episode『005』 異世界転生Ⅴ
食器を洗いながら、ブランドォーの言葉を思い出す。
先ほど、真央とまぅまぅが話に夢中になってる間に真央が現在のお兄ちゃん魔王に負けた経緯を聞いた。
どうやら、真央は世界を滅ぼそうとはせずに、魔物を扱って人間に復讐を企てていたようだったが、そこに異世界人のお兄ちゃんが駆けつけ、真央を封印したようだ。
決して真央のしようとした事が許されるわけじゃないが、そのお兄ちゃんの作戦が下劣だったという。
性奴隷として扱っていた妹を片っ端から、真央に突撃させ、真央を拘束させる。そこに仲間であり現在は幹部の男達が真央の身体を舐め回し、トラウマを植え付けたようだ。
そして嫌がる真央がドストライクだったお兄ちゃん魔王は新たな性奴隷にしようとしたらしいが、頑なに拒否して封印されたらしい。
やはり、一度真央の為にも戦うしかなさそうではある。
食器を洗い終えると、外は真っ暗で、受付をしていた場所まで顔を出すと、ブランドォーが閉め作業をしていた。どうやら今日は営業終了のようだ。
「そういえば、ここの客足ってどうなんだ? 今日見た感じだと結構客は入ってたみたいだが」
「そうでもないわよ。前のほうが忙しかったし、最近はからっきし。もう赤字決定よ」
「そうなのか……」
ブランドォーが溜息を吐いた。それも結構深く。世界が滅ぶと予言されるまでは、通っていた者もいたのだろう。
「少し手伝うか?」
「いいわよ。ボウヤにこれ以上仕事させたら、こっちが怒られそうだしね」
後ろへと振り向くと、そこにはまぅまぅと真央が濡れた髪で俺の事を待っていた。ブランドォーがパジャマを貸してくれたのか。二人ともダボダボではあるが、きちんと服を着ていた。
二人とも眠たそうに目を擦っている。
「どうした?」
「か、髪の毛が濡れてるとなんだか落ち着かなくて……」
「我はそのままでも良いのだが、おねーちゃんが聞かなくてな」
「あーはいはい。ブランドォードライヤーってあるか?」
「洗面所にあるわよ!」
「借りるぞ」
それだけ言って、俺は洗面所に置いてあるドライヤーを借りた。つくづくこの世界は文化が一緒だ。
スイッチを入れて、二人の髪を乾かしていく。最初は珍しかったのか、二人ともドライヤーに興味津々だったのだが、いつの間にか眠りについていた。子供は寝る時間のようだ。
二人を同じベットで寝かして、電気を消し、一階にある仮想サバイバル演習と称される機器を眺めた。
「やってみる?」
「いや、世話になってるのに、これ以上面倒をかけるのは悪いからいいよ」
「そう? 報酬として受け取ればやる?」
「……じゃあ少しだけいいか?」
「もちろん」
そういうと、ブランドォーは機器のスイッチを押す。
サバイバル演習と呼ばれた機器は、簡単に言うのなら体感式ゲームだ。モニターが置かれて、手足にリングを装着すると始まる。モニターに現れる魔物を攻撃することによってポイントを稼ぐゲームのようだ。
「設定は演習っていうくらいだから、身体能力がそのまま反映されるわ」
「だろうな。やってみるよ」
次々と現れる敵を片っ端から倒し続けるだけの無双ゲームを思い出す。
プレイすると、雑魚を蹴散らかす簡単なものだった。途中二十体目で現れる敵が若干強いくらいで、ほとんど魔物が変わらない。
これは退屈だ。
「……なぁ、ブランドォー。つまらないんだが」
「…………」
ブランドォーの返事はなかった。そちらに視線を送ると、険しい表情でモニターを眺めていた。現在のポイントは五百万。基準がわからないので、何とも言えない。
そして、俺は飽きた。
「もうやめていいか?」
「ちょっと待ちなさい!」
「……」
俺はめんどくさくなって、途中でゲームオーバーした。
それを見て、ブランドォーはまだ固まっていた。
「おい、どうしたんだよ」
「……ボウヤの出した記録……世界記録をぶち抜いてるわよ……」
「は?」
「この機械はネットワーク通信型サバイバル。つまり、敵をどれだけ倒してポイントを出すかを気そうゲームなの」
「はぁ……」
「で、このゲームで高得点を出した人には――――」
そのときモニターから、ガチャガチャのようなプラスチックの球体が出てきた。
「プレゼントが贈られるの。中身はあたしも知らないわ」
「へぇ……」
あんなクソゲーでプレゼントねぇ……期待しないでおこう。
俺はガチャガチャを開ける。
すると、周辺に光が差し込む。太陽にも負けないくらいの光はすぐに俺の視界をホワイトアウトさせる。
「な、なんだこれ!? 罰ゲームなのか!?」
「あ、あたしだって初めてなんだからね!」
「気持ち悪いからそんな言い方すんな!」
徐々に光は止み、人型をした何かに変わった。
ガチャガチャから出てきたプレゼントに俺とブランドォーは絶句する。
「え……まさか、またこのパターン!?」
「……ボウヤも罪な男ねぇ……」
目の前には俺よりも身長が高い全裸の女性。蒼く長い髪の毛。豊満に膨れた胸。細い四肢。そして、まぅまぅや真央と違ってキリっとした顔立ち。美人の部類だ。
彼女はゆっくりと瞳を開ける。
「……お兄様……」
「何でそうなる!?」
「……お兄様が呼ばれたのではないのですか?」
「いい加減にしろッ! 俺はお前のお兄ちゃんなんかじゃない!」
「……では見込み違いですか?」
「そういう事だ。っていうか何で次々こんな変人ばっかり集まるんだよ!」
「それはボウヤの……まぁ黙っておくわ」
彼女はゆっくりと立ち上がり、左手を掲げる。
すると、そこに光の剣が現れる。
「お兄様でないのなら、殺すだけです」
「はい、ストップ! ちょっと待てよ!」
いきなり斬りかかろうとする全裸美女。さすがに、今回ばかりは罰ゲームとしか思えない。
そこにまぅまぅだけが降りてくる。
「何事ですか!」
「あ、良い所にきた! まぅまぅ! コイツなんとかしろ!」
「は、はいっ!」
まぅまぅはパジャマのまま、固まった。
何してんの? 俺の手足じゃないの!?
「……すいません。まぅまぅはクエストに参加できないみたいです……」
「は!? どういう事だよ!」
「この人を妹にするには、理玖様が戦うしかないようです……」
「ま、マジかよ……」
どんなクエストなのかは知らないけど、俺個人で解決するしかないってことなのか。という事は、俺が死ねばクリアで、勝ったらどうなるんだ?
「さぁ、行くぞ! 私のお兄様をどこにやった!!」
「しらねーよ!」
光の剣を振う全裸美女。
俺が斬撃を避けると、その先一体が斬れる。斬撃は走ると、街のどこかへ消えた。
つまるところ、攻撃を一回でも喰らえばアウトじゃないの?
「待て! 落ち着け!」
「落ち着いていられるか! 私を召喚したお兄様に出会うまでは!」
「召喚したのは俺なんだけど!」
「え……?」
剣を止めた。なんとか一命は取り留めたようだ。
召喚したのは俺だ。という事は自動的に俺がコイツのお兄様のようだ。もう、色々とあり過ぎて頭が痛い。
全裸美女はしゃがみこみ、頭を下げる。
「失礼しました! わ、私の勘違いで……」
「い、いやいいんだけどさ……とりあえず、お兄様って呼ぶのやめてくれない?」
「そ、それは……無理です」
「何でそうなる!?」
「私は御主人様をお兄様と呼ぶ事しかできません」
「今御主人様って言ったよね!?」
何なのだろう。この茶番……。
まぅまぅは呆れてるし、ブランドォーに至っては溜息を吐いてる。きっとこの残念な従順系全裸美女が鬱陶しいのだろう。
「では、早速契約を……」
「ちょっと待ちなさい? 契約って……まさか……」
「そうです。キスです。初めてなので、優しくしてくださいね?」
「ふざけんなッ! 何で俺ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!」
「これは儀式なのです。ですので勘弁を願いたいです」
「うるせー!」
サードキスまで奪われるのか!?
全裸美女が俺を壁まで押し込み、俺の顔の横に腕を置く。
近くで見ると、美人な顔立ちは案外好みだと気付く。心なしか、吐息が若干荒い気もする。まぅまぅや真央とは違ったパターンではある。
「契約……しましょ?」
「え……っと……」
顔の温度が上昇するのが分かる。
そこにまぅまぅの叫びが入る。
「ダメですッ! お兄ちゃんの妹はまぅまぅ一人ですっ!」
こちらに向かって突進してくるまぅまぅ。涙目で全裸美女へとぶつかろうとするが、すらりと避けられてしまう。
壁に頭をぶつけたまぅまぅは、おでこを必死に抑え込みながら、俺に「慰めて」と期待の目で訴えてくる。
でも、自業自得だよね。
「まぁ悪いんだけどさ。俺にはもう妹が一人いるからさ。契約はまたの機会に……」
「ならぬ! 私はお兄様と今すぐ契約して×××をしなければ死んでしまうのです」
「うん、それは嘘だよね?」
「契約は本当です」
クールに喋る美女。だが、契約は本当なのか。姿が段々薄くなっていく。このまま消えてくれれば、俺に妹が増える心配はない。そうだ。ただでさえ、まぅまぅと魔王の真央がいるのだ。面倒なんて見きれない。見きれないんだが……。
消えようとする美女は悲しげな瞳でコチラをみている。
俺の脳内で選択肢が現れる。
Q.妹にしますか?
はい
⇒いいえ
「お兄ちゃん……」
「ボウヤ……」
いつの間にか俺の事をお兄ちゃんと呼ぶまぅまぅとブランドォーは、俺の意志を試すかのように見ている。このまま消えればいいんだ。妹なんてむやみに持つもんじゃない。面倒が見られないのなら、元の場所に返すしかないのだ。
俺は脳内選択肢いいえを選んだ。
Q.妹を見捨てますか?
はい
いいえ
「ぐっ…………」
「お兄様……私なら平気ですよ。いつでも、お兄様の傍にいれますから……空の上からいつまでも見守っています……」
そこで何かが消える音がした。
俺は美女の肩を思いっきり掴んだ。
そして、涙を流す美女は驚いた顔で俺を見つめる。
「分かったから、俺の前で泣くな!」
「お兄様……」
サードキス。
それは俺からした。
もう、波留とのキスとか夢のまた夢かもしれない。
こうして俺は一日にして、妹が四人できた。