29話
これで俺が当初思い描いていた通りの結果に収まった。
マシリスは討伐されたことになり、グラーバクは俺に使役されるいちドラゴンに過ぎないと言質を取った。
さらに図らずも国王の友達という立場までゲット。
フィオナには俺が王国から敵視される可能性が云々とおどかされたが、お友達宣言が飛び出たくらいだしお縄をかけられることもないだろう。
人差し指をふいっと振り『レビテーション』で竜核を浮かせ、部屋の片隅に運びながら『リカバリー』で割れたテーブルと石床を修復する。
「『マルチモーション』も可能なのか……」
どこからともなくそんな声が聞こえてきた。
二つ以上の魔法を同時に行使することを『マルチモーション』というらしい。でもそんな驚くことじゃなくね?
確かフィオナもやってたし。
まあどうでもいいや。
もうやることないし早く終わんねーかな、この会議。
ところが俺のお気楽な思考は見事に裏切られる。
「では次いで『魔法の家』の処罰についてだ」
国王が静かに、しかし物々しく「処罰」という単語を口にした。
そのセリフから察するに『魔法の家』というのが罰せられるらしい。
『魔法の家』
世界最大規模の多国間魔法ギルドの一つ。魔法の研究機関としての役割を果たす他、各国の国家運営に置いて立ちはだかる魔法に関した問題・難題を請け負うことも少なくない。
これが多国間ギルドの強みでもあり、マシリスの封印などはその最たる事項の一つと言える。
ふーん……ん?
マシリスの封印が最たるものの一つってことは……もしかして『魔法の家』が処罰されんのって俺がマシリスを誘拐しちゃったからか!?
降って沸いた驚愕。
そしてこういう嫌な予感というものは得てして的中するものらしい。ファッキン。
「万全な封印体制にあると豪語しておきながらマシリスを逃がし、その後も所在を掴むことができずに今日に至るまで後手に回り続けている。これら一連の対応に関して何か申し開きはあるか?」
打って変わって手厳しいな国王!
そりゃマシリスの失踪は大事なんだろうが、今回に関しては致し方なくね?
いや、犯人の俺が言うのもアレだけどさ。
「……ありません」
フィオナの隣に座る銀色の髪が目を引く二十代前半とおぼしき女性が苦々しげに、か細い声でそう呟いた。ねーのかよ!
そして俺を睨み付ける眼差しが怖いです。
どうやら『魔法の家』には相当恨まれてるようだ。当たり前か。
「申し開きはない、と?」
「はい」
やばいやばいやばい。
目の前で状況がどんどん進展していく。このままじゃ世界最大級のギルドが損害賠償で借金まみれ?
果ては大量解雇、ギルド倒産まであるんじゃないか!?
「ではこれより『魔法の家』へ……」
「少々お待ちいただけませんか、国王陛下」
全く予期していない形で追い込まれた俺は、国王の発言を制止するという暴挙に出た。
その場にいた全員が一斉に俺の方を向く。中には顔を怒りに染めた人もいた。
とはいえそれに怯んでいるヒマはない。
このままじゃ俺の軽はずみな行動が原因で『魔法の家』に所属している数千の人達が路頭に迷うかもしれないんだ。もしそうなったら俺の良心が即死してしまう。
「先ほど、僕がアレンジした魔法の術式を提供させていただくとお話いたしました」
「それがどうかしたかね?」
「それに嘘偽りはございませんが、僕がアレンジした術式はかなり特殊なため解析にはさぞご苦労されると思います。そこで一つご提案なのですが……」
一旦口を止め、国王から切った視線を銀髪の女性へと送る。
それに対して怪訝そうな表情を作る彼女を真摯な感じで見つめる。まさに“キリッ”状態。
「ご高名な魔法使いが多く在籍されるギルド『魔法の家』へ、その解析をご依頼するのはいかかでしょうか?」
カイトの記憶によれば『魔法の家』は国からの依頼を請け負うことがあるって話だった。
そして国王の食い付きからして俺のアレンジ魔法の解析をそれなりに重要視している気がしないでもない。
つまりこの提案が通れば『魔法の家』を大きく縮小させるような処罰は下されないはずだ。
なんとか被害を逸らしたい一心で掛け合ってみるが、しかし国王の反応はあまり芳しくない。
くそぅ、かくなる上は……。
「もし可能であれば僕が『魔法の家』に所属してアレンジした術式を広めても構いませんが」
これでどうだ!?仮に俺が『魔法の家』の一員になれば解析がスムーズに進むこと受け合い。
さらにお友達の俺が所属することになれば国王も寛大な処罰をしてくれたりするかもしれん。さすがにこれは希望的観測過ぎるか?
「カイトよ、君がそこまで肩入れをする必要はない」
「これは決して肩入れなどではありません。マシリスを連れ去った犯人は僕です。ならば『魔法の家』の前に僕が処されるべきではないですか?」
「つまり『魔法の家』を罰したければまず君を断ぜよ、と申したいのだな?」
「それが道理かと」
「……リンドバーグ女史」
「はっ」
国王が銀髪美女に声をかける。緊張の一瞬。
これでダメなら俺が手助けしないといかんよな。保釈金なり損害賠償なり……どちらにせよ金か。
ああ、ファンタジー世界に来てまで金の心配とか夢がないにもほどがある!
意識トリップしかけた俺を現実に繋ぎ止めたのは他ならぬ国王。
「カイトの善意に感謝することだ。これからも貴女方には魔法の研究研鑽に勤めてもらうぞ」
それこそ俺が求めていた一言だった。
よっ、さすが国王陛下!
「ありがたきお言葉。陛下ならびにカイト殿のご慈悲に感謝致します」
リンドバーグさんが深々と頭を下げる。
国王にはそうすべきだけど俺にまで礼をする必要はないよな。俺が追い込んじゃったようなもんだし善意もクソもありゃしない。
まあ国王の言葉に背くわけにもいかないのか。リンドバーグさんからしたらとんだとばっちりなんだけどね。
本当にごめんなさい。
でもまあとりあえず、これで今回の一連の騒動は決着ってことでいいんだよな?
実質的な被害は皆無なはずだし、そういうことにしておこう。
side グラハム・ヴァン・ベルセリオス四世
「あれで良かったのですかな?」
カイト・スタビノアを交えた会談を終えてしばらく、一息をついたところでゼラフが疲労を滲ませた声で私に尋ねる。
時間にすれば短い部類に数えられる会談でゼラフが疲労困憊した理由は私も身を持って理解している。
汗をかいたグラスを傾け水で喉を潤してから大きな息を吐いた。
「落とし所としてはあんなものだろう。それが正解かどうかは未知数だがな」
「条件を飲まないという選択肢もあったのでは?」
「彼の狙いが全く読めなかった以上後手に回らざるを得なかったのは仕方ない。相手の力量が力量だけに相容れず対立する、という構図は絶対に避けなければならなかったのだ。
逆に言えば彼はそれだけ有利な立場にありながらマシリス……いや、グラーバクの処遇以外は破格の条件を提示してきたのだから国と事を構える意思はないのだろう。それだけは救いであろうな」
あくまで表面上は、であるが。
本意がどうかは窺い知れなかったが、たとえ上っ面だけだとしても友人という楔を打ち込まれたカイトも体面上私に不利不義理は働きにくくはなっただろう。
それも彼が立場を気にかけている内だけ、という実に頼りない話でしかないのだが。むしろそれが邪魔になった場合、カイトなら証拠を残さず私を陥れることも殺すこともできるのだし、リスクばかりが高い愚策でしかない。
一度も話の主導権を握れなかったのが致命的だった。
「『魔法の家』への介入もちらつかされてしまいましたな」
「うむ。まさか『魔法の家』を処するなら先に自分を罰せよと申すとは思わなかった」
どの口が、という話だがなまじ論理にはかなっているだけに否定はできなかった。
多国間ギルドであるだけにブラスティア王国の独断で断ずることはできないが、マシリスの封印に関して実権を握っているのは『魔法の家』だ。マシリスを封印するために国有地を提供しているブラスティア王国には他国と比較して『魔法の家』への影響力は大きい。
それによりブラスティア王国には他国より『魔法の家』の知識・技術を優先的に得ることができる取り決めになっている。
この優先権はあくまで一部であり、マシリスという爆弾を抱えているブラスティア王国には貿易面で他にも様々な融通を受ける利点があった。
だがこの一件を契機にそのような体制は瓦解するだろう。
それにより自国に被害は出るだろうが、他国から、そして世界という大勢的な観点から見れば歓迎すべき事態なのは間違いない。
ふとカイトが口にした“法の下の平等”という言葉がよぎる。
図らずしも世界は一歩、平等に近づくことになった。
「……待て、本当に“図らずも”なのか?」
「陛下、どうなされました?」
ゼラフの問い掛けに答えず、とある仮説とカイトの言動を照らし合わせる。
そうする内に彼が見ているだろう、一つの未来を幻視した。
なぜマシリスを連れ去り、討伐されたことにした?
現状、世界で最も危険視された存在であり、ブラスティア王国の国民にとっても恐怖の象徴だ。可否は別にして国民が日常を平穏に送るためには排除しなければならなかっただろう。
なぜ手練手管を要して『コープス』を無傷で捕縛した?
膨大な構成員の中には脅迫や隷属させることで協力させられている者もいる。仮に今回炙り出されたメンバーに犯罪行為を強制されている者がいたかは定かではないが、戦闘でそういった者達を死傷させるのは避けるべきだった。
なぜ“ノブレス・オブリージュ”という既存の体制から逸脱した概念を持つに至った?
不平等な世界に疑問を抱き、しかしそれをすぐに解消するには到れないと察し、段階を踏むために現時点で実現可能な制度を考え出したからではないか?
なぜ『魔法の家』に席を置こうとした?
今までブラスティア王国が優先してきた技術を均一にし、自らアレンジした魔法の術式を均等に知らしめるためではないのか?それは多国間ギルドだからこそできることだ。
なぜそんなことをする必要があった?
決まっている。全ては彼が目指す誰しもが平等で、理不尽に傷つけられることもなく、危険に脅かされることのない心から安心して生きていける、夢物語のような世界を実現するためだ。
そしてそんな世界を成せるとしたら、それは彼が言う“ノブレス・オブリージュ”を全うできるような気高く貴い存在。
私には無い、世界を導くための大器を有した存在。
背もたれに身を預けてわずかに天を仰ぐ。微かに笑みが浮かんだ。
「分かったよ、ゼラフ」
「何がでしょうか?」
「敵わないわけだ。彼が見ている視点は私とは違う。恐らく彼ほど高い視点で世界を眺めている人間はいないだろう」
きっと彼が見ているのは誰しもが笑って過ごせる未来だ。誰もが一度は夢を見、しかし所詮は理想に過ぎないと諦めてきた幻想。
故に人々が求めてやまない、とても優しい世界。
「改めてカイトに興味が湧いてきたよ」
「陛下ももう良いお歳なのですから年甲斐もなく目新しい魔法に嬉々として飛び付くのは……」
「そうではない。カイトが思い描く未来に興味が湧いたのだ」
私には想像もつかない、輝かしい世界なのだろう。それが楽しみでもあり、そして悔しくもある。
だがカイトが目指す世界を指をくわえて傍観するのは私の性に合わない。
彼と並び立ちたいと、その夢を共に追いたいと、そう思ってしまったのだから。
ああ、そのためには“法の下の平等”という考えをしっかり理解しなければならないな。今度時間を取ってカイトに教鞭を振るってもらおうか。
全く、生涯勉強とはよく言ったものだ。
「これからは忙しくなりそうだ」
「退役を考えている老体にとっては些か過酷なお言葉ですな」
「何を言うか。ゼラフにはあと十年は働いてもらうつもりでいるのだぞ」
少なくともこの国が変わるまでは私の右腕を務めてもらわなければ困る。
王立騎士団の頂点、ゼラフ総司令の軍略知識はカイトがもたらす変革によって生じるであろう他国との軋轢に欠かせないものになるのだから。
「やれやれ、さっさとアイゼンの奴に後身を譲っておくべきでしたな」
「未だにアイゼンシュミットをひよっこ扱いしている者が口にすると説得力の欠片もないぞ」
お互いに、まだまだ丸くなるには早いようだ。
椅子から立ち上がり、そんな意味を込めてゼラフの肩に手を置く。
一瞬苦笑を浮かべた彼は、しかしすぐに膝を着き、恭しく礼をするのだった。
次話からは学院編!(たぶん)




