳を閉じてぐったりとしていた。額からは血が流れていた。


「橘!」

 と、和司さんも橘さんの側に駆け寄って、膝をつくと、橘さんに向かって声をかけた。でも、橘さんは瞳を閉じたままで、意識を取り戻す気配はなかった。

「なんとかしないと……」

 と、明美は額から血を流して身動きしない和司さんの顔を見つめながら、泣き出しそうな声で言った。僕も橘さんの側に膝を付つくと、何もできない自分を歯がゆくかんじながら小さな声で「橘さん……」と、声をかけた。でも、やはり、橘さんの反応はなかった。

「とにかく……ここから移動する必要があるだろう」

 と、和司さんは立ち上がると、道路の向こう側に広がっている都市に目を向けて言った。

「あそこまで行けば、何か病院のような施設があるかもしれない」

「……そうですね」

 と、僕は和司さんの発言に肯いた。そして僕は明美に手伝ってもらって、橘さんの身体を背中に負ぶった。橘さんの身体は予想通りかなり重かったけれど、なんとか移動することはできそうだった。

「キツくなったら、言ってくれ。交代交代で橘を運ぼう」

 和司さんは橘さんを負ぶった僕を一瞥すると、そう声をかけてくれた。

 僕は和司さんの言葉に、無言で首肯した。


 僕たち四人は道幅の広い、銀色の無機質な感じのする高速道路のような道を、都市がある方向へと向かって歩き始めた。道の両端は、防音壁なのか、背の高い、これも銀色の壁のようなものに囲われていて、その防音壁のようなものの外にどんな景色が広がっているのか、確認することはできなかった。


 しばらく都市がある方向に向かって歩き続けていると、どこからともなく、パトカーのサイレン音に似た音が聞こえてきた。音がどこから聞こえてくるのだろうと思って周囲を見回していると、

「あれ!」

 と、明美が何かに気が付いたように大きな声を出して、宙を指さした。明美の指さした方向を見てみると、二台の黒い、卵の形を流線型に細長く伸ばしたような乗り物がサイレン音を鳴らしながらこちら向かって飛行してくるのがわかった。そしてやがてその乗り物は僕たちの進行方向に向かって音もなく着地した。


 僕たちは歩みを止めると、一体何が起ころうとしているのかと事態を見守った。程なくして、卵を流線型に整えたような、黒い美しいフォルムの乗り物のドアが垂直に開き、そこからやはり黒の、金属質の戦闘服のようなものを身につけた男たちが降りてきた。それぞれの車から四人ずつ人間が降りて来て、彼らは僕たちの方に向かって、銀色の細長い拳銃らしきものを向けながらにゆっくりと近づいてきた。僕は橘さんを背負っているので両手をあげることはできなかったけれど、和司さんと明美は敵意がないことを示すように両腕をあげた。


「動くな!」

 と、坊主頭の、三十代前半くらいと思われる、東洋人の顔立ちをした男が、僕たちの目前に近づくと、大きな声で威嚇するように言った。彼のその細い目には敵意というよりも、恐れと緊張の色が多く含まれているように見えた。

「……俺たちに敵意はない。友人が怪我をしていて、彼の手当てをしたいだけだ」

 和司さんが両手をあげたまま、弁明するように言った。


 和司さんの発言に、合計で八人の男たちは無言だった。八人の男たちは歩いてくると、僕たちを取り囲んだ。そして、そのうちのひとりが、コンビニ等でバーコードをスキャンするような機械で、僕たちの身体をひとりずつスキャンしはじめた。どうやら僕たちが危険なものを持っていないか、僕たちの身体に有害な物体が付着していないか、調べているのだと思われた。ひとりの男がバーコードリーダーのようなもので僕たちの身体をスキャンしていあいだ、その他の複数の男たちは僕たちの急な攻撃を恐れてか、常に、銀色の銃のようなものを僕たちに向かって突きつけていた。最初に威嚇するような声を出した坊主頭の男はリーダーなのか、ひとり輪の外で取り調べの進行を見守るように腕組みして黙っていた。そのうち、スキャン確認が終わったらしく、スキャンする機械を持っていた比較的小柄な、西洋人風の顔立ちの男が坊主頭の男に何か報告した。坊主頭の男は首肯すると、僕たちの方へと近づいてきた。僕たちをぐるりと取り囲んでいた男たちは坊主頭の男に道を譲るように一斉両脇に退いた。


「これから君たちを中央に連行し、そこで君たちには取り調べ受けてもらうことになる」

 坊主頭の男は一方的に宣告した。

「俺たちは犯罪者じゃない!」

 和司さんが抗議するように言った。

「……かもしれん」

 黙れ!と大声をあげるとかと思っていた坊主頭の男は、意外にも穏やかな声で和司さんの言葉に応じた。

「しかし、我々は、きみたちが一体どこから来たのかわからないし、きみたちの身体からは異世界侵入の痕跡が見られた。よって、きみたちが危険人物ではないことが確認できるまで、我々は君たちの身柄を拘束することになる」

 坊主頭の男はもう決まったことだというように言った。

 僕たちが黙っていると、

「だが、安心してもらいたい。我々はべつにきみたちに危害を加えるつもりはない。これはきみたちの身元が確認できまでの一時期的な措置だ」

 坊主頭の男は少しだけ口調をやわらげて言った。それから、坊主頭の男は僕の方に目を向けると、

「その男……怪我をしているみたいだな?」

 と、いくらか小さな声で確認してきた。僕が首肯すると、坊主頭の男は自分の一番近くにいたふたりの男に指示を出した。坊主頭の男の指示に、赤身がかった黒髪の、僕と同い年くらいの東洋人風の顔立ちの男と、金髪をモヒカン風にカットした、目の大きい、西洋人ふうの、二十代後半くらいの男が僕の背後に回って、橘さんの身体に手を回した。僕がどうしようかと戸惑っていると、

「心配するな。その男に手当をしてやる」

 と、坊主頭の男はその目に気遣うような光をたたえて短く言った。

「早くしないと、手遅れになるぞ。その男は相当強く頭を打っているようだ」

 僕は少し迷ったけれど、結局橘さんのことが心配だったので、大人しく、ふたりの異世界の人間に、橘さんのことを託すことにした。僕と同い年くらいの、東洋人風の顔つきの男は、橘さんを受け取るとき、僕を安心させるように微笑みかけてくれた。そんな彼の表情を見ていると、橘さんを彼らにまかせても大丈夫なように思えた。橘さんは彼らに運ばれていき、彼らの乗ってきた、黒い乗り物に乗せられた。そしてその直後、橘さんを乗せた流線型の美しい黒い卵型の乗り物は音もなく離陸すると、どこかへ向かって飛び立っていった。僕はその飛び去っていく黒い乗り物を黙って見送っていた。


 すると、ふいに、両手に冷たい感触が伝わった。少し驚いて自分の手を見てみると、いつの間にか僕の両手には銀色の手錠のようなものが施されていた。手錠といっても、ごく普通の手錠とは違う、丸みを帯びた大きな指輪のようなデザインの手錠だった。それは電動で動く仕組みになっているのか、輪の部分に、青い光が灯っていた。和司さんと明美の方に目を向けてみると、ふたりともいつの間にか僕と同じように手錠されていた。


 僕が抗議するように坊主頭の男の顔を見ると、

「悪く思うな。一時的な措置だ」

 と、坊主頭の男は口元に薄い笑みを浮かべてからかような口調で言った。

「きみたちに何の問題もなければ、すぐに解放する」

「あと、それから」

 と、坊主頭の男は付け加えるように言った。

「あまり暴れたりしない方がいい。その手錠は抵抗すると、電流が流れる仕組みになっている」

 僕が坊主頭の男の言葉を受けて自分の手錠に目を向けてみると、男の言葉に反応したように、僕の手首を覆っている手錠の光が二度程警告するように明滅したのが見えた。


 その後、僕たちは黒い、金属で出来た戦闘服のようなものを着た男たちに半ば急かされるような形で、男たちの乗ってきた黒い車のような乗り物に乗せられた。


 乗り物の内部は想像していたよりも広く、大人十人程が向かい合って座ることができるくらいのスペースがあった。乗り物の内部はまるで飾り気がなく、黒い滑らかな金属がむき出しになっていた。車内の広い空間には同じ金属でできた、ベンチのようなデザインの座席があり、僕たちは坊主頭の男と向かい合わせに腰掛ける格好で腰掛けさせられた。そしてその僕たちの両脇には警戒するように戦闘服のようなものを着た男が腰掛けた。


 固いと思っていた金属質の乗り物の座面は思ったよりも弾力があって座りやすかった。これは一体どういう物質で作られているのだろうと僕が思っていると、よくエレベーターに乗るときに感じるような浮遊感が身体に伝わり、乗り物についている小さな窓から外を覗いてみると、僕たちの乗った乗り物は飛行しながら都市を目指しているのだということがわかった。


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