遭遇1
部屋の中が薄暗くなり始め、美香子は部屋の電気を付ける。テーブルのお菓子はなくなり、空に近いコップの周囲は水滴が溜まってテーブルを濡らしていた。
あれからかよとリヒトはゲームに夢中になり、美香子はリヒトにねだられる形でゲームを続けた。
「美香子早く座るのだ」
今は赤ちゃんから成長した勇者を、庭で運動させて体力を増やしているところだ。
リヒトが美香子を見上げて、床を座れと叩く。しかし、美香子は座らず時計を見た。ゲームを始めてから、かなり時間がたっていた。
「かよ、暗くなってきたし、そろそろ帰る時間じゃない?」
顔を全く上げなかったかよが、ようやく顔を上げて美香子の部屋の時計を見る。
「あー、そだね。帰らないと家に着く頃には真っ暗だわ」
かよは立ち上がると大きく伸びをする。ずっと座ったままだったので、だいぶ身体も固まっていたようだ。
「もう終わりなのか?」
リヒトが残念そうな顔をする。楽しんでいたリヒトには悪いが、かよはもう帰らなければならない。学校で言っていた野犬の件もあるから、真っ暗になる前にかよを駅に送りたかった。
「かよは帰る時間だから」
ゲームを終わらす良いチャンスでもあった。ゲームは確かに面白かったが、いきなり何時間もゲームを続けるのは美香子には辛かった。
「ごめんね、リヒト君。今度来た時にまた一緒にしよう」
かよがリヒトの頭を撫でる。多少不満げであったが、リヒトは納得したようだ。
カバンに電源を切ったゲームを入れて、かよが立ち上がる。
「途中まで送るよ」
美香子は部屋を出ようとドアノブに手をかけて止まる。振り返って見ると、リヒトは座ったまま頭を下げてショボーンとしていた。
そんなリヒトに美香子は声をかける。
「リヒトもかよの見送りに行こう?」
母親はまだ帰ってきていない。こんなリヒトを一人ぼっちで家に残すのは可哀想だった。
リヒトは下を見たまま頷いた。
三人で美香子の家を出る。自転車を使おうか迷ったが、駅までそんなに距離があるわけでもない。リヒトの歩幅に合わせても、そんなに遅くならないだろうと美香子は判断した。
リヒトと手を繋ぎ、傾いた夕陽から伸びる影の中を歩く。元気のなかったリヒトは、かよとゲームの話をするうちに足取りが軽くなり始めた。
かよのこの対子供スキルは学んでおくべきかもしれない。
美香子がそう思いつつ歩いていると、家から一番近い大通りに出た。
「このあたりでいいよ」
かよが美香子とリヒトより一歩先に大通りに出る。振り返って足を止めた。
「駅まで来てもらうのもさすがに悪いし。ここからなら駅までの道も分かるから」
大通りに沿って歩いていけば駅に着く。何度か美香子の家に来たことがあるかよなら迷子になる心配もない。
リヒトもいるし、美香子はかよの言葉に甘えることにした。
「あ、そうだ」
別れ際にかよが何かを思い出す。
「ゲームなんだけど、充電器買っておいた方がいいよ。リヒト君もかなり気に入っていたみたいだし。長時間するなら、電池がいくつあっても足りないから」
「そうなんだ」
リヒトのあの夢中っぷりなら買っておくべきかもしれない。
「じゃあ、また明日。リヒト君もまた今度会おうね」
かよは美香子とリヒトに手を振り、美香子達も振り返して別れた。
「私達も帰ろうか」
美香子とリヒトは今来た道を引き返す。だいぶ日が暮れてしまったが、真っ暗というにはまだ早い。これなら日が沈む前に家に着けるだろう。
「次はかよといつ遊べるのだ?」
「次?」
リヒトと手を繋いで歩きながら美香子は考える。
今日はたまたまかよの部活がなかったから遊べただけで、普段のかよは部活のあとも自主練習をしていて、学校を出るのはあたりが真っ暗になってからだと言っていた。
「そうだね……。もうすぐ中間テストだから部活は休みになるだろうけど、勉強はしなきゃいけないからあまり遊んでいる場合じゃないし」
「遊べないのか?」
リヒトは落胆の色を見せる。
そんなリヒトを見ると、美香子はどうにかしてあげたくなってきた。
「うーん。じゃあ、かよと相談して次に遊ぶ日を決めておいてあげるから」
「本当か? 約束だぞ!」
繋いでいる手を大きく振って、リヒトは今にもスキップをし始めそうだ。少しのことでコロコロと表情を変えるリヒトは、年相応の可愛い子供だった。
これは悪い兆候かもしれない。リヒトに契約してほしいとしょんぼり頼まれたら、今なら聞いてしまうかもしれない。
歩きながらそんなことを考えていた美香子は、そこであることを思い出した。
リヒトとゲームは関係がなかったということを。
夢中になるリヒトにつられて、美香子もゲームに集中していたが、リヒトとゲームの類似点はほとんどなかった。
まだ序盤ではあるが、契約云々という話も出てこなかったし、なによりリヒトが出て来た時に来ていた服装がゲームの勇者と全く違っていた。ゲームの勇者は基本的に鎧を纏っている。リヒトはマントを羽織っていて、中に着ていた服も布製だった。
隣で手を繋いで歩いているリヒトを、美香子はちらりと見る。
かよと遊ぶのを楽しみに、顔をキラキラさせている男の子。母親の買った服を着たリヒトの姿はただの子供と変わらない。丸い模様の中から突然現れたのをみていなければ、美香子だって普通の子供だと思っただろう。
だが、現実は違う。
リヒトの正体を知るには、リヒトから聞き出さなければならなかった。
美香子はリヒトの機嫌がいいうちに、何でもいいから情報を引き出すことにした。




