40話
続きを楽しみにしてくれている人がいる、という喜び
でも今回は短い
side イングリット・ランカスター
「これで効果がなかったら本気で怒るからね」
ようやく解放されたティナさんが頬を赤らめたまま半眼でカイト君を睨む。息もわずかに荒い。
「もしもの時はお手柔らかにお願いするよ」
悪びれた様子も一切なくのほほんとした受け答え。
見た目はちょっとアレな感じだったけど効果のほどには自信があるということかしら。
仕切り直すように再び距離を空けてカイト君が魔法を撃つように催促する。
それに応えてティナさんがまたもや本気で魔法を発動させた。
「“閃光雷鳴”『サンダーボルト』!」
ティナさんが放ったのは先ほどと同様の魔法。短縮詠唱の呪文にも変化はない。
しかしその雷撃には明かな違いが見られた。
魔法陣を基点に集束される魔力。集束の速度も魔力の密度も先ほどとはまるで別物。
集束が完了した瞬間、目を開けているのが困難なほどの輝きが演習場を覆う。その光量を質量化したような、段違いの規模となった『サンダーボルト』がカイト君へ向かって一直線に突き進む。
それは当然のように防がれてしまうが、魔力運用の効率化による威力の強化という試みが成功したことを証明するには充分な一撃だった。
劇的に変化……いえ、進化した魔法を本当に自分が発動したのか信じられないのかティナさんは呆然としている。ものの数分で威力、速度、殲滅性能の全てが予想を遥かに上回るレベルに到達したのだから彼女の戸惑いは痛いほど理解できた。
それだけのことをいとも容易く実現させた当の本人は「ティナは筋がいいなぁ」なんて呑気な言葉を口にしている。
「じゃあイングリットさんも同じように――」
「ちょっと待って、今のについて何か説明は!?」
「説明?」
何について?と続かんばかりに首を傾げるカイト君。彼にとっては想定通りの結果に過ぎないのかもしれないけど、普段使っている中級魔法が《セカンドマジック》がいきなり上級魔法に迫るほど強力になるなんて世界の常識がひっくり返されたに等しい。
カイト君自身が行うのならそれこそ「カイト君だから」で納得できるかもしれないが、その大事が彼の手助けありきとはいえ自らが成したとなれば心中の動揺は小さくない。
「こんなのもう威力の底上げなんて範囲に収まらないじゃない。たったの数分で五年分の成長を先取りした気分なんだけど」
「ならだいたい十年くらい時間がお得になるかもね。今の魔力運用に慣れていけばまだ伸びると思うから」
「お得って貴方ね……」
初めて会った時から底が知れない相手だとは感じていた。新壮式での戦いを目にして得体が知れない相手だと思うようになった。
実際に言葉を交わしてからは優しく誠実な人柄なのだと認識を改めたけれど、やはり実力・能力の高さは規格外。私達とは次元が違いすぎる。
それはこうして周囲に与える影響力についても言えること。
普通なら数年を要するであろう魔力運用の効率化に成功した。それは彼女が持っている本来の伸びしろを上積みしたようなものだ。カイト君の手解きによって自身の限界値を引き上げられたとも言える。
つまり今までの自分が到達できたであろう理想像を踏み越えることすら可能になるということ。
……まったく、本当にでたらめだわ。それ以外の言葉が見当たらない。
でもだからこそ彼と並び立つに相応しい存在になりたいと、そう思ってしまう。
カイト君はその強さゆえ孤独な戦いに身を投じてきた。そしてそれはこれからも続いていくことになるのでしょう。
大切な人達を守るためにカイト君は力を研鑽し続けなければならず、しかしそうすることでより世界から危険視されることになる。終わりのない戦い。
心優しい彼を独りにさせたくはない。その為には彼を支えられるだけの強さが必要になる。
『もし僕が道を踏み外しそうになった時は君の手で僕の目を醒ましてくれないか?』
彼が私へと告げた言葉。その思いに応えられる力を身に付けなければならない。
「質問があれば後で受け付けるからまずは新しい魔力の流れを馴染ませてよ。というわけでイングリットさんも全力できて良いからね?」
「ええ、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ」
だから今は貴方の胸を借りることにしましょう。
少しだけ待っていなさいカイト君。もう二度と貴方にあんな寂しそうな笑顔はさせないわ。
……でも。
「こ、これは……ぅく……あぁ、ん」
「ほら、我慢我慢」
女の子を辱しめるその笑顔は後できっちり反省させてあげますからね……!ひゃあん!
side unknown
とある研究所の地下会議室。そこで一同に介した四人の男達が顔をつき合わせて談笑に興じる。談笑、とはいってもその内容は極めて物騒なものなのだが。
だがそれに異を唱える者はこの場に存在しない。
「それで進捗状況はどうなっているのだ?」
「概ね予定通り、といったところであろう。有力貴族の取り込みは想定より幾分か早いくらいだ」
「貴族とは名ばかりで忠誠心もろくに持たない連中らしい」
その男の一言に全員から嘲笑が漏れる。計画が順調に進行していることもあって口も滑らかだ。
「そういえば例の件で新たな情報は得られたのかね?」
「そちらは鋭意調査中だ。現場がスタビノア侯爵領内ということもあって易々と手出しができんのでな」
「加えてアルフォード商会も首を突っ込みたがっているようです」
「ご自慢の鼻で金の臭いでも嗅ぎ付けたか?」
商人というのは有形無形を問わず、そこに金目の物があれば何処にでも現れる。まるで鼠だ。
だがまあ奴等は自らの利に敏い分、貴族共より尚扱いは容易い。むしろ奴等が何か情報を得ればそこから切り崩すことも可能だ。
「ふむ、スタビノア家といえば……」
蓄えた白髭を擦りながら何かを思い出したように爺がそう切り出した。
「何かあったのか?」
「いやの、先日ウィンザストン魔法学院で行われた新壮式でそこの次男坊が優勝したと聞く」
スタビノア家は現当主のウラジミール、その息子で嫡男のカイルも腕が立つことで有名だ。下の息子も同様ということか。
「それがどうかしたのかね?」
「貴族へ接触させるために会場に潜入させておいた者の中からその次男坊、カイトについての報告が相継いでおってな」
「見たことの無い魔法を使い、禍々しい魔獣を召喚したという話か」
「流石に耳が早いの」
「アンタの所の子飼いと似たような者がこちらにもいるだけだ」
確かにこちらでもそういった工作員からカイト・スタビノアに対する報告はいくつか上がってきている。
先の話に加え傷一つ負わず圧倒的な内容で優勝したというが、所詮は学生レベルでの話だろうと調べるのは後回しにしている。
「それでなアイズが独断でカイトに接触を図ったのだ」
「おい爺、アイツを魔法使いの巣窟に放り込んだのか?何かあったらどうするつもりだ!」
「その通りです翁。彼は我等の計画を実行する上で絶対に欠くことのできない……」
「分かっておる。アイズは接触させるためではなくあくまで学院に張られた結界魔法を解析するため新壮式の騒ぎに乗じて送り込んだのだ」
「それでカイト・スタビノアに自ら接触していては本末転倒だろう」
「まあそうなのだが、ワシとしてもちと予想外の展開でな。しかしアイズからの報告がさらに予想外だったのだ」
この爺が予想外の事態に陥るなど珍しいこともあったものだ。特にあのアイズが爺の命に反して独断行動を取るなど。
まあその話が真実であれば、だが。
「で、予想外とは?」
「アイズが言うには『カイト君は是が非でも此方に引き込むべきです』だそうだ」
「冗談はよせ。あの魔法嫌いがそんなことを言うわけがないだろう」
「私も同感です」
魔法嫌い、という表現など生温い。アイツは魔法を憎み、魔法使いを絶滅させることに生き甲斐を見出だす男だ。
なぜ“魔法殺し”の天才がわざわざ魔法使いを味方にする必要がある?
「ワシもそう考えておるが故、予想外の事態と申したのだ。だが『仮に彼と対立すれば想定を遥かに上回る損害を被ることになりかねません』とまで念を押されてしまっての」
あの天才がそこま気にかける相手、か……。
計画の準備段階もいよいよ大詰めだ。実行へと移る前に考えうる障害は排除しておく必要がある。
まあ例えどれだけ優れていようが魔法使いである以上、ただの取り越し苦労になると思うがな。価値があれば目一杯利用させてもらえばいい。
「ならば一度カイト・スタビノアに探りを入れてみるか。俺達の脅威になりえるか否かをな」
奴が在学するウィンザストン魔法学院には俺の息がかかった貴族もいる。以前スタビノア家を取り込むための情報を得ようと色々ちょっかいを仕掛けさせていた貴族が……いや、待て。
数年前にカイト・スタビノアについては一通り調べがついてある。俺の記憶違いであれば魔法をろくに扱えない落ちこぼれだったはず。
それが新壮式で優勝などできるか?普通に考えればまず無理だ。
その無理をやってのけたということはつまり、カイト・スタビノアは普通ではないかもしれない。
アイズもそこに何かを感じ取ったのか?
「……少々、キナ臭いな」
他の三人に気取られないよう、俺は小さく舌を鳴らした。
よく考えたら零とか1日1時間しか出来ない(怖いから)
とりあえずドラフトの結果が良かったので満足です




