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35話

お久し振りです。



side リリー・スタビノア



『今年度の新入少壮式の解説を務めていただくのは戦闘魔法専攻のシモンズ教諭、実況は魔法学院三年シャディールが務めさせていただきます』


 魔法によって拡声された実況が会場に響き渡る。

 その声に呼応してフィールドへと通じる五つのゲートが開いた。そこから参加者逹の姿が現れる。

 その中に一人の少女の姿を見付け、歓声が一段と増した。


『お聞きくださいこの大歓声!今年の注目はなんと言っても初等部時代に院生騎士クラウンナイトに抜擢されたイングリット・ランカスター選手ですが、なんと初戦からの登場です。シモンズ教諭、彼女は具体的に何が素晴らしいのでしょうか?』


『魔法は威力・効果、発動までの速さ、正確性の三項目によって総合的に評価される。彼女の場合はそのどれもが同世代と比較して頭一つ二つ抜け出しているが、その中でも特に優れているのが発動までの速さだ。

 ただ速いわけではなく呪文の詠唱や狙いの精度も高い。魔力運用の技術はすでに学生のレベルではないだろう』


 シモンズ先生の解説に客席から感嘆の声が多く漏れる。

 ランカスター様を絶賛するシモンズ先生は学院でも名の知られた魔法の名手。それだけの実力を有した人間が手放しで褒めちぎるのだから、やはり彼女本人の力も本物なのでしょう。


『しかしランカスター選手と対する彼等も選抜された実力者達です。熱い戦いが期待できそうですね』


 隣ではその実況を聞いていたアイリスが勝ち誇ったようにふん、と鼻を鳴らす。


「学院生でイングリット様に勝てる人がいるわけないってのに」


「アイリス、それじゃリリーのお兄様が負けちゃうのですよ?」


「あっ!わ、悪いリリー。別にカイト様が弱いってことじゃなくて……」


「気にしていないから謝らなくて平気よ。それよりもさっきから気になっていたんだけど、いいかしら?」


 わたしから怪訝な目を向けられたアイリスがなんのことかと首を捻る。

 そんな彼女に疑問をぶつけた。


「どうして貴女はランカスター様のことになると自慢気なの?」


「そういえば二人に話したことなかったっけ?あれは……そう、忘れもしない。アタシがウィンザストン魔法学校に入学してすぐの頃さ……」


 わたしの疑問にどこか遠い目をして語り出すアイリス。今そういうアンニュイな空気は必要ないと思うのだけど……。

 意識を過去へと飛ばしかけたアイリスの回想をかいつまんで整理すると


・出会ったのは四年前、魔法学校に入学して間もなく

・訳あって一人の男子生徒と決闘し勝利

・後日、決闘した男子生徒が腹いせに徒党を組んでアイリスを闇討ち

・もう駄目だと思った所にランカスター様が現れて男子生徒達を一掃


 ということがあって以来、アイリスはランカスター様にご執心となったらしい。

 言うならばアイリスにとってのヒーロー……いえ、ランカスター様は女性だしヒロインかしら?まあどちらにせよその一件によってランカスター様はアイリスにとって憧れの存在になった、とのこと。


 わたしとしてはそれよりもどうして入学してすぐに決闘なんて行うことになったのか不思議なのだけど。当時のアイリスは十歳のはずよね?

 そんな疑問を抱きはしたものの理由を聞き出す間もなく大会が進行していく。


『それではAブロックの出場選手の紹介へと移りましょう。まず一人目は第一組所属、アンドリュー・プホルズ選手!筋骨隆々の肉体から繰り出される魔法の威力は絶大。タルカス魔法学校では破壊王クラッシャーの異名を轟かせていたそうです』


 紹介を受けて黒光りした半裸の男性が雄叫びを上げている。申し訳ないけどあまり直視したくない。

 そしてなぜ上半身をさらけ出しているのよ。装甲が薄くなるだけじゃない。


『続いて二人目は第一組所属、神速の貴公子ことジョン・カーター選手。高い機動力に加え魔法と剣技から繰り出される高速かつ変幻自在な攻撃に注目です。

 三人目はジェレミー・バーンズ選手。Aブロック唯一の第二組から選出と厳しい組み合わせですが、それだけに学年を問わず第二組、三組から大きな声援があるようですね』


 二人目には黄色い歓声、三人目には男女を問わない熱い声援がそれぞれに飛んだ。特にバーンズ様はかなり大きな期待を背負っているみたいね。

 学院は実力主義だけに上位組の生徒にはエリート意識を持つ人間も少なくない。その中で第二組、三組というのはエリート意識が高いながら第一組に煮え湯を飲まされることが多く、こういった力を競い合う場では敵対心が強く出るのも学院の特色の一つと言える。


『四人目は第一組所属、ティナ・ラネスカヤ選手。彼女はコーネリア皇国からの留学生です。奇しくもラネスカヤ選手とプホルズ選手という外部入学からの数少ない第一組の生徒が同一ブロックでの対戦となりました。シモンズ教諭は入学試験でラネスカヤ選手を受け持ったということですが?』


『ラネスカヤは属性に偏りのないバリエーションに富んだ魔法を扱える。魔力量にも優れているし攻勢に出た時の爆発力は脅威だろう。問題は状況に応じた適切な判断に基づいて魔法を選択できるかだが、こればかりは彼女の経験次第だ』


『シモンズ教諭がそこまで仰るということはかなりの高評価。これはラネスカヤ選手の一回戦突破の期待が高まります。

 しかし、それでも断トツの優勝候補は揺るぎません。五人目はもはや説明不要!天才ザ・ジーニアス、イングリット・ランカスター選手!』


 盛り上がる実況につられ、再び割れんばかりの歓声が会場を覆い尽くす。前述の四人とは比べ物にならない。

 しかしその歓声を一身に受けるランカスター様は眉尻をわずかに動かすこともなく、会場の熱気とは対照的な静けささえ漂う佇まいで開始の時を待っている。


 無句不動でありながら周囲を圧倒するかのような空気は、まさに強者のそれ。

 上空の『ビジョン』を通して映し出されたその姿に思わず息を飲む。


『新壮式一回戦はお馴染み、バトルロイヤル。今年は森林フィールドが戦いの場となります。生い茂る木々を利用するもよし、比較的拓けた地点で待ち構えるもよし。選手には魔法だけでなく戦略的な部分でも自らの持ち味を出して戦ってもらいたいですね。

 一回戦は各ブロックの勝者二チームが勝ち抜けになるので、誰と戦うか戦わないかという判断も非常に重要になってきます』


「二人じゃなくて二チームってどういうことなんですの?」


「新壮式は三人以内のチームでも出場可能なのよ。このブロックは全員個人のようだけど」


「なんで皆チームで出場しないのです?その方が有利ですのに」


「“チームを組む”ということがその言葉ほど容易ではないからよ」


 魔法学校からの繰り上げ組ならまだしも、入学したばかりで名前しか知らないような相手と綿密な連携を取るのは難しい。世代トップクラスの対戦相手に焼き付け刃のコンビネーションで挑んだところでデメリットの方が大きいのは明白。


 さらにチームを組んでいるとその優位性を崩そうとして集中的に狙われることも多い。結果、チームを組んだ方が数的不利に陥るのも珍しい光景ではないと聞いた覚えがある。

 故に新壮式ではチームで出場する選手は必然的に少なくならざるを得ない。


『あ、どうやらフィールドの準備も整ったようですね。主審のミュラー教諭がフィールドの中央で、試合開始の合図を……今打ち上げました!新壮式一回戦のスタートです!』


 開始と同時に飛び出したのはカーター様。

 魔法によって強化された身体能力を生かして木から木へ、加速しながら飛び移っていく。その跳躍に迷いはなく、枝葉を散らしながら一直線に突き進んだその先に上半身の肌が露になった大男の姿があった。

 その勢いを殺すことなくカーター様が太刀を振り下ろした。


 ガキィン、という甲高い音が響く。

 音の発生源はカーター様の剣とプホルズ様の籠手。斬撃にギリギリのタイミングで反応したプホルズ様が左腕に装着していた籠手で迫り来る刀身を防いでいた。


『カーター選手の先制は不発!いやしかし、それにしても驚異的なスピードでした』


『索敵から発見、攻撃までの速度が異常だな。これは防いだプホルズが見事だ』


 時間にすれば一瞬の攻防ではあったが、両者の実力の高さを窺わせるには十二分だったようで観客のボルテージも上がっていく。正直もうこの熱気には辟易してきたのだけれど。


「っ……やるじゃないか。まさか初見で見切られるとは思わなかったよ」


 先制攻撃が不発に終わったカーター様が距離を空ける。

 一撃離脱。それがカーター様のスタイルだとするならばこれは完全に彼の間合い。


 しかし相対するプホルズ様は不敵な笑みを浮かべて余裕を見せる。


「テメーのスピードもなかなかだったぜ?まあオレには止まって見えたけどな!」


「間一髪だったわりには言ってくれる。あからさまに魔力を垂れ流して見つかりやすくしていたのは誘いだったかい?」


「あん?誰がそんなまどろっこしいマネするかよ。オレはただ、全力でぶん殴るだけだ!」


 言うや否や今度はプホルズ様が仕掛ける。


「“我が身に宿りし魔力、敵を穿つ槍となれ”『インパルス』!」


 咆哮しながら振り抜かれた剛腕をカーター様は危なげなく回避。

 標的を見失った右腕はその進撃を止めるとなく、真正面にあった木に激突し、轟音と共にその太い幹をへし折った。


『なんとプホルズ選手、一撃で木を折りました!当たればその時点で勝負がつきそうな威力です』


 彼が発動している『インパルス』は拳に魔力を集中して殴り、拳が当たった瞬間に魔力を爆発させる魔法。

 難しい魔法ではないけれど、プホルズ様はそれを一撃で勝負がつくレベルまでに鍛え上げている。


 対魔繊維を織り込んでいるローブや制服を身に付けていても純粋な衝撃は防げない。あの丸太のような太い腕で殴られれば骨の一本や二本は容易に砕けるでしょう。


「確かに威力は大したものだけどその程度のスピードじゃ俺を捉えられないよ。悪いがこの勝負は――」


「“俺の勝ちだ”とでも言いたいんだろう?」


 再度攻撃体勢を取ったカーター様の足元に魔法陣が出現した。

 その魔法の効果か直径数メートル範囲の規模で地面が崩れ、それにより生じた大小の破片が全方位に飛散する。


「っ!設置魔法か!?」


『おーっと、ここで乱入者です。カーター選手、たまらず足を止めてしまいました』


『いい狙いだ。あのスピードを殺せばカーターの脅威は半減する』


 カーター様が瞬時に自分へ向かってくる破片を避け、無理なものは剣で弾き落とす。

 高い技巧で設置魔法を対処しきったカーター様の背後から、息をつかせはしないとばかりにローブを目深にかぶった男性が追撃を放った。


「“大地を蹂躙せし暴虐の風よ巻き上がれ”『サンドストーム』」


『乱入者の正体はバーンズ選手だ!これは決まるか!?』


 ローブの男性、バーンズ様の攻撃は完璧に不意を突いていた。これ以上無いタイミングだと、わたしには少なくともそう見えた。

 しかし第一組、それも新壮式への出場を許可された者に勝つにはこれだけではまだ足りない。


「手緩いっ!」


 飛び散った破片を巻き込みながら迫り来る暴風をカーター様は十字に切り裂いた。

 魔法で強化された身体能力を駆使した、しかし魔法には頼らない人の身の剣術で。


『なんとなんと、カーター選手が竜巻を切り捨てましたー!』


 観客席から上がる黄色い歓声の割合が増す。ちょっと耳が痛いわ。


「さすがだな。君ならきっと切り抜けると信じていたよ」


 神業のごとき剣戟も尚、バーンズ様の掌中。

 全てが計算通りであると言わんばかりに、カーター様が着地した場所を交点として設置魔法が四方から同時に発動した。先程よりもさらに完璧な回避も迎撃も許さないタイミング。

 カーター様といえど四方向から射出された空気の衝撃波をすべて捌くのは至難。


「くそ……!」


 そんな理詰めの戦略に唯一計算違いがあったとするならば。


「うおおおっらあああああっ!」


 カーター様と背中を合わせるように設置魔法の進路に飛び込み、飛来した衝撃波を拳で叩き壊したプホルズ様の存在でしょう。


 彼の助けにより攻撃を凌いだカーター様は自分を助けようとした行動が納得できないのかプホルズ様に尋ねた。


「……一体どういうつもりだい?」


「テメーと戦ってたのはオレだ。それを邪魔されたのが癪なんだよ」


「ははっ、なんだそれは」


 実に単純明快な理由にカーター様は苦笑で応える。

 その様子を離れた位置から見ていたバーンズ様が肩をすくめた。


「折角お望み通りに強者と戦える舞台を準備したんですがね」


「おう、テメーが試合開始直後にこの場所にくれば神速の剣士が仕掛けてくるって教えてくれたことには感謝してんぜ。だが横槍入れてくんならまずはテメーから倒す」


「これは困った。第一組の生徒と真正面から戦うのは分が悪いのですが……。そうだ、どうですカーターさん。私と手を組みませんか?」


「申し訳ないが断らせてもらうよ。キミと共闘なんてしたら手痛い裏切られ方をしそうだ」


 自らの心理を読まれ、動きを誘導されたカーター様はその提案を一顧だにせず、そしてプホルズ様と肩を並べるようにして立つ。


「今度は俺からの提案だプホルズ君。まず二人で彼を倒す。その後一対一で改めて決着をつける。どうだい?」


「……悪かねぇな、乗ったぜ」


「これは本当にマズイですねぇ……。ここはひとまず逃げに徹しましょうか」


「いいえ、その必要はありません。『アイスウィンド』」


 瞬間、バーンズ様を襲ったのは白い壁。

 わたしが知る『アイスウィンド』からはかけ離れた風雪が吹き抜け、フィールドの一部が瞬く間に雪化粧に染まってゆく。


『ランカスター選手の『アイスウィンド』にバーンズ選手が飲み込まれてしまいました!なんでしょうかあれは、本当に『アイスウィンド』でいいんですか?』


『今の魔法こそランカスターが天才足る証左だろう。呪文詠唱破棄で中級魔法セカンドマジックを発動させ標準を遥かに上回る威力だ。学生の力量ではないな』


『彼女がいかに規格外かよく分かりますね。……あっとやはりバーンズ選手は戦闘不能のようです』


 これで一人脱落。残り四名は全員第一組となった。

 そういえばラネスカヤ様はどこへ?試合開始以降、誰とも交戦していないけれど。

 そんなわたしの疑問を察したかのように少女の声が割り込んできた。


「“閃光雷鳴”『サンダーボルト』!」


 三本の電撃がそれぞれを襲う。

 ランカスター様はまたも無詠唱で『シールド』を展開して電撃を防ぐ。


 カーター様も寸での所で回避しますが、ランカスター様に気を取られ『サンダーボルト』への反応が遅れたプホルズ様が電撃をもろに受ける。


「ぐおぁ……!」


『プホルズ選手もダウン!ラネスカヤ選手が見事な奇襲を決めました』


『実技試験ではしっかり詠唱していたが短縮詠唱も可能なのか。抜き身の実力はまだ見せていないかもしれんな』


 一気に場の主導権を奪ったラネスカヤ選手が二人を相手に攻め立てる。

 電撃、火炎、水流……試合前シモンズ教諭が仰られていたように多様な魔法を次々に発動する。さすがに無詠唱とはいかないものの、途切れることのない連続攻撃に二人が苦戦していた


『ラネスカヤ選手、まさに猛攻!ランカスター選手を破れるか!?』


 ――ように見えた。


「“眠りなさい”『クレイドル』」


 この日初めてランカスター様が口にした呪文……と呼ぶにはあまりにも簡素な言葉。しかしその威力は絶大だった。


 カーター様が倒れ伏し、優位に立っていたラネスカヤ様までも膝をつく。


「な、なんなのよ……これぇ……」


「まだ意識があるのね。中級魔法セカンドマジックの連続使用といい見所があるわね、貴女」


 ぐずる幼子を寝付かせたり不眠治療の際に用いられる初級魔法ファーストマジック『クレイドル』

 眠気を誘発させる効果があるけど、戦闘中で興奮状態にある人間を眠りに落とすほど強力な効果はないはずなのに……。


『カーター選手も戦闘の続行は不可能。Aブロックの勝者はランカスター選手とラネスカヤ選手です!』




更新にほぼ一ヶ月くらいかかりました。

ごめんなさい。

とりあえずこの一ヶ月で新たに分かったこと。


書き溜めするとモチベ下がって執筆速度がさらに下がる。

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