24話(旧23話)
(いきなり新キャラ視点で)すまんな
side ロイ・ラーキン
その日、オレ達王立騎士団『白き刃』第六部隊、通称デューク隊は招集をかけられ演習場に整列していた。
それだけならば珍しいことではないが、なぜかそこにスタビノア侯爵家の私設部隊の姿があるとなれば話は変わってくる。
しかもその部隊を率いているのはバリオス・ガーウィン。数年前まで『白き刃』第三部隊の隊長を務めていた男。
その武勇は退役した今でも騎士団内で語り種になっている。
デューク隊長が負けるとは思わないが実力は拮抗しているだろう。少なくともオレでは勝てないが。
そんな男が率いる二十名の私設部隊と、我らがデューク隊四十名。計六十名の騎士が整然と立ち並んで命が下されるのを待っている。
「ロイさーん、俺達いつまでこうしてりゃいいんすかね?」
……整然と待っている。
「聞いてます?ムシしないで下さいよー」
整然と……。
「ロイさーん?」
「黙れ」
班員の一人、新人のアランが緊張感の欠片もない声で話し掛けてくる。
元からだらけがちな性格の男ではあるが、入隊から半年を数えて気持ちに緩みが出てきているな。引き締め直す必要があるようだ。
「だってさっきから突っ立ってるだけじゃないっすか。退屈なんすよ」
「高々三十分程度で文句を垂れるな」
とはいえ確かに動きがない。
ここまで待たされて合同演習というのも考えにくいし、となればデューク隊とバリオス隊による共同作戦でも行われると考えるべきか。
しかし仮にそうだとしても急な話には違いない。
わざわざ練度の低い……というか全くない相手と共同作戦など普通は行わない筈だ。
スタビノア侯爵側に何かしらの事情が発生し、それが王国としても手をこまねいているだけでは済まされない事態のためにこうしてデューク隊が支援として出向くという可能性もあるだろう。
そうだとするならバリオス隊の人数が少ない気もするが……。
なんにしろ情報を与えられていないのだからオレのような末端の人間が頭を悩ませても意味はない。精々こうして時間をつぶすのに一役買ってくれたならそれでいい。
そんなことを思いつつ扉の向こうからこちらへ歩いてくる三つの人影を目にして内心でようやくか、とため息を吐く。
まあ、すぐにその息を呑むハメになったが。
「あれは……アイゼンシュミット司令官?」
演習場に現れた三人の男。
一人は金髪の少年。
見たところ年の頃は十代半ば。この場にはそぐわない存在でありながら堂に入った佇まいからそれなりの身分の者であることが窺い知れる。
その少年の右手後方。鋭い眼光を宿した切れ長でつり上がった瞳が印象的な長身痩躯の黒髪の青年。
彼が纏っていたのは強者の空気。一目見て彼が格上……いや、自分とは次元すら違う高みに登り詰めた者であることを理解した。
そんな人間を引き連れた少年と並んで演習場に現れたのはクラウス・アイゼンシュミット軍団司令。総司令の右腕と名高い王立騎士団最高幹部の一人。
なぜあれほどの方がここに?
「静粛に」
ざわつくオレ達に対してアイゼンシュミット司令が静かな、それでいて良く通る声でただ一言を発する。それだけで水を打ったような静けさが訪れた。
「よろしい。まずは諸君らに彼を紹介しよう」
アイゼンシュミット司令に促されて金髪の少年が一歩踏み出す。
騎士達を前にしてもなお微かに笑みを浮かべるその風格は同年代の者と比べるべくもない。司令とは違う、涼やかさを孕んだ声色と共に少年が語り出す。
「初めまして、勇壮なる王立騎士団の皆様。私はウラジミール・スタビノアが実子、カイト・スタビノアと申します。どうぞお見知りおきを」
やはりというかスタビノア縁の者である少年が全く臆する様子もない第一声。あそこの男児は長男だけと聞いていたが、どうやら胆の座った次男坊もいるらしい。
「本日お集まりいただいたのは他でもありません。皆様は『コープス』という言葉に聞き覚えはあるでしょうか?」
少年――カイトが口にした名。聞き覚えがない筈がない。
それは王都をはじめブラスティア王国に長らく巣食う大規模な盗賊集団。
強盗、誘拐、人身売買、殺人……。奴等が犯してきた犯罪はどれも悪逆非道と呼ぶべきもので、いつの世も民の平穏を脅かし続けてきた。
『コープス』の構成員は末端を含めれば五千人を越えると言われており、局所的な犯行で捕えた者も多いが所詮は末端。尻尾を切られ中枢へ辿り着くことができないでいる。
騎士団にとっては敵国や魔獣よりもよっぽど忌々しい存在だ。
「その様子から察するに皆様の中にも忸怩たる思いを持つ方が多くいらっしゃるのは承知致しました。そこで騎士団の大願を成就させるためにこの度助力を申し出させて頂いた次第です」
それはつまり『コープス』の首領を捕らえ組織を壊滅させるということか?しかしどうやって……?
カイトの言葉に疑問を感じるよりむしろ純粋に困惑してしまう。
そんなオレ達に構うことなくカイトはさらに戸惑わせる言葉を口にした。
「というわけで皆様には今、これから、『コープス』を討伐及び捕縛して頂きます」
これには本当に言葉を失う。
今、これからだと?何を言ってるんだ?
仮に奴らのアジトを突き止めたにしても今すぐ動くには準備が足りない。
加えて相手は数千人規模の犯罪者集団だ。主要人物が居揃うアジトとなれば少なくとも数百人単位の集団戦が待ち構えている危険がある。
六十名程度で乗り込んだとしてもこちらが全滅するだけだろうということは容易に想像がつく。
ここまで現実味の薄い話をされるとバカにされているとしか思えない。アイゼンシュミット司令がいなければ皮肉の一つや二つ浴びせているところだ。
だが司令はカイトを止めようとはしない。それはつまり彼の言葉が嘘偽りではないことを意味している。
まさか実戦装備で招集されたのは今から『コープス』のアジトに乗り込むためなのか?
「半信半疑な心境は理解致します。ですが私が語った言葉はすべて事実。皆様には今この瞬間にも敵と剣を交わす意志と覚悟を持って頂かなければなりません。
まあ騎士である以上国を、民を脅かす敵を前にしたならば虚を見せず、臆することもなく勇猛に立ち向かっていかれると信じていますが」
にこやかな笑みを一切変えることなくカイトは言い切った。
……面白い。オレ達を挑発して奮い立たせるつもりか。
彼の一言で自尊心を刺激された騎士達から気焔が上がる。その尽くが入隊して間もない年若い騎士だ。
なるほどな。自分の言葉が信用されないのは折り込み済みで、最初からこうするつもりだったのか。
だから若い騎士が多いデューク隊が選抜されたわけだ。本当ならこの程度の挑発で心を揺らされていては騎士として失格なのだがな……。
まあ若さ故にその辺はいくら口酸っぱく言い聞かせても理解できないものだ。いずれ身に染みて分かる時が来るだろう。
それはそれとして、だ。
「失礼ながら発言の許可を求めます!」
「許可しよう」
アイゼンシュミット司令の許可を得て何よりも確認しなければならないことを尋ねる。
「本件の最重要事項はコープスの討伐・捕縛とのことですが、どのようにして奴等の元へ辿り着くおつもりなのでしょうか?」
「答えても?」
「……問題ない」
やや間を空けた司令の返答を受けてカイトがオレの質問に答えた。
言葉ではなく行動で。
「このようにして、です」
その声は何故か背後から聞こえた。それで気付く。
オレ達の前に立っていた筈のカイトが消えていたことに。彼は瞬き一つする間にオレの背後に現れていた。
予期していない事態に冷たい汗が頬を伝う。
「……とんでもない速さの身体強化ですな。ご教授願いたいほどです」
「残念ながらこれは『フィジカルアップ』による身体能力の向上ではありませんよ」
それだけ言い残し再び彼の姿が消える。
次に声が届いた時、すでに彼は元の位置へ戻っていた。そしてオレ達の常識を粉々に打ち砕く爆弾を投下する。
「ご覧の通り、これは転移魔法ですから」
悠然とした佇まいを崩さない少年の笑みが、しかし到底この世のものとは思えなくなる。
転移魔法『トランジション』。数ある魔法の中でも最高位の特級魔法。
それを単独で、しかも補助の魔法陣すら用いずに発動させるなどあり得ない。
これだけでも目眩を禁じえない事態だというのに、彼は続けざまにこう告げた。
「この魔法を用いれば貴方達を『コープス』の中枢部まで一瞬で転移させることが可能です。どれほどの大悪党であろうとも、不意を突かれ無防備を晒した状態で完全武装の騎士と向き合えばまともな抵抗などできないでしょう」
演習場に集った六十名あまりの騎士を同時に転移させる。可能なのか、そんなことが。
確かに実現できるなら『コープス』といえど内部に騎士を招き入れればひとたまりもないだろう。
だがそんな魔法があるとするならば、それは神の御業とも呼ぶべき力ではないのか。
「貴方達はこれから自らの手で歴史を刻むことになる。史上最悪の犯罪者集団『コープス』をその正義を宿した剣で完膚無きまでに壊滅させるのですから。
その意志があるものは剣を、貴方達の魂を掲げてください」
声高らかに鼓舞したわけではないにも関わらず、彼の言葉は人波へゆっくりと染み渡っていく。
胸の奥に一筋の火が灯るような、久しく忘れていた感覚に導かれ、気付くとオレは腰に携えていた剣を鞘から引き抜き空へと向けていた。
見れば他の騎士達もオレと同じように剣を抜いている。年若き未熟な者も、数多の戦地を潜り抜けた猛者も関係ない。
誰もがその瞳に焔をたぎらせていた。
示し合わせていたかのように、おおおおおっ!と意気軒昂な雄叫びが自然と沸き上がる。
お伽噺の中ですら聞いたことのない、空想の世界をも突き破るような力。
彼が誇示して見せたのはそういった次元の魔法だ。そんな人間の協力を得て、歴代の騎士達が辛酸を舐めさせられ続けてきた怨敵を自分達の手で討つ絶好の機会が眼前に転がり込んできたのだ。
それが現実であると、この場に居た皆が理解した。
そしてそれに心動かされぬ者が騎士になどなるわけもない。彼はたった一度の魔法とオレ達の覚悟を問う言葉だけでデューク隊の心を惹き付けてしまった。
「では行きましょうか。世に蔓延る悪の一つ、その幕を降ろさせるために」
彼が右手を天高く、空へとかざす。すると上空に演習場を包み込むほど巨大な、直径百メートルは優に越える魔法陣が出現した。
たとえ魔法に明るくなくとも肌で感じ取れる、大陸すら砕けるのではないかと思えるほど莫大で濃密な魔力。
そんな未知の力を前にしても不思議と恐怖が込み上げてくることはない。恐怖を感じるという域を振り切ってしまったのかもしれないな。
ふとそんな疑問が過るが、だからどうしたという話だ。オレが今考えるべきは『コープス』を壊滅させること、ただそれだけでいい。
魔法陣が明光を増していく。
その光りに包まれて、オレの視界は真っ白に塗りつぶされた。
センバツが 開幕した!
投稿ペースが さらに下がった!
そんな感じの23話。
次はやっと戦闘シーンになる予定。
本当なら今回やるはずだったんだけどね……。




