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33話



 それから三日間、入学直後のオリエンテーションや顔見せの意味合いが強い最初の授業もそこそこに、対オールバック戦の準備を着々と進めていった。

 その間もオールバック軍からの嫌味は絶え間なく続いたが、その標的である俺がガン無視を決め込んでいるためクラスには言い知れない緊張感が漂っている。


 直接関係のないクラスメイト達の胃を痛める結果になっているのは誠に申し訳ないと思いつつもいよいよ新壮式が前日に迫ったその日、俺はとある人物にお呼び出しを食らっていた。呼び出し人は二百歳児ことフィオナ学園長である。


 まあ予想はしてたけど。ついでに嫌な予感もする。

 恐らくは新壮式での騒動がフィオナの耳に入ったんだろう。

 相変わらず地獄耳のようだ。さすがは精霊族。


 なんて感心してる場合じゃない。もしここで勝負を止められてしまえばオールバックを合法的に葬るチャンスを失うことになる。

 どうやって了承を得たもんかとあれこれ考えながら早くも通い慣れた感のある学園長室の扉を開く。するとそこで待ち受けていたのはフィオナだけじゃなかった。


「や、こんにちはカイトくん!元気にしてたかな?」


「ええ、お陰さまで。先日はありがとうございました」


「あはは、気にしなくていーよ!」


「そういうわけにはいきませんよ。それと……」


 ちらっと右側に視線を向け、そこにいた人物にも会釈をする。


「ランカスターさんも今朝方ぶりですね」


 そこにはシュレリアとはまた違うお嬢様然とした雰囲気を纏った俺的制服姿ランキング堂々の第一位、イングリット・ランカスターさんが険しい顔つきで仁王立ちしていた。


 ……いや、この可憐な容姿に対して仁王は失礼か。そうだな、『戦乙女ヴァルキリー立ち』とでもしておこう。

 別に仁王像をディスってるわけじゃないからね?


「あら、私の名前を覚えていたのね」


「勿論ですよ」


 あたかも意外そうな顔でそんなことを仰るイングリットさん。クラスの人数は多いし入学してから一言も話していないとはいえ同じ第一組なんだから知ってるに決まってる。


 加えてこの絵に描いたような美少女っぷりだ。見た目だけなら理想の女性像を体現している女の子の名前を忘れるわけがない。

 たとえ事故で記憶喪失になって自分の名前すら忘れても彼女の存在は覚えていられる自信がある。


 とか純愛モノの主人公ならフラグ確定な自信を抱きながら当たり障りのない挨拶を交わす。

 しかしなんでまた彼女がここに?


「さてカイトくん、どうして君が呼び出されたか分かるかな?」


「心当たりならなきにしもあらずです。新壮式での勝負についてでしょうか?」


「うんうん、その通り!実はイングリットさんから報告があったんだよねー」


 ああ、だからいるのね。まさか美少女からのリークとは。

 悔しい!でもビクンビクンッ。


「まさかとは思いますが勝負を取り止めろ、ということですか?」


「そうです。闘技場を破壊するほどの魔法を使う貴方が一般の生徒と勝負するなんてことを認められるわけないでしょう」


「僕だって一般生徒なんですけどね」


 イングリットさんの言い分はあんまりじゃなかろうか。

 俺はちょっとだけ魔法に長けた普通の少年だというのに。


「フィオナも彼女と同じ意見なんだけどなー?」


 小首を傾げる仕草は相変わらずロリロリしいが、あの凛とした雰囲気のフィオナを知ってしまっただけに違和感がパない。あっちが素だとしたら今のキャラ付けはキツくね?

 あざとい幼女からカリスマ幼女に路線変更したらいいのに。


 まあそれはいずれ機会を窺って進言するとして、とりあえず今は本題をなんとかしないと。


「お二人には申し訳ないですがその要求を飲むことはできません」


「……なぜですか?」


「彼らは僕の兄を侮辱しました。それは僕にとって決して許容できない一線です」


「それについてはこちらでも把握しています。過ぎた挑発行為を行った彼らには学園、院生騎士クラウンナイトの双方から厳重な注意を行うわ。それでも不服かしら?」


「僕が求めているのは彼らの心からの謝罪です。ランカスターさんの条件を飲んだとしてもそれが得られるとは思えません」


 言い替えればそれ以外はいらん。奴らにはジャパニーズDO・GE・ZAくらいは覚悟してもらう。


「カイトくんがそこまで言い張るのはちょっと予想外だねー」


「そうですか?自分が最も尊敬する人間を貶されれば誰だって腹の一つも立つでしょう」


「貴方の主張は理解できるけど行動が軽率すぎます。新壮式はほぼ実戦なのよ?そこで決着をつけようだなんて……」


「イングリットさんのお言葉はごもっとも。元より僕としてもただ単に彼らを負かすことが目的ではありません」


「どういう意味ですか?」


 イングリットさんの瞳に警戒の色が浮かぶ。

 大丈夫ダヨー、怖クナイヨー。


「彼らとの勝負は撒き餌です」


「撒き餌?」


「はい。とある人達へ僕の力を見せつけるために」


 自分で言うのもなんだがスタビノア家は貴族界でもかなり立場は上の方だ。当然スタビノア家の次男である俺もそれなりの立場なのだ。

 そんな俺に対してオールバック達は臆することなく暴言を吐いてきた。実家の名前が大きな力を持つこっちの貴族文化においてこれは本来ならあり得ない。


 ではなぜそんなことがまかり通ってしまうのか。

 恐らくは俺を通してスタビノア家そのものまで舐められてしまっているからだろう。


 ああいった手合いが存在している以上、開けっ広げではないにしろスタビノアの名を低く見ている人間が一定数いると考えるのが妥当だろう。俺への評価が家名の足を引っ張る形になってしまっているわけだ。

 これは由々しき事態だ。だからここでオールバックに完勝し、その評価を一変させなければいけない。


 ぶっちゃけ俺自身の評価なんてどうでもいいやと軽く捉えていたが、それが誤りだったと認識を改める必要がある。


「そっか、なるほどねー」


 得心がいったとばかりにフムフム唸りながら頷くフィオナ。どうやら俺の言わんとしているところを察してくれたらしい。

 さすがは精霊族(二回目)、素晴らしい理解力である。


「その様子だと納得していただけたようですね」


「まあねっ!でも許可は出せないかなー」


 なん……だと……?

 プライドのためにリアル決闘さえ行われる世界だというのに、なんで絶対に負けられない戦いの火蓋を切って落とせないとは。これは訴訟も辞さないぞ。

 誰に訴えればいいんだ?国王か?


「カイトくんの気持ちは尊重してあげたいんだけど、彼――コルネリオくんもフィオナにとって大事な生徒なんだよ?新壮式では怪我をするのが前提になっているけど、万が一の可能性がより高まるのを黙って見過ごすことはできないの」


 あのオールバック、どうやら名前をコルネリオというらしい。

 そしてどうやら勘違いされてるな。ここはしっかり明言しておこうか。


「フィオナ学園長、僕は新壮式で攻撃系の魔法を使用するつもりは一切ありませんよ。そもそも相手を傷付ける可能性のある魔法は使いません」


「へ?」


 フィオナのキョトン顔いただきましたー。


「……それでどうやって新壮式の勝負に挑むつもりなんですか?」


「その答えは“戦うまでもなく”ですよ」


 さっきフィオナも口にしていた通り物事には万が一ということがある。そして俺の魔法の威力を考えれば万が千とか百とか十まで下がってしまう。

 非常に癪ではあるがオールバック改めコルネリオに怪我を負わせないように万全を期さなければならない。


 その為に俺が導き出したのが“戦わずに勝つ”という答えだ。


「『カイト・スタビノアとは戦うことすらままならない』。彼らにそう思わせることが目的なんです」







side フィオナ・クラインベルン



 西日が差し込む自室の窓を開け放して眼下に広がる学院の風景を見渡す。

 耳には生徒逹の笑い声が微かに届き、視界に入った大半の生徒は笑顔を浮かべていた。それがとても輝かしく見える。


 そのまま視線を上に向ければ茜色に染まった空。鮮やかな空を眺めながら反芻したのは、彼が吐露した不遜と表現することすら生易しい言葉。


「『カイト・スタビノアとは戦うことすらままならない』かー……」


 それは圧倒的な強者にのみ許された大言。まあ事実としてカイトくんにはその言葉を体現するだけの力があるわけだけど。

 彼には『ノット・キリング』なんていう最大級の隠し玉もある。一応あれは特異魔法オリジナルスペルだから人前で使うかどうかは分からないけど、他にも相手を無傷で無力化させる方法には困らなさそうなのがカイトくんの実力だ。


 とはいえ危惧せざるを得ない状況に変わりはない。

 他者と隔絶した力を持つ存在は孤独だ。仮に道を踏み外しそうになった時、それを止めてくれる人がいないのは危険極まりない。

 でも彼はあえて独りになろうとしている。


 ラオニッチ家。

 ここ数十年で急速に力を付けた新興貴族。そしてカイトくんへの蔑み行為を扇動していたとみられるのはラオニッチ家の嫡男という報告も上がっている。


 今回カイトくんへの挑発行為を行った三人の実家はどれもラオニッチ家と友好関係……力の差を考慮すれば傘下のような関係だ。

 その後ろ楯があるからこそ侯爵家であるカイトくんに向かってあれほどの暴言を公衆の面前でも吐けたんだと思う。


 カイトくんは聡さと狡猾さを併せ持った少年だ。

 さっきの『撒き餌』や『とある人達へ僕の力を見せつけるために』なんて言葉が出たくらいだからきっとラオニッチ家の存在にも気づいているはず。

 もしかしたらなぜ彼らがカイトくんやスタビノア家を目の敵にしているのか、その思惑もすでに掴んでいるかもしれないなぁ。


 新壮式での勝負に関しても自分の行動が周囲に与える影響は理解し、それもしっかり計算に入れて動いているんだろうとは思う。

 でもその計算に恐らく自分以外の存在は入っていない気がする。


 ラオニッチ家の思惑とカイトくんの考え、両者揃って不透明なだけに安易に協力を申し出ることもできない。

 あるいはイングリットさんが味方になってくれれば……とも思ったけど、今日の態度を見る限りずいぶんカイトくんを警戒しているようだったし難しいかなー。新壮式での勝負を許諾した時もすごーく反対してたしね。

 うん、本当に残念。


 なにしろラオニッチ家は以前から黒い噂が絶えない。異常なペースで勢力を拡大させている背景には何か秘密がある可能性が高い、というのが調査会の見解だ。

 でもそれでいて決定的な証拠は何一つ残されていない。わたしも学園長職に就く前、組織の内部調査という名目であの家へ踏み入ったこともある。結果として魔力探査に引っ掛かるような怪しい物は出なかったわけだけど。


 要するに彼らには正攻法が通じない。

 カイトくんも突飛な手段はいくつか有しているけど魔法は決して万能じゃないということに彼自身が気付いているかどうか。そして何より魔法を使うのが人間である以上はどうしてもミスはついて回る。

 そういった部分を考慮しておかないと、それは相手からすれば格好のつけ入る隙になってしまう。


 故に彼には助けになる仲間がいれば、と思わずにはいられないのだ。

 まったくもう。わたしを心配させてばかりの悪い子なんだから。


「……何事もなければいいけど、まあ無理だよねー」


 きっとまた彼を中心にして一騒動巻き起こるに違いない。

 そんな確信めいた予感を胸にしまい込み、残った仕事を片付けるためにわたしは再び席に着いた。


「お願いだから無茶だけはしないでほしいなぁ」


 そんな言葉を漏らしながら。




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