26話
無双回(無双するとは言ってない)
そんな感じの話
side ロイ・ラーキン
最初に飛び出してきたのは四人の男達。その全員が言葉にすらなっていない絶叫を上げながら一秒でも早く、一歩でも先にと逸る気持ちについていけず空回る足をもつれさせ、もんどりうって地面に転がりながら逃げ惑っている。
「止まれ!我らは王立騎士団だ、抵抗すれば命の保証は……」
「た、助けてくれぇ!」
それは異常な光景だった。
デューク隊長の言葉に耳を貸す余裕もなく、王国最大の盗賊集団『コープス』のメンバーが助けを求めて王立騎士団の足元へすがり付く。
捕まるくらいなら自死を厭わない連中さえいるほど騎士団を毛嫌いしている『コープス』のメンバーが顔からあらゆる体液を垂れ流し、全身を小刻みに震わせながらオレ達に助けを請うている。
これがあの幻に追い回された結果なのか……。
呆気に取られつつ拘束具で先陣の四人を捕らえる。その間も抵抗は全くなく、怯えたまま譫言のように何事かを呟くだけだった。
ヘタをすればもう立ち直れないんじゃないか?そう思わずにはいられないほど、奴らの怯え方は尋常じゃなかった。
それから二十人ほど続けざまに城内から『コープス』の連中が飛び出してきたが、どいつもこいつも似たようなもんだった。
「……まさか全員こんな有り様なんじゃないだろうな」
オレがそう呟いたのも無理からぬことだ。
なんせ騎士団を長年悩ませてきた『コープス』が誰一人抵抗する素振りさえ見せないのだ。今のオレの気持ちを簡潔に述べるなら“拍子抜け”だろう。
だがそんなオレの独り言に耳聡く聞き付けた奴がいた。
「本番はこれからですよ」
声の主は『コープス』をこんな状態に陥らせた張本人。再び謎の魔法陣を展開している少年、カイトである。
「それはどういった意味なので?」
「これを見てください」
カイトがちょうど彼の目の高さに展開されている地図のような部分を指差す。そこではいくつもの赤い点が点滅していた。
「この魔法はいったい……」
「地下道内の人の動きを追跡できるマップみたいなものですよ。恐らくこれが本隊、『コープス』の幹部クラスの一団です。およそ五十人といったところですね」
「五十人……」
「集団とはいえ進行が遅いです。恐らく交戦しながら進んでいるんでしょう」
「交戦?あの幻は戦闘が可能なのですか?」
「攻撃性能は皆無なのでそれは難しいですね。ただ実体はありますし、耐久力も高いので並大抵の攻撃では消えません。結果として撃退することができずに受け止める形になって進行速度を落としているんじゃないでしょうか」
ああ、言われてみればあの幻が飛び出してきたときは扉にぶつかっていたな。本来なら実体を持った幻など驚愕に値するのだが、カイトに限っては一々驚くのは間違っているような気がしてならない。
それよりも今は『コープス』だ。交戦しながら、ということは武器を持っている可能性が高い。
それも幹部が揃っているとなれば『コープス』の中でも戦闘能力の高い腕利きが揃っているとみていいだろう。
「一筋縄ではいかないか……」
「ですねぇ。おまけに偵察もいるようですし」
「偵察?」
「先行していた数名が出口付近で留まった後、引き返して本隊と合流しています。ここで騎士団が待ち構えているのは把握しているでしょう」
「それは少々不味いですね」
押し寄せる人波が途切れた合間を縫ってデューク隊長がカイトの元へとやってきた。
隊長の視線の先には捕らえた『コープス』のメンバーを収容した荷馬車。そこには拘束した奴らを監視する騎士団員の姿もある。
「この作戦は混乱している相手の横っ腹を強襲できるかが鍵なのでしょう。もし私達が待ち構えていることがバレていれば相手も何かしら手を打ってくるのでは?」
デューク隊長の懸念は尤もだ。
こちらはただでさえ数で下回るのだから、戦闘は極力最小限に抑えなければならない。こんな回りくどい作戦をとっているのもその為だろう。
逆を返せばこちらの手がバレていれば『コープス』の方が断然有利になるということだ。
「ご心配なく、これくらいは想定内です。準備はできているかな?“バク”」
「万全です、主」
「それは重畳」
鋭いつり目をさらにギラつかせて黒髪の男がそう答える。
カイトはそれに満足そうに頷いた。
オレと隊長は話に付いていけず互いに顔を見合わせる。
作戦があるならなるべく事前に知らせてほしいんだが……。
「お二人はいったい何のお話をしているので?」
「数的不利は僕達二人でカバーするので騎士団の方々が状況を憂う必要はありません、ということですよ」
言うや否やカイトが新たな魔法を発動させる。
淡い青色の光がオレを、隊長を、他の隊員達を包み込んでいく。
「バリオスさん、後は手筈通に頼みますね」
「了解致しました、カイト様」
「そしてデューク隊長と、貴方は……」
「オレ……いえ、私はロイと申します」
「そう畏まらないでください。ではロイさんも僕についてきてもらいます。構いませんか?アイゼンシュミットさん」
「好きにすればいい。君がいる時点でどのようにタクトを振ろうがこちらの勝利は揺るぎない」
アイゼンシュミット司令にそこまで言わせるのか、この少年は。
それほどの手腕、それほどの能力を一体どうやってこの歳で……。
「評価していただけるのは嬉しいですが、ろくに実践経験のない僕がこうして陣頭に立っていられるのはアイゼンシュミットさんのように不測の事態でも的確な指揮を執れる方がいるからこそですよ」
「今回に限ってはそのような事態など起こりそうもないがな」
「そうなるように最善を尽くさせていただきます」
カイトが無造作と表現するしかない動きで右手を振るう。
それになんの意味があるのか理解したのは城内から飛来した魔法が見えない壁によって阻まれた時だった。
「まさかこれ、『シールド』っすか……?」
突如として目の前で展開された光景にアランが呆けた声を漏らす。
いきなり魔法による攻撃、つまり実戦が開始されたというのにオレ達を支配していたのは緊張でも恐怖でもない。
驚愕。
ただそれだけだった。
本来ならば騎士としてあってはならない失態としか言えない。
しかし転移魔法と実体を持つ幻、そしてトドメに極大の『シールド』だ。こうも立て続けに現実離れした光景を見せつけられては頭が追い付かないのも無理からぬことである。
オレが知っている……というか世間一般にとって常識的な『シールド』とは直径三メートルにも満たない効果範囲の防御魔法であり、相手の力量にもよるが初級魔法を数発耐える程度の代物にすぎない。
だというのにカイトが展開した『シールド』はその場に居た騎士団員全員を囲うほどの、通常の十倍を優に越える規模。かつ中級魔法クラスの魔法を十数発事も無げに防いだのだ。
「広範囲への無差別攻撃とはやってくれる。目的は奇襲か陽動か」
「その両方かもしれませんね。まあなんにせよ相手方の思い通りにはさせませんが」
舌を鳴らす司令に気軽そうに応えたカイトが再び右手を振るう。それだけで辺りに立ち込めていた粉塵が瞬く間に晴れた。
「行っておいで、バク。成果は期待するけどなるべくお手柔らかにね」
「仰せのままに」
バクと呼ばれた青年が深々と頭を下げ、次の瞬間にはその姿は雑木林の中に消えていく。
演習場でカイトが見せた転移魔法とは違う、純然な身体能力。自分と格が違うのは理解していたがどうやらアイツも大概な奴らしい。
「では僕達も行動開始といきましょうか」
とても戦場に赴くとは思えないのんびりとした口調でカイトがそんな言葉を口にした直後、なんの前触れもなく視界が切り替わった。
ああ、また転移したのか。
人間の慣れとは恐ろしいものですでにオレと隊長の反応は薄い。
そのお陰、と言えるのだろうか。
転移先にいた『コープス』のメンバーと思わしき男達といきなり対峙することになっても焦りなく、狼狽える連中へと剣を構える。
「き、騎士団だと!?」
「こいつら、今どこから現れやがった?」
対照的に驚愕の言葉を口にする相手を気にも留めず、カイトは一人の男を指差した。
「貴方が『コープス』の首魁、ドラス・ロンターノで間違いありませんね?」
あくまで疑問系ではあったが、確信を得ているようにそう告げた。
カイトが自身の懐から一枚の紙を取り出してそれとドラスを見比べる。
「ふむ、人相書きとも特徴は一致していますしこういうものも案外役立つんですね」
「そんな紙切れ一枚で人を犯罪者扱いとは、騎士団様の横暴には恐れ入る」
「ああ、そういう面倒なやり取りは結構です。これは聴取ではなく確認ですから」
だいたい僕は騎士団じゃないですしね、と苦笑いを浮かべて人差し指で頬を掻きながらカイトはドラスの弁明を一刀両断した。
その言動がまるで自分を意に介していないように感じたのかドラスが苛立っているのが分かる。
「ですが納得出来ないのでしたら貴方逹の拠点を幾つか挙げましょう。フィガロ商会、ニコール港のラグドリア第三倉庫、ギルド『アイアンアーミー』に……」
「――もういい」
つらつらと『コープス』の拠点だという場所を枚挙するカイトを遮ったのはドラスだった。
今回の炙り出しに加えて自分達の内情がいかに騎士団へと漏洩しているかを理解させられるには充分だったようだ。
オレには知るよしもなかったが、これはつまりカイトが語ったことが真実であることを意味している。
「ああ、そうかい。そこまでバレちまってんじゃしかたねぇ……なぁっ!」
言葉による駆け引きは不可能と判断したらしいドラスが刀身一メートルほどある背中の大剣を引き抜くと同時、彼の周りを固めていた六人も各々がエモノを手に襲いかかってくる。
予想はしていたがその中にはやはり魔法使いもいた。
迎撃しようとしたオレとデューク隊長。その脇をすり抜けてカイトが前線に踏み出した。
それを止める間はおろか、声をかけるヒマすらなかった。
だが、相手からすればそんなことは関係ない。
大剣が、湾刀が、槍がカイトを襲い、その尽くが彼の体を切り裂き、貫いた――筈だった。
「……剣に貫かれても痛みがないというのは不思議な感覚ですね」
呆然としたのは『コープス』の連中だけじゃない。
オレも、デューク隊長も何が起きているのか分からなかった。
決して攻撃をかわしたわけでもないし、防いだわけでもない。
カイトは間違いなく斬られたのだ。にも関わらず傷を負った様子もなく、カイトは串刺しにされた自分の体を物珍しそうに眺めながらそんな言葉を漏らす。
「とはいえ流石に気分はよくないので抜いてもらえませんか?」
今日、何度となく目にした、柔和な笑み。
ここで笑顔を浮かべるなど人間……いや、痛覚を有する生物としてそれは有り得ないことだ。
故に人は恐怖する。
カイトがオレ達に示した“未知”への恐怖を、彼は今体現していた。
「な、何なんだ、お前はっ!?」
ドラス逹は弾かれたような勢いで後退する。
その隙を逃さずカイトが魔法を発動するタイミングを見極めていた魔法使いを『バインド』で拘束した。
「ご覧の通り、しがない魔法使いですよ」
どの口が言うか、という思いは胸の奥へしまい込み、残り五人となった『コープス』のメンバーへと向き直る。
そこでカイトが耳打ちをしてきた。
「今しがた僕が斬られても無傷だったのは『ノット・キリング』という魔法の効果です。“致死に至る攻撃を無効化する”と言えば分かりますか?それを騎士団と『コープス』の人間全員にかけました。
致死の可能性を極限まで引き下げているので無傷に限りなく近い状態で相手を捉えられます。相手が殺意を持って攻撃をしてくれるならば特に」
きっと“悪魔の囁き”という言葉はこれを指して使うに違いない。
オレ逹を包んだあの淡い光がそんなとんでもない魔法で、しかもそれを約二百名にかけるなんて一体どこまでデタラメなのか。
「それでは僕の果たす役目はここまで、ということで。ここから先は騎士団であるお二人にお任せします」
そこから先は語るべくもない。
この場では一切の“攻撃”と呼べるものが成立せず、しかしそれを理解しているのはこちらだけ。
オレ逹は相手の攻撃を気にする必要なしに斬りかかり、相手はそれを回避し、受け止めなければならない。
そんな状態ではこちらの攻撃が通じずとも牽制を織り込んで相手の動きを思い通りに誘導することなど造作もなかった。
正面からまともに戦えば分が悪いのはこちらだっただろう。二対五という数的不利もあるが、純粋にドラス逹の腕は確かなものだった。
だがここまでお膳立てをされては結果が変る筈もない。
「ただ今帰還致しました、アイゼンシュミットさん。こちらの状況はいかがですか?」
山場もなく『コープス』の首魁とその近衛計七名を手早く拘束したオレ逹は再びカイトの『トランジション』で古城跡へと転移。
カイトが司令へ戦闘状況を尋ねる。
「予定通り順調という他ない。聞くまでもないがそちらの首尾はどうだ?」
「ご覧の通り、ドラス・ロンターノを含め主要人物の捕縛に成功致しました」
「そうか、ならばもうこれ以上戦闘とも呼べぬような行動を継続させる必要はないな」
司令が大きく息を吸い込み、戦場全てに響き渡る声で空気を震わせる。
「聞けぇい!貴様らのリーダーであるドラスはすでに我々騎士団が確保した!これ以上の抵抗は無意味だと知れっ!」
デューク隊長が後ろ手に縛られたドラスを司令の前に突き出し跪かせる。
それだけで『コープス』を黙らせるには事足りたが、さらにそこへ追い打ちがかかる。
「戻りました、主」
バクが『コープス』のメンバーと思われる数十人の人間を縄で拘束し、地面に引きずりながら現れたのだ。恐らく無差別攻撃の際にドラスとは別々に逃走したのだろう。
逃げ切れればよし、追われてもドラスを逃がすための囮になればいい、といったところか。
「やあ、バク」
「逃走していた者は一人残らず捕獲しました」
恭しく頭を下げたバクの肩を叩いてカイトが労いの言葉をかける。
「助かったよ、本当にありがとう」
「勿体ないお言葉」
「ではこれで今回の作戦は無事に終了、ということでよろしいですか?」
「ああ、まさしく“完璧”だ」
心と共に膝を折った『コープス』のメンバーを見渡し、アイゼンシュミット司令が力強く頷いた。
以下後書きと言う名の投稿が遅れた言い訳。
分かりやすく言うと『春眠暁を覚えず』
基本、執筆は帰宅後のみで休日はほぼ書かない。
しかし春なので午後になると眠気がぱない。
結果、帰宅後はご飯を食べたらほぼ即寝。
ここ二週間はずっとそんな感じ。
投稿が遅れまして本当に申し訳ないです。




