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対話1

 日は完全に落ち、街は夜の闇に包まれる。その闇は普段なら静けさをもたらしてくれるが、今日の街はサイレンが頻繁に鳴り響きざわついていた。

 その原因を美香子は知っている。

 地面をえぐるほどの威力だったあの攻撃が静かだったはずもなく、大きな音に驚いた近所の住民が出て来てえぐれた地面に気付き、大騒動となった。

 美香子は住民と鉢合わせをする前に狼男を茂みに引っ張り込み、隠れることで難を逃れた。

 今は美香子の家に戻り、一安心出来たところだ。

 リビングに、グルウウウと腹の音が響く。

 美香子はため息を吐くと、キッチンに向かった。冷蔵庫を開け、そのまま食べられそうな物を見繕う。大皿の上に次々載せていき、生肉はどうしようかと考え、とりあえず外し、ハムやベーコンがあればいいだろうとそれも載せていく。

 出来上がった皿は、肉類、果物類、パンにお米となかなかカオスなものとなった。

 それを持って美香子はリビングに戻る。皿はずっしりと重い。

 リビングではローテーブルの横で大きい犬、いや、リヒト曰く狼が横たわっている。起きる気力もないようで、腹の音だけが主張を続けていた。

 皿をリビングのローテーブルの上に置くと、狼の鼻がヒクヒクと動いた。そして、ヒクヒクしながら少しずつローテーブルに近付いていく。よだれも垂れてきた。

 美香子は右手でハムをつまみ、狼の口まで持って行く。そして、左手でガッと口を掴み、大きく開けた。その中にハムを放り込む。

 少し強引だったかなと美香子は思ったが、狼が起きられないようなのでしかたがない。

 狼がゆっくりとハムを咀嚼する。ゴクリと飲み込む音が聞こえたかと思うと、狼の目がカッと見開いた。ガバリと起き上がり、ローテーブルの上の食べ物を見付け、皿に顔を突っ込みがっつき始める。一心不乱に食べ続け、最後の一口を食べ終えた狼は皿を舐めた。その姿はどこからどう見ても犬だった。

 満足したのか、皿から顔を離し、狼が美香子に向き直る。


「ワウッワウワウッ」


 何か言いたいことがあるのか、狼が吠えた。だが、当然のことながら美香子に犬語は分からない。


「全然わからないんだけど」


 美香子が呆れた顔で返すと、狼の身体がブルリと震え、狼男の姿になった。同じ高さの目線だったのが、いっきに見上げるほど高くなる。


「これで大丈夫か?」

「うん。これなら分かる」


 狼男が居住まいを正す。真面目な顔でペコリと頭を下げた。


「まずはお礼を言いたい。ありがとう」

「あー、別にいいよ。こっちも危ない目に合わせちゃったし」


 もしリヒトの攻撃が当たっていたらただではすまなかったはずだ。あの時に倒れてくれて本当によかった。


「いや、本当に助かった。お前に会えずにいたら、飢えて死んでいたかもしれない」


 狼男はまた頭を下げた。こんなにしっかりとお礼を言われたことがなかった美香子は、なんだかむずむずとして落ち着かない。


「それにしても驚いた」


 狼男が顔を上げて部屋の中を見回す。そして、ソファーの上でくつろいでいるリヒトを見た。


「ここはこの世界の住人の家なのだろう? その子供はしっかりとこの世界に適応しているのだな」

「この世界?」


 狼男の変な言い回しに、美香子は首を傾げる。まるでここ以外に、もう一つ別の世界があるような言い方だ。


「私はこちらに来てからずっと放浪していた。ろくに物も食べられず、この世界の者に何故か追われることもあった。子供でもうまく立ち回っているというのに、私はふがいない」


 美香子の疑問をよそに狼男の話は続く。それを美香子は慌てて止めた。


「ち、ちょっと待って。この世界ってどういうこと?」


 狼男はキョトンとした顔をする。美香子が分からないのが分からないといった表情だ。


「この世界はこの世界だ。我々のいた世界は様々な種族が暮らしていたが、こちらの世界は人族しか暮らしていないと聞いていたから別の世界と表現した。そもそもこちらに来るには次元を越えねばならぬから、別の世界としても差し支えはないはずだが」


 美香子の顔が固まる。狼男の話に全く付いていけず、頭が動かない。


「ん? どうした?」


 固まっていたら、美香子は狼男に顔を覗き込まれた。狼男は少し心配そうな顔をしていた。


「えーと、何から聞けばいいのか……」


 美香子は付いてこない頭で必死に考える。


「とりあえず、こことは違う世界があるのは分かった」


 目の前にいる狼男や、リヒトが出したコンクリートをえぐる光の玉だとかを、別の世界のものだと思えば納得出来る、と美香子は無理やり理解する。


「あと、じんぞく? って何?」

「人族はお前達のような姿形をした生き物のことだ。他の種族と違い、魔力が弱く多くの道具を扱う。寿命も比較的短いが、その分、繁殖力がある。お前達種族は人族ではないのか?」


 狼男に美香子はジロジロと見られる。腕を組み、狼男はううむと唸った。


「人族にしか見えない」

「ああ、違う違う。人族かどうか以前にこちらの世界にそんな呼び方はないから、その人族と同じなのかどうかも分からないだけ」


 美香子は手を横に振って否定した。


「そうなのか。……しかし、お前は私達の世界のことをあまり知らぬのだな。まれにこちらの世界から召喚されることもあるという噂があったから、この世界の種族達はこちらの世界のことを知っているものとばかり思っていた。違うのなら私の姿を見た者達が悲鳴を上げて逃げたのにも合点がいく。驚いて転んだ者もいたから申し訳ないことをした」


 狼男は耳を倒して項垂れ、反省しているようだ。しかし、今の美香子には狼男を思いやる余裕はない。新たに増えたワードを必死に頭の中で整理する。


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