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36話



side リリー・スタビノア



「いやー、本当にすごい試合だったなぁ」


 アイリスが恋する乙女のように熱を帯びた吐息を漏らす。

 第一試合が終わってからずっとこの状態だ。


「もう分かったからいい加減目を覚ましてくれないかしら」


 新壮式は順調に進行して今はすでに五試合目。だというのにアイリスは未だに一試合目の余韻を引きずっていた。


 まあその気持ちも分からないではないけど。

 手に汗握る熱戦が繰り広げられている中でランカスター様の戦いは群を抜いて圧倒的だった。彼女へ多大な憧れを抱くアイリスの陶酔ぶりも理解できる。


 しかしわたしにとってはそれよりも重要なことがあるわけで。


『さあ次が一回戦最後の試合となります』


「あ、始まるですの」


「そうね……」


 ついに始まってしまう。

 このハイレベルな戦いの中に放り込まれて、果たしてあのなよなよしい兄は無事に帰ってこれるのだろうか。

 もうわたしには祈るくらいしかできない。せめて五体満足でありますように。


『さあそして今大会で彼が最たる大物かもしれません。かのウラジミール・スタビノア侯爵が実子、カイト・スタビノア選手!』


 父の、そしてスタビノアの名に観衆がどよめく。

 好意的なものと懐疑的なものが半々くらいなのは、恐らく観客に魔法学校時代のカイトを知っている人が多いからでしょう。それを考慮すればこの反応は当然とも言える。


 彼らはまだカイトは魔法が使えないと思い込んでいるのだから。

 そしてそれはカイトの対戦相手にも言えること。勝機があるとするならその心の隙を突くような奇襲を仕掛ける他ない。


 そんなことを考えていたわたしの耳が聞き逃せない会話を拾った。


『そういえば誰が優勝すると思うかという質問にミュラー先生が迷うことなくスタビノアの名前を挙げていたな』


『それは興味深い情報ですね。ミュラー教諭と言えば学院きっての実力派ですが』


『ああ、その彼がこう言っていた。“たとえ相手が七帝カラードだったとしても俺はカイト・スタビノアの優勝を疑わない”と』


 ミュラー先生という方が引き合いに出したあまりの名前の大きさに目眩が襲う。期待するにしたってもう少し言葉を選んでほしいのですが……。


 七帝カラード

 ブラスティア王国を含む同盟四ヶ国から選出された精鋭集団の総称。国家規模の有事に際して常に前線で武を奮い叡知を働かせる、各同盟国首脳の直属組織。


 ミュラー先生はカイトがそんな英雄逹をも越えると仰ったらしい。本気で口にしたとすれば失礼ながら気が触れているとしか思えないわ。


 まあさすがに冗談の部類でしょうし、それは観客だって理解はしていると思いますけど。

 でもそうだとしてもこれで無様な試合を見せようものならカイトが笑い者になってしまうじゃない。


『ミュラー教諭の言葉が事実だとすればスタビノア選手が優勝候補へ躍り出ることになりそうですね』


『あの言葉が彼への期待の現れだとすればもしかするとランカスターに迫ることもあり得るな』


 ああ、兄のハードルがどんどん上がっていく。もしかして学院の人間は総出でカイトを笑い者に吊し上げようとしているのではないかと思わず疑ってしまう。


『これはまた注目すべきポイントが増えましたね。さあ、それでは一回戦の第六試合……試合開始です!』


 これまでの五試合と同様に審判が上空へ向けて魔法を放つ。それを合図に試合が始まった。


『ビジョン』に映し出された選手逹が各々の動きを見せる中、カイトがゆったりとした動作で虚空に右手をかざす。

 そしてそれは起こった。


 ヴン、という羽虫が羽ばたくような音が会場に谺する。それに気付いた時にはすでにフィールドからは人以外の物全てが消え失せていた。


 生い茂っていた木々が、人の身はおろか中型の魔獣でもゆうに隠れられるような大岩が、その他フィールドを構成していたあらゆる物質が、小石一つ、落ち葉一枚残すことなく何から何まで跡形もなく消失した。

 異常としか言い表せない事態にフィールドの選手はもちろん観客の誰もが固まる。


 その中でこの程度など大したことではないというような振る舞いを見せる者が二人。


「今度は何をした?カイト・スタビノア」


 一人はそれがさも当然であるかのようにカイトへ問いかける審判のミュラー先生。


「索敵が面倒だったもので邪魔になりそうな物はあちらへ」


 そしてもう一人は質問に返答しながら上空へと人差し指を立てるカイト。

 それにつられ指が示す方へ視線を向けわたしは再び硬直した。


 会場の上空、『ビジョン』が設置されている場所よりさらに高い位置。

 そこでゆったりと、円を描くように周回しているのは先ほどまでフィールド上に存在していたはずのそれら。


 どうやって?『フライ』ではあれだけの数と質量を同時に、しかも視界に捉えられない速度で持ち上げことなんて出来るはずがない。


 ならば転移魔法?それこそまさか、よ。

 たった一人で、魔法陣すら必要なく転移魔法を行使したとするならば、わたし達は今、魔法という社会の基盤を形成する分野においての革命を目にしていることになる。


 しかしそれ程の衝撃を与えたカイトは的外れな言葉を漏らす。


「ですがあそこに留めたままにしておくのも少々目障りかもしれませんね」


 そう言って上空で周回しているそれらへ向けてカイトは右手を掲げ、何かをぎゅっと握りしめる動作を行った。

 すると浮遊していたそれらが中心へと集まりだし、バキ、メキ、と不協和音を奏でながら一つの塊を形成してゆき、やがて手のひらに収まる程度の小さな球体となったそれは緩やかに下降してカイトの手中に収まった。


『し、シモンズ教諭、今スタビノア選手が見せている魔法は……?』


『物を持ち上げたという点では『フライ』かも知れないが……いや、だがフィールド全体という効果範囲の広い魔法ではないし、何よりあれほどの重量を浮遊させることなどできるはずが……』


『というかどうやって圧縮しているんでしょうかね……?『プレス』では馬力が足りないはずですが……』


 これまで小気味良い実況解説を続けてきたシャディール様とシモンズ先生が言葉に詰まる。

 それほどまでに眼前の光景には現実味が希薄すぎた。


「さて、これでだいぶ見晴らしがよくなりましたし、ぼちぼち始めましょうか」


 会場を覆う異様な空気など感じ取っていないのか、カイトは淀みない足取りで歩を進める。その先にいるのは三人組のチーム。

 カイトは彼ら以外には一切の注意を向けることもしない。


 それを隙と捉えたのは決して責められる判断ではない。瞬時にアイコンタクトで他の参加選手と連携を組み、三方向から同時に攻撃をしかけたのだから、先制攻撃として、そして同時に相手を倒しきるのにはこの上ないものだった。

 あの直撃を受けてなお壮健であれば、彼らにとってはどうしようもないだろう。


 そしてカイトはどうやらその“どうしようもない存在”だった。


 攻撃魔法が途切れ、舞い上がった煙りと砂塵。その奥に人影が浮かび上がる。

 そこから現れたのは手傷はおろか外套に汚れ一つさえないカイト。


「そういえば僕が集中砲火を浴びる可能性を失念していたよ」


 失敗したなぁ、と苦笑を浮かべるカイトは依然調子を崩さない。

 攻撃をしかけた三人はそれに気圧されて後ずさるが、それを許すまいと彼らの前に魔法陣が描かれる。


「君達には彼らのお相手を願おうか。“ケルベロス”、“フェンリル”、“九尾”」


 カイトが発動したのは召喚魔法だった。

 現れたのは三つ首の巨大な犬、禍々しいオーラを放つ黒い狼。

 そして九本の尾を有した、神々しさすら放つ黄金色に輝く狐。


 三者三様のそれらが、ただの魔獣からはかけ離れた存在であることは誰の目から見ても明白だった。

 あれを前にしたらわたしならきっと立っていることも儘ならない。


「殺すのは厳禁、大きな怪我をさせるのも極力避けて戦うこと。いいね?」


 カイトの言葉に三体の鳴き声が重なる。了承の意を示した、ということかしら?


「うん、いい子達だ。じゃあ行っておいで」


 三体がそれぞれのしのしと自分のターゲットへと近付いていく。

 それだけで彼らの心が折れる音が聞こえてきそうだ。


「少し待たせてしまったかな?お詫びの印だ。僕はここから一歩も動かないし攻撃も防御も行わないから、君達は気の済むまで攻撃してくれて構わない」


 改めて三人組へと向き直ったカイトがこれまでとは異なる、不適な笑みで相手を見下す。


「さあ、懺悔の時間だ」







side コルネリオ・レスター



 これはどういうことだ!なんでアイツが魔法を使えるんだよ!?

 カイト・スタビノアは落ちこぼれだ。魔法を使えない無能な存在だ。

 なのに、どうしてだ。


「なぜ攻撃が当たらない!?」


 オレ達の放った攻撃魔法の尽くがカイトを避け、地面に傷を作るのみ。あるいは相打ちとなり消えていく。

 第一組に属するオレ達の魔法が全く意味を成さなかった。


 アイツは自分の言葉通りその場から一歩も動かず、防御魔法の類いを発動させる素振りすらない。

 ただそこに立っているだけだと言うのに……!


「ハァ、ハァ……」


「三人ともずいぶん辛そうだね。もう限界かな?」


 魔力も底をつきかけ肩で息をするオレ達に対し、まるで親しい友人に体調を尋ねるような気軽な口調。それが小馬鹿にされているようだった。


「舐めるなぁ!“紅蓮の渦よ、我に仇なす者を焼き払え”『ファイアストーム』!」


「“出でよ、何人をも平伏させたる激流の壁”『スプラッシュウォール』!」


「“逆巻け大地、万物を飲み込む高き波となれ”『サンドウェーブ』!」


 もう何度目になるだろうか、オレ達の一斉攻撃。中級魔法セカンドマジックを同時に三つ防ぎきれる生徒など第一組でもイングリット様くらいのものだ。


 しかし狙いを定めたはずの魔法はでたらめな軌道を描き、決して標的を捉えることはできない。

 だが、今度は違った。放った魔法は逸れることなく狙い通りに直進し……


「と、止まった?」


 カイトに命中する直前で停止した。

 何かに阻まれたという感じではなく、ただ自然に。まるで推進力を失ってしまったように空中で制止していた。


「君達の全力を見せてもらえたことだし、そろそろこの茶番も終わりにしよう」


 茶番、と。カイトはオレ達との戦いをそう言い切った。

 直後、その右手が煙を払うように振られた。


 途端に停止していた魔法は反転し、跳ね返ったようにしてオレ達を襲う。


「なっ!?」


 予想だにしない出来事に防御魔法を発動することも回避行動を取ることもままならない。

 立ちすくむオレの目の前に反転した魔法が着弾し、削れた地面共々吹き飛ばされる。


「ぐあっ!ぐうぅ……」


 二転三転ともんどり打っては地面を滑り不様に這いつくばる。

 視界は回り前後左右さえ不確かになり痛みに意識が集中する中で、ざっ、ざっ、と規則的な音が耳に届く。


 地面を転がったことで至る箇所に生じた裂傷、そんなものはどうでもよかった。全身が濡れた不快感さえ気にしていられない。

 砂が混ざった唾液を吐き出しながら顔を上げれば、ゆっくりこちらへと迫りくるカイトと目が合った。


 背筋が凍る。

 憤怒の形相を浮かべていたわけではない。意地の悪い笑みを湛えていたわけでもない。


 オレに向けられていたその目は、顔は、ただ無感動だった。

 まるで路傍の小石へそうするような、意識する価値すらないかのような無関心の瞳。


「く、来るんじゃないっ!」


 詠唱破棄での使用が可能な初級魔法ファーストマジックを闇雲に放つ。中級魔法セカンドマジックすら通用しない男にそれがいかに無意味な行為か頭では理解していたが、それでも体がその無意味な行為を止めることはなかった。

 今のオレを動かしているのは落ちこぼれに敗北する屈辱ではなく、得体の知れない怪物と相対したことによる恐怖だったからだ。


 あの目はダメだ。どうして敵を前にしてそれほど無関心でいられるのか全く理解できない。

 あれは本当に人間へ向ける目か?


 オレの脳裏を過った疑問に答える者は当然ながら存在しない。

 代わりに返ってきたのはカイトの呆れ返った口振りだった。


「客観的に見ても既に勝負は決したと思うけど君達はどうだい?潔く敗けを認めて僕の兄を侮辱したことを今ここで謝罪してくれたならこれ以上無益な行為を続けはしないよ」


 カルロとロバートがオレを横目で盗み見る。

 カイトはオレ達に敗けを認めこの場で頭を下げろと、そう要求してきた。それを飲むか否か、二人はその判断をオレに託したらしい。


「……こ、断るっ」


 僅かな躊躇いの末に口をついたのは、最早単なる意地を張っただけの弱々しい言葉だった。


 怖い。相手は落ちこぼれ。勝てない。プライド。逃げろ。戦え。負ける。

 空回りする思考。気が付けばカイトが目の前に立っていた。


「そうか、残念だよ」


 平坦な、それでいて死を宣告するような声に足がすくむ。

 立ち上がることすらできないでいるオレ達を一瞥することもなく、カイトは慈悲なき魔法を唱えた。


「『メモリーデッド』」


 恐怖と緊張で張り詰めたオレの耳に届いたのは気の抜ける、ポンという軽い音。

 しかしその音は一つ二つでは収まらなかった。

 数十、数百、数千に及ぶ異音が間断なく鳴り続ける。それに伴ってオレ、そしてカロルやロバートから透明な球体が次々と飛び出していく。


「な、なんだよコレ……」


 呆然と呟くロバートの声。オレ自身も目の前で起こっている不可解な事象に理解が追い付かない。

 ただ、何か取り返しのつかないことが起きている気がして、その不安が全身にまとわりついて体を震わせる。


 やがて音と球体の出現が止まると、カイトは世にも恐ろしいセリフを切り出した。


「君達の体から飛び出してきた球体にはそれぞれに記憶が閉じ込められている」


「き、記憶だと?」


「そう。例えば今日の朝食、例えば入学式での出来事、例えば両親の顔、例えば……自分の名前」


 カイトが指を振ると球体がパン、と音を立てて破裂する。


「さあ、君の名前はなんだったかな?答えられたら僕の負けでいい」


「き、聞いたぞその言葉!いいか、オレの名前は……」


 名前は……名前?オレにそんなものはあったか?

 いや、無いわけがない。どうして名前の有無から考えているんだ。

 名前だ。浮浪児ならまだしも大多数の人間が持っていて当然。なければおかしい!


 ましてやオレは貴族の生まれだ。名前を持たない筈が……!

 そう信じ、いくら頭を捻っても自らの名を思い出すことはなかった。


「どうやら答えられないようだね」


「そんなバカな……自分の名前を、忘れたというのか?」


 その事実に膝を着いている体からさらに力が抜けていく。


「正確に言うならば失ったんだ。だから二度と思い出すことはないよ」


 追い打ちといわんばかりにカイトの言葉は弱りきったオレの頭に棍棒で殴られたような衝撃を与えた。

 自分の名前をもう思い出すことができない……?


「そういえば君の隣にいる二人は誰だい?」


 問い掛けと同時にまたもや球体の割れる音が響く。

 衝撃が大きすぎてひどく緩慢な動きになってしまったが、それでもなんとか首を左右に振って隣にいるという人物の顔を見た。


 ……誰だ、コイツらは。


「知らん、見たこともない奴等だ。そんなことよりも……」


「おい、冗談だろう!?」


 メガネの男が瞳に驚愕の色を浮かべながらオレの肩を掴む。


「気安く触るなっ!」


 カイトに詰め寄ろうとしたオレの邪魔立てする男を突き飛ばす。

 他人に構っている暇などないんだ!なんとかして自分の名前を取り戻さなければ……。


「おやおや、これでは友情にヒビが入りかねないね。ああ、でも今から全ての記憶を失う君達にとってはどうでもいい話か」


「全て失う……?」


「そうだよ。君達はこれから十余年に及んで蓄積し、人格形成に多大な影響を与え、あらゆる思考の根幹にあたる記憶を全て奪われるんだ」


「う、嘘だろ?まさかそんな……」


「事実さ」


「やり過ぎだろ!少し兄貴をバカにされただけで普通そこまでやるかよ!?」


 メガネではない方の男が喚き散らす。

 兄貴をバカに?まさかオレ達三人は同じ理由でここに?


 だが今は新壮式の最中だ。意図的に集めることはできない。

 いったい何がどうなっているんだ?


「この世には触れてはならない逆鱗というものが存在する。君達はそれに触れるばかりか唾を吐きかけたんだ。

 あえて言わせてもらうよ。この程度、まだ生温い」


「……あ、や、止めてください……入学式での発言も、それ以外もいくらでも謝ります!だから、だからお願いします……!」


「今さら取り繕ったところでもう遅い」


 足元にすがり付くメガネの懇願をカイトは容赦なく切り捨てた。


 どうして、こんなことになった……?

 カイトは落ちこぼれで、本来なら第一組に入れる筈がなくて、きっと家名に頼ったに違いないんだ。それを糾弾しただけで、だから……。


「さあ、心の準備はできたかい?なにせ数分後には新しい人生が始まるんだ、胸が踊るだろう。まあ失うのは全ての記憶だから大きな赤子になってしまうわけだけれど」


「……、…れ……」


「だから本当の意味で君達と言葉を交わすのはこれが最後になるね。勿論、君達が今の自分を本当の自分だと感じるのもこの時が最後だ。“次の君達”がどんな人間になるのかは、わずかばかりだけど将来の楽しみとして取っておくことにしよう」


「……て、くれ……」


「これから訪れるのは生きながらにして永久の別れだ。折角だし神様へ祈るとしようか。『ああ、天に召します我らが神よ。どうかこの良き日に迷える三つの魂を禊ぎ、清く健やかな次なる生を……』」


「やめて、くれ……!」


 四肢だけではあきたらず額も地面へ擦り付ける。五体当地の姿はさぞ無様で滑稽なことだろう。

 だが最早そんなことに構ってなどいられなかった。


 もしカイトが語った通りの未来が待っているとしたら、それは死よりも恐ろしい絶望だ。自分が自分でなくなり、それを自覚できないなど想像しただけで首を括りたくなる。

 そんな地獄を避けられるならプライドなどかなぐり捨てていくらでも恥をいてやる!


「お前の……いえ!カイト様の兄上を口汚く罵った挙げ句、決闘など身の程を知らぬ無礼を働いたことを謝罪致します!生涯名を失うことも咎として受け入れましょう!

 ですから全ての記憶を失うという処罰はどうか考え直していただけないでしょうか!?何卒ご容赦くださいませ!」


「……はあ、君達の気持ちは伝わったから顔を上げなよ。まさか三人揃って土下座されるとはね……」


 ドゲザ、という単語が何を指しているかは分からないが、見れば他の二人もオレと同じ体勢で頭を下げていた。

 これが功を奏したのか……?


「で、では……」


「ああ、喜ぶといい。全ての記憶を奪う、というのは撤回しよう」


「あ、ありがとうございますっ!」


 再び地に額を着けるオレ達を見下ろして、カイトはこう続けた。


「特別に何か一つだけ記憶を残しておいてあげるとしよう。好きなものを選ぶといい」


「……え?な、あ……なんで……」


「何がいいんだい?やはり恋人に関する記憶とか……いや、むしろ記憶がないのにまたその人を好きになる、というドラマチックな展開がなくなってしまうね。これはいけない」


 カイトがふざけたセリフを真剣に悩みながら口にする。

 ああ、そうか……コイツにオレ達を許そうなんて心積もりは微塵も無いんだ。必死になって謝罪する様を楽しんでいただけで、何をしようと結果は変わらなかったに違いない。

 今こうして絶望の表情を浮かべているオレを嘲笑っているのだ。


「どうやら僕の慈悲の深さに感動して言葉に詰まってしまったみたいだね。ならば仕方ない、残す記憶は僕が適当に見繕っておくよ」


 何処か遠くから声が聞こえる。

 もう、終わるのだ。オレがオレではなくなってしまう、その瞬間が訪れる。


「あ……あぁ……」


「それでは、別れの時だ」


 数千の球体が一斉に破裂し耳をつんざく騒音の嵐に打たれ、オレの意識はそこで途絶えた。




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