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謎の子供1

「育成キャラが3Dになった!この眼鏡を通して見ると、あなたの育てた勇者がウゴウゴ動くよ!」

「こんにちは!マイロード!」

「あなたの呼びかけに反応を返してくれたり」

「ゆう〜しゃの〜みちは〜いっぽから〜」

「歌ってくれたりとあなたの育成しだい!着せ替え機能で基本能力がアップするよ!」

「僕と」

「私と」

「一緒に修行しようよ!」

「育成勇者!好評発売中!」


 楽しげな音楽が途切れ、今度はポップな音楽がテレビから流れる。次のコマーシャルが始まった。


「これが育成勇者だよね……」


 他でも育成勇者のコマーシャルがやっていないか、リビングのソファーに制服姿のまま座りながらリモコンでチャンネルを変える。しかし、どこも放送してはいない。テレビとソファーの間にあるローテーブルの上にリモコンを放り投げて、頭を抱えた。肩まである茶色がかった髪が、ぐしゃりと乱れる。


「なあなあ、美香子。これ食っていいか?これ食っていいか?」


 呼ばれて美香子は振り返る。うしろではマントを羽織った五才ぐらいの男の子が、食卓の上のバナナを、目をキラキラさせながら見ていた。


「……どうぞ」


 美香子の許しが出ると、男の子は食卓のイスに上り手を伸ばしてバナナを取り、美味しそうに食べ始めた。

 この男の子はリヒトという。テレビのコマーシャルでやっていた携帯型ゲーム機の育成ゲーム『育成勇者』を買ったところ、このリヒトが携帯機の画面から飛び出してきた。始めはこういうゲームなのかと思っていたが、すぐに気が付いた。

 自分がキャラクターを映す眼鏡をしていないことに。

 このリヒトは実体で現れたのだ。

 ソファーから立ち、美香子はリヒトに近付く。


「はんは?」


 たぶん何だと言っているのだろう。きちんとイスに座り、バナナで口をモゴモゴさせながら、リヒトは美香子を見上げて首を傾げる。

 それに美香子は黙ったまま、リヒトのほっぺたを引っ張った。


「ひはいひはい!」


 ほっぺたはびよんと伸びて柔らかい。温かくて、人間の肌と変わらなかった。


「何をするのだ!」


 ほっぺたを離すと、リヒトは引っ張られた部分を押さえながら美香子に怒鳴った。若干涙目だ。


「あんた何なの?」


 美香子の頭は混乱していた。技術の進歩が目覚ましい世の中とはいえ、映像の実体化が不可能なことぐらい高校生になったばかりの美香子にも分かる。


「俺様はリヒトだ」

「いやそうじゃなく」

「何が聞きたいのだ?」


 何が、と聞き返されても困る。美香子は黙り込んだ。異常な状況を前に、美香子も何を聞けばいいのかわからないのだ。

 そこへ、美香子の母親が帰って来た。


「あらあらあら」


 リビングの扉を開けてリヒトを見付けた母親は、リヒトに向けてにっこり笑う。


「いらっしゃい。美香子のお友達かしら」


 母親ののんびりとした声に、美香子は気が抜けた。


「あらあら、お茶を出していないじゃない」


 持っていた荷物をリビングの隅に置き、母親はキッチンに向かう。それを目で追いながら、美香子はリヒトのことをどう言おうか考えていたが、出て来た答えは一つだった。

 信じてもらえるか分からないが、母親にあったことをそのまま言うしかない。

 リヒトは美香子の判断出来る範囲を軽く越えていた。

 コップに麦茶を入れキッチンから戻って来た母親に、リヒトがゲーム画面から出てきたことを美香子は説明した。


「最近のゲームは進んでいるのねぇ」


 しげしげと母親がリヒトを見る。


「いやいや、ゲームでもありえないし」


 母親の思わぬ言葉に、美香子はツッコミを入れた。


「でも、出てきたのでしょう?」

「そうなんだけど……」


 リヒトを見ると、リヒトは母親にもらったお茶を飲んでいた。美味しそうに飲むその姿は完全に実体だ。でも、映像が実体になるなんてありえない。だが、実体となってリヒトはここにいる。

 考え過ぎて熱が出そうだ。


「それはそうと、リヒトちゃんとはこれから一緒に住むのよね?」

「え?」


 母親の発言に美香子は驚く。


「その為にゲームを買ってきたのでしょう?」


 確かに買ったが、美香子が買ったのはキャラクターを育てるゲームであって、実際の子供を育てるゲームではない。ではないが、こうなってしまった以上、リヒトを育てるしかないのだろうか?

 正しい答えが分からず、美香子の頭の中がぐるぐると回りだす。


「リヒトちゃんの分の夕飯の材料を買って来るから、仲良くお留守番しててね」


 母親はリヒトの頭を撫でる。そして、悩む美香子を置き去りにして、母親は出て行った。

 どうしてあんなに簡単にリヒトを受け入れられるのか分からない。

 分からないついでに、美香子は悪あがきをしてみた。


「リヒトってゲームの中に戻れたりしないの?」

「ゲームの中?」

「そう。この中」


 リヒトが出てきた携帯機を美香子は見せる。


「何を言っているのだ? こんな小さな物の中に入れるわけなかろう」


 リヒトは美香子をバカにしたように笑う。うすうす感じてはいたが、やはりリヒトがゲームの中に戻るのは無理らしい。


「美香子はバカな、ひはい!」


 笑い続けるリヒトにイラッときた美香子は、リヒトの頬をつねった。


「あんたがここから出てきたんでしょうが!」


 出て来た張本人にバカにされたくはない。


「ははへ!はは……せ!」


 美香子の手を振り払い、リヒトはイスから降りて距離を開ける。


「何をするのだこのバカ者!」

「まだバカというのはこの口かなー」


 大げさに手を上げて、美香子はリヒトにつねる動作を見せた。それを見て、リヒトはバッと頬を隠す。


「い、言っていないのだ」


 さすがにもうつねられたくないらしい。美香子はため息を吐いて手を下ろした。


「とりあえず一緒に住むとしても、これからどうしたらいいんだろう」


 本来の『育成勇者』は勇者を育てながら冒険や修行をさせ、次々とボスを倒していくゲームだ。ゲームの基本部分は育成にあり、ご飯をあげたり寝かしつけたりと一緒に生活を送り育てる。性格は幾通りもあり、育て方で変わる。部屋や服に着せ替え機能があるので、オリジナルの勇者を育てることが出来、その自由度が人気の所以となっていた。

 普通の育成ゲームなら終わりがあるが、このリヒトはどう考えても普通じゃない。見えてこない未来に、美香子は目まいを感じた。


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