かえるくん と へびくん
1,かえるくんと朝
とある山に、かわず池とよばれる池がありました。
この池の近くに、ここいらで一番高い木が、一本はえています。
その木の根もとの大きなくぼみに、彼は住んでいます。
かえるくんです。
彼は最近、“おたまじゃくし”から“かえる”になって、お母さんの元を離れて、一人でここに住みはじめたのでした。
ある日のことです。
かえるくんは朝起きると、いつものように池へ、顔を洗いに行きました。
ぱしゃぱしゃと、水かきのついた両手で顔を洗います。
すると後ろから、誰かが声をかけてきました。
「やぁ、かえるくん」
聞いたことのある、低い声にびくりと体をふるわせて、かえるくんは振り向きました。
「や、やぁ。へびくん。おはよう」
後ろにいたのは、近くに住んでいるへびくんでした。
へびくんは舌をちろちろ出しながら空を見上げて、
「おはよう。いい天気だねぇ」
と気持ち良さそうに言います。
かえるくんはおどおどとした落ち着かない様子で、へびくんに話しかけます。
「えぇっと……へびくんは何しに来たんだい?」
「うん、おなかが空いてしまってね。朝ごはんを探しに来たのさ」
へびくんの両目が、かえるくんの両目とばっちり合います。
かえるくんは体のふるえをごまかすように両手をすりすりこすらせながら、
「あっ、そうだぁ。ちょうど昨日たくさん虫がとれたんだ。よかったら、一緒に食べてくれないかな。一人じゃ食べきれないんだ」
と言いました。するとへびくんは、
「えぇっ! そんな、悪いよ。いつもぼくは君にご飯をもらってばかりじゃあないか」
と、大きな口をかぱっと開けて言います。
かえるくんは、またもびくりと体をふるわせてびっくりした後、
「いや、気にしないでおくれよ。家においで。分けてあげる」
と言って、家に向かってぴょんぴょんとんで行きました。
かえるくんの後ろ足は弾けるように跳ね上がり、まるで“ごむまり”のように飛び跳ねます。
へびくんはかえるくんの後を追って体をくねらせ、にょろにょろとついて行きます。
かえるくんの家に着くと、彼は家の中から昨日たくさんとった虫を出してきました。
「さぁ、食べれるだけ食べるといいよ」
へびくんは目の前の、かえるくんなら三日ほどかけて食べるであろう量の、虫の山を見て、
「えっ、これ全部食べていいのかい?」
と聞きました。
かえるくんは少しだけ困ったような表情を見せましたが、すぐ笑顔を戻して、
「あぁ。もちろんだとも」
と答えました。
へびくんはしっぽをふりふり振って喜びます。
「本当に!? ありがとう! じゃあ……いただきます!」
へびくんはそう言うと、口をがぱりとあけて、虫の山を一口で食べてしまいました。
そのあまりの早さに、かえるくんはびっくりして目をぱちくりさせます。
「あぁ、おいしかった。ごちそうさま」
へびくんは満足そうに言うと、「じゃあね」とあいさつをして、帰って行きました。
かえるくんはその場でぺたりと座りこんで、
「あぁ、こわかった……」
と小さくつぶやきました。
その日の夜。かえるくんは星空を見ながら、考え事をしていました。
(へびくんのあの目、大きな口。こわいなぁ。
最近へびくんは、毎日のようにぼくに会いに来るようになった。
……きっとぼくを、食べようとしているんだ……。
いつも虫をかわりに食べてもらっているからいいものの、あげなければ、食べられていたのはぼくの方だったかもしれない……。
でももう限界だ……。
ぼくはもう何日ごはんを食べていないんだろう……。
一生へびくんに、おびえながら生きていかなきゃならないなんて……)
かえるくんは夜空に輝く星を見つめながら、思いました。
(ぼくがへびに生まれればよかったのに……)
目をつむって、眠りにつきました。
だから、さっきまで見ていた夜空で星が三つ、続けて流れた事に、かえるくんは気が付きませんでした。
2,新しいめざめ
次の日の朝。
かえるくんが起きて寝台から降りようとすると、うまく降りれずに、ごろりと地面に転がってしまいました。
「うぅん……」
寝起きの目をこすろうと、右手を動かそうとして、かえるくんはおかしな事に気が付きました。
かえるくんの右手が、無いのです。
右手だけではありません。左手も、両足もありません。
かえるくんは自分の体を確かめるために、光のさす出入り口から、外へと飛び出しました。
外の景色は、見慣れたいつもの風景ではありませんでした。
暗くてわかりませんでしたが、起きた場所も自分の家ではなかったようです。
明るい場所に出て、自分の体を見たかえるくんは、声が出ないほどに驚きました。
そこにあったのは、濃い緑色のうろこにおおわれた、“つた”のように細長い体だったのです。
かえるくんは体をくねらせるようにして、動き始めました。
落ち葉をかき分け、池が見えると、その水面をのぞき込みます。
そこに写っていたものは、なんとも信じられないものでした。
なんと、それはかえるくんの顔ではなく、へびくんの顔だったのです。
かえるくんはどうしてこうなってしまったのか、あちこち動き回って、きょろきょろ見回しながら考えます。
(どうしてっ! どうしてぼくがへびくんになっているんだ!?
……そうだ……!
昨日の夜ぼくは、「ぼくがへびに生まれればよかったのに」と願った。
きっと神様が願いを聞いてくださって、ぼくとへびくんの体を入れ替えてくれたのだ! そうに違いない!)
かえるくんは喜びました。
これでもう、へびくんにおびえることはない!と。
そこに、一つの影がぴょぉんと飛んできました。
その影の正体に、かえるくんはまたも驚きます。
それは、昨日までの自分の体だったのです。
そしてへびくんの体に入った、かえるくんに言います。
「君は……かえるくんだね?」
かえるくんは自分の考えがあっているのかを確かめます。
「そういう君は……へびくん?」
昨日までの自分の体が、こくりとうなずきます。
やはり、かえるくんとへびくんは、お互いの体が入れ替わってしまっていたのです。
「どうしてこんなことになってしまったんだ!」
へびくんが困ったように、頭を両手でおさえながら言います。
かえるくんは落ち着いた様子で返事をします。
「ぼくが願ったからさ」
「えっ……?」
かえるくんの返事にへびくんは、どうにもわからないといった表情をします。
「ぼくが願ったのさ。『ぼくがへびに生まれればよかったのに』ってね。君がいけないんだ。君がぼくを、食べようとするから!」
へびくんはかえるくんの言ったことに驚いた様子で言います。
「そんな! ぼくが君を食べようとしていただなんて!」
へびくんが訴えかけるように言います。「ごかいだ!」
「いや、君はぼくを食べようとしていた! ぼくが毎日のように、虫をあげていなければ、食べられていたのはぼくの方だった! でも、もう限界だ! 君のせいで、ぼくはもう何日もごはんを食べていないんだ!」
「そんな……」
かえるくんの体に入ったへびくんは、ぽろぽろと泣きながら言います。
「そんなつもりじゃなかったんだ! ぼくはただ……君とお友達になりたかっただけなんだ!」
「そんな嘘、信じないぞっ!」
かえるくんはしゅるりとへびくんに近づき、尻尾を首に巻きつけます。
そしてぎゅうっと力いっぱい、しめつけました。
「うぐぅぅっ」
へびくんが苦しそうにのどを鳴らします。
「しんでしまえっ!」
かえるくんは、へびくんの涙にあふれた両目をにらみつけました。
その時、へびくんのぬれた両目に、にらみつける自分の顔がうつっているのが見えました。
それはなんともおそろしい、かえるくんの今まで生きてきた中で、見たことのないほどにおそろしいものでした。
昨日までかえるくんの見ていた、へびくんの顔とは全く違うものでした。
へびくんの目や口は、たしかにするどくって、こわく見えますが、今へびくんの両目にうつった顔は、全くちがうおそろしさなのです。
それは、悲しさや、冷たさや、苦しさをふくんだ、おそろしさだったのです。
そして、かえるくんははっと気付いたように、首をしめつけていた力をゆるめました。
かえるくんの尻尾から離れたへびくんは、のどをおさえながら、げほっげほっとせきこみます。
かえるくんはというと、体をふるわせて、泣き出しました。
「ぼくは……なんておそろしいことをしようとしていたんだ……」
へびくんは息が落ちつくと、泣きじゃくるかえるくんに近づき言いました。
「いや、ぼくの方こそ悪かったよ。君ににらまれてわかった。そんなにするどい目をして、大きな体で近づいていったら、そりゃあこわかったろうね。今まで気がつくことができなくて、ごめんね」
かえるくんは泣きながら言います。
「そんな……全部ぼくのかん違いがいけなかったんだ……。きちんと君と話をしていれば、こんなことにはならなかった……。なんてことを……」
かえるくんの目から、ぽろぽろぽろと、涙のつぶが三てき、落ちました。
すると、なんともふしぎなことが起きました。
涙の落ちたあとがきらきらと白く光りだし、その光がかえるくんとへびくんをつつみこんだのです。
ふたりは何が起こったのかもわからず、目をつむりました。
そして、かえるくんが目を開けた時、目の前にはへびのすがたをした、へびくんがいました。
へびくんが目を開けると、目の前にはもちろん、かえるのすがたをした、かえるくんがいたのです。
ふたりは、泣きながらだきしめあいました。
そして、ごめんね、ごめんねと、言いあうのでした。
ふたりはその後、友達になりました。
どんなことだって正直にいいあえる、心のつうじあった友だちになったのです。
ふたりは仲よく生きました。
いつまでも、いつまでも。