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episode『000』 プロローグ

「お兄ちゃんエッチしよ?」

「断る」


 俺の日課。それは妹からの求愛行動を却下する事だ。

 彼女の名前は陽花(ようか) 理沙(りさ)。闇色かつ腰まであるツインテールを揺らす妹だ。高校一年生にしては幼すぎる顔立ちに、同じく齢15歳にしては大き過ぎる胸。雪を連想させられる肌。平均よりやや低い身長の俺の肩一個分低い背丈。

 知能・運動神経・性格共にハイレベル。もはや、現役で難攻不落の棟大は余裕で合格できるんじゃないかと父と母は夫婦会議している。

 運動の方も、中学の時に全国陸上大会にて出場し、数多くのタイトルを総ナメ状態だ。他にもバレーボールの全国大会の助っ人参戦に、女子レスリングの無料一日体験で、世界に名を響かせるコーチ相手に完全勝利と未だ伝説は続く。

 それなのに特に性格は悪くなく、鼻にかけていない。同級生からの人望も厚く、先輩後輩共に信頼がある。

 全てが完璧に思える妹・理沙だが、彼女の汚点が一つだけある。

 それは極度のブラコンという事である。

 実際に彼女に想いを馳せている同級生先輩後輩は、星の数程いる。現に高校生となってまだ数日しか経ってない今でさえ、ファンクラブは既に存在している。

 だが、本当に俺以外に興味がないのか。学校のイケメンをはじめ、モデル・俳優からもナンパされては、告白を全て断ってきた。異常としか言えない。

 

「じゃあキスは?」

「断る」

「うーんと、じゃあ、あたしの服脱がす?」

「なんで話が飛躍してんだ」

 

 夕方になると、理沙はいつも俺の部屋にやってくる。

 母親は夕飯の支度で、この時間はいつもいない。理沙はこの時間帯をゴールデンタイムと称し、勝手に部屋へと侵入してくるのだ。ちなみに、俺はデス・タイムと呼ばせてもらっている。

 理沙を部屋から追い出す為に、読み途中の本を一旦机の上に置いて腰を浮かす。いつものパターンなのだが、それをさせまいと理沙は目くじらを立てる。

 

「今日はここを出ないからね!」

「俺の部屋だ。自由の時間(プライベート・タイム)を邪魔されてたまるか」

「あたしのゴールデンタイムもこれからだよ!」

「知るか」


 俺は理沙の肩に両手を置いて押し出す。しかし、動こうとしない。必死に壁にしがみ付いて離れない。まったく面倒極りない。

 このままでは、俺のデス・タイムは終了せずに自由の時間も訪れない。

 俺は使い古された手を扱う事にした。


「あ! あそこに俺の姿形中身をしたドッペルゲンガーが理沙を呼んでる!」

「え!? 嘘!? お兄ちゃんが二人!? わぁッ! どこどこ!?」

「多分理沙の部屋に行ったぞ!」

「本当!?」

「ああ! だから早く捕まえてくるんだ!」

「はいっ!」

 

 ダイヤモンドにも負けない笑顔を漏らし、俺に敬礼した理沙は急いで自分の部屋へとダッシュした。

 もちろん嘘である。俺にソックリだったら何でもいいようだ。

 部屋の扉を閉めて、入念に鍵をかけておく。扉に背中を預けて俺は徐々に床に座り込む。

 デス・タイムと呼んでいるのにはワケがある。

 通常、何でもできる妹がいれば可愛いのかもしれない。おまけに理沙とは血が繋がっていない。だから、あんな事やこんな事なんてし放題だ。俺が誘惑に負ければそうなるだろう。

 しかしだ。我が家は普通ではない。

 簡単に言うならば、妹ができて何故兄ができないのかと疑問に思われる家庭なのだ。つまるところ、理沙は何故才色兼備なのに兄である俺は並程度しかなんでもできないのかと言われるのだ。

 そんな事を言われれば、誰だって褒められ続ける妹なんて嫌いになると思う。俺は嫌なのだ。理沙が、この家族が。

 家出を考えた時期が過去に何回もあった。それこそ、両手足を使っても足りないくらい考えた。

 だが、遠くにいけない理由が俺にもあるのだ。

 俺のドッペルゲンガーがいたのが嘘だと気づいた理沙が、扉を連打する中。俺の部屋の向いにある家の窓が開く。

 

「今日も大変だね、理玖(りく)君」

波留(はる)姉帰ってたのか」


 窓の縁に両膝をついて、両頬に手を当てる彼女の名前は月島(つきしま) 波留。俺の一つ年上の彼女は高校三年。理沙とは違うタイプの幼い顔立ちで、身長も理沙よりも一センチ高いくらい。しかし、胸はそこまで大きくない。

 淡い栗色のポニーテールを揺らしながら、波留は微笑んでいた。俺の視界に波留の笑顔が入ると、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

 俺が動けない理由。それは幼馴染であり、片思いの相手である月島 波留と距離が空いてしまう事。それが嫌で家に留まっているのだ。


「そっちもデス・タイム?」

「そうだよ……早く終わってほしいんだけど……。そっちはどう?」

「こっちは……今からみたい……」

「波留姉ドンマイもお疲れ」


 波留は窓を閉めた。

 隣の月島家もまた問題を抱えている一家なのだ。それもまったく同じ。

 あちらには(はれ)というイケメンの血が繋がってない弟がいる。そして、そのスペックも理沙とは勝るも劣らずといったところだ。その為、波留は晴に劣等感を抱いている。

 そんな共通の悩みを持つ俺と波留はお互いに、良き相談者として日々過ごしているのだ。

 俺がいなくなったらなったで、波留の苦労も増えてしまうので、家出できないっていうのも言い訳の一つだ。

 月島家のデス・タイムが始まったのか。波留と晴が言い争っている喧騒が耳に届く。お互い苦労は晴れぬものだ。

 

 これが俺の日常であった。

 だが、今日は違った。

 理沙によるドアの連打も終了したみたいだったので、扉を開けた。

 そこには俯いた理沙が、ぽつんと立っていた。


「どうした?」

「お兄ちゃんは何にもわかってないよね」

「……何がだ」


 暗い表情の理沙。いつも明るい笑みを絶やさないのに、なぜか今だけは違った。

 俺は生唾を飲み込んで、どこか違う様子の理沙に視線を奪われながらも、警戒した。


「あたしはね、お兄ちゃんが月島さんと話すのを極度に嫌ってるんだよ」

「誰と話そうが俺の勝手だろうが」

「…………」


 理沙は自分の部屋へと、足をゆっくりと進めた。

 何が言いたかったのか考えると、以前波留姉と話していたのを見たときに強烈な嫉妬をしたことがあった。多分、たまたま今の会話を聞いたんだろう。

 その時、隣の家から波留の叫びが響いた。


「きゃあああああああああああああああああああああ!」

「波留姉!?」


 俺は急いで自室の窓を開ける。カーテンがかかってシルエットだけしか伺えない。額から汗が零れ落ち、喉がカラカラに干からびた間隔に晒される。

 晴は何をしたんだ!?

 急いで振り返り、月島家に行こうとしたところで理沙が通せんぼする。


「悪い理沙。退いてくれ!」

「いかせない」

「なんだよ! お前おかしいぞ!」

「お兄ちゃんのほうがおかしいよ」

 

 ゆっくりと包丁を出す理沙。刃が照明に照らされて光り、その光は俺の瞳に当てられる。視界が白く染まり、理沙の表情が見えない。

 そして、理沙は近づいてくる。


「お兄ちゃんは月島さんと話すと笑顔になる」

「……それがなんだよ!」

「お兄ちゃんは月島さんと毎日窓から話をする」

「幼馴染だから何を話したっていいだろうが!」

「お兄ちゃんは月島さんでオナニーをする」

「それは……してない!」

「お兄ちゃんは月島さんの事が好き」

「…………」


 尋常じゃないほどの冷気を放つ理沙。

 普通ならば、包丁を向けるブラコンの理沙に対して、幼馴染が好きなんて言えるわけがない。だけど、こっちも波留に何かあったら……と思うと正常に頭が回らなくなる。

 だから、俺は言った。


「ああ! 俺は幼馴染の月島 波留が大好きだああああああああああ!」


 一瞬静寂。

 そして、ゆっくりと理沙は近づいてくる。


「あ、あたしとどっちが……どっちが好きなの?」


 涙を流しながら訴える理沙。

 包丁は俺ではなく床に向けられている。

 泣きじゃくる理沙の質問に、俺は答えた。


「波留姉のほうがずっと好きだ。理沙よりもずっとずっとずっと好きだ。愛してる。だから、そこを退け」


 俺の言葉を聞いて、力が抜けたようにしゃがみ込む理沙。涙は止まらず目は遠くを見つめている。

 そんな理沙の横をすり抜けようとする。


「嫌。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ッあああああああ!」

「――――――――ッ!?」


 俺の背中には包丁が刺さっていた。

 しかもご丁寧に奥深く。

 包丁を刺した理沙は、いつものような笑顔を漏らす。


「誰かに取られるくらいなら――――殺したほうがいいよね」

「な、何言って……」


 今度は俺の身体に力が入らなくなった。

 体はまるで車十台以上を背中に乗せたかのように動かない。

 嫌な汗がぶわっと浮かび上がる。


「り……さ……」

「なぁに? お兄ちゃん」


 次の言葉が出てこない。

 理沙は笑顔だ。


「あ……ぅ……」

「来世では絶対に恋人になろうね! お兄ちゃん! 約束だよ?」


 俺の十六年の人生は、ブラコンの妹による殺害で幕を閉じた。

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