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ラボへ・異世界についての考察


「……その和司兄さんのラボに、わたしも連れていってもらうことってできる?」

 明美は和司さんの言ったことについて検討するように黙っていたあとで、ふと思いついたように和司さんの顔を見ると言った。


「……わたし、その施設を自分で見てみたいの。それから、実験中に突然異世界と繋がったっていうパソコンも」


「もちろん、それは構わないが……」

 と、和司さんは言ってから何かを気にするように部屋の時計に目を向けた。僕も時計に目を向けてみた。すると、部屋の時計はもう既に午前の三時を過ぎようとしていた。僕たちはあまりにも話に熱中していて時間の経過に気がつかなかったようだった。


「もうこんな時間……」

 明美もちょっと驚いたように言った。


「続きはまた明日にしないか?」

 と、和司さんは微笑して言った。


「今からラボに行っても良いんだが、そんなに急いでラボに行ったところで、何かが解決できるわけじゃないと思うし……それに、実際問題、俺もさすがに眠くなってきた。今から順番に風呂に入って、今日のところは眠ろう。幸い、今日と明日は俺も休みだ。ゆっくりと明美たちに付き合うことができる。付け加えて言うと、例のパソコン以外にも、明美たちに見てもらいたいものがラボにある」


「……それってなんなんですか?」

 僕は好奇心を刺激されて訊ねてみた。

「まあ、それは見てのお楽しみというところだ」

 と、和司さんは微笑して答えをはぐらかした。


「……そうね」

 と、明美もさすがに話過ぎて疲れたのか、少しぐったりとした表情で和司さんの提案を承諾した。


 それから、僕たちは和司さんに風呂を借りて順番にシャワーだけの風呂にはいった。風呂から上がると、リビングに和司さんが僕と明美のために布団を敷いてくれた。僕と明美の布団は隣り合っていて、一応明美は女の子なので僕が隣に居るのは嫌かなと思って、僕がもっと隅っこ(和司さんの部屋は広いので、ソファーをずらせばいくらでも明美との距離をあけることができたし、なんなら廊下で眠ることも可能だった)に行こうかと申し出たけれど、明美は僕がなんのことを言っているのかわからない(それはちょっと嬉しくもあった)といった顔で僕を見た。


 僕は自分が思っていることを説明しようかと思ったけれど、でも、それを上手く伝えられそうになかったので、結局面倒になって明美の隣で横になった。部屋の電気を消すと真っ暗になり、その暗闇のなかにマンションの外で降り続ける雨音が静けさを強調するように聞こえた。


「明日……」

 と、僕のとなりで明美が何か言うのが聞こえて、明美の方を振り向いてみると、寝言だったのか、もう明美は寝息を立てていた。きっと疲れていたのだろう。僕は少しのあいだ明美の寝顔を眺めていたけれど、身体の向きを変えて反対方向にある壁を見つめた。


 そしてその壁を見つめながら、今日は色々あったな、と、僕は思った。遠藤くんのことや、それから僕のとなりで眠っている明美という、こちらの世界で僕の知り合いだったという女の子……それから、異世界の、何か僕たちのことを探っている存在……彼等の目的は一体なんなのだろう?そこまで考えたところで、僕の意識は暗闇のなかに包まれて消えていた。




 翌日も天気は思わしくなく、目を覚ますと、マンションの外に雨の降る音が聞こえた。僕たちは起床すると、和司さんの所有している黒のジープに乗って和司さんの個人的な研究施設を目指すことになった。車で走り出してから十分程が経ったところで、

「ちょっと喫茶店に寄っていっていいか?軽く飯でも食べていこう」

 と、和司さんが言い出した。


「もしかして、和司兄さんの驕り?」

 と、明美は冗談めかした口調で言った。すると、和司さんは助手席に腰掛けている明美の顔をちらりと見ると、

「俺が一度でも明美に金を出させたことがあったか?」

 と、戯けた口調で答えた。


「やった!ありがとう!さすがは和司兄ちゃん」

 と、明美は和司さんの返答にはしゃいだ声を出した。和司さんはふと何かに気がついたようにバックミラー越しに後部座席に腰掛けている僕の顔を一瞥すると、

「もちろん、勇気くんも好きなものを食べていいぞ」

 と、微笑んで言った。


「い、いや、僕は大丈夫ですよ。一応、お金も持ってますし」

 僕は慌てて微笑して言った。


「気にすることはないさ」

 と、和司さんは僕の返答に可笑しそうに口元を綻ばせて言った。

「こっちは仮にも社会人なんだ。格好つけさせてくれよ」


「……何かすみません。ありがとうございます」

 僕は恐縮して、和司さんの好意に甘えさせてもらうことにした。


「いや、実を言うと、今日はその喫茶店で待ち合わせをしているんだ」

 と、少し間をおいてから、和司さんは言った。

「もしかして、和司兄さんの彼女さん?」

 明美がからかうように言った。


「いや、そんなんじゃないさ」

 と、和司さんは明美の指摘に歯並びの良い口元を覗かせて笑うと、

「いつも実験を手伝ってもらってる、俺の連れなんだ。今日はもしかすると、場合によってはラボの実験装置を起動させる必要性が出で来るかもしれなから、そのために一緒に来てくれるように頼んだんだよ。というか、そいつはなかなか面白いやつで、明美たちに一度会わせたかったっていうのもある。付け加えて言うと、彼は異世界関係については俺以上に詳しい知識を持っているところもあって……だから、俺たちの今後のことについても何か良い意見を出してくれるんじゃないかとも思ったんだ」


「……なるほど」

 と、僕は頷くと、

「じゃあ、その和司さんの友達は、これから行く喫茶店に車でもうさきに来てるんですね?」

 と、僕はなんとなく確認を取ってみた。すると、和司さんは愉快そうに声をあげて笑って、

「いや、そいつは今、車を持ってないんだよ」

 と、答えた。


「ちょっと前にそいつは車を運転しているときガードレールと熱い抱擁を交わしてね、持っていた車は大破してしまったらしいんだ。だから、喫茶店で落ち合ったとあとはそいつもこの車に乗せてラボに向かうことになる。ちょっと大柄な男だからいくらか窮屈にかもしれないが」

 と、和司さんは可笑しがっている口調で言った。


「……大丈夫だったんですか?その友達は?」

 僕は心配になって訊ねてみた。すると、和司さんはまたバックミラー越しに僕の顔を見ると、

「ああ。かすり傷ひとつ負わなかったらしい。何しろ鋼鉄のような身体の持ち主なんだよ」

 と、和司さんは面白がっている口調で言った。


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