31話
それから程なく、ティナと魔力フィールドの書き換えによって魔法を不発に追い込む技術の進捗状況について語っている内に学院に到着する。
黒山の人だかりとは正にこの事。恐らく新入生だろうと思われる生徒達が溢れ返り校門を通過するのも一苦労という有り様だ。
これじゃ馬車専用の出入口になっている門付近も大渋滞だろう。ほんと、早目に来といてよかった。
とはいえこの人だかりを掻き分けなければ校舎内に入れもしない。意を決して踏み込む。
牛歩の如きペースでノロノロと進む群集。進行速度は遅いのだが、その内部となれば押し合い圧し合いに揉まれることに変わりはなく、僅かでも目を離せばひときわ小柄なティナの姿を見失いそうだ。
「皆は平気かい?」
「は、はい。ですが……」
「ボクは大丈夫だけど……」
「ティナは?」「ティナちゃんは?」「ティナさんは?」
考えていることは皆一緒だったのか、三人のセリフが見事に被る。
「あ、アタシだってなんともないわよ……!むぐぅ」
ティナの呻くような声が聞こえた。人混みでいも洗い状態の姿は、今にも海中に引きずり込まれそうな溺れかけの幼子を連想させる。
どう見ても大丈夫っぽくはない。
「その言葉は承服しかねるね。怪我をする可能性もあるし手を繋いだらどうだい?」
まんま子ども扱いで悪いが、ここはシュレリアに引率してもらった方が賢明だろう。
この純粋なフィジカル勝負じゃ体格に劣るティナは危険である。
「て、手を繋ぐって……」
「安全面を考慮するならそうするべきだと思うけどね」
「そんなの……で、でも安全のためだし……~~っ」
何事かぶつぶつと呟いた末、何を考えたかティナは恐る恐る俺の左手を握ってきた。……いや、なんで?
俺はシュレリアと手を繋いだら?って言ったつもりなんだけど。
「こ、これはカイトが危ないっていうからっ!別に全然大丈夫だけど万が一に備えてしかたなく!」
顔を俯かせて「しかたなく」を強調するティナ。
俺としては役得だが、ティナ自身は乗り気じゃないようである。だったら素直にシュレリアの手を握ればいいじゃん……。
なんて若干拗ねつつもその手を振りほどけはしないのだが。
そのまま無言でティナの手を引くこと数分、ようやく人垣の出口に辿り着く。
そこにあったのは合格発表に用いられた掲示板。今日はそこにクラス割りが貼り出されていた。
「混雑の原因はこれか」
なぜ魔法というステキ能力がある世界にも関わらず部分々々がこうもアナログなんだ。貼り出されてる羊用紙に書かれた文字も手書きっぽいし。
なんかもっと「さすが魔法だな」って思わず唸るような手法はないのかよ。
「僕は……第一組か。お、ティナも同じクラスだね」
世界への落胆を感じつつとりあえずクラス割りを確認する。
ティナとは同じクラスだがトーリやシュレリアとは別れてしまった。まあ計二十もクラスがあるから、むしろ知り合いが一人でもいる時点で幸運なんだけど。
「か、カイトくん」
「どうかしたかい?」
「あの、どうしてティナちゃんと手を繋いでいるんですか?」
俺に続いて人混みから脱出を果たしたトーリとシュレリアがとある一点に困惑の視線を向ける。
そういえば手を握ったままだった。
「ああ、ティナが人混みで流されないようにね」
まあもう大丈夫けど。名残惜しさを感じつつ握った手を離す。
「……ティナ?」
「ふぇっ!?な、何よ?」
何よ、と言われても。
俺はもうティナの手を握るのをやめて脱力している。ところが依然として俺達の手は繋がれたままだ。
「このまま教室まで行くつもりかな?」
「え?――あっ!」
繋がれた手を軽く上に挙げる。
すると自らの状況を理解したらしいティナが俺の手を解放して大慌てで距離を取った。
そしてなぜか俺をジト目で睨む。顔も赤く染まっているし、どうやら怒らせてしまったらしい。
「気を悪くしたならすまない。悪気はなかったんだけどね」
「わ、分かってるわよ。というか別に怒ってないし……」
そうなの?そっぽを向かれながら言われてもすんなりとは信じにくいが。
まあ本人がそう言うならいいけどさ。
「ところで二人は何組だったんだい?」
「ボクは第十組だよ。いわゆる平均値クラス」
「私は第四組でした」
「大健闘じゃない、シュレリア!」
女子二人が手を取り合って喜ぶ。
はて、平均値クラス?大健闘?なんのこっちゃ。
話に付いていけずおいてけぼりの俺を救ったのは意外にも第三者だった。
「おい、見てみろ。魔法が使えない『落ちこぼれ』が第一組だってよ」
「いいよな、侯爵家様は。どんなに『無能』でも金さえ積めば評価を買えるんだから」
「彼の暴挙で第一組から落ちた人もいるんだろう?真っ当に努力している人間を嘲笑う行為としか言えないね」
どこからともなく、と言うには程遠い明確な発信源。
俺を含め周囲の人間にしっかり聞こえるように放たれた言葉は、まさしく俺、カイト・スタビノアを侮蔑するものだった。それを受けて俺が思うところは次の一点。
このクラス割りは入試の成績順なのか。
俺をバカにした連中の言葉から察するにそういうことだろう。だから中間のクラスである第十組を指してトーリは「平均値クラス」と言ったんだし、シュレリアの二十クラス中四番目のクラスは確かに優秀な位置だと頷ける。
なるほど、と俺の中で人知れず疑問が氷解する傍ら。
少し意識を逸らしている内に何故か事態が急転していた。
「ちょっとアンタ逹、さっきのはどういう意味よ。カイトに向かって言ってたわよね?」
ティナが俺をバカにしていた連中に食って掛かっていた。
なにあの娘、ちょっと血気盛ん過ぎない?
「君は誰だ?いきなり失礼じゃないか」
「アタシはコーネリア皇国からの留学生よ。それに侯爵家のカイトにあんな発言を浴びせるなんて、失礼なのはアンタ逹でしょ?」
「コーネリア皇国?あの時代錯誤国家か」
「だいたい私達は事実しか言っていないよ」
「なんですって?」
数にして三対一だというのにティナは怯む様子が一切ない。なんという鋼の心だ。
今や常時『アップデート』を発動している自分が情けないね。
「納得したよ、田舎の生まれじゃ知らないわけだ。代わりに教えてやろう」
いかにも気位の高そうなオールバックの少年が、周囲に見せ付けるように俺を指差してこう告げた。
「カイト・スタビノアは一つも魔法を使えない、それどころかろくに魔力すら持たない“落ちこぼれ”なんだよ!」
ビシィ!という効果音が聞こえてきそうな決めゼリフだった。横に吹き出しを取り付けて「異議あり!」と書き込みたい。
勝ち誇ったような表情のオールバックに対して俺が抱いた感想といえばそれくらいのもんだった。
「はあ?」
一方、オールバックの言葉を受けたティナは後ろに「お前は何を言っているんだ?」とでも続きそうなニュアンスのため息を漏らした。
そりゃそんな反応にもなるだろう。軽くだけどティナには魔力への直接的な干渉方法を手解きしてるからな。
あれは魔法を使うよりも高度な魔力制御が必要なんだよ。
「君は他国出身だから知らないのも無理はないけど、彼が魔法を使えないことはこの学院では有名でね。それが原因で退学したはずなんだけど……」
今度は鬼畜メガネという単語が似合いそうな少年が俺を見下して嘲う。
この世界の女子共に鬼畜メガネ×プライドの高い御曹子って概念を植え付けて腐らせてやろうかコルァ。
「俺達は事実を口にしてるだけだ。それが失礼だってんなら本人が反論すりゃいいじゃないか。なあ?スタビノア様」
三人目はどこか小物臭漂う少年。なんだろうな、特に理由もないけど不遇な扱いをされてそうな気がする。
もしそうだとしても不遇さじゃ旧カイトの足元にも及ばないだろうが。
「君の言う通りだよ。そして残念ながら僕は反ずるべき論を持たない」
人前でみだりに魔法を使うなってお達しを食らってるからな。こんな下らんことで父親を裏切るつもりはない。
かといって言葉だけじゃこいつらも信用しないだろうし、現時点で打つ手はなしだ。
どうせ学院が始まれば魔法実技の授業があるんだから、それを普通にこなしていけば自然と“落ちこぼれ”のレッテルも剥がれていくだろう。
そう思いさっさとこの場を去ろうとした俺の足を
「相変わらずの腰抜けぶりに呆れ返るよ。弟がこれじゃ名高い兄の方の底も知れるというものだ」
オールバックの一言が止める。
ちょっと待て。
今、こいつは、誰を、バカにした?
この世界に来て初めて沸き上がる怒りの感情。
俺自身が罵られ、見下されるのは別に慣れたことだ。今さら傷付きもしない。
だが。
「訂正してもらおうか」
自分の口から出たとは思えないほど低く、そして冷えきった声色が三人組とトーリ逹、さらには周囲の野次馬を諸共黙らせる。
俺の様相が様変わりしたことにトーリ逹が驚いているが、今はそれについてフォローを入れる気にならない。
踵を返し、オールバックに歩み寄る。
友人逹が「海斗はマジ切れすると無表情で怖い」と口を揃えるくらいだ。きっと今の俺は能面のような無表情になっていることだろう。
「訂正だと?」
「ああ。君は今、僕の兄を侮辱した」
「それを改めろと?断る」
オールバックが鼻を鳴らして俺の要求を蹴散らす。反射的に魔法を発動させなかった自分を褒めたい。
「……なんだって?」
わずかでも気を緩めれば本来の言葉遣いに戻ってしまいそうになるのをなんとか堪える。
「断ると言ったんだ。だが、そうだな。“落ちこぼれ”の君がここまで食い下がるなら新壮式で勝負しよう」
新壮式。
新入少壮式の略。新入生の内、希望者と一定以上の実力を有していると認められ学院に推薦された者とで行われる総技能模擬対戦。
魔法だけではなく剣や弓など武器の使用、チームを組んでの戦闘等、殺しさえしなければ大体が許される荒々しいイベント。
怒りに侵食される俺とは裏腹に、カイトの記憶が何を言われたのかを教えてくれる。オールバックはそこで勝負しようと提案してきたわけだ。
一も二もなくそれを承諾する。
「その勝負、乗らせてもらうよ」
「言ったな?精々後悔することだ」
安心しろよ。断言してやる。
後悔することになるのはてめぇだオールバック野郎。
「一つ忠告しておくよ。もし知人に腕の良い治癒師がいるなら新壮式に呼んでおくことだ。それができないなら今の内に住み心地の良さそうな病院へ予約を入れることをお勧めする。
当分の間、そこが君の居場所になるだろうからね」
敵意と悪意を目一杯込めて、俺はオールバックへと笑い掛けた。




