5話
調査隊による原因究明は遅々として進まない。というか半日かけて目星すら立っていないのが実状である。
結局これといった成果を挙げることもなく、日没と共に初日の調査は打ち切られた。
今は場所を移してクラード山から最寄りの町。山の麓に少数の野営陣を残し、調査隊の大半はこっちで骨を休めることになった。
俺とカイルも例に漏れず、町一番らしい高級宿の一室を借りている。スタビノア家の屋敷と比べるには 酷だが、昨日まで模範的な中流家庭で育ってきた身としてはかなり広々と感じる部屋だ。
テレビすらないので現代っ子は暇をもて余す仕様になっているのが難点だが。
いっそのこともう寝てしまおうかとも思ったが、元の世界の時間でいえば時刻まだ夜の八時前。俺の体はこんな時間に寝れるようにはできていない。
「というわけで、魔法の練習といこうか」
部屋の中央で仁王立ちし、呼気を整えて集中力を高めていく。……さて、どうすればいいんだ?
カイトの記憶に魔法の知識はある。
魔法を使うには体内の魔力を循環させイメージによって属性を変化させていく。そしてイメージが固まったら呪文によって魔法を発動。
所々に知識の抜けはあるが大まかにはそんな感じだ。問題は知識以外にある。
「アイツ魔法が使えなかったから循環や発動の感覚がわかんねーんだけど……」
カイトの記憶には実体験がなかった。そんな紙の上に書かれたインクだけの知識を与えられても魔法なんて存在しない世界からやってきた俺には理解が及ばない。
元の世界で「ちょっと気を操ってみ?」とか言われてるのと大差ねぇ。
でもなー、今朝は実際に使えたわけだからそんな難しく考える必要はないのか?あの時は魔力の循環とか呪文で発動なんて意識はしてなかった。
ひたすら『浮け』と念じただけである。
「念じた、かぁ。要するにイメージだよな」
イメージだけでも山は浮いた。それは魔力の循環や呪文がなくても魔法を使えたってことだ。
なら今は小難しいことは考えずに強く明確なイメージを持つことだけを意識してみよう。
そうだな……物を動かす系も危険なのは身に染みたし、ここは慣れ親しんだアレをイメージしてみるか。成功しても無害だし。
目を瞑り、毎日のように口にしていたアレをイメージする。
手触りを、大きさを、重さを、熱を、味を、薫りを。より鮮明に、より正確に。
すると空だった右手から重みと熱を、少し遅れてあの独特な匂いが伝わってきた。
閉じていた瞼を開ける。そして右手に目を向ければ、イメージしたアレが間違いなくそこにあった。
「まさか……異世界でもこれが食えるとは」
俺の右手に収まっていた物。それは黄色いMが目印のハンバーガーである。
魔法の便利さに驚嘆しつつも、とりあえず目の前の大好物にかぶり付く。
「うっまー!」
いつもと寸分違わぬ味わい。本場アメリカ人にも劣らぬ頻度でMのバーガーショップを利用してきた俺も納得の出来だった。
いやー、さっき晩飯を食いながらこっちじゃハンバーガー食えねぇと落ち込んでただけにこれは嬉しいぜ。むしろ以前よりずっと手軽に食えるじゃねーか!
テンションアップした俺はドリンクやポテト、サイドメニューを魔法で次々取り出しては胃の中に納めていく。
さっき晩飯食べたんじゃないかって?ハンバーガーは別腹なんだよ!
ほどなく魔法で取り出してた全てを食べ終えて一息つく。ただでこれだけ食えるなんて夢のようだ。
完全に目的を忘れて食欲を満たしてしまったが、結果的には思った通りに魔法を使うことができたんだから大きな収穫だ。
調子に乗って次々いこうと新たな魔法を発動させようとしたところで部屋の扉がノックされた。何奴!?
「カイト、ちょっといいかい?」
カイルだった。まあ俺の部屋を訪ねてくるなんてカイルくらいしかいないわな。
カイルなら無視も警戒もする理由はないので快く扉を開く。
「どうかしましたか?」
「ああ、実はカイトにも報告会に参加してもらおうと思ってね」
「報告会、ですか」
報告会ってなんぞ?
「今朝の一件でカイトが大局的な視点を持っていることが分かったからね。手詰まりの状況では色々な角度からの意見がほしい。力を貸してくれないか?」
話を聞くに作戦会議みたいなもんか?それに参加要望されてるようだ。
今朝のは口先だけの言葉なんであんまり買われても困るぞ、とは期待を込めて見つめてくるカイルに返すこともできず、渋々頷くことにした。
「兄さんがそう言うなら構いません。でも僕が力になれることなんてほとんどありませんよ?」
「そんなことはないさ。カイトがいるだけで僕にとっては心強いからね」
優しい笑顔を向けてくるカイル。
俺が女ならもうフラグ立ってんぞ。ああ、ノンケで良かった。
「ならなおのことお供しなければいけませんね」
こうして報告会なるものに同席することが決定した。
カイルと俺はすぐに数名の護衛達と宿を出、馬車で町議会場まで走る。目的地には十分ほどで到着し、カイルの一歩後ろに付いて入室した俺に好奇と困惑と怪訝が三位一体となった視線が集まる。
護衛達もそうだったけどちょっと失礼じゃね?俺これでも大貴族様ん家の次男坊なんすけど。
案外権力ないんかねー。まあ親の威を借る七光りも嫌だけどさ。
ただなぜかブラウンからの威圧だけは軟化している。
「予定よりはやや早いが全員集まっているようだしさっそく開始しよう」
用意されていた席に着くとカイルが切り出してすぐに報告会が始まる。
調査隊の各班長達の報告が行われていくが特に発言することなんてあるはずもなく、ほとんど右から左に聞き流す。
晩飯に加えてハンバーガーのセットメニューを平らげたせいか、まるで学校の授業を受けている時のような眠気が襲って、く…る…………はっ。
いかん、一瞬意識が飛んだ。顔を伏せてたからバレてないと思うが……。
「カイト、何か思うところがあったかな?」
このタイミングで話を振るなよ!?なんも聞いてねぇって!
ああ、会場にいる全員の目が俺を捉えている。ここで「居眠りして全然聞いてませんでしたー」とはさすがに言えん。
「そうですね……何も分からないということが分かりました」
言った途端空気が冷え込む。なんぞ?
あれか、『そんな当たり前のことをわざわざ発言してんじゃねーよ』みたいな空気?
「ほう、では何も分からないこと以外に分かったことはないですかな?」
やっぱりー!
そりゃお偉いさん方の集まりだし時間にだって限りがある中でこんなアホ発言すりゃ睨まれるっつーの。アンタ強面だから余計ビビるんでちょっと窓の外を見ててくれませんかね。
んなこと言ったら首ねじ切られるかもしれん。しかしこのまま沈黙を貫くというのも悪手だ。
もう適当な意見を口にしてお茶を濁そう。
「そうですね、調査を開始して半日とはいえ浮遊の手段はおろか手がかりさえつかめないというのは些か異常といえます」
「異常な事態なのはここにいる皆が承知しておりますぞ。しばらく振りにお部屋から出られたせいで外の世界の常識をお忘れですかな?」
呆れたような口調に追従し周囲から笑いが起こる。
やだ、今俺バカにされてる!?実に昨日以来だわ!
慣れたことなので気に留めるでもなく話を続ける。
「確かに私が見ぬうちに変わったものもあるでしょう。ですが世界の理までもが変容したわけではありません。なればこそ私も皆さんも山が浮くという事態に異常性を見抜かれたのですから」
言葉を続けていくうちに周囲が静まり返る。不気味ではあるが喋れるうちに喋って一秒でもはやく自分のターンを終わらせたい。
「もし仮にあれが魔法によって行われたとしたらどうでしょう?」
「あり得ないっ!どれだけ高名な魔法使いであろうとも魔法で山を浮かせるなんて……」
お偉いさんらしいじいさんの一人が声を荒げる。
なるほど、あれは人間業じゃないのね。何かの拍子で犯人だってばれたらマジヤバイ。
そんな心境をおくびにも出さず口を動かし続ける。
「無理でしょう、私達の知る常識や理では到底。ですが山は浮いた。これは現実です。ならばそれを可能にした存在ないし手段もこの世界に実在していなければおかしい。
個の力で山を浮かせるなど個人で一国を上回る軍事力を有しているようなものです。それは希代の怪物と大差無い脅威でしょう。
集合魔法で山を浮かせたならばそれを可能にする術式を産み出した組織や集団がその存在を微塵も悟られず世界を跳梁跋扈しているかもしれない。
その両者が己を秘匿しているとしたら。その目的が不明であれば。それは世界を脅かす危機となるでしょう。
これは推測の域を出るものではありません。しかし世界の理を揺るがし得る存在の可能性を無視することはできないでしょう。
私達の理解が及ばぬ化物と対峙しうる現状がどれほど危機的なものか理解している人間がここにどれほどおいででしょうか?異常性にばかり目を取られていてはその本質的な脅威を見落とすことになりかねません。それが今回の件に関して私が唯一得た教訓でありましょう」
ふぅ、一気に喋ったから喉が乾いたぜ。
さぁどうしようかな。ちょっと中二スピリッツを解放しただけなのに重すぎでしょこの空気。沈黙で耳が痛い!
そんなに顔面を蒼白にされると俺が困るんだが。陰謀論とかマジワロスくらい言ってくれよ。
「……などと分を弁えず我が物顔で語ったのは取るに足らない落ちこぼれの妄言です。どうぞお気になさらずに」
わずかばかりの言い訳を述べてカイルを見る。あとのフォローは頼んだ。
「皆さん今日はお疲れでしょうしお開きにしましょう。明日も引き続きクラード山周辺の調査を行います。他に何かある方は?」
その意を汲んでくれたカイルが苦笑しつつ周囲の意見を伺って報告会の幕を降ろした。
……最初から分かってたけどさ、これって俺が出席する必要なかったよね?