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34話



 雲は高く、空は青い。

 その空には時折花火……といっても運動会の開始を告げるときの空砲みたいなものだけど、まあそんな感じの花火が打ち上げられ、鳴り響く炸裂音はイベントへの期待を高めていく。


 そう、まさにイベントだ。祭りと言い換えてもいい。

 メイン会場の周囲には高等部にあたる学院の生徒だけでなく初等部、つまり魔法学校の生徒達の姿や在校生の家族がかなり多い。これは皆新壮式を観戦に来た観客なのだ。


 出場者の親でもないのに来てどうすんだとも思ったが、どうやら新壮式で目立った活躍をすると観客、つまるところお偉いさんやら爵位の高い貴族様に顔を覚えてもらえるんだとか。


 出場者にとっては自分の力をアピールする場であり、人材不足に悩む貴族にとっては将来有望な子を見定めてツバをつけるのに格好のイベントなのだ。そのせいで実質的には学院の部外者まで観客として詰めかけるのが恒例となっているらしい。

 俺の頭を“就職氷河期”という言葉がよぎる。世界線を越えてもどこも人材難なんだなぁ。

 まあそんな世間の荒波なんて経験したことないけども。


 そしてこの混雑の原因はもうひとつある。

 それは至る所に立ち並び、そのどれもが中々に繁盛している屋台だ。もしかしてメインストリートにいた露店商の奴らかもしれん。

 さすがに学院側の許可は得ているだろうが、それにしたって商魂逞しい連中ばかりだ。どれ、ここは売り上げに貢献してやろうじゃないか。


「メリッサ、試しに一本買ってみるのはどうだろう?」


「ああいった露店で買い物をして食べ物を口にするのはあまり褒められたものではありません、カイト様」


 説得失敗!


「やれやれ、侯爵家の肩書きがこんな所で仇になるとはね」


 くそぅ、良い匂いさせやがって串焼き屋め。

 よくお祭りで売られてる甘ダレの焼き鳥とか好物なんだけどな。とんだ生殺し状態である。


 まさか買い食い立ち歩きも許されないとは。

 貴族の礼儀とか慣習ってマジ窮屈すぎやしませんかね。


「ならメリッサが買ってきたものを僕が一口もらうとか」


「カイト様に物を分け与えるなどという不敬を働くことはできません。どうかご容赦ください」


 悪あがきも意味を成さなかった。

 無表情なのに瞳だけはえらく悲し気である。十五歳にしてすげぇ表現力。


 あれだ、道端に捨てられた挙げ句雨に濡れたスコティッシュフォールドの仔猫に匹敵する威力だ。こんな目に勝てるわけない。


「そこまで言われたら引き下がるしかないな」


 これ以上駄々をこねてメリッサちゃんを困らせるのは俺としても望むところじゃない。

 しゃーないと諦めて、そのまま会場の外周を沿うように歩いていく。この先に新壮式に出場する生徒専用のゲートが設けられている。


 観客や露天で賑わっていた箇所から五分とかからずに到着したゲートにはカイルとリリーが待ち構えていた。


「やあ、待っていたよカイト」


「兄さん、それにリリーまで。一体どうしたんですか?」


「弟の晴れ舞台だからね、激励に来たんだよ。ね?リリー」


「わ、わたしは別に……カイル兄様が行くっていうから付いてきただけだし……」


「それでも嬉しいよ。ありがとうございます兄さん、リリー」


 いや、冗談抜きで嬉しいわ。

 こうしてまともに応援なんかされるのは人生で初めての経験だ。


「とはいえカイトなら苦もなく優勝できると確信しているけどね」


「ならその期待に応えて見せましょう」


 実のところコルネリオさえ始末したらもうやることないし棄権しようかなと考えていたが、これはもう優勝するっきゃないな。

 あー、高まるわー。


「おっと、もう時間か。悪いけど僕はこれから所用が立て込んでいてね。本当なら会場で応援したいんだけど……」


「その気持ちだけでも充分です。少ない時間の合間を縫ってまでこうして言葉をかけてもらい顔が見れたことは、僕にとってこれ以上ない応援ですよ」


「そうか……では僕は行くよ。戻ってきたときに最高の報告を聞かせてくれると信じているからね」


 そう言い残してカイルは去って行った。相変わらず言動までもがイケメンである。

 で、だ。


「それでリリーはどうしたんだい?」


 カイルが去っても無言のまま、しかし頑として俺の前から動かないリリーに声をかける。

 そっぽを向いてるから表情も分からない。


 対応策が不明である。いっそのことメリッサちゃんに丸投げしてしまうかと考えたところで不意にリリーが口を開いた。


「――辞退しなさいよ」


「え?」


「新壮式は本当に危険なのよ。カイトが実は魔法を使えるってことはカイル兄様から聞いたけど、それを使って戦うのは全くの別物なんだから。二年も部屋に籠って鈍った体で勝てるわけないじゃない。

 しかも相手は同世代でも特に優れた人逹ばかりよ?怪我だけじゃ済まないかもしれないんだから……」


「リリー……」


 顔を逸らしてリリーが漏らしたのは俺の身を案じる言葉だった。


 ごめん、ちょっと泣いていい?何この天使。

 メリッサちゃんに丸投げしようとした十秒前の俺に特級魔法グランドスペルの『プロミネンス』を撃ち込みたい。


 いや待て。やろうとしたらマジで出来そうだし、そんなことしたら俺だけじゃなくて皆諸共死んじゃうって。

 少し落ち着こう。


 どうやらナイフを投擲してくるイメージしかなかった妹のまさかのデレに精神が乱されたようだ。


「心配をしてくれるのは嬉しいよ。でも僕にはここで引けない理由があるんだ」


「何よ、その理由って……」


「新壮式の出場者に兄さんを貶した者がいるんだ。僕が誰よりも尊敬しているあの兄さんをね。

 加えて言うなら次期当主であるカイル・スタビノアを貶したということはスタビノア家までも侮辱されたことと同義だ。両親、兄さんと姉さん、そしてリリー。僕の誇りとも言うべき人達を貶した言葉を撤回させ謝罪させなければいけない。その為に僕は新壮式に出場するんだ」


「……バカイト」


 拗ねたようにリリーがそう呟いた。返す言葉もない。

 こんなに心配してくれている妹を押し切ってまで勝負に乗るなんて兄失格だろう。


「ごめんね。行ってくるよ」


 すれ違い様にリリーの頭を左手で軽く二回、ポンポンと叩いて振り向くことなくゲートをくぐる。

 リリーの不安を蹴散らすためにもちゃちゃっと優勝してこよう。







side リリー・スタビノア



「あっ、リリー!」


 カイトと別れてメリッサと一緒に観客席へ向かう途中、同じ第五組のセレスティアと第三組のアイリスがあたしの姿を見付けて駆け寄ってきた。


「どこに行ってたのですか?戻ってくるのが遅いからあちこち探し回ったのです」


「ごめんね、セレスティア。お兄様に会いに行っていたの」


「カイル様にかい?」


 アイリスが「お兄様」と聞いてカイル兄様の名前を出す。まあそれが普通の反応よね。


「違うわ。わたしにはもう一人お兄様がいるのよ」


「そうなのです?」


「へー、そりゃ初耳だ」


「そして彼女がもう一人の兄、カイト兄様の院外従者アウタースタッフを務めているメリッサよ。年はあたし逹の一つ上」


「メリッサと申します」


 紹介されたメリッサは腰を折って深々と頭を下げる。


「セレスティアですの!」


「アタシはアイリスだ。よろしくな」


 高名な武家出身のアイリスは元より、貴族の身の上のセレスティアも平民であるメリッサに対して隔たりなく接してくれる。

 こういう誰に対しても礼を欠かない態度はすごく好感が持てる。だからこうして友人関係が続いているんだけど。


「それでもう一人の兄貴はどこにいるんだい?」


 アイリスがキョロキョロと視線をさ迷わせても、当然ながらここにカイトの姿はない。


「ここにはいないわ。今から新壮式に出場するんだもの」


「ははーん、それでリリーにしては珍しくこんなイベント事に顔を出したわけだ」


「……まあ、否定はしないわよ」


 その甲斐虚しく辞退の説得には失敗したけどね。

 まったく、カイトもカイル兄様も何を考えてるのかしら。


 カイトが魔法を使えるのが事実だとしても相手が悪すぎる。

 新壮式に出場するのはその学年でトップクラスの戦闘能力を有する生え抜きの実力者のみ。そしてここ、ウィンザストン魔法学院はブラスティア王国各地から優秀な人間が集う学舎。


 つまり新壮式は世代ごとの最強を決定するための場と言って差し支えない。そんな戦いにカイトが出場するなんて自殺行為としか思えなかった。

 そう訴えてもカイル兄様は「カイトなら大丈夫」と言うばかりでわたしの言葉を取り合ってくれない。何を根拠に大丈夫だなんて確信を得られるというのかしら。


「なあリリー、カイト様はどれくらい強いんだ?」


「分からないわ。わたしはカイト兄様が魔法を使うところも剣を振るうところも見たことがないもの」


 だからわざわざ止めに行ったのよ。無駄足になってしまったけど。


「それで新壮式に出るなんてヤバいんじゃ……」


「わたしもアイリスと同感よ。カイル兄様は間違いなく優勝すると信じているみたいだけど」


「なんでですの?」


「さあ、何故でしょうね……一応第一組だからじゃないかしら」


「第一組!?ならメチャクチャ強いじゃないかっ!」


「そのはずなんだけどね。普段の様子を知っているととてもそうは思えないのよ」


 いつもおどおどしていて、会話するときにさえ目も合わせてくれない。かと思えば誰かか些細な魔法を使うたびに絶望と羨望の入り交じったような顔をする。

 そしてついには部屋に閉じ籠って外との接触すら絶ってしまった。


 幼かった頃は一番年の近い兄妹としていつもわたしに優しく声をかけ、手を引いてくれた。あの時は誰よりも頼もしいと感じたあの背中も、繋いだ手の温もりも、今ではもう色褪せた遠い記憶に過ぎない。


「リリー、大丈夫ですの?」


 不意にセレスティアがわたしの手を取り不安そうな顔でそう問いかけてくる。


「大丈夫だけれど……急にどうしたの?」


「それはこっちのセリフだ。いきなりすっげー悲しそうな顔をするから何事かと思ったよ」


「リリー、今にも泣き出しそうでしたの……」


 そんな顔を見せたつもりはなかったのだけど……。

 図らずも二人に心配をかけてしまったようね。


「別に平気よ、どうもしないわ。それより早く座らないと席がなくなっちゃうわね」


 一端話を切り上げて続々と観客を飲み込んでいく会場へわたし達も足を運ぶ。

 入場ゲートを抜けると一気に視界が拓けた。それと共に新壮式の開始を待ちわびた観客逹の熱気と喧騒が体にまとわり付いてくる。


 一辺二00メートル四方のフィールドと、その周囲を取り囲むように設計された三階建ての観客席。

 フィールドの上部、およそ五十メートルほどの高さには上級魔法ハイクラス・マジックの『ビジョン』により背中合わせに六面のディスプレイが設置されていた。戦闘中はこれに参加者が映し出され続ける。


 混雑の最中なんとか四人分の座席を確保してようやく一息つく。

 場所取りだけでもかなりの重労働ね。


「ずいぶん賑わっているけど、新壮式ってここまで盛況な催しだったのかしら」


「今年は特にじゃないか?注目の選手がいるからな」


「だれですの?」


 セレスティアが小首を傾げる。

 それに対してアイリスは誇らしげに答えた。


「ウィンザストン魔法学院史上最高の天才、イングリット・ランカスター様だよ。リリーは知ってるだろ?」


「当然よ、有名人だもの。ランカスター様は今期の入学生だったのね」


 ウィンザストン魔法学院理事長の孫娘にして、魔法学校時代から院生騎士クラウンナイトの一員に名を連ねる才媛。

 豊富な魔力量と熟達した魔法技術は現時点で世界最高峰と謳われる、正真正銘の天才。


 加えて同性すら虜にする美貌とプロポーションも持ち合わせ、学内はおろか国内外にすら彼女のファンが存在するという噂も耳にしたことがある。あれほどの容姿ならば素直に頷けるのだからそれが事実であっても驚きはしないけれど。


 まあそれはさて置くにして。

 それほどの人物とカイト兄様が戦う可能性もある。どう考えても勝機があるとは思えない。

 戦えばそれこそ草臥れたぼろ布もかくやとなる未来しか想像できないのだけど……。


 そんなわたしの心配を余所に。


『在校生ならびに紳士淑女の皆々様方、大変長らくお待たせ致しました。これより、第九一回ウィンザストン魔法学院新入少壮式を開始致します!』


 沸き上がる、地鳴りのような大歓声に後押され、無情にもいよいよ新壮式の幕が開いた。




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