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30話



「『サンダーボルト』」


 雷鳴を置き去りにして凄まじい熱量を宿した電撃が疾る。

 その雷は大地を焦がし、森の木々を消し炭にして、さらに遥か彼方に位置する岩山をも抉り取る。端的に表すなら大惨事とでも言うべき光景を生み出した俺はこう呟いた。


「――よし、かなり威力を抑えられるようにはなったな」


 すぐさまドラ○もん募金を開始したくなるような眼前の惨状はむしろ成長の証である。

 初めて中級魔法セカンドマジックの攻撃系魔法を使用した時はこの程度の惨状とは比較にならない有り様だった。

 何て言うの?天変地異?みたいな。


 ついでに好奇心と怖いもの見たさで上級魔法ハイクラス・マジックを発動させたら大陸が消失しちゃったからね。全長千数百キロにも及ぶ大陸が深さ数十キロに渡り地表ごと消し飛ぶとかシャレにならん。

 リアルでやったら万やら億単位の人間が一瞬であの世にフライアウェイしてしまう。


 じゃあ俺が今どこで魔法のを練習をしているかというと、実のところ現実の世界じゃない。位層がズレた世界というか、格ゲーで軸移動されると直線攻撃がヒットしないような世界というか。


 ……それはちょっと違う気もするけど。

 まあ細かいことはどうでもいいや。魔法は理屈じゃねぇんだよ。


 とりあえずこの世界には人間はおろか生命が存在しない。そしてこの世界をどれだけ壊滅させても現実に影響は出ない。

 そんな魔法の練習にうってつけな世界を、空間魔法を駆使して生み出したわけだ。

 魔法って凄いね。


「そろそろ切り上げるか」


 パチンと指を鳴らす。

 すると地面に、空に、目に映るありとあらゆる物と空間にヒビが入り、硝子が砕け散るように世界が割れた。


 そして次の瞬間には、俺は自分の部屋の真ん中で何事もなく突っ立っていた。


 よーし、朝練しゅーりょー。

 ぐぐっと背を伸ばしていると部屋の扉がノックされる。


「カイト様、お時間です。お目覚めですか?」


 このクールな声はメリッサちゃんだな。

 現在、日本時間に換算すると午前六時。こんな朝早くからご苦労様です。


「ありがとう。着替えたらすぐ食堂へ向かうよ」


「畏まりました」


 いくら身内しかいない場とはいえこんな格好じゃ出歩けない。

 なんせ今の俺はジャージ姿だからな。貴族様は部屋着まで窮屈で耐えられなかったので『マテリアライズ』で生成した次第。


 手早くパパッと着替えを済ます。

 仰々しい部屋着と違って学院の制服は俺がいた世界のブレザーとほぼ同様の造りなので手慣れたもんだ。


「おはようございます」


 部屋を出るとメリッサちゃんが深々と頭を下げて挨拶をしてくれる……のはいいんだけど。


「おはよう。今日のメイド服は普段のものとは違うようだけど」


 フリフリが多くて俗っぽくいうとコスプレ度が増した感じ。スカートも心なしか短めだ。

 似合ってるから問題ないけど。


「これはウィンザストン魔法学院の院外従者アウタースタッフ用の制服でございます」


 院外従者アウタースタッフ

 本来学院に勤務している執事やメイドといった従者スタッフとは別に、主に貴族が自分専属の従者スタッフとして学院内で近くに置く者の総称。

 主の身の回りの世話が職務の大半であるが、時には学院の従者スタッフと協同して仕事をこなすことも求められる。


 へー、そういう制度があるんだ。

 でも待てよ?ということは……


「もしかしてメリッサちゃんが僕の院外従者アウタースタッフに?」


「左様でございます。昨日旦那様が屋敷内の者から適任者を探しておられました」


「なるほど」


 それでメリッサちゃんに白羽の矢が立ったわけだ。

 親父グッジョブ。どの辺が適任なのかは不明だが、こんな可愛い娘が専属メイドとかもうこの時点で俺の人生勝ち組決定のお知らせ。


「ところでカイト様、私のことは“メリッサ”とお呼び下さい、と申したはずですが」


「ああ、ごめんね」


 貴族が使用人に対して敬称を付けて呼んだり敬語を使ったりというのはマナー的にあり得ないらしい。

 俺は基本的に年下の女の子はちゃん付けするタイプなのでいまひとつしっくりこないが。


「それから使用人に対してすぐ謝罪を述べるのも周囲からカイト様、引いてはスタビノアの家名まで低く見られてしまいます。安易に目下の者へ謝るのはお止め下さるよう願います」


「ごめ……いや、気を付けま、よう」


 手厳しいぜ。おかげで話し言葉がガタガタだ!

 魔法だけじゃなくて言葉遣いもしっかり修得しておいた方がいいかもしれない。


「でもメリッサは良かったのかい?院外従者アウタースタッフに選ばれるなんて」


「私は使用人ですので旦那様のご決定に是非を唱えることなどありません。ですが私の意を述べることが許可されるなら旦那様に感謝致しております」


 それはつまり嫌じゃないってことだよな?

 相変わらず無表情で感情が読み取りにくいだけにその言葉を信じたい。


「そう?ならよかったよ」


 その後まだ準備があるらしいメリッサちゃんと別れ食堂で朝食を摂る。

 カイルとリリーは入寮済み、サラは学院に通っていないので実家住まいということで食事は俺一人だ。

 多忙な親父は言わずもがな、まだ見ぬ母親は国内外を飛び回るキャリアウーマンのようでどこにいるかも知らん。


 使用人達の視線に晒されながらやたら時間をかけて朝食を食べ進める。

 一皿片付けると次の皿、それを片付けるとまた次の皿という、コース料理みたいな食べ方をしなければならないのだ。超めんどい。


 とはいえこの世界に来てもう一ヶ月ともなれば使用人達の視線も食事の仕方も慣れたもんだ。

 特に誰との会話もなく朝食を食べ終える頃には登校にちょうどいい時間帯になっていた。


 必要な荷物は事前に荷馬車へ運び済みなので、食堂を後にしたその足で正面玄関へ出る。

 そこで待ち構えていたのは俺とカイルが王都へ来る際に使用した豪華絢爛と称するに相応しい馬車だ。


 そしてその後方にはもう一台の馬車。人が乗らない積み荷用だが、こっちにも控え目ながら装飾が施されている。


 貴族という人種は目立ってナンボなの?これで学院まで向かうのは正直恥ずい。まあそれでも乗るしかないんだけど。

 この程度なら転移魔法で一発なんだけどなぁ。なぜか父親から「無闇に使うな」と禁止令をくらったので自重中だ。


「カイト様、出立の準備は整っております」


「なら少し早いけどもう出ようか」


 今日は記念すべき入学式だからな。時間ギリギリでアクシデントに見舞われたりするのは避けたい。

 遠慮してか「私は荷馬の方へ……」と言い出したメリッサちゃんも馬車に乗せ、いざウィンザストン魔法学院へ!


 と意気込んで馬車に揺られることおよそ三十分。

 メリッサちゃんと他愛もない会話に興じている内に朝日に照らされ一層輝きを増した白亜の門柱が見えてきた。


 そして窓の外にトーリ達の姿を見付けた。


「馬車を止めてくれ。僕はここで降りるよ」


「如何なさいました?」


「友人を見かけてね。悪いけど先に学院へ向かっておいてくれないか?」


「……ご学友ならばこちらに乗っていただいても良いのでは?私は荷馬で構いませんので」


「馬車よりも歩いた方が長い時間を取れるだろう?それに君をそういう風に扱いたくはないんだ」


 女の子を邪魔になるから荷物と一緒の狭苦しい場所へ押し込むとかどう考えても人間の所業じゃない。

 そうするくらいならむしろ俺が荷馬車でいいし。可愛いは正義なのだ。


「ですが、それでは貴族であるカイト様のお立場が……」


「確かに僕は貴族だし、そうであることに誇りもある。でも時折それ以外の僕、ただのカイトでいる時間も必要なんだ。そしてその傍に君が居てくれると僕は嬉しい」


 意訳すると「素に戻った瞬間の振る舞いを見逃してください」という、実に情けないセリフである。

 しかしそれも貴族フィルターにかけるとオサレな仕上がりに。


「……か、畏まりました」


 俯いてしばらく思い悩んでからメリッサちゃんが了承の意を示してくれた。物分かりの良い娘で良かった。


「じゃああとは頼んだよ」


 そう言い残して馬車を降りる。

 やはり装飾のせいか、昇降扉を開くと容赦なく視線が飛んでくる。そしてその中にはトーリ、ティナ、シュレリアの三人のものもあった。


「やあ、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」


「おかげさまでね。まったく、どこの金満貴族かと思ったらカイトのだったわけ?」


 去り行く馬車を眺めながらティナが呆れたように呟いた。

 あれは俺の趣味じゃないけどな。


「正しくはスタビノア家の現当主たる僕の父に所有権がある物さ。本当はもっと目立たない方が好ましいんだけど」


「じゃあなんでわざわざあんな派手なのに乗ってたのよ?」


「うちが所有してる物ではあれが最も落ち着きのある外装でね」


 中には祭りの山車かってレベルの荷台もあった。

 道幅的にメインストリート以外じゃとても走れそうもなかったが。そもそもあれを引くには馬何頭必要なんだろうな。


「それはそうと皆の荷物はそれだけかい?」


 こちとら使用人達が屋敷中をひっくり返して必要と思われる品々を馬車に詰め込んでいた。その結果があの荷馬車である。

 ところがトーリ達は手荷物を一つ二つ携えている程度、言うなら小学生の遠足装備くらいの軽装だった。


「大きい荷物は包括配送で後々寮に届けてもらう予定なんだ。実家から引っ張ってくるには遠すぎるし、商人の荷台を貸してもらうより安上がりだから」


「私達も同じようなものです」


「そういえば三人とも遠方から、ティナとシュレリアは留学だったね。手間もかかるわけだ」


「……それだけが理由じゃないけど」


 町の喧騒に紛れるほど小さな声でティナが何事か呟いた。


「何か言ったかい?」


「べつにー」


 やや不機嫌っぽくなったティナが先を行く。慌てたようにシュレリアがその後を追った。

 はて、どうしてティナのご機嫌が斜めったのかいまいち分からん。

 とりあえずトーリに話を振っておくか。


「乙女心とは難しいものだね?」


「あはは……その疑問に答えられるほどボクの経験は足りてないかな」


 俺も似たようなもんだ。彼女いない歴=年齢の非モテ系男子筆頭である。

 こちとら余裕かまして草食ってる場合じゃねぇんだよ。


 そういえば、と。カイトではなく海斗の記憶の一つが呼び起こされる。

 いつだったか目にしたモテ系(笑)雑誌に女の子が不機嫌な時は褒めるのが吉って書いてあったな。いっちょ試してみるか。


「ティナ、シュレリア」


「なにー?」


「はい、なんでしょうか」


 俺に呼び止められ二人が足を止めて振り替える。

 ローブが翻り、真正面から相対したことでしっかりとその全容を網膜に焼き付けた。

 やはり、良いものだ。


 二人の姿を見付けた瞬間に予防で『アップデート』を発動したのは正解だった。じゃなけりゃ欲望丸出しで制服姿に食い付いていた自信がある。

 それほどの破壊力を秘めていた。


「――うん、制服姿も可愛いね。とても魅力的だよ」


 ド直球の褒め言葉。

 これで俺も恋愛富裕層の仲間入りだな!


「……ふん」


「あ、ありがとうございます」


 ところが二人の反応は揃って微妙だった。

 ティナに至っては顔逸らされとるし。引かれてね?

 なんだよ役に立たねーなあのモテ系(笑)雑誌。ちゃんと(※ただしイケメンに限る)って書いとけよ。


 こちらに背を向けてさっさと歩き出す二人の姿に思わず肩をすくめて独り言をこぼす。


「さらに気を悪くさせてしまったか。本当に乙女心は難解だ」


「え?あれはどう見ても照れてたんじゃ……」


「うん?どうかしたかい?トーリ」


「……いや、何でもないよ。カイトくんにとっては魔法より乙女心の方が難しいのかもね」


「はは、これは痛いところを突かれてしまった」


 トーリ、大正解。

 雑誌の受け売りは悲しい結果に終わったが、こうやって軽口を交わせる相手を得られたのは大きな収穫である。

 染々と友達という存在のありがたみを感じながら俺も歩き出した。




体がダルい

頭も痛い。

風邪が治らない。


だというのにこんな時間に投稿してしまうなんて社会人失格。

体調管理的な意味で。

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