episode『006』 育成訓練Ⅰ
「とりあえず、状況を整理しようか」
閉め作業が終わったサバイバル演習場の受付フロアには、俺とまぅまぅと新たにできてしまった妹が腰を冷たい床に下ろしている。新たな妹には、即興で俺と同じような黒タイツを着用してもらっている。そのため、胸からちょいちょい小さい円錐のような物が浮き出てて目のやり場に困る。
俺の視線に気がついた美人な妹は、ニコニコと向日葵のような笑顔で返してくる。多分見られても嫌じゃないのだろう。
だが、隣にいたまぅまぅに肘打ちをされて、すぐに視線を逸らす。
金髪アフロを弄りながらブランドォーは新たな妹を見て、唸っている。
「どうした?」
「いや、どうこうする以前に、この子の名前を決めるのが先じゃないかしら」
「まぁ、そうなんだが……」
名前を決定する事が大切なのは分かっている。いつまでも新たな妹と呼んでいては、メンドクサイし、彼女が可哀想でもある。
とりあえず名前を決めようと視線で合図をブランドォーに確認を取り、まぅまぅにも同じ視線を送るとぷいっと顔を逸らされてしまった。反抗期か?
「なんだまぅまぅ。名前以外に何を決めるんだ?」
「ぷーっ! 理玖様は何でもかんでも妹にし過ぎです! もっと考えて行動してください!」
「そうはいってもな……」
頬を風船みたいに膨らまして睨むまぅまぅ。どうやら、片っ端から妹にしてしまう俺が気に食わぬ様子。でも、できることなら俺だって妹なんていらないし、なんならまぅまぅすら必要がないのならいらない。だけど、生きる為には少しでも戦闘力があったほうがいい。
しかし、それをまぅまぅに告げれば、きっと滝のような涙を流すに違いない。さすがにそれは可哀想なので、別の理由でまぅまぅに納得してもらう。
「でもよ、消え去りそうな子をそのままにするなんてできないだろう?」
「それは……そうですけど……」
「だから、俺はまたキスをしただけだ」
「わざとヤラしい言い方しないでくださいっ!」
遂に涙目になったまぅまぅは勢いよく立ち上がり、二階の階段を駆け上がる。そのとき派手に転んだ音が響いた。それを耳に入れたブランドォーと新たな妹は、ぷっと軽く笑いを堪えていた。
まぅまぅも席を外した事だし、改めて名前を決める作業に入るとする。
「なぁ、なんか呼ばれたい名前とかあるか?」
「呼ばれたい名前ですか? お兄様になら、肉便器と呼ばれても受け入れますが」
「うん。却下」
「では、アワビとか?」
「お前一回海に潜ってアワビさんに謝ってこい」
真剣な顔を保っているにもかかわらず、口から出るのは下ネタ。こういう奴って妹属性があるのか謎なんだけど。いや、でも理沙もよく下ネタは言ってたな。
ブランドォーが顎に手を置いて、唸っていると電球が光るように金色のアフロが光った。お前のアフロは何なんだ。
「じゃあ間を取って蘭なんてどう?」
「何の間なのか知らないけど、蘭ならいんじゃね? 見た目と名前が一致するな」
ブランドォーがウィンクしながら俺にハートマークを送ってきた。いや、普通に気持ち悪い。
そんな中、蘭がブランドォーを親の仇のように睨みつける。
「間ってお前私をただの淫乱な美女って意味だろ!」
「自分で美女っていうなよ……」
「ええい! 私は確かに淫乱なただの雌豚かもしれません」
「えらいランクが下がったな」
「ですが、それは全てお兄様限定です! 他人から変態呼ばわりされるのは心外です!」
蘭は歯を食い縛りながらブランドォーを未だに睨んでいた。その間俺のツッコミも同時に受けていた。器量が凄まじい。
このままでは、蘭という名前が淫乱の乱だと勘違いされたままになってしまうので、俺は近くにあったホワイトボードに水性のマジックで文字をスイスイと書き進める。
「おい蘭」
「はい、お兄様」
「一回こっち向け」
振り向いた蘭は俺の方へと振り向くと表情がデフォルトに戻った。コロコロ変わり過ぎのような気がする。
ホワイトボードに書かれた文字を見せた。
「俺やブランドォーが言ってるのは、花の蘭の事だ。決して淫乱の乱って意味じゃねぇよ」
「まぁ! では、私はお兄様にとっては花のような心を和ますような存在だと! それは大変ありがたき幸せでございます。これからは花として、お兄様の太くて硬い雄しべを……」
「どうやったらその思考に辿り着くんだ」
すぐに暴走する蘭には参ったものだ。だが、誤解は解け更に名前も納得してくれたので良しとする。
今日はもう真夜中だから仕方ないが、これからどうするかを考えねばならない。
ブランドォー辺りは、どうすれば強くなれるのかを知っているかもしれない。
「ブランドォー。明日から本格的に皆を強くしたいと思ってるんだが、どうすれば強くなるか分かるか?」
「それこそ、ボウヤが一番分かってるんじゃないの? おチビさんを始め、皆の好感度を上げるしかないわよ」
「……やっぱりそうなるのか……。だけど、俺に皆の好感度なんて調べられるような道具なんてないぞ」
「それなら、良いのがあるわよ」
そう言ってブランドォーは受付カウンターの中から、ごそごそと何かを探し始めた。
その間、無言を保っていた蘭が俺に視線を移して、何やら不服な目でこちらを見てくる。そんなに見られても困るだけなので、一応なんで凝視するのかを尋ねる事にした。
「何か不満でもあるのか?」
「ええ。大いにあります。何で私よりもアフロの人を信頼してるのですか? 私は妹でもあり、お兄様の性玩具でもあるわけですが」
「わざとイヤらしい言い方すんな」
「ですがですが、私は誰よりもお兄様に信頼されたいのです」
「…………」
誰よりも信頼されたい。それは手足になるという意味なのだろうか。産まれてすぐに斬りかかってきたわりには、結構溺愛されてると感じる。確かに、前の世界で普通に出会えば蘭の事も好きになっていたかもしれない。だけど、俺はこれだけ美少女が揃っても、やっぱり波留が好きだという確固たる気持ちは変わらない。
下ネタを発する以外は基本真面目な蘭に、俺の正直な気持ちを伝えるのはダメージを与えるかもしれないけど、俺はちゃんと言葉にすることにした。
「蘭の事を信頼はすると思う。けれど、一番っていう点じゃ無理かもしれない」
「…………」
「俺はこの世界にはいないかもしれないけど、ちゃんと好きな人がいるんだ。だから……」
そこで、泣きそうな顔をした蘭に口を手で塞がれる。いきなりされたので、言葉に詰まるが、蘭の顔を見たら何も言えなくなってしまった。
一度首を横に振った蘭は笑顔で口端を吊り上げて無理矢理笑顔を作って見せた。
「その先は口にしなくて大丈夫です。お兄様のその人に対する想いは届きました」
「……悪いな」
「ですので、私はお兄様がその人を諦めるまで、またはその人にフラれたときに押し倒します」
「……もっとまともな言い方はなかったのか?」
ここで下ネタを入れてくる辺り、蘭っぽい。だが、重い空気のまま話をさせないのは彼女による気遣いなのかもしれない。
俺は鼻で笑いながら、蘭の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「サンキューな。フラれたら慰めてくれ」
「押し倒さなくていいんですか?」
「それ以上先は求めてないぞ」
「誰もその先は何をするのかは言ってませんよ? お兄様はえっちですね」
「お前にだけは言われたくないな!」
調子を取り戻した蘭は、上品な事に口元に手を当てて笑う。言ってる事は最低なんだけどな。でもま、蘭の為にもサクッとお兄ちゃん魔王を倒さなきゃいけないかな。
ちょうどブランドォーも探し物を終えたらしく、綺麗な海をそのまま腕輪状にしたアクセサリーを渡してきた。
無言のままブランドォーは、それを指差して腕に着けろとジェスチャーしてくる。何故無言なのかは分からない。
ブランドォーの指示した通り、手首に装着すると、身体中の力が漲ってくるような感覚にさらされる。
腕輪が光り、B・Iのようなモニターが浮かび上がる。透明な可視化されたモニターには『所有者データ更新中……』と表示されている。そして、ピコーンという軽い音が響き、俺の名前が移り、ステータスと書かれた数値が次々に羅列され始めた。
「えーっと……ヒットポイント500に攻撃力が100。防御力が50に素早さが2000?」
「それがボウヤの基礎能力値ね。移動速度だけやけに速いわね」
数値が素早さだけ高いという事なのか。ゲームみたいだと感じる。という事は、本当に初期の初期なのでは? いや、もしかしたら、この世界における男は弱いのかもしれない。でなければ妹とかいう存在に手を出したりなんてしないだろう。
次に出てきたのはお兄ちゃん属性。これだけは数値ではなくメーターだった。そのメーターだが、モニターを振り切ってバグった感じに見える。
「なぁ……このお兄ちゃん属性ってのだけメーター振り切れてんだけど」
「まぁ当たり前よね。あなた真央ちゃんを妹にしたのよ? そんなの前代未聞なのよ」
「ってことは、普通妹にできないってことじゃねーか!」
「そうよ。普通ならね。ボウヤならできるって信じてたわ!」
「あのな……」
つまり、俺の中にある異常な数値であるお兄ちゃん属性が可笑しいから真央を仲間にできたわけだ。
ブランドォーは腕を組みながら、蘭を見つめる。見つめられた蘭は可愛く首を傾げた。
「この子だってそうよ。通常は召喚された子達っていうのは必ずクエストをこなさなければ、キスすらできずに消えてしまうのが常よ。最初から好感度が高いのは珍しいのよ」
「は、はぁ……」
蘭も通常ならば、妹にできないという事が普通のようだ。つまり、あのサバイバル演習のゲーム的なものも、それなりの高得点を出して尚且つお兄ちゃん属性も高くなければならない。そして、その両方を成立していなければ、蘭を仲間にするチャンスを失っていたという事に直結する。
俺は一応チャンスをものにできたことになる。まったく嬉しくないけど。
「でも、好感度が振り切ってるのなら、これ以上上げる必要もないんじゃないか?」
実際に考えれば、これ以上上げる事なんてできない筈だろう。今だけでも、まぅまぅとか真央はウザったいほど引っ付いてくるのに、さらに仲良くなったら鳥肌が立つような事があってもおかしくないだろう。
だけど、生き残る為には鳥肌ものの悍ましい事も我慢しなくてはならないのだろうか。それはそれでかなり嫌だけど……俺が頑張るしかないのだろうか……。
金髪アフロを揺らしたと思ったら、ブランドォーは首を横に振っていた。
「別にそういうわけじゃないわ。初期から好感度が高ければ、その間に習得できるはずだった技を覚えていないのよ。つまり、これからボウヤがすることは、全員とデートして――――――」
ブランドォーは言葉を一度切って、俺だけを直視した。
「完全で完璧にボウヤにデレデレな妹達を育て上げることよ」