3話
黒服なのにブラウンとかいうデリック・ホワイトみたいな存在をやり過ごすことに成功し、やっとこさ食堂に到着した俺はさっそく二人の視線に晒された。
部屋から出ただけでこの注目度、恐れ入る。
だがその程度の視線にたじろぐほど細やかな神経はしていないので、特に反応を示すことなく俺指定の席に腰を降ろす。
スタビノア家では家族一同が顔を揃える場では全て席順が決められているらしい。二年も引きこもってても席が残ってんのは意外だったが、どうやら除名されない限り家を出ても席自体は残るんだとか。
カイトからもたらされる記憶を吟味しながら我が物顔で座る俺を不思議そうに見つめるゆるふわヘアーのほんわかしたお姉さんと、キツい視線を向けてくる気難しそうなおチビちゃん。
この二人が姉と妹にあたるサラとリリーだとカイトの記憶が教えてくれる。兄弟はこれで全員のようだ。
年齢的にはカイル(19)>サラ(18)>カイト(16)>リリー(14)となる。
そして言いたいことはただひとつ。
この美形兄妹がッ!
兄:爽やか系イケメン
姉:おっとり美人
妹:気が強そうな美少女
だというのに四兄弟の中で俺の顔面格差が酷い。こいつらに囲まれていたらフツメンの俺の立つ瀬がねぇ!
とりあえず怒りの矛先をさっきからメンチ切ってるリリーに向ける。
「あれ、リリー。ちょっと背が縮んだ?」
「はあっ!?」
「あ、僕の背が伸びたからリリーが縮んだように見えるのか」
カイトの記憶にある最古のリリーの姿と今の姿にほとんど変化が見られない。
その記憶も引きこもる直前のものなので我が妹はこの二年で身体的な成長がほとんど無かった模様。蘇鉄か。
いきなりそんな爆弾を投下されると思っていなかったリリーは大口開けて呆けている。
「仮にも女の子がそんなに口を開いていてはいけないよ?」
「誰のせいよ!」
我に返ると即座に噛み付いてくる辺り、見た目通りで気性が荒い。まあ気にしてることをからかわれたら誰だっていい気はしないか。
だからこそやったんだけどな!
ギャーギャー喚くリリーを見て多少溜飲も下がったので朝飯にしよう。
改めて食卓を見渡すと、当然のことながら見慣れた料理はなかった。
肉にしろ魚にしろ野菜にしろ原型が不明なので手を伸ばしづら……うわあああ、キモ!この魚口から触手みたいなの生えてんのかよおおお!
俺の了承を得ることもなくカイトの記憶が勝手に思い出したお魚の生前の姿に心が折れる。こいつは食えそうもねぇぜ……。
肉料理も一ツ目の熊みたいな化け物らしいし、この世界の食文化がこんなゲテモノばっかだったらどーしよ。野菜だけじゃ生きてけねぇし。
あ、そーだ。自分にバフ効果のある魔法使えばいいんじゃん?ゲームでよくある精神力アップするやつみたいな。
物は試しだ。失敗したところで実害はないだろう。
ってなワケで
心も体も強くな~れ☆
「無視するなバカイト!」
全世界の魔法使いに喧嘩を売るような軽いノリで呪文を内心で呟くのと同時に、リリーが罵倒しながら銀ナイフを投擲してくる。
もう行儀が悪いとかいうレベルじゃないな。俺の妹、ジョブはアサシンなの?
コースとしては顔の横を通過していくので直撃はしないが、もし狙いが逸れてれば眉間の風通しが良くなるくらいの威力はある。
っていうかこのままじゃ俺は無事でも壁にかけられた絵画に風穴が空いてしまう。芸術方面には疎いので価値も出来もさっぱりだが、大貴族の屋敷に飾ってあるんだから安物ってことはないはずだ。弁償とかマジ勘弁なんですけど。
なんてことを冷静に見極められるのは間違いなく魔法の効果だった。
心のついでに体まで強くしたせいか動体視力があり得ない域に達している。
これがかの有名な『達人同士の闘いで刹那の一瞬が永遠に感じる』というあれかもしれん。
さらに恐ろしいのが跳ね上がってるのは動体視力だけでなく身体能力もなのだ。
普段の俺なら迫り来るナイフにビビって椅子から転げ落ちるだろうが、今の俺はそのナイフを人差し指と中指で挟んでキャッチすることだっておちゃのこさいさいなのだ!かくして絵画の命は守られた。
気分はハエを箸でつかんだ宮本武蔵の如し。
俺のスーパープレイに驚きのあまり目を剥くリリーと口を手で覆うサラ、そして満足気に笑うカイル。最後のは何故だ。
「リリー、食事中の作法としてこれはいただけないね」
ナイフをテーブルに置いて諌める。
最初にしかけたのは俺だが、その仕返しにしては手が過ぎている。
「うっ……ごめん、なさい」
ただこうして素直に謝れるのはこの子の美点だろう。熱しやすいだけで根は良い子なんじゃなかろうか。
「まあ僕の方こそ久しぶりに顔を見られたのが嬉しくてついからかってしまったからね。お互い様ということで場を収めてくれると嬉しいかな」
にっこり微笑んでそう言うとリリーの顔が少し赤くなる。
「わ、わかったわ」
どうやら納得してくれたようである。うそん。
俺としてはこんな台詞をクソ真面目な顔で吐く奴なんざ「きんもー☆」で一蹴する所だ。自分で言ってて寒気が走る。
じゃあこのキャラ止めれば良いじゃんって?
でもさー、引きこもりだったカイトがいきなり出てきた時点で怪しいのに口調まで素になったら超不審がられる気がすんだよね。現時点の言動で既に限界ギリギリだと思うし。
などと悩んでいたらサラが助け船を出してくれた。
「さあ、一段落したところで朝食にしましょう。カイトくんと一緒に食事するのは久しぶりね~」
俺達の空気が落ち着くのを見計らっていたようで、サラの優しい声が耳を撫でる。
おいおいカイトくん、君は落ちこぼれなんだろうけど兄と姉には嫌われてないじゃんか。リリーは微妙だけど、どちらにしろ引きこもりに至る環境には思えん。
「はい……ってカイル兄様はここにいていいんですか?」
「ああ、今はまだ大丈夫さ。先遣隊からの報告待ちだからね」
サラとリリーも山が浮いたという異常事態は把握しているようで、カイルは現状と既に打っている策を伝える。二人はそれを聞いてカイルの手腕に感心したのかしきりに頷いていた。
「――といった感じだよ。尤もこれは僕やブラウンの発案じゃないんだけどね」
言葉尻を濁らせてこちらに視線を送ってくるカイル。だからなぜそこで自慢げな顔になるのか。
俺としてはさっさと飯にありつきたいんだが。
魔法の効果は絶大で先程までの抵抗感がかなり薄まっている。
しかしカイルに釣られた姉妹の視線を無視するわけにもいかず、肩をすくめながら言葉を継いだ。
「あくまで提案しただけですよ?兄さんにも伝えましたけど、僕は山が浮くなんて非現実的な光景を目にしていないから冷静だっただけです。いつも通りの兄さんなら僕に言われるまでもなく適切な行動を取っていたと思いますから」
この辺は誤魔化しでも偽りなく本心からそう思う。まあ山を浮遊させちゃったのは俺だからそこは隠しておくが。
「それよりも朝食にしませんか?先遣隊の報告如何では有事になりかねませんし、食べられる時に食べておかないといざという時に動けませんよ」
とにかく腹ペコだった俺は何とも言い表しがたい表情をするサラとリリーにその意味を問いただすこともなく、さっさと朝食に移ることにした。
追伸。
あのキモい魚、見た目に反して味は絶品だった。
元の世界のアンコウみたいなものなのかもしれん。
臭いのキツかった熊もどきの一品と比べたらよっぽど食えた。