39話
お久し振りでぇす
この世界は物騒だよなぁ、と一斉攻撃を浴びる千年竜を遠目に眺めながらものすごく今さらなことを考える。
新壮式でカイルとの約束通り優勝を飾った二日後、俺の姿は学院から遠く離れたブラスティア王国の辺境にあった。
深い渓谷の底で攻め立てられているドラゴンは俺が幻で作り出した『マシリス』である。それに対して騎士団と王国随一の戦闘集団、七帝の皆さんが総攻撃を仕掛けている真っ最中だ。
大地を焦がす炎の渦が舞い上がり、何本もの水柱が岩肌を削りながら所狭しと暴れ、轟音と共に雷撃が砂塵を切り裂いて降り注ぐ。
並みの生物ならオーバーキル確定だな。アーケードでもオンラインでも死体蹴りは嫌われるぞ。
実体のある幻だから死んでないけどさ。
「実際にあれだけの攻撃を受けたらどうなるんだい?」
隣で俺と同じように渓谷の底を眺めているバクに尋ねてみた。
「随所に筋の良い魔法は見受けられますが千年竜の形態であれば問題は無いかと」
「それは良かった」
渓谷が崩れ落ちるんじゃないか心配になるほど強烈な攻撃を前にしてそう言い切れるバクが頼もしかった。あれで沈まないとかそりゃ封印するのがやっとというのも納得である。
そんな本家にはどう足掻いても勝ち目は薄そうなので幻の方は弱体化させておいた。加えて谷底に転落したせいで深手を負っているという設定なので彼らでも充分対処しきれる仕様だ。
バクの一言でマシリスがその程度で重傷を負うか疑問が沸いたが、まあ長らく世界の悩みの種だった恐怖の象徴が討伐されるという事実の前じゃそんな小さなことは気にもされんだろう。
「お、決着がついたみたいだ」
地面を揺らしながらマシリスが地へと伏した。その生死を確認した直後、騎士達から割れんばかりの歓声が上がる。
無理もない。『コープス』とは比較にならない悲願を成就した歴史的瞬間だからな。
俺としても中々に感慨深い。
「主」
腕を組みうんうん頷いていると、バクが何かに気付いたような声を上げた。
「どうかした?」
「二人、こちらの存在に気付いている者が居ます」
え、マジで?バレないようにかなり距離を取ってたんだけどな……。念を入れて姿を消してりゃよかった。
まあバレたといっても顔を見られた訳じゃないだろう。
怪しまれるのもなんなので俺達に気付いているという二人に対してペコリと会釈をしてみた。すると向こうに微妙な顔をされる。
あれ、なんか選択肢ミスった?まあ初見のギャルゲとか大抵バッドエンド直行だもんな、俺。
ちなみになぜ数百メートルも離れた相手の顔が見えるのかというと、これも『アップデート』の効果によるものだ。
思考速度や身体能力に留まらず視力までアフリカ部族もビックリなレベルまで跳ね上がるらしい。さっき気付いた。
「もうここに留まる理由はないね。僕らは撤収しようか」
「畏まりました」
見るものは見たのでささっと退散だ。『トランジション』を発動してバクを王城へ、自分を学院へと転移させる。
一応姿を見られないように自室へ転移し、大きく息を吐いた。
なんか一仕事終えた感じするわー。まだお昼だけど。
聞くところによるとドラゴンは基本的に夜行性らしく、眠るのが夜明け頃なので討伐の際は朝駆けが主流になっているんだとか。
しかしバクは夜行性な感じしないけどどうなんだ?見た目は人間でも生態はドラゴンのはずなんだけど。
まあどうでもいいか。とにかくそんなワケで今回の討伐戦も日の出と同時に開始され、一から見守っていた俺も眠気がパない。
いっそこのままベッドに潜り込んでしまおうか、という甘い誘惑が頭をかすめる。
今日は私用で欠席する旨を学院側に伝えてあるし、王国も絡んでいる問題なので事実上の公欠扱いだ。惰眠を貪っても咎められることもない。
辛抱たまらずベッドへと足を向けた、その瞬間。
ぐぅ~~、と間の抜けた音が鳴った。俺の腹から。
「……寝る前に軽く食べよう」
学院もちょうど昼食の時間だし、まずは学食に行くことにした。空腹アピールを続行するお腹をさすりながら寮を出る。
東京ドーム何個分か知らないが、とにかく広い敷地内を闊歩すればすれ違う人々の視線が刺さる刺さる。
割合としては興味三、恐怖七くらいかな。昨日からずっと学院内じゃだいたいこんな感じだ。
解せぬ。いや、解せなくはないけどそれにしたってビビりすぎじゃね?とは思う。
早めに友達作っといてほんとよかった。異世界まで来てぼっちデビューとかマジで勘弁だから。
さて、その貴重な友達はどこにいるかな。
学院内にいくつかある学食の中で利用頻度の高い所へ顔を出す。窓の向こうに見える『トロールツリー』は青々とした葉が繁っていて今日も元気そうだ。
その巨木がよく見渡せる日当たりのいい席にトーリ達を発見した。
「僕もご一緒していいかな?」
「あれ、カイト君?今日は私用で外出してたんじゃ……」
ひょっこり姿を現した俺に軽く事情を伝えておいたトーリが目を丸くする。
「用事が予想より早く片付いたんだ。戻ってきたらお昼に丁度いい時間だったからさ」
「用事って?」
空いている椅子に腰かけながらティナの質問に答える。とはいっても素直に話せる内容じゃないけど。
「ちょっとした政治的取引の条件を履行しにね。何事もなく済んで何よりだったよ」
「カイトさんはもう自領の政策に関わっているんですね。凄いです!」
シュレリアから羨望の眼差しを向けれる。
身から出た錆びの尻拭いだし、その褒め言葉は素直に受け取りづらいわ……。
「その一件では父にはお叱りを受けてしまったし僕なんてまだまだ半人前以下さ。ところで今日の授業は……」
それとなーく話題を逸らす。
心の汚れた俺にシュレリアの純真無垢な眼差しは耐え難い。光に弱い悪魔みたいで悲しくなるぜ。
なんて凹みつつ食事を摂りながら談笑しているといつの間にか午後の授業が差し迫った時間になっていた。
「あ、僕もうそろそろ行かなきゃ」
「私も次は実技の授業なので失礼しますね」
「いってらっしゃーい」
トーリとシュレリアにひらひらと手を振るティナだったが、自分は動こうともしない。甘味料ぶっこんだ紅茶と呼ぶことに躊躇してしまう液体を落ち着き払って飲んでいる。
「ティナは次の授業に出席しないのかい?」
「それはカイトも同じでしょー」
「僕は二日間の欠席を申請しているから今日は授業に参加しなくても問題はないよ」
二日目は予備日だから明日は出席せにゃならんけど。
俺の言葉を受けてティナはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。
「それは残念だったわねカイト」
「残念って?」
「第一組は本日の午後の授業が自習になったのよ!」
なぜか胸を張るティナ。
相変わらず厚みに乏しいな。それはそれで趣があるけど。
「自習か……それは確かに残念だね」
インフルエンザで合法的に休めると思ったら学級閉鎖になったみたいながっかり感はある。
この辺の感覚は世界が違っても変わらないらしい。学生の典型的な思考回路なのかもな。
「意外ね、てっきり“そういう考え方はしない方がいいよ”とか言われると思ったんだけど」
「ティナには僕が勤勉な学生に見えてるみたいだね」
実態は勤勉とはほど遠いが。
「まあそんなわけでアタシはこれから暇なのよ」
「なるほど」
「だからカイトに魔法を教わりたいなぁ……って。ダメ?」
上目遣いで小首を傾げるとか小悪魔レベルたけぇなおい。
そして悲しいかな、男とは可愛い女の子のお願いは断れない生き物なのである。眠気?無視だ無視。
「構わないよ。約束したからね」
「本当!?じゃあ早速――」
「ずいぶん興味深い話をしているわね」
ティナの言葉を遮って新たな人影が場に現れた。
「あら、イングリットじゃない」
「こんにちはティナさん、カイト君」
その正体は今日も制服姿が麗しいイングリットだった。
その斜め後ろには桃色ヘアーの女の子も一緒だ。確か入試試験にイングリットが乗り込んできたときも一緒だった気がする。
「私の聞き間違いでなければカイト君から魔法を教わると言っていなかったかしら」
「そうだけど、もしかして……」
「ええ、可能なら私も参加したいの」
「ふむ……ティナはどう思う?」
「え、アタシに聞くの?カイトがよければいいと思うけど」
ティナの反応はナチュラルだった。なんか親しげだけどこの二人って既知の仲じゃないよな?ティナは留学生だし。
新壮式で対戦してお互いを認め合ったりしたんだろうか。
俺としては美少女が増えるのは「一向に構わんッッッ!」わけだし仲が良いに越したことはないんだけど。
「なら決まりだ、皆でお互いを高め合う良い機会にしよう」
というわけで俺、ティナ、イングリットと桃色ちゃんの四人で魔法の特訓を行うことにした。
役得キタコレ。
side イングリット・ランカスター
「それじゃあ始めようか」
場所を食堂から空いている演習場へと移し、前に立ったカイト君が私達の顔を見渡す。
自ら申し出た私とティナさんはいいとして、なし崩しでエミリアまで参加することになってしまったわね。嫌な顔はしていないから少なからず関心はあるのでしょうけど。
「まずはイングリットさんと、えっと君は……」
「エミリアと申します。あの、私もご一緒してよろしいのでしょうか……?」
おずおずとエミリアが伺いを立てる。興味はあるけれど気後れしている、というところかしら。
無理もないわね。
私とティナさんは全学院生と比較しても実力はトップクラス。カイト君に至ってはそんな私達すら霞んでしまうという、最早想像を絶する存在なのだから。
その中に自分が加わっても問題ないのか、というのは至極真っ当な疑問といえる。
さらに問題はもう一つ。
「エミリアは私やティナさんと違って支援系統の魔法、特に回復魔法を得意にしているのよ。彼女は治癒師なの」
それは私達とエミリアでは主力となる魔法の系統に大きな違いがある、ということ。カイト君がいかに攻撃魔法に長けていても回復や補助の魔法まで教えられるとは限らない。
私の言葉を受けてカイト君がふむ、と一つ頷いた。
「ならエミリアさんは最初は見学しててもらっていいかな?後でティナとイングリットさんに回復系の魔法をかけてもらうから、その時に気が付いたことがあれば助言させてもらうよ」
「では私は邪魔にならない場所で待機しております」
そう言うとエミリアは私達と距離を取るために舞台を降り、観客席へと向かう。そこなら魔法の余波も及ばないわね。
それにしても……。
「貴方は攻撃魔法や召喚魔法だけでなく回復魔法にも精通しているの?」
「実際に使用したことがあるのは数えるほどだし使うだけなら、という程度だよ。それで助言できるかは分からないけどね」
「カイトの“使うだけなら”って言葉はあんまり信用ならないんだけど」
「酷い言い草だ」
肩を落とすカイト君には悪いけど、私としてもティナさんの言葉は肯定したい。
この規格外の存在と私達では得手不得手、出来不出来には天地の差があるとしか思えないのは確かだし。
「まあいいさ。時間も勿体ないしいい加減始めよう」
「それでアタシ達はどうしたらいいの?」
「今回は威力の底上げをメインにやっていくけど、その為には何が必要だと思う?」
「魔力量でしょ」
ティナさんが迷いなく言い切る。
間違ってはいないけれど、それは「魔力量が高ければ魔法の威力も高い」という理論であって今の問いに対する答えにはそぐわない。
「魔力量そのものではなく魔法を発動する過程でいかに魔力の無駄な消費を抑えるかが重要なのではないかしら?」
「さすがだねイングリットさん、正解だよ」
「つまり魔力運用を効率化するってこと?」
「理解が早くて何より」
「事も無げに言うけれど簡単なことではないわね」
魔法を発動するには体内で魔力を循環させ、イメージによってその属性を変化させていく。イメージを固めたら魔法陣を展開しそこから魔法を放つ。
重要なのは循環・変化・展開という三つのプロセスの中で魔力のロスをどれだけ無くせるか、という点だ。
でもこれは口にするほど簡単ではない。魔力運用に関してはこれといった正解がないからだ。
誰もが魔力のロスを抑えようと試行錯誤しているし、その結果として多様な運用方法が発展してきた。
セオリーはあっても百点満点の正解はない。それが魔力運用と言える。
「物は試しさ。ティナ、なんでもいいから僕に向けて魔法を撃ってみて」
「遠慮なくいくわよ!」
その言葉通りティナさんが本気で『サンダーボルト』を放つ。
申し分ない速度と威力を伴った一撃は、しかし呆気なく防がれてしまった。無詠唱どころか魔法名すら口にしていないのにどうやって『シールド』を発動しているのかしら……?
その後もカイト君の指示に従ってはティナさんが魔法を撃ち込んでいく。それを十回ほど繰り返すとカイト君からストップがかかった。
「うん、大体分かった」
「……何が分かったのよ?」
ティナさんが若干不機嫌そうに尋ねる。自分の魔法がまるで通じなかったのが悔しかったようね。
「ティナ、僕の両手を握って」
「な、なんでよ!?」
「いいから」
「……こう?」
カイト君に押しきられ差し出された手を取るティナさんの顔は赤い。あくまでも魔法の手解きを受けるだけなのだからそこまで緊張しなくてもいいでしょうに。
「今から僕がティナの魔力を誘導するからその感覚を体で覚えてね」
「ちょっと待ってもらえないかしら」
思わず食い気味でストップをかけてしまう。
そんな私をカイト君は不思議そうな顔で見てくるけれど、その反応には納得がいかない。
「……貴方、他人の魔力に干渉できるの?」
「ああ。だから魔力の流れを見せてもらって効率化できる部分を直接教えようと思ってね。僕の魔力を分け与えて魔力量自体を上げる方法もあるけど、君達が求めているのはそういう即物的な強さじゃないだろう?」
「私が言いたいのはそういうことではなくて……」
「細かいことをいちいち気にしてたら身が持たないわよ」
「決して細かいことだとは思えないのだけど?」
魔力への干渉だけでも驚きだというのに魔法を使っているところを見ただけで魔力運用の流れを認識できる、ましてや魔力を分け与えて魔力量を増やすというのも大概だわ。
世界中の魔法研究者が卒倒しそうな話ばかりじゃない。
「仕方ないわよ。なんせカイトだし」
カイト君だから仕方ない。
身も蓋もない言葉だけど物凄い説得力があった。理由の大部分は達観と諦めのような気もするけど。
そしてそれで済ませられる辺り彼女もカイト君に影響を与えられたに違いない。それが悪影響ではないことを祈らずにはいられない。
「じゃあいくよ。魔力の流れに集中して」
二人の体を包むように微かな光がポウっと浮かぶ。魔力への干渉が開始された。
……のはいいのだけれど。
「ん……あっ、はぁ……」
ティナさんが艶かしい声を漏らしはじめた。
あまりにも突然で状況が理解できない私に構うことなくカイト君が質問を始める。
「どんな感じかな?」
「魔力の流れが……ぅく、微妙に違うのはわかるけど、自分のじゃない魔力も一緒に動いてるのがくすぐったいっていうか……ふぁ」
「それは我慢してもらうしかないよ。とにかく魔力の流れに集中して」
「ぅん、あっ……」
肯定したのか喘いでいるのか判別しづらい声は、仮に目を閉じて聞いていたらあらぬ勘違いをしてしまいそうだった。
とはいえカイト君は平然としているし変に意識するべきではない……はず。
「カイトぉ……ちょっとま、ひぅん!」
結局それからティナさんが身体中を巡る違和感に慣れ、魔力の流れを把握するまで彼女の艶かしい声が止むことはなかった。
無事に転職先が決定したので投稿再開
無職期間は執筆を自重してたので今日からまたぼちぼち書いていこうと思います
しかし今の俺には選択肢が三つある
この話の続きを書くか
新ネタで小説を書くか
零の新作をプレイするかだ!




