7話
早速だが種明かしといこう。
調査隊が発見したという翡翠に似た宙に浮かぶ鉱物。言うまでもないかもしれないが、ソレを用意したのは俺である。
どうやったかって?
ハンバーガーの時と同じ原理だ。
飛○石をイメージしたら何の問題もなく成功した。
そしてこの石の特性はというと魔力を吸収する性質を持ち、ある一定量の魔力が溜まると石自体が浮かび上がるという代物だ。
加えて浮かび上がる際に周囲に高濃度の魔力フィールドを展開するため、近くにある物体も一緒に持ち上げてしまう。
俺の脳内設定が見事に反映された出来映えだ。
念じるだけで何も無ところから物質が生成されるとか物理法則どうなってんだと思わなくもないが、俺は理系じゃないので「まあ魔法だし」で納得済みである。
等価交換涙目。
とりあえずそんなこんなで完成したソレを、昨夜のうちにクラード山の適当な洞窟へ放り込んでおいたのだ。その際に瞬間移動が成功したときは嬉しさのあまり発狂するかと思った。
これならその内『「やったか!?」「ふっ、残像だ」ごっこ』もできるだろう。
ってな訳で未だ宙に浮き続ける飛○石もどきが鎮座する洞窟までやってきた。
石はエメラルドグリーンの光を放っていて、なかなか神秘的な雰囲気を醸し出している。
「うーん、どうしたものかな」
腕を組んで頭を悩ませるカイル。
諸々の事情を鑑みると迂闊に触れることもままならないのは理解できる。
カイル達からすれば何がきっかけで事態が急変するか分からないのだ。
「イェスタ、試しに『サーチ』をかけてみてくれ」
「はっ!」
バリオスさんと同じ調査隊の制服を着た二十代中頃と思われる青年が名前を呼ばれて歩み出る。
『サーチ』――主に無機物の情報を探るのに有効な魔法。
腕の良い治癒師となると体内の病巣とその状態まで把握することも可能となる。
「へえ」
イェスタさんが魔法を行使する姿を眺めながら、即座に説明してくれるカイトの記憶に感心の声を漏らす。
顕微鏡兼MRIみたいなもんか。
しかしどうしたことかイェスタさんの様子がおかしい。
近寄って聞き耳を立てる。
「……カイル様、サーチを受け付けません」
「受け付けないとは?」
「魔法自体は発動するのですが情報を読み取ることができないのです。魔法が消滅するといった方が正確かもしれません」
「これまた不可思議なことが増えましたな」
無精髭を撫でながらバリオスさんが唸る。
あー……そうか、魔力を吸収しちゃうから発動した瞬間に魔法が吸い取られて消失しちゃうんだ。
「おや、この状況に何か心当たりでもあるのですか?」
すると不意に背後から声をかけられる。
通称おっさんことミゲル・ヒューズその人だった。
テントを出てからやたら話しかけてくるお陰で名前はしっかり覚えた。なんと武器商人らしい。
「……何故そのようなことを僕に?」
心当たりどころか犯人なので内心では滝のような冷や汗をかきながら、表情には出ないようにヒューズさんの浅黒い顔をしっかり見返す。
「『サーチ』の魔法が消失した際には感心されていたようですし、イェスタ君の説明を聞いて驚くのではなく納得していましたので」
平然と切り返された。
どんだけ人の顔を注視してんすか?
おまけにヒューズさんが発した“心当たり”やら“納得”という言葉を耳聡く聞き付けたカイル、バリオスさん、イェスタさんまでこちらに目を向ける。
ああん、知らぬ存ぜぬで言い逃れできそうもない空気。
「カイト、“アレ”が何なのか知っているのかい?」
はい知ってます、とは言えん。
ここで口を割るのは俺が今回の犯人だと自白するのも同然である。
しかしヘタに惚ければそれはそれで疑いがかかるだろう。これに関しては口を挟むつもりはなかったのに……。
ちくせう、恨むぜおっさん。
「僕の知識にこのような現象を引き起こす鉱物と合致、または類するものはありません。あくまで一つの仮説を立てただけです」
「聞かせてもらえるかい?」
口調こそ尋ねてはいるものの、そこには有無を言わせぬ威圧感が含まれていた。
これが次期当主たるカイル・スタビノアの威厳というやつか。
「それは……」
だがしかし、この俺が前以てそれらしい仮説なんぞ用意しているわけもない。
目線を逸らした先にあった元凶のヒューズさん……いや、おっさんでいいな。
おっさんを睨んでおいた。
「私に何か?」
「……いいえ、特には」
俺の睨みなぞどこ吹く風と言わんばかりに肩をすくめるおっさん。
はぁ、もういいや。ある程度ゲロっちまおう。
「僕の仮説というのはあの鉱物が魔力を吸収し、その力を使って浮いているのでは、というものです」
俺のトンデモ仮説にカイル達がざわつくが、とりあえず無視して話を続ける。
「『サーチ』の魔法は消失したのではなく鉱物へと吸い込まれたように見えました。拒絶や消失ではなく吸収、しかもただ吸い込まれただけではなく魔法として完成された体系を一度分解し、魔力という形に戻された状態でです。
そして魔力を吸収したと思われる瞬間、鉱物を中心に魔力フィールドの展開が確認できました。恐らくそのフィールドは山が浮かび上がったことと何らかの関連性を有していると考えています。
今も鉱物は魔力フィールドを展開し続けているので恐らく……」
その辺に転がっていた適当な小石を掴んで、鉱物の真上を通るように下手から放物線を描くように軽く放り投げる。
すると小石はその途中、鉱物のちょうど真上で停止し上下に揺れつつ空中に留まった。
「これは……!」
「なんと」
驚くカイル達。
これだけで俺の仮説がいくらか真実味のある話として理解してもらえたはずだ。
「ご覧の通りこの鉱物の魔力フィールドには物質を浮遊させる特性があるようです。今現在、鉱物を中心とした魔力フィールドは極小ですがもしこれがクラード山を覆うほどの大きさになれば、そしてその大きさに比例して浮遊させる力が増すと仮定するならば、非現実的な光景を生み出す可能性も低くはないかと」
っていうかそれが答えなんですけどね。
まあその辺は専門家の人達によって徐々に解き明かされていくだろさ。
結構テキトーに作った代物だし、俺も知らない秘密が眠ってるかもしれん。
あ、そう考えるとちょっと怖い。
「ふ~む、筋道は通っているし確証に近いものも得られたのですからカイト様の仮説は有力かもしれませんな」
おっさんが漂う小石を見つめながらそんなことを呟く。
調査隊の二人も神妙な顔をしているし、カイルは……
「それもあるが、カイト。魔力フィールドとは聞き慣れない言葉だね。それにイェスタの魔法が魔力に分解されたと言っていたが、まさかカイトは魔力を視覚的に捉えられるのかい?」
俺の発言内容に全力で食い付いてきている。
そりゃ魔力フィールドは俺の造語だから聞き慣れないのは当然だし、この反応を見る限り魔力を視覚化するってのは非常識らしい。
実際でまかせなので俺も見えてないが、これはどうやら深々と墓穴を掘ったようだ。
「それについては追々お話ししますよ。今はまずこの正体不明の鉱物の処遇が先決でしょう」
言葉を濁しつつ再びおっさんを睨む。
この辺の面倒事はアンタのせいだかんな!
side ミゲル・ヒューズ
カイト・スタビノアという少年は貴族階級の間ではそれなりに名の通った存在だった。
嫡男ではなくても名門スタビノア家の次男、さらに三つ年上のカイル君は将来を嘱望されている才の持ち主。
そんな二人の息子であり弟でもある彼に期待がかかるのはひどく当たり前の流れだった。
しかしいざ世に出てみればカイト君は魔法を使えぬ落ちこぼれ。
座学も学院では優秀な部類に入るが父や兄と比べれば凡才の域を出ない。
その内劣等感や周囲からの風当たりに耐えきれなかったようで、数年前から屋敷に籠りきりになったと噂話で聞いた。
父親のウラジミール氏も外聞の悪さを気にしてかカイト君の名を口にすることはなくなり、本人も公の場に姿を現すことはなくなった。
今ではその存在も稀薄となり、彼の事を口にするのはスタビノア家に僻意のある者が「スタビノア家の汚点」や「兄の出涸らし」などと嘲笑の的にするためだけだ。
だからスタビノア家領地内の山が突如として浮かび上がるという非常時、その対策会議に兄のカイル君が弟のカイト君を連れて現れたときは驚きと疑念が私の頭を支配した。
会議に出席していた者のほとんどは私と同じだっただろうし、それ以外の者は単純に彼を知らなかったのだろう。
つまりあの場で彼に向けられたのは悪意と疑念のみで、彼にしてみれば敵地の真っ只中に等しい状況であった。
しかし彼は周囲のそんな空気など微塵も気に留めることはなく、それどころか紛糾する会議において誰よりも冷静に現状を見渡し、不可解な出来事への言い知れぬ不安によって己の保身と安全しか訴えない者達を諌めたのである。
この時点で私はカイト・スタビノアという少年の評価をいくらか改めていた。
頭の固い偏屈野郎は落ちこぼれと呼ばれている彼に渇を入れられ面白くないと思ったことだろう。
しかしカイト君の悪意に揺るがない胆力、非常時でも落ち着き払った冷静沈着な思考力、高みから見下ろすが如く広い視野。
それらが本物であると判じるには充分な時間であった。
あの言動は落ちこぼれや出涸らしなどと評される人間のものでは決してない。
そしてそれが確信に変わったのは翌日。
謎の鉱物を前にした時である。
調査隊の一人、イェスタ・クーガーの魔法が効果を発揮せず消え失せた瞬間
「へえ」
私に背を向けていた彼が、その光景を目にして感嘆の声を漏らしていた。
さらに魔法を行使したイェスタの話を聞いて何かに納得したように小さくだが二、三頷くという動作を見せる。
遠い異国の諺がすらすら口をつくほど雑多な知識を持つ彼だ。
もしやコレについて知っていることがあるのかと思い尋ねてみることにした。
「おや、この状況に何か心当たりでもあるのですか?」
「……何故そのようなことを僕に?」
一拍の間を置いてからの返答は肯定と否定、そのどちらでもなかった。
どうやら私の予想は真実に近いものだったようだ。
「『サーチ』の魔法が消失した際には感心されていたようですし、イェスタ君の説明を聞いて驚くのではなく納得していましたので」
「カイト、“アレ”が何なのか知っているのかい?」
私の言葉に反応してカイル君と調査隊の二人も話しに食いついてきた。
この状況では彼も下手にごまかしたりはしないだろう。渋々、といった様子で彼は口を開いた。
「僕の知識にこのような現象を引き起こす鉱物と合致、または類するものはありません。あくまで一つの仮説を立てただけです」
「聞かせてもらえるかい?」
「それは……」
カイト君は言葉を濁してこちらを見る。
その視線に含まれている真意を探ろうと分かりやすい笑みを浮かべて聞き返した。
「私に何か?」
「……いいえ、特には」
不服そうに、さも呆れた様子で視線を外される。
そして観念したのか自身で立てたという仮説を語り始めた。
「僕の仮説というのはあの鉱物が魔力を吸収し、その力を使って浮いているのでは、というものです」
その突拍子もない切り出しに、私を含めた四人全員に困惑の色を浮かべた。
それもそのはずで、魔力を吸収する鉱物など常識外れの代物だ。
呆ける私達を尻目にカイト君はさらに衝撃的なことを口にする。
「『サーチ』の魔法は消失したのではなく鉱物へと吸い込まれたように見えました。拒絶や消失ではなく吸収、しかもただ吸い込まれただけではなく魔法として完成された体系を一度分解し、魔力という形に戻された状態でです。
そして魔力を吸収したと思われる瞬間、鉱物を中心に魔力フィールドの展開が確認できました。恐らくそのフィールドは山が浮かび上がったことと何らかの関連性を有していると考えています。
今も鉱物は魔力フィールドを展開し続けているので恐らく……」
カイト君はそこで一旦言葉を切ると、洞窟内に転がっていた何の変哲もない石をつまみ上げ、鉱物へ向けて無造作に放り投げた。
「これは……!」
「なんと!」
次の瞬間、それを見守っていた全員から驚愕の声が漏れた。
無理もない。
なぜならその小石は謎の鉱物の真上辺りで停止し、その場に浮かび続けていたからだ。まるで謎の鉱物と同じように。
「ご覧の通りこの鉱物の魔力フィールドには物質を浮遊させる特性があるようです。今現在、鉱物を中心とした魔力フィールドは極小ですがもしこれがクラード山を覆うほどの大きさになれば、そしてその大きさに比例して浮遊させる力が増すと仮定するならば、非現実的な光景を生み出す可能性も低くはないかと」
台本を朗読するような淀みない口調に反して、語られる内容はおいそれと聞き流せるものではない。
そしてここに到って、先程のカイト君から向けられた視線の真意を理解する。
魔力を吸収し、その量によっては山すら浮かび上がらせる鉱物。
それが事実であり、その効力を扱いきれるとすればどうなるか。いくつもの草案が瞬時に頭の中を駆け巡る。
その中で最も莫大な利益を生み、圧倒的な権力を獲得できる方法。
それは間違いなく、この鉱物を用いた空軍を設立することだ。
現在の既存国家の主要な航空戦力は翼竜を用いた竜騎士団である。
しかし翼竜の成育や調教、管理維持費はどの国であっても国家予算を圧迫しているのが実情だ。
だがこの鉱物によって戦艦の空中航行が可能となれば、竜騎士団よりも強力で大幅にコストを抑えた空軍を編成できるだろう。
その脅威と影響力は計り知れない。
大陸全土の制空権を得ることも夢物語ではないのだ。
恐らくこの鉱物の存在が公になれば多くの国による争奪戦へと発展するだろう。
きっと手段など選ばない国だって出てくるだろう。
それほどの危険性を秘めているが故にカイト君は私を警戒していたのだ。
王立軍を始め他国との軍とのコネを持つ、アルフォード商会魔導器具開発部門主任に席を置くこの私を。
最悪の可能性を考慮してかカイト君の表情は若干険しい。
ならばなぜ分かっていながら私の前であんな仮説を口にしたのか。
考えるまでもない。
私にこちら側――王国へ、スタビノア家へ付けと暗に言っているのだ。
「ふ~む、筋道は通っているし確証に近いものも得られたのですからカイト様の仮説は有力かもしれませんな」
瞬巡を悟られぬように適当な言葉を垂れ流しつつ、その裏で利と不利を天秤にかける。
スタビノア領地の主な産業は農産業だ。
特に質の良い機織り物はブランドが確立されており高級品として国内外で人気が高い。
一方で工業開発の分野では一歩二歩出遅れている。
軍事方面の技術力に不安を抱えたスタビノア家単体での研究開発は無理がある。
それを見越してカイト君は私に白羽の矢を……いや、現時点ではツバを付けたといった程度だろう。
乗ればよし、尻尾を巻いて逃げてもよし、ただし情報を口外するつもりならば……
(その時は殺されるだろうな。少なくとも今から監視がつくのは確定だ。いやはや、アクの弱い少年かと思いきや中々に切れ者じゃないか)
カイト君が思い描いているだろうシナリオ。
青写真ながら成功すれば王国とスタビノア家、両者とさらに密接な関係を築くことができるだろう。
立ち回り次第では王城招聘の芽さえある。
加えてカイト・スタビノアという存在が決断を後押しする。
たとえ魔法が使えなくとも、今回の件で見せ付けた能力があれば国の中枢まで登り詰めることも可能ではないかと思わせられる。少なくとも凡夫に埋もれるようなことはないだろう。
ここで縁を作っておいて絶対に損はないはずだ。
(ああ、もしや先程の呆れた視線は私の……武器商人のこういった損得勘定で割り切る考え方に対してかもしれませんな)
貴方達ならこう考えるだろう、と解りきった答えをなぞるような作業。
彼からすれば私たちがどのような発想をし、どのような過程を経て、どのような決断を下すのか、きっと手に取るように分かっているに違いない。
「それもあるが、カイト。魔力フィールドとは聞き慣れない言葉だね。それにイェスタの魔法が魔力に分解されたと言っていたが、まさかカイトは魔力を視覚的に捉えられるのかい?」
私の中でひとまず決断を下すと同時、カイル君がカイト君に詰め寄る。
確かにそれも大いに気になる点の一つだ。そんな技能は聞いたこともない。
「それについては追々お話ししますよ。今はまずこの正体不明の鉱物の処遇が先決でしょう」
苦笑しつつはぐらかされた答えの代わりに、再度私に向けられた物言いたげな視線。
『“今”の貴方にここから先はお教えできませんよ?』
彼の目はあたかもそう語っているかのようだった。