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37話



 やっちまったぜ☆


 ……とかてへぺろってる場合じゃねーわ。

 何この空気ヤバいヤバい。


 あれだな、最近も似たような空気を味わった気がするぞ。魔法の実技試験で『エアーボール』をぶっぱなした時と同じだ。

 皆して俺を凝視している。前回と何が違うかと言えばその人数が千倍くらいになってる点だが。


 俺が衆人環視の中で魔法を使うとこういう空気になる法則でもあんの?宇宙の法則なの?

 グランドクロスぶちかまして終いには全てを無に還すぞこの野郎。


「……スタビノア」


 ネ○エク○デス化しかけた俺はミュラー先生に声をかけられて正気に戻る。


 ミュラー先生、あなたは今世界を救ったのだ!

 にしてもえらい険しい顔してますね。


「どうかなさいましたか?」


「今お前が使った魔法についてだ。自分が何をしたか理解しているのか?全ての記憶を抹消するなど許されざる行為だぞ」


「ええ、仰る通りですね。そんなことをすれば罰せされるでしょう」


「それを分かっていながらなぜこのような手段を選んだ?多少の怪我ならば目を瞑るが、ここまでやれば見過ごすことはできん」


 いや、選んだも何も。


「彼らの記憶を消したりなんてしていませんよ」


「何?だが先ほどのコルネリオは確かに……」


「あれは一時的なものです。目を覚ませば普段通りに戻っているのでご安心を」


 そりゃこいつら、特にコルネリオにはむかっ腹も立ってはいるが、プッツンしただけで人一人の人生を終了させるほど刹那的な思考回路はしてねえわ。

 俺としては二度とスタビノア家に反抗心を起こさないように心を折る事が目的だったわけで。あんだけビビってたし効果はてきめんだろう。


 つか自分でもやり過ぎちゃった感のあるテンプレ外道キャラを演じてたし、端からは余計にわざとらしく見えたんじゃないかと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。


「新壮式はいわばレクリエーションでしょう?そんな場で取り返しのつかない真似はしませんよ。もしこれが本当の殺し合いであればその限りではありませんが」


 なんつって。人を殺すなんて実践でも無理に決まってるけど。

 まあこんだけ吹いとけばコルネリオ達が辿るはずだった末路を恐れて公に俺やスタビノアを批判しようとする奴らも減るだろう。


「記憶を消していないというのは事実なんだな?」


「ええ、天地神明に誓って」


 力強く頷いてしばし見つめ合う。んで、天地神明ってどういう意味だっけ?


 俺が内心でバカの極みのような自問をしていることに気付いていないミュラー先生は根負けしたように小さく息を吐いた。


「……分かった。レスター、エバンス、ホルツの三名はリタイアだ。救護班、搬送を急げ!」


 ミュラー先生がコルネリオ達のリタイアを宣告する。


「目覚めた後に万が一異変があれば遠慮なくお呼びください。すぐに駆け付けますよ」


「あれに乗ってか?」


 視線の先には他の選手とじゃれ合いを繰り広げている俺の召喚獣達。言いつけを守って控えめに戦ってくれているが、たぶんあいつらがガチったら文字通り瞬殺するからな。


 バクに負けず劣らずのいい子ちゃん達みたいね。この間「ドラゴンいるし空想上の存在も召喚できんのかな?」と思い立ち、物は試しにやってみたらすんなり成功したもんだから俺もびっくりだぜ。

 あの三匹の中だと九尾はふぁさふぁさしてるから確かに乗り心地は良さそうではある。


「ご希望でしたらミュラー先生も騎乗なさってみますか?」


「……遠慮しておこう」


 なにその間は。もしかしてちょっと迷った?

 案外動物好きだったりすんのかな。


 ミュラー先生とゆっくり会話している内に、召喚獣に任せきりだった戦闘にも終わりが見えてくる。


 一人はケルベロスの体当たりを食らって気絶し、あとの二人も中々にボロボロだ。どちらかが倒れればその時点でこのブロックの勝者が決まる。


 決着がついたのはそれからすぐ。

 九尾が使うなんかよく分からん火の玉の直撃を食らった選手がダウンし、立ち上がることはなかった。


『クルーズ選手立てません!リタイアの判定です。Fブロックの勝者はスタビノア選手とセドリック選手に決まりました!』


 やっとこの試合初めての歓声が上がる。

 黙らせちゃったのは俺なので文句の一つも言えない。


「皆、お疲れ様。次もよろしく頼むよ」


 三匹をそれぞれ労ってから魔法陣の中へ戻す。

 ……戻すって表現で合ってんのかな?だいたい魔法陣ってどこに繋がってんの?


 そんな取り留めのないことを考えながら選手専用のゲートを通ってそそくさと会場を去る。

 何故かって?メリッサちゃんがいない今が露店で買い食いするチャンスだからさ!


 今日は金貨以外も用意してあるので支払いにも困らない。

 えーっと、露店が並んでたのはどこだったっけな。


「少々よろしいでしょうか?」


「ん?」


 駆け出そうかという瞬間を見計らったように声をかけられ、思わず足を止めてしまう。

 はて?この辺りには誰もいなかった気がしたがそうでもなかったらしい。


 声の主は俺より少し歳上、カイルと同世代ぐらいの青年だった。

 中性的なルックスだが、何よりも目を引くのは日の光を浴びて輝く白い髪。


 この歳で若白髪とは……。一本残らず真っ白なところを見ると相当な苦労をしているらしい。


「カイト・スタビノア様とお見受け致します。少しお話ししたいことがあるのですが、お時間を頂けませんか?」


 若白髪さんがいきなりそう切り出した。非常に物腰の柔らかい態度である。

 うーん、メリッサちゃんに見つかる前に買い食いへ行きたいが、苦労なさってそうな若白髪さんをあしらうのも気が引ける。

 ……まあ少し話すくらいならいいか。


「構いませんよ。どのようなご用件でしょうか?」


「寛大なお心遣い、感謝致します。私の名はアイズと申しまして、とある魔法研究機関で研究員をしている者なのですが、先程カイト様がお使いになった魔法に深く感銘を受けた次第でして」


 一見すると優男にしか見えないアイズさんは研究者とのこと。言っちゃなんだが似合わねぇな。


「感銘、ですか」


 魔法の研究機関ってことは『魔法の家』みたいな組織なんかね?

 そんな人達からすれば俺が使う魔法、中でも特異魔法オリジナルスペルなんかは涎べっしょりの研究対象だろうな。そしてアイズさんの涎とか淑女に売れそう。


「はい。衝撃を受けた、とも言えます。研究職に従事する人間としてはそういったものを前にするといてもたってもいられなくなってしまいまして」


「つまり僕の魔法を研究したい、ということでしょうか?」


「そこまで大それたことを申し出るなどとんでもない。それでも無礼を承知でお願い申し上げたいのですが……」


 アイズさんが某クイズ番組の司会者ばりに続く言葉を溜める。

 思わず俺の喉も鳴りそうだ。頭の中をあのテレレン、というBGMが過る。


「――カイト様にいくつか質問したいことがあるのです」


 ……え?結構勿体振っておいてそれだけ?

 魔法の研究ってなんか質問するだけで成果上がったりすんの?


「はあ、その程度でしたらお引き受け致しますが」


「この身に余るご厚意に感謝の言葉もございません」


 アイズさんが腰を折って深々としたお辞儀を見せる。

 かなり礼儀正しい人みたいだが、その態度も顔を上げた瞬間に豹変する。


「それでは時間も限られているので早速質問に移らせていただきますね。まずは最初に見せたフィールド上の物体を天高く舞い上がらせた魔法について……」


 目をランランと輝かせ……いや、もはや若干血走らせたアイズさんがマシンガンのように根掘り葉掘り、あれやこれや聞いてくる。

 何が彼をここまで駆り立てるのか。研究畑の人ってこれがオーソドックスなタイプなの?


 時間にすれば数分のことだったが、その間アイズさんの口が止まることはなかった。当然俺は引きっぱなしである。

 後半はもう考えたことも無いような部分を聞かれたので思い付きだけで答えた質問がかなりの数に達したが。


「……なるほど、カイト様はその様にして魔法を行使しているのですね。大変参考になります」


「お力になれたなら何よりです。ご質問は以上ですか?」


「では最後にもう一つだけ。カイト様が偉大な魔法使いだということは新壮式で申し分ないほど理解致しました。ですがもし仮に、ある日突然魔法や魔力を失ったとしたらカイト様はいかがなさるでしょうか?」


 魔法が使えなくなったらってずいぶん脈絡のない質問がきたな。

 そんな事態に陥ったらとても生きていける気がしないね!


 まあモンスターや盗賊の脅威は町の中で生活してれば遭遇しないだろうけど、その分狭い世界で生きていかなきゃいけなくなる。ネットもゲームも無いし、さぞつまらん余生を過ごすことになりそうだ。


 せめて何か娯楽がありゃあな……娯楽?

 よく考えてみればこの世界は元の世界に比べて娯楽の数が圧倒的に少ない。前世界の元ネタを生かせば再現できるものも結構ある気がする。


「アイズさん、いきなりですが僕の手に注目してみてください」


「分かりました」


 素直に俺の手を注視するアイズさん。俺はその目の前で、以前の世界じゃ滑り芸にすらならない手品を披露した。


「こ、これはっ!?カイト様の親指が……!」


 そう、かの使い古された親指が分離する手品である。もはや手品と言える代物かも怪しいが。

 しかしアイズさんのリアクションを見れば手応えを感じずにはいられない。

 リアルで魔法マジックが存在する半面、種のある手品マジックは新鮮らしい。


「言っておきますがこれは魔法ではありませんよ?誰にでも出来る手遊びの類いです」


「そうなのですか?では私にも……」


「ええ、出来ますよ」


 興味津々なアイズに手品を手解きしてみる。つってもやり方を教えるだけですぐマスターしたけど。


「おお、これは……」


 親指の分離を繰り返すアイズさん。いたく気に入ったらしい。


「単純な仕組みですが、それを知らない者からすると魔法を使わずこのようなことが出来るとは思いもよりません」


「特別な力がなければ実現できないようなことを、魔法に頼らず手を変え品を変え現とする。故にこれを『手品』と呼び、同時にもう一つの『マジック』でもあると言えるでしょう」


 今度はコイン移動の手品を見せてみる。

 まずコインに印をつけて、それを右手に握る。右手に息を吹き掛けると握っていたはずのコインがいつの間にか左手へ。次は左手に握っていたコインが右手へ……とはいかず左右どちらの手にもコインは無い。

 両手を開いてコイン持ってないよアピール。


「ではアイズさん、僕の胸ポケットに入っている物を取って下さい」


「まさか……」


 恐る恐る差し入れられたアイズさんの右手が、ポケット内のある物をつまみ上げた。

 それはもちろん印のついたコインである。


「これが手品マジック……魔法とは違う、もう一つの技」


 声を震わせるほど大袈裟なもんじゃないが。

 でもまあ感動してるみたいだし水を差すのはやめてあげよう。


 その後、手品にも多大な関心を持ったらしいアイズさんに初心者向けの簡単なマジックをいくつか教えてあげた。

 アイズさんはそれに感謝しすぎて地面に埋め込みそうな勢いだったが、とりあえず彼にとって実り多い時間になったようで何より。


 そんなやり取りを経て別れを交わした後も数歩進むごとに何度も振り返っては頭をペコペコ下げるアイズさん。

 まるで付き合いたての彼女のようである。彼女できたことないけど。


 でもなんか良いことした気がする。アイズさんの背中を見送る心中にはそこはかとない充実感があった。


 まあその結果、俺を探しに来たメリッサちゃんに発見されて露店巡り計画は脆くも崩れ去ったけどな。

 ちくしょう。




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