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22話



 予定外に早くなってしまった昼食を平らげた俺達が宿屋を出発したのは食事を始めて一時間以上経ってからだった。

 いやー、女将さんがサービスしてくれるもんだからつい食後のティータイムまで満喫しちまったぜ。


 そんな訳でしっかりめのランチだっただけに腹ごなしも兼ねて歩いて学院へ向かうことにした。

 その道中もティナと魔法を無効化させる魔力フィールドについて軽くディスカッションしたり、グラーバクに簡単な芸を仕込んだりする。皆には「何やってんだこいつ」みたいな顔をされたけど。


 ペットを躾るのは飼い主の責務なんだから仕方ない。とりあえず“待て”と“お手”くらいは覚えさせよう。

 ……と最初はそう思っていたんだがグラーバクの物覚えがマジで凄い。学院に着くまでの間に教えたことは全て覚えてしまった。


 ドラゴン超優秀じゃん。強くて格好良くて頭も良いとかペットとして本格的に人気が出てもおかしくないな。

 まあ今のグラーバクは強くもないし格好良いよりは可愛い寄りだが。本来の姿の時も生活必需品みたいな魔法で沈んだわけだし、実は見た目ほど強くないのかもしれない。

 ペットに戦闘力は求めてないから別にいいけど。


 そんなこんなで周囲から好奇の視線を集めつつ、およそ二十分ほどで合格発表者の一覧が張り出されている学院の正門広場へ到着した。

 掲示板の前の人混みはまばらになっている。今まさにお昼時だし時間潰しが上手くいったみたいだな。


「き、緊張してきちゃった……」


「私もです……」


 いざ自分の名前があるか確かめようというところまで来てトーリとシュレリアが二の足を踏む。

 その不安を一蹴するかのようにティナが歩み出した。


「もう、しゃんとしなさいよ。ここで泣き言漏らしても結果は変わらないんだから」


 そう言ってティナは掲示板の前にいた人垣を掻き分けてずんずんと道を切り開いていった。自信に満ち溢れた小さな背中が頼もしく見える。

 周りからすればかなり迷惑だけどな。


 ティナがブログやってたら定期的に炎上しそう、とかどうでもいいことを考えながらひとまず自分の名前を探す。

 これで名前が無かったら笑いの的である。


「それはさすがに杞憂か」


 合格者一覧の中にカイト・スタビノアの文字を無事発見。受験番号も合ってるから同姓同名ってこともあるまい。

 事前に合格を通達されてはいたけど、こうして自分の名前を見るとやっぱりホッとするな。


 三人はどうだったかと思って視線を向けると皆で喜びを分かち合っていた。

 良かった良かった。万が一誰かが落ちてたら気まずい空気になってたぜ。


「合格おめでとうカイト君」


 安堵しているとなぜか空から地上に降り立ったフィオナが幼女らしさを振り撒きながら俺の方へとやってきた。


「ありがとうございますフィオナ学園長」


「が、学園長っ?」


 俺の一言でその存在に気付いた三人がこっちに来てフィオナと挨拶を交わす。

 トーリにはフィオナが精霊族だってことを教えてあるせいか妙にぎくしゃくしている。


 他の二人はその事を知らないので少女にしか見えないフィオナが学園長という事実にどう対応していいか迷っていたが。


「それでね、一つ聞きたいことがあるんだけど?」


 トーリ逹との会話を終えたフィオナが俺に向き直り、小首を傾げてそう尋ねてきた。

 あざといなさすがロリババア。

 年季の入ったあざとさにノーシンキングタイムで返答してしまう。


「学園長にでしたら何でも包み隠さずお教えしますよ」


「それは嬉しいなー」


 無邪気な笑みにフィオナの中身を忘れて頭を撫でたい衝動に駆られる。やるなこの二百歳児め。


「じゃあ学園長室までご同行願えるかな?できれば二人っきりでお話ししたいし」


「熱烈なお誘いですね。思わず期待してしまいますよ」


 どうせ期待に沿うような展開にはならんだろうけど。そもそも何用なんだか。

 まあいいけどね。可愛いは正義という至言もあるし、逆らう意思なんてないから。


「そういう訳で悪いけど僕はここでお別れだ」


「そうなるね。次に会えるのは入学式になるのかな?」


「式までは十日もないし入学の準備をしていればすぐだろうけどね」


「それまでにカイトに教わったことはマスターしてみせるわ。だからカイトもアレを完成させておきなさいよね!」


「ティナは頼もしいね。入学式を楽しみにしておくよ」


「あの、私も楽しみにしていますね」


「ああ、ありがとうシュレリア」


 それぞれと別れの言葉を交わす。これなら入学後にぼっちになる事態は回避できそうだ。

 少し離れて待っていたフィオナに小走りで駆け寄る。


「お待たせしました、フィオナ学園長」


「よーし、それじゃーしゅっぱーつ!」


 右の拳を高く掲げてフィオナが先行する。

 妹がいたらこんな感じなのかなー……って今の俺にはリアル妹いたわ。あんま好かれてないけど。

 せめてナイフを投げられないくらいには親愛度を上げないとおちおち実家にも帰れねぇ。


「難しい顔してるね!どうかしたの?」


「ええ、家庭の事情で少し」


「フィオナでよければ相談に乗るよー?」


「お話があるのは学園長の方でしょう」


「おーっと、そうだったね!というワケでさあ、どーぞ!」


「失礼します」


 手招かれるまま学園長室の敷居を跨ぎ来客用らしいソファーに腰掛ける。


「それでお話というのは?」


「その前にちょーっと待っててね!」


 本題に入る前にフィオナが複数の魔法を同時に発動させる。


 室内の出入り口を強固に塞ぐ初級魔法ファーストマジック『ロック』

 遮音効果のある中級魔法セカンドマジック『サウンドアウト』

 あとは……なんだ?魔法オタクのカイトの知識にすらない魔法だ。嘘発見機みたいな効果があるっぽいけど。


 はっ!ま、まさか……。今の状況を冷静かつ沈着に見極めてみろ俺。


 密室に連れ込まれ、室内の物音が外に漏れないようにする理由なんてそうそうないぞ。

 しかも密室に閉じ込められているのは二百歳の独身女と(立場上は)将来有望な大貴族の次男。


 もしやフィオナは若いツバメを囲うつもりなのか!?

 吝かじゃないけど、初体験が学内で学園長相手とか背徳感さんが黙ってないぞ!?

 吝かじゃないけど!

 一応俺の本心を確認するつもりはあるみたいだし、本当に吝かじゃないけど!?


「これでいいかな?さ、それじゃー早速始めようか」


 お、おお……マジでいきなりだな……。

 さっきまでと変わらずニコニコはしてるのに、声のトーンが一段落ちただけで急に迫力が増した。ちょっとドキドキする。


「実はわたしの元にとある報せが届いてるんだけど、カイト君は何か心当たりがあるかな?」


 桃色の妄想とはずいぶん食い違った第一声。どうやら押し倒されるような展開にはならないらしい。

 残念なような、安心したような。


 まあつまりこれはフィオナに届いた報せを当てるクイズということか。

 ここで「分かりません」と答えるほど俺の脳細胞は死滅しちゃいない。わざわざこうして二人きりになったってことは当然俺に関係あるはずだ。とくれば自ずと答えは導き出される。


 あのパトリックとかいう野郎、チクりやがったな?

 スタビノアの威光にビビって尻尾巻いて逃げたと思ったのに、まさか学園長に告げ口するとは思いもよらない。小学生か。


 しかしこうして実際に学園長であるフィオナを動かすんだからアイツん家も権力を持ってるのかもしれん。脅しをかけたのは失敗だったかなー……。


「ええ、まあ。耳が早いようで少し驚きましたが」


 ほんの二時間くらい前の出来事だというのにずいぶん迅速な対応だ。

 学園長とかもっと動きが鈍いもんだと思っていたが。あくまで個人的なイメージだけど。


「どうしてそんなことをしたのか聞かせてほしいな」


「少々目に余る振る舞いでしたので、つい。静観していれば周囲にも被害が出ていたでしょうし」


 屋内で攻撃魔法なんざぶっぱなされたら堪ったもんじゃないからな。

 そして多分だが、ティナもパトリックの攻撃を防御したら速攻でやり返すつもりだったんじゃないかと思う。


「それは否定できないねー。不思議なのはどうしてそれをカイト君が知っていたかってことなんだけど?」


「あれだけ騒がしくしていれば気付かない方が不思議でしょう」


 むしろついさっきの出来事を正確に把握してるフィオナの方が不思議である。

 まあ大方パトリックが泣き付いてあることないこと吹き込んだんだとは思うが。もしアイツも合格していたら後でお礼参りでもするとしよう。


「だとしても他にやりようはなかったかなー?捕まえるとか、王立軍に一報を入れるとか」


 それはいくらなんでも大袈裟過ぎね?

 ちょっとちょっかい出しただけで軍なんか呼ばれてたら気軽にナンパもできないぞ。イタリア人涙目。


「急を要する事態だったのはご存じでしょう?制止の方法に関して一考の余地があったのは理解していますが、最初から事を構えるよりも言葉で収められないかと思いまして」


 まあアイツの態度を見る限りそれも無理だったようだがな。人の好意を踏みにじりやがったし。


「……なるほど、カイト君の言い分は分かったよ。ちなみに相手について何か知ってることはあったりするのかな?」


 アイツについて知ってることなんて、レンキンだかレンコンだがふざけた名前のクセにそこそこの権力持ってる貴族の息子ってことくらいしかないが。

 権力を持ってるってのは俺の想像だが、その辺はカイトの記憶に無いものだしフィオナの方が詳しいだろう。


「レンキン……でも、まさか……」


 フィオナが難しい顔で何事か呟いている。

 正確にはレンキン君じゃなかったと思うけど。なんだっけ……レイトン?いや、そんな教授っぽい名前じゃなかったな。

 まあアイツの名前なんざどうでもいいか。


「学園長?」


「ん?ああ、ごめんね。それじゃ最後の質問だけど」


「はい、なんでしょうか」


「カイト君はどうしてマシリスを連れ去ったのか、そしてマシリスをどう扱うつもりなのか。答えて頂戴」


 今までにない厳しい表情でフィオナがグラーバクを見つめる。

 いきなり話飛んでない?宿屋での件はもういいのか?

 というかマシリスって誰よ。


「すみませんがそのマシリスというのはなんのことですか?」


「知らないの?今カイト君が連れているドラゴンの名前だよ?」


「それは初耳ですね」


 グラーバク、お前ちゃんとした名前あったんだな。

 もしかして本当の飼い主がいるんだろうか、なんて考えていた俺に、フィオナはマシリスという千年竜サウザンドについて詳しく教えてくれた。


 曰く『傾国のグラーバク』の再来と恐れられ、数百年封印され続けてきた恐怖の象徴であると。

 加えてそんな存在が何者かによって連れ去られ、現在世界中の上層部は混乱に陥っているらしい。


 そんな事態を引き起こしたのが俺である。

 ……とまあそんなことを言われたわけだが。


「この子がそんな恐ろしいドラゴンに見えますか?」


 確かに見た目の威圧感はヤバかったが、それにしたって基礎魔法コモンマジック一発でダウンするようなドラゴンだ。

 それを世界の力を結集させてようやく封印させるに至ったドラゴンだとか言われても信じられない。だいたいそんなスゲー結界を張ってたなら転移できずに弾かれると思うし。


「見える見えない、というのは問題じゃないんだよ?この子は間違いなくマシリスと同一個体だもん。感じ取れる魔力は本来とはかけ離れて弱々しいけどね」


「ならば危険視する必要はないのでは?」


「そうはいかないんだよ。力を取り戻したマシリスが、それを従えるカイト君がいつか国に牙を向けるかもしれない。民を傷付けるかもしれない。

 他国からすればその力を持って自国を侵略されるかもしれないという疑念に駆られる。世界が君達の共存を認めることはできないの」


 ああ、なんか面倒な話になってきたなぁ。

 要するに今の俺は個人が核爆弾の発射ボタンを握っているようなもんで、例え俺にそれを押す意思がなくても危ねーからボタンを手放せと世界からやいのやいの言われるってことか。


「カイト君がどんな思惑でマシリスを手元に置いているか分からないけど、今の状況はカイト君にとっても不利にしか転がらないよ?

 けどさっきの事情を説明すれば謝恩だって受け取れるし、もしかしたら騎士の称号だって得られるかもしれない」


「でもそれはグラーバク……この子を手放せば、ということですよね?」


「うん、そうだよ」


 フィオナは真っ直ぐに俺の目を見つめてしっかりそう答える。

 どうやら避けて通れない道のようだ。


「少し考えさせてください」


 目を閉じ、某考える人のようなポーズをしながらアップデートを発動させる。

 通常営業の頭脳では処理できない案件なのは明白だ。


 グラーバクを返して益を取るか、グラーバクを選んで世界と敵対するか。


 正直ボンボン息子だし騎士の称号なんてものにも興味はない。せっかく手に入れた理想を越えるペットを手放す理由としては弱い。

 けど世界と敵対なんてする気もなければ家族や友達に迷惑をかけたくもない。


 なら答えはすでに決まっているも同然だ。こうして悩んでいるのも策を立てるための、文字通りただのポーズである。


「……分かりました、マシリスは返します」


「そっか!賢明な判断をしてくれて嬉しいよっ」


 満面の笑みを浮かべたフィオナに、今度は俺がはっきりと告げた。


「ですがグラーバクをお渡しすることはできません」


 そう言った途端、花が咲いたような笑顔から一瞬で真顔に切り替わるフィオナ。百面相みたいでちょっと面白いが、真顔が無表情すぎて怖いです。


「……それはどういうことなのかな?」


「今日限りで神話の再来と呼ばれたマシリスは人の手によって討たれ、グラーバクは僕と共にあり続ける。魔獣使い《テイマー》に使役される名も無き千年竜サウザンドとして」


 避けて通れない壁なら仕方がない。

 ならばその壁、真っ正直からぶち砕いてやろうじゃねーの。




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