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妹達と歩く異世界-シスター・テイム・ワールド-  作者: 大岸 みのる
第一章:陽花 理玖は、それでも妹を見捨てられない
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episode『001』 異世界転生Ⅰ

 俺は理沙が苦手だった。嫌な事があればすぐに俺に甘える。嫌々ながらいつも優しくしてしまうのは、理沙が世の中の厳しさを、いつか知って挫折すればいいと思っていたからだ。しかし、理沙は俺よりも全てが秀でていた。それはもう妬ましいほどに。

 嫌気が差したのはいつ頃からだろうか。覚えてる限りだと、中学生になった頃には、妹なんて絶対にいらないと考えていた。そして、来世は絶対に妹以外の家族が欲しいと願っていた。

 人生の最後の最後まで、理沙は俺にトラウマを残した。俺は確固たる決意をする。

 妹なんて絶対に不必要な存在だ。




 ◇




「あれ?」


 理沙によって背中を刺された筈の俺は、生きていた。いや、まだ断定は早いと思い瞼を開け、上体を起こし、背中を摩る。全てがそのままだ。学生服だし、背中に穴も空いてない。心臓の鼓動も安定している。

 しかし、空は黒と紫の闇色に包まれている。大地には草原の丘が広がり、俺はその高台にて眠っていたようだ。

 ――――そう俺は生きてる。俺は生きてるんだ。なぜか。


「目覚めましたか? お兄ちゃん」


 安定していたと思った心臓は跳びはねる。『お兄ちゃん』。その言葉は最早俺の中ではトラウマだった。

 腰が引けたまま、その声から逃げようとする。声の主は背後にいた。

 ペンギンの着ぐるみを被った、身長が百四十センチジャストくらいの少女。かなりの童顔(当たり前だが)で、髪の毛が鮮やかな桜色をしていた。

 彼女は首を傾げながら、俺を見つめる。


「……どうかしましたか?」

「お、俺が……お兄ちゃん……ふざけるな!」

「……? ダメでしたか?」

「い、いや、すまない……なんでもない」


 汗が頬を伝う。初対面の子になんて失礼な事を言ってしまったんだろうと反省する。何も悪気があったわけじゃないし、むしろ親切に助けてくれたのかもしれない。

 それよりも、波留がどうなったのかが気になった。


「わ、悪いな。……俺の他に人を見なかったか?」

「……? 見てませんよ? ここには、まぅまぅと勇者であるお兄ちゃんしかいませんよ?」

「まぅまぅ? 勇者?」


 一気に会話が分からなくなった。俺の頭にクエスチョンマークが浮かんでるのを視界に納めた少女は、手首に巻かれたエメラルドグリーンに光る腕輪を見せてきた。

 綺麗な輝きを放つブレスレット。目が吸い込まれそうになる。


「自己紹介がまだでしたね」

「……ああ」

「まぅまぅは、マリスタナル・ウルランド・マーチクス・ウブラー。縮めてまぅまぅです」

「……とりあえず二三箇所ツッコませろ」

「ふぇ!?」


 俺が満面の笑顔で、喋ると驚いたのか。まぅまぅは後退る。その姿を見て、まぅまぅは弄られる事に慣れていないようだと直感する。しかし、名前が長い事に関してツッコミたいし、どう見ても外国人なのに日本語を使える事にもツッコミたいしで、頭を掻き毟る。

 そんな様子を黙って見ていたまぅまぅは、小さな人差し指を咥えて、首を傾げる。それを視界に入れると、イラッとする。


「……と、とりあえず、ここがどこで、なんで俺がここにいるのかを説明してくれ」

「は、はい」


 首を縦に振り、まぅまぅは手首に装着したエメラルドグリーンの腕輪に、反対側の手を掲げる。すると、モニターが現れる。俺はそのモニターを覗き込む。そこにはまぅまぅの長い名前と数字が書き込まれている。


「これは?」

「まぅまぅのステータスです」

「ステータス? 車の免許とか?」

「く、くるま……?」


 拙い発音で車と発し、首を傾げる。ステータスと言われれば、未知の世界である合同コンパで多用される言葉である。その事について言ってるのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 まぅまぅは俺に車という単語の説明の続きを求めている。しかし、俺もまぅまぅの話を聞きたい。お互い長い沈黙を経て、ようやくまぅまぅが口を開いた。


「よ、ようは、まぅまぅ自身の能力値です……」

「お、おう」


 明らかにテンションが下がった。ペンギンの帽子がヘタっと萎れる。

 ――――こいつ分かり易いな……。


「で、そんなもの見させて何がしたいわけ? 助けてもらった事に関しては感謝してるけど、恩を返せるわけじゃないぞ」

「……そ、そう言われましても……どうしても、指揮者(コンダクト)である勇者様が必要なんです……」


 泣きそうになるまぅまぅ。見てるとなんだか、小さい頃の理沙を思い出してきて、イライラする。しかも、妙に妹っぽいというか、まぅまぅの年齢が知りたくなる。


「指揮者ってなんだ?」

「簡単に言うと、まぅまぅ達を好き勝手できる勇者様の事です」

「……は?」


 好き勝手? こんな小さい子に好き勝手とかバカじゃないか? ロリコンじゃあるまいし……。

 俺の疑問を感じ取ったまぅまぅは、掌を差し出す。


「この手を握ってください」

「は? なんだよ急に……」

「お願いします」

「嫌だっつの!」

「なら、股間を握らせ――――」

「馬鹿野郎ッ!」


 俺はまぅまぅの頭を軽く叩いた。叩かれたまぅまぅは、涙目でこちらを見てくる。痛かったのだろうか。力は緩めた気がするんだけど。


「うう……」

「わ、悪かったよ……ほら、手握れ」


 涙目になりながらも、俺の手をまぅまぅは握った。

 すると、突然まぅまぅの全身が光だした。まるでスーパーサイ⚪人のようだった。凄まじい光を纏ったまぅまぅは、上空に向けて掌を掲げ、短く「はっ!」と叫ぶと、空に光の波動が放たれた。

 空を泳いでいた雲が割れ、波動はどこかへと消えた。

 まぅまぅは満足した顔で、俺に振り向いた。


「こんな感じです!」

「何が!?」


 何がなんだか、サッパリ分からなかった。

 それから、気を取り直してまぅまぅは説明してくれた。

 この世界は魔王と呼ばれる“お兄ちゃん”が存在し、この世界はその魔王の幹部により、あと三日で滅ぶらしい。そこでなんとかしようと召喚されたのが、俺のようだ。

 その魔王を退治するのが主な目的であり、俺が元の世界に帰る方法かもしれない。とまぅまぅは話した。

 そして、勇者として召喚されたのは他にも三人いるらしく、もしかしたらそれが波留や理沙かもしれない。ということはさっさと、魔王“お兄ちゃん”とやらを倒して、元の世界に帰る事が先決である。

 あとお兄ちゃんて呼ばれるのは不快だった為、名前で呼んで貰う事にした。


「で、戦う為にはどうすればいいんだ?」

「いえ、お兄ちゃ――――理玖様は戦う必要はありません」

「なんでだ?」

「言ったじゃないですか。まぅまぅを好き勝手にしていいと。つまり、まぅまぅは理玖様の手足なのです!」

「…………」


 どうやら俺は戦わず、まぅまぅが戦うらしい。これは男として一体どうなのだろうと思う。しかし、そこはまぅまぅも譲らないので、どうしようもなかった。

 ちなみに、まぅまぅ自身のステータスは好感度と呼ばれる物を上げれば高くなるらしいが、俺のステータスを上げるには、『異性としての魅力』を上げるしかないようだ。その為、必然的に俺は御洒落に気を使わなければいけないらしい。そうすることによって、防御力が上がるらしい。

 つまり、全世界の勇者は力もないくせに指揮する。男尊女卑の世界なわけだ。クソッタレ過ぎる。


「で、この世界を作ったのはどこのどいつだ?」

「……わかりません。ですが、現魔王である“お兄ちゃん”は全ての女性を奴隷にと、世界を改革しようとしてるのです」

「分かった。お前のご機嫌を取らなきゃいけないのは嫌だが、元の世界に帰るにはそいつを倒さなきゃダメなんだろ? ならやるしかないな」

「ありがとうございますっ! じゃあ、まぅまぅと契約してください!」

「はっ?」

「契約です。最初の妹として、まぅまぅとキスしてください!」


 瞳を輝かせているまぅまぅ。妹とか言ったけど、え? さっきの説明に妹って単語一言も入ってなかったよね?

 俺が戸惑っていると、まぅまぅが接近してきて、瞳を伏せながら近づいてくる。小さい唇がぷるぷるして柔らかそう。だけど、俺は絶対にしない。

 ファーストキスは波留の為にとっておくと決めてるんだ。


「断る」

「え? そんな!? それじゃあ魔王を倒せませんよぉ!」

「無理なものは無理だ。お前だって好きでもない相手にキスするのは嫌だろう?」

「そんなことありません! まぅまぅは、ちゃんと理玖様を好きになってみせます! 妹として!」

「最後が余計だ! 言っとくがな。俺は妹という存在がトラウマなんだ。出来ることなら、妹なんていらないし、顔も見たくない。だから、無理だ」

「う、ぅぅぅぅぅ……」


 泣きそうになるまぅまぅ。小さい子供を泣かしてしまうとは、俺も悪い人間なのかもしれない。だが、無理なものは無理。それは決まっているのだ。理沙にすら、キスさせた事ないんだから。

 だが、涙を溢しそうなまぅまぅを見てると、なんだが、決意が折れそうだ。小さい子にキスするならまだアリかなとか思ってしまう。女の子って怖い。


「ぶしゃああああああっ!」


 不意に発生させられた声に反応するまぅまぅ。何とも気持ち悪い声だった。

 発生源は俺の背後。そいつは俺よりも背丈が高く、横の丈も身長と同じくらいで、顔が荒れてて気持ち悪かった。俺は内心で感づいた。

 ――――これってニートの末路?

 ハゲた髪の毛。白い粉を吹き荒らす。

 その白い粉が草原に散らばると、突然爆発音を上げて、草原の一帯を吹き飛ばす。


「ぐあっ!」


 俺だけが吹き飛び、背中を強打する。爆風に飛ばされた事による痛みが背筋に伝わり、立ち上がるのが困難になる。

 そんな俺に再び近づく、ニート男。白い粉は依然として散らばり、粉塵爆発を巻き起こさせる。俺の目から見たら、完全にラスボスだ。

 そして、俺の目の前にまぅまぅが立つ。


「大丈夫ですか! 理玖様!」

「な、なんなんだあいつ!」


 まぅまぅはブレスレットをニート男に向ける。するとピコーンという軽やかな音が響く。


「あれは、Fランクモンスターのニート男みたいです!」

「まんまじゃねーか!」


 思わずツッコミを入れてしまった。Fランクがどれくらい強いのか分からないけど、このままだと確実に死ぬのは確定的である。

 俺は背筋の痛みを堪えながら、立ち上がる。そして、拳を固く握り、振りかぶりながらニート男に向かって走っていく。


「うおおおおおおおおお!」

「だ、ダメです! 理玖様ッ!」


 俺の拳は大きく振りかぶった所で、まぅまぅが俺の事を止めた。


「なっ!? なんで止めるんだよ!」

「さっきの攻撃見ましたよね? 死んじゃいますよ!」

「いや、でも、お前に戦わせるくらいなら……」

「もう黙っててください!」


 その瞬間。俺の口元を柔らかい何かが塞ぐ。それは幼いまぅまぅの潤んだ唇。瞳を閉じたまぅまぅの睫毛は長く、顔が案外整っている事に気が付く。初めてのキスは、柔らかく、気持ちがいいものだった。

 ただし、それが波留とならもっと良かったんだけど。

 キスしたまぅまぅは、俺の身体から離れ、左手を俺の心臓部に突き刺す。


「ぐあっ! お、お前っ!?」

「大丈夫です。理玖様の力を借りるだけです!」


 俺の胸部から血は出ていなかった。そして、心臓部から金色に煌めく柄が現れ、まぅまぅはそれを握る。ぎゅっと感触を確かめ、勢いよく抜いた。


「ぐああああああああああっ!」

「ごめんなさい。痛いのは最初だけです!」


 胸から何かが抜けた虚しさ。まるで心臓が抜かれたみたいだった。しかし、不思議と痛みというのはなく。今の叫びはむしろ、感じた事のない何かだった。気持ちいいような、痛いような。まぅまぅと繋がる感じ。

 膝立ち状態から、呆然とするしかできない俺は、まぅまぅが向かった先を見つめる。


「聖剣・リクカリバーッ! 行きます!」


 そう叫んだまぅまぅは一振りで、丘一帯をニート男ごと吹き飛ばした。


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