4話
結論からいうと先遣隊からの報告は「異常なし」だった。
まあ当然なのだが、万が一何かしらの事態が発生していないか不安な部分もあったので人や建物に被害がなくてひと安心である。
そしてこれも当然ながら山が浮いた原因も不明であり、この地を治めるスタビノア家は領民達のためにその真実を解明しなければならない。
責任ある立場って面倒ね、といつもの俺ならガン無視を決め込むところだが、この件に関しては一端どころが全責任が俺にある。
何をどうやったところで俺が犯人だとバレる可能性はほぼ皆無だろう。山は魔法で浮き、カイト・スタビノアは魔法を使えないのだから。
しかしこれから先、俺は魔法をバンバン使っていくつもりだ。
だって魔法よ?俺の世界の人間なら誰しも夢を見たであろう力である。
これを行使しないという考えは俺の中に存在しない。したがって何かの拍子に俺と今回の事件の繋がりに気づく奴が後々出てくる可能性は0じゃない。
その芽を摘むために、俺は調査隊への同行許可をカイルから勝ち取った。
馬車の荷台で揺られながらこれからの事について考える。最大の焦点はやっぱりどうやって魔法バレを行うかだろう。
魔法を使えない落ちこぼれの烙印を捺されているカイトが急に魔法を使えるようになるのはおかしい。使えない振りをしていたという方がまだ説得力がある。
問題はその理由だろうなぁ。いっそのこと上手く制御できない闇の力を抑え込むために魔法を封印していたとか中二病全開でいってみるか。
案外この世界ならすんなり受け入れてくれるかもしれない。
ならばとめくるめく妄想の世界に浸って時間を潰していると、隣に座っていたカイルが話しかけてきた。
「何か考え込んでいるようだね」
「ええ、これからどうなるのかと思いまして」
主に俺が。
中二で押し通せなかったら、場合によって家や国を出るのも手段の一つかもしれんな。誰もカイトの名と顔を知らない土地で暮らせば諸々に悩まされることもないだろう。
でもなー、貴族の次男坊ってアドバンテージを捨てるのは勿体無いどころの話じゃない。優秀な兄がいるから後を継ぐプレッシャーもないし、のんべんだらりとした生活を送れるかもというのは魅力だ。
深刻な顔で苦悩する俺を見てカイルは勘違いしたらしい。こんな言葉をかけてきた。
「カイトがそこまで気に病む必要はないよ。報告によれば現地に大きな被害は出ていないし、原因を究明できれば丸く収まるさ」
「……そうですね」
この状況下で沈んだ顔をしていればそう考えるのは仕方がない。わざわざ訂正するようなことでもないし適当に頷いておいた。
それから時たまポツリポツリと言葉を交わしながら一時間ほどして目的地のクラード山に到着した。
山の麓には森林が広がっており、その中である程度拓けた場所に調査隊が野営の準備を進めていく。荷台から降りた俺はどう動こうか思案しながらその光景を離れた位置に一人で立ってぼんやり眺めていた。
「カイト様」
すると黒服のブラウンさんが二人の兵士を引き連れてやってきた。まさか俺をここで亡き者にするつもりじゃあるまいな。
「なんでしょう?ブラウンさん」
「いえ、どういった心境の変化がおありになったのかと」
顔には張り付けたようなという表現がぴったりな笑顔。朝の一幕でも分かってたがコイツは俺に良い印象を持っていないようである。
なんたって昨日までのカイトは落ちこぼれで引きこもりの穀潰しだ。
それがいきなり軍事行動に口出すわ調査隊への同行を志願するわ不審に思われても仕方がねぇか。
かと言って正直に話すわけにもいかんし、命の危険もあいまって自然と声が固くなる。
「時は来たれり、ということですよ」
「……どういう意味でございましょう?」
「言葉通りです。僕はようやくこの世界に生まれることができました」
「……」
ブラウンさんが押し黙る。自分でしゃべっといてなんだが、確かに何言ってるか意味分からんよな。
緊張で言葉のチョイスがおかしくなってしまった。
字面だけ見たらどこに出しても恥ずかしくない中二病患者である……あ、それは元からか。
ならもういっそのことこのテンションで煙に巻いてしまおう。
思い切るついでに練習も兼ねたデモンストレーションとして身体強化の魔法を発動させ、視認できないようなスピードで間合いを詰め二人の兵士が腰に下げていた剣を奪った。
鞘ごとは無理だったので抜き身の剣になってしまったが。
「「「――なっ!」」」
眼前で起こった“であろう”事態に三人が驚愕する。
それを尻目に二振りの剣を地面に突き刺した。
「ですが僕の力は否応なく数多の味方と敵を、繁栄と争いを招くことになるでしょう」
ご覧の通り、チート的な意味で。
きっと世界が変わっても出る杭は打たれるんだろう。まあ元の世界じゃ打たれた経験なんぞないが、代わりにこっちの世界じゃ打てないくらいに飛び出してやるつもりだ。
「その時、僕か家族の傍に居れるとは限りません。なのでブラウンさん、もしもの時は兄を、家族の皆をよろしくお願いします」
ブラウンさんに深々と日本式のお辞儀を食らわせ、二の句を継げないでいるうちにそそくさと離脱したのだった。
side ケーシー・ブラウン
今朝からどうも様子がおかしいと思っていたが、ここにきてその疑惑は確信へと変わった。
カイト様が調査隊への同行を志願するなど何か狙いがあるに違いない。
もしや……と最悪の考えが脳裏を過る。
それはカイル様から家督を奪うつもりなのではないか、ということだ。
はっきり言って落ちこぼれのカイト様が能力にも人柄にも優れたカイル様を蹴落とそうなど笑い話にもならない。
だが歴史上で往々にして無能が英傑を討ってきた例はいくらでもある。考えなしだからこそ、その考えが読めぬのだ。
もし彼に反意があるならばその時は……。
自分の手を血で染める覚悟を決め、カイト様を問い質すことにした。
「カイト様」
都合良く一団から離れて一人になっていた彼に声をかける。
別段変わった様子もなく柔和な笑みと返事が返ってきた。
「なんでしょう?ブラウンさん」
「いえ、どういった心境の変化がおありになったのかと」
私の問いの意味に気づいたのかカイト様の顔つきが変わる。
「時は来たれり、ということですよ」
それはよもや反旗を翻すということなのか!?
「……どういう意味でございましょう?」
思わず焦りが顔に出そうになったのを食い止めてカイト様の真意を探る。
「言葉通りです。僕はようやくこの世界に生まれることができました」
「……」
しかし彼の口から出るのは要領を得ぬ言葉ばかり。
はぐらかそうとしているのか。ならばより直接的に聞くしかあるまい。
そして私が兵士に指示を出そうとした瞬間、カイト様は私達の目の前から消えた。
「「「――なっ!」」」
気が付いたときには彼は私達の背後に立ち、兵士から奪った剣を大地に突き刺していた。
今のはなんだ?魔法か?それにしたって速すぎるだろう!
仮に身体強化の魔法を使えたとしても姿がかき消えるほどの速度などでるはずがない。
しかし地を穿つ剣の傍らに佇むカイト様はまるで著名な画家が描いた絵画から抜け出たような勇壮さを漂わせている。
これほどの力をいつの間に……。
事態を理解できず怒りも恐怖も忘れただ呆ける。
そんな私に向けてカイト様が頭を下げた。
「ですが僕の力は否応なく数多の味方と敵を、繁栄と争いを招くことになるでしょう。その時、僕か家族の傍に居れるとは限りません。なのでブラウンさん、もしもの時は兄を、家族の皆をよろしくお願いします」
そんな台詞と共に。
私がそれに対して反応を示す前にカイト様は足早に立ち去って行く。
“敵と味方”“繁栄と争い”
おそらくスタビノア家の行く末を表したのであろう言葉の真意は私には推し量れない。
しかし今カイト様が示した力の一端は間違いなく世界から目を付けられるだろう。その危険を理解していながらカイト様は世界へ一歩を踏み出したのだ。
何故そのような選択を下したのかは私には分からないが、背を向けて歩むカイト様の後姿には何か強い覚悟が感じられたのだった。