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サイト

 僕はその日、意味もなくだらだらと自宅でネットサーフィンをしていた。大学四年生の僕は、ほんとうは就職活動に向けて色々と企業の情報を集めたり、エントリーシートを書いたりしなければいけなかったのだけれど、あまりやる気が出ずにいたのだ。まず第一に暑かったというのもあるのだけれど、それ以前に僕は就職することに対して漠然とした抵抗感を持っていた。抵抗感というか、恐れがあった。というのも、僕には正社員になって働くといことが、とても大変そうに思えたのだ。義務だとか、目標だとか、終わりのないサービス残業だとか、上司とかとの人間関係だとか、とにかく、色々と就職にまつわるネガティブなイメージが僕のなかにはあった。僕はできれば就職なんてしたくないと思っていた。そういうわけで、僕の就職活動に対する注意力はかなり散漫、というか、限りなくゼロに近かった。だからなのか、現実逃避するように、僕はその頃、パラレルワールドというものに強く興味を惹かれていて、暇があればネットで色々と調べていた。


 パラレルワールドというのは、異世界のことだ。僕たちが生活しているこの現実世界と平行して、恐らく無数に、あるいは無限に、存在しているだろうと考えられている世界のことだ。


 僕がパラレワールドというものの存在、というか、そういった考え方があることを知ったのは、やはりインターネットで調べものをしていたときだった。僕はもともとどちらかというとオカルト的な話題を好む傾向があって、常日頃から、一般のひとからしてみれば胡散臭くてバカバカしいと思える、タイムマシンだとか、アトランティス大陸だとかいった情報をネットで調べていたのだけれど、そういった情報を色々と見ているうちに、偶然、パラレルワールドというものの存在を知ることになったのだ。


 それは、ジョン・タイターという未来からやってきたという人間がインターネット上に残していったとされる書き込みで、彼はそこでタイムトラベルに関する理論を詳細に展開していた。そしてそこで僕が強く興味を惹かれることになったのが、タイムトラベルというものを説明する際に、タイターが用いていたエヴェレットの多世界解釈という考え方だった。もし過去へタイムトラベルすることが可能だとすれば、当然そこにはタイムパラドックス(たとえば親殺しのパラドックス。僕が過去に戻って親を殺すと、当然僕は生まれてこないことになるのだけれど、では今度は生まれてこないはずの僕がどうやって親を殺すことができたのかといった矛盾)というものが生まれることになるのだけれど、その矛盾を上手く解決してくれるのが、この多世界解釈という考え方だった。


 多世界解釈とは何かというと、僕たちが普段何気なくしている日常の選択の数だけ、無数に世界は分岐して広がっていっているのではないかという考えた方だ。たとえば、僕が真面目に就職活動をしている世界と、そうではない世界といったように。というか、もっと細かく、僕が欠伸をした世界と、しなかった世界というように、つまり、可能性の数だけ、無限に世界は分岐して増えていっているのではないかという考え方だ。そしてこの考えは正しいと未来人タイターは述べていて(つまり、僕が過去へ戻って両親を殺したとしても、それはAから生まれたA”という世界が生まれるだけで、その世界とはべつに僕が生まれたAという世界はちゃんと残っているので問題は起こらないという考えだ)、そのことは僕を非常に興奮させることになった。僕が今こうして過ごしている現実世界とはべつに、他に一体どんな世界が存在しているのだろうと考えると、僕は非常にわくわくした。


 もしかすると、遥か遠い昔に分岐した世界では、今の日本とはかけ離れた歴史を持つ日本が存在しているのかもしれなかったし、もっと言うと、今の現実の世界とは大きく文明の進化の仕方が異なっている世界だって存在しているのかもしれなかった。そしてそんなふうに考えているうちに、僕はどうにかしてそういった異世界に行くことはできないだろうかと思い始めるようになった。でも、誤解しないで欲しいのだけれど、僕としてもまさかそこまで真剣に異世界に行けると信じていたわけではない。ごく軽い、冗談みたいな、退屈を紛らわすような気持ちで、もしほんとうにそういった異世界があったら面白いな、そういった異世界へ行くことができたら楽しいだろうな、と、考えていただけのことだ。いや、ほんとに。嘘じゃなくて。


 で、話は戻るのだけれど、僕はその日の午後、確か時間は二時くらいだったと思うけれど、生温い扇風機の風を浴びながら(僕は昔からどうもエアコンの風が苦手で、よっぽどのことがない限りエアコンは使用していなかった)インターネットのサイトをあてもなくダラダラと見ていた。そしてそのとき、ふと、気になるサイトを僕は発見した。それは異世界へ行く方法と記されたサイトだった。


 バカバカしいと思いつつも、気になった僕はそのサイトに飛んでみた。すると、そのサイトの運営者は、軽快な、さわやかなタッチの文章で「異世界へ行くのはとても簡単なことです」と書いていた。「もしあなたが今の現実にうんざりしていたり、あるいは飽き飽きしていたり、はたまたハラハラドキドキしたいと思っていたら、ぜひ異世界へ行ってみましょう!」とサイトの運営者は、異世界へいくことが、あたかもなんでもない、そのへんのどこにでもあるアトラクションへ行くことでもあるかのような調子で書いていた。その軽いのりの文章は、ひょっとするとほんとうに簡単に異世界へ行けてしまうんじゃないかと僕を惑わせた。


 さらに文章を読み進めてみると、サイトの運営者は注意書きとしてこう記してもいた。ただし、異世界へ行くのはあくまでも自己責任でお願いします、と。異世界というものは無限に存在しており、あなたが訪れることになる異世界は、あなたがほんとうに望んでいる世界かもしれないし、あるいは全く望んでいない、悪くすると、悪夢のような世界なのかもしれません、と。残念ながら、わたしが発明した方法では任意の異世界へ行くことはできないのです、と、サイトの運営者は注意を促していた。どうやらサイトの運営者が考案した方法では、そのときどきによって訪れる異世界は異なることになり、しかも、個々人よって(その異世界を訪問するひとの心の状態や、体調等によって左右されるらしい)訪れる世界も様々に違ってくるようだった。それでもよければ、ぜひ、わたしが発明した方法を試してくださいとサイトの運営者は書いていた。


 僕はここまで文章を読み進めてから、ごくりと唾液を飲み込んだ。緊張と興奮でそわそわと落ち着かない気持ちになった。そのときには僕はほとんど運営者の言葉を信じ始めていた。このサイトの運営者が考案した方法を使えば、ほんとうに異世界へと行くことができるんじゃないか、と、僕は怖いような、わくわくするような気持ちで思った。


 僕はマウスをスクロールして、更にサイトの下部にある、異世界へ行く方法の詳細を確認してみた。すると、そこには三角形を組みあせて作った星のような図形が描かれていた。運営者の説明によると、この図形をずっと集中して眺めていると、やがてその図形が歪んで見え始め、さらにしばらくすると、その図形の奥が陽炎のように揺らいで見え始めるはずだということだった。そしてそこまで進めば作業は完了で、気がついたとき、あなたの身体は既に異世界へと移行していますとサイトの運営者はわりと簡単に文章を締めくくっていた。


 ほんとうにこんなことで異世界へ行けるものだろうかと首を傾げたくなるのと同時に、その誰にでもできる簡単な方法であるところが、ほんとうぽくて少し怖いような気もした。


 どうしよう。僕は迷った。試したい気持ちはあったけれど、でも、同時に、強い恐怖もあった。気になるのが、異世界へと行ったあと、もとの世界へと戻る方法がどこにも記されていないところだった。もし、ほんとうに異世界へ行くことができたとして、もとの世界へ戻りたいと思った場合、一体どうすれば良いのだろうかと僕は不安に感じた。そしてその方法についての記述がサイトのどこかに載っていないだろうかと思って、僕はもう一度詳しくサイト内を見てみたのだけれど、そのような記述を見つけることはできなかった。もし、サイトの運営者の書いていることがほんとうのことだとすれば、当然もとの世界へと戻ってくる方法もあるはずなのだけれど。なぜなら、もしそうでなければ、このサイト運営者はどうやってこのサイトを作ったのだ?ということになるからだ。あるいはただ単純に、もとの世界へと戻る方法を記載するのを忘れてしまっただけなのかもしれなかったけれど。


 と、ここまで考えてから、僕は我に返った。おい、おい、頭を冷やせよ、と。ほんとうに異世界へ行くことなんてできるはずがないじゃないか、と。何を本気にしているんだ、と、僕は苦笑いした。どうせこれは誰かが暇つぶしに作った罪のない悪戯、余興のようなものなのだ。だから、そもそものはじめから異世界へ行くことなんてできないし、従って、危険なことなんてどこにもないのだ。僕は半ば自分に言い聞かせるようにそう思った。


 そして、僕は実際に異世界へと行く方法を試してみることにした。まあ、作者の悪戯に騙されてみるのも悪くないかな、と、半分強がりながら。


 マウスをスクローしてサイト下部にある、三角形を重ねて作られた星の図形をパソコンの画面の中央あたりに表示させる。そして説明にあったように、僕はその図形をじっと注視した。時間にして五分くらいのあいだ僕は真剣にその星の図形を眺め続けた。でも、予想通り、何も変化は起こらなかった。星の図形を眺めたことによって、特に景色が変化するようなことはなかったし、説明にあったように、図形の奥が陽炎のように揺らぐようなこともなかった。


 なんだ。バカバカしい。やっぱりただの悪戯だったのか、と、僕はがっかりしたような、安心したような気持ちで、その図形を眺める行為を止めようとした。でも、その瞬間、異変が起こった。ほんとうに、サイトの作者が記載していたように、星の図形の奥が陽炎のように揺らいで見え始めたのだ。そして一瞬、図形の奥に、何か黒いお面を被った人間の顔のようなものが見えたように思った。


 と、その直後、僕は強烈な目眩を感じた。自分の視界が渦巻きながら一点に収縮していくような感覚を覚えた。


この小説の続きをAmazonで販売していますので、もし気が向いたら読んでやってください。

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