放課後3
携帯機を渡されたかよは、すぐに携帯機をひっくり返す。そして、横長の機械の真ん中に指を添え、力を入れた。パカリと一部が外れる。その中には何もない。
「美香子。電池は?」
「え? 電池?」
何故こんな時に電池を、と思いながら美香子は答える。
「電池なんてないけど」
「じゃあ、アダプターは?」
急に出て来た馴染みのない言葉に、美香子は戸惑う。
「あだぷたー?」
「ああ、そっか。美香子はこういうの初めてだったっけ。えーと、充電器。このゲーム機を使うのに電気が必要でしょ? その為に電池か充電器を使うんだけど……。もしかして、どっちもない?」
電池はここにないし、もちろん充電器を買った覚えも美香子にはない。
こんな単純なことに何故、気付けなかったのだろう。ゲームだって機械だ。電気がなければ動かない。
じゃあ、リヒトは何?
美香子はリヒトが出て来た時のことを必死で思い出す。
あの時。ゲームを買って帰って来た時。
家に帰ってきて、美香子はリビングですぐに買ってきたものを袋から出した。携帯機にゲームソフト。箱を開けて、携帯機の説明書をパラッと読みながら、ゲームソフトを差した。そして、電源を入れた。電池も充電器もなく。
スイッチをカチリと動かしたとたん、画面に丸い模様が現れた。丸の中にいくつもの円や四角の図形が描かれ、文字のような記号の羅列がある丸い模様。
そこから吹き出すようにリヒトが出て来たのだ。
美香子は驚いて携帯機を放り投げた。携帯機は床の上を滑り、壁に当たって止まった。
そうだ。思い出した。
リヒトはあの時、丸い模様の中から出て来たのであって、携帯機から出て来たのではなかった。その丸い模様も正面から見た時は画面の中にあるように見えたが、投げた後に横から見えた模様は、画面から離れた位置で浮いていた。
あの時、美香子は単純にゲームからリヒトが出て来たのだと思い込んでしまった。しかし、それが違うのだとしたら?
「……子。美……子! 美香子!」
かよの呼びかけに美香子ははっとする。考えに没頭していて、周りが見えていなかった。
「ちょっと、美香子。どうしたの?」
「あ、ごめんごめん。ぼうっとしちゃって」
かよに言い訳しつつ、美香子はリヒトを見る。リヒトは進まない美香子とかよのやりとりに飽きて、お菓子を食べるのに夢中になっていた。
「もう、美香子ったら。ちゃんとしてよ」
「へへ、ごめん」
「で、充電器がないのはもうしょうがないとして、電池はどっかにないの? 単三が四本必要なんだけど」
「待ってて、家のどこかにはあると思う」
確か買い置きの電池があったはず、と美香子は探しに行く。
今はリヒトより、ゲームが関係あったのかをはっきりさせるのが先だ。
押し入れやクローゼットを探して、なんとか単三電池四本をかき集めて部屋に戻った。
「四本あったよ」
美香子は単三電池を座りながらかよに渡す。それを携帯機にかよがセットし、電源を入れた。
ピロリロリーンと軽快な電子音がなり、携帯機の画面に映像が出る。
『育成勇者! はっじまっるよー』
携帯機の画面には可愛らしい男の子と女の子が笑顔でタイトル看板を持ち、その下にスタートの文字が出ていた。
「なんともないみたい。原因はやっぱり電池も充電器もなかったことだね」
かよが美香子にゲームを返す。受け取った美香子は画面をまじまじと見た。
丸い模様は現れないし、何かが飛び出してくることもない。
「さっ、やろうやろう! まずは、キャラクターの設定だよ」
「俺様も見るのだ」
リヒトが座っている美香子の懐にぐいぐいと入って来る。美香子に寄りかかり、腕を引っ張って携帯機の画面が見やすい位置に動かした。
美香子の腕の間でわくわくと待つリヒトは、温かくて柔らかいただの子供だった。
リヒトがゲームと関係ないのだとしたら、この子はいったい何なのだろうか? 美香子が考えていたリヒトについての全てが、ふりだしに戻ってしまった。
「早くするのだ」
美香子の腕を引っ張り催促するリヒトに急かされて、美香子は携帯機を操作し、ゲームを開始した。




