21話
まさかの日間ランキング2位。
評価してくださった皆様に感謝を。
side フィオナ・クラインベルン
頭が痛い。
日頃の行いだって悪くないはずなのに、どうしてこうも立て続けに問題が舞い込んでくるのかなー?
先日行われた入学試験の実施とそのすぐ後に控えている入学式の準備。
それらはいい。学園長本来の仕事だ。
しかしその忙しい只中にカイト・スタビノアという少年が厄介事を抱えて飛び込んできた。
このブラスティア王国でも大貴族に数えられる侯爵家の次男。その肩書きだけなら特に問題はなかったんだけどなぁ。
昨日行われた入学試験でカイト君が引き起こした一件をまとめたレポートを読み返す。
魔法の実技試験において基礎魔法の一つである『エアーボール』を発動。結果として試験会場だった闘技場は半壊することになった。
にも関わらず現在の闘技場には半壊の跡は微塵もない。それもまたカイト君の『リカバリー』により完璧な状態に戻されたからだ。
……というのがミュラー教諭をはじめとして当時その場に居合わせた受験生ら約五十人の証言。
率直な感想を述べさせてもらうなら有り得ない、と断じる他ない。
ないのだが、個別に事情を聴取した五十人が同じような内容の証言をしているのだからこれを無視することもできないのである。
「でもそれを上に報告するとなると一苦労じゃ済まないんだよねー」
わたしですらカイト君の規格外な魔力量を知覚していなければ到底信ずるに値しない話だと一笑に付しただろう。それが常識というものなのだ。
かといってこのウィンザストン魔法学院と在学する生徒達を預かっている身としては例え実質的な被害が皆無であれ危険性を孕んでいる限り見過ごすことはできない。上司――理事会へ報告する義務がある。
今回わたしが頭を悩ませているのは事実が現実離れしすぎているせいだ。
レポートの内容をそのまま提出すれば十中八九鼻で笑われると思う。それだけならまだいいけど、間違いなく失笑を買った上で怒られる。
見た目が子どもだろうと中身は二百歳を越えた立派な淑女なのだ。この歳でお説教はいやだなぁというのか偽らざる心境だった。
しかし万が一こちらの報告を真に受けられた場合、カイト君を危険視または利用しようとする人間も出てくるだろう。これはお説教など比べ物にならないほどになんとしても避けたい事態だ。
現状、彼の立ち位置はかなり怪しい。
二年前まで学院の付属校にあたる魔法学校に通っていながら肝心の魔法では芽が出ず、それが原因で同期生から強い風当たりを受けた末に登校拒否。その後はほぼスタビノア家の屋敷に籠りきり。
しかし二週間ほど前、スタビノア家領内の山が浮き上がった事件をきっかけに事態が一変。カイト君はそこから積極的な行動を見せるようになった。
その中で何よりも着目するべき点は魔法が使えず落ちこぼれとされていた彼が魔法を扱えるようになっていたこと。
魔法学校時代から潜在的な魔力を有しながらそれをコントロールすることができなかった?だとしても全く魔法を使えなかったということとは繋がらない。
カイト君は魔法を失敗する以前に発動さえできなかったのだという。
ではこの二年の間にあれだけの魔力量を身に付けた?それは考えにくい。
魔力量は先天的要素がかなりの割合を占める。人によって総量を増やした例もあるにはあるが劇的に変化するようなものではない。
となると意図して魔力を抑え魔法の使用を封じていたと考えた方が自然だろう。
自分で言うのもなんだけれど、学舎は違えど同じ敷地内にいた当時のわたしすらあの魔力に気付かなかったくらいだ。相当気を遣って魔力を漏らさないようにしていたのだろう。
今のところその理由と目的は不明だけど……。
魔法を使えないフリ、空白の二年間、山の浮遊事件に、再び学院に戻ってきたカイト君。
それらに因果関係があるのかは分からないが、まるで石盤に描かれた一枚絵の欠片のようにも思える。
だがそれでも、彼はわたしが護るべきウィンザストン魔法学院の生徒だ。わたしが直々に合格を言い渡したのだから、わたしは全力で彼の味方になろう。
そのためには事実を事実と認めさせた上でカイト君の安全を保証しなければならない。
「カイト君も無理難題を与えてくれたものだよねー」
まあ生徒のために頑張るのが教師なのだから、学園長であるわたしが誰よりも生徒のために頑張るのは当然なんだけど。可愛い生徒のためなら辛くもないのさ!
ただ、更にもう一つ看過するには大きすぎる問題が発生している。こっちは学院の運営とは関係のない、精霊族の力を生かした慈善事業のようなものだけど。
ブラスティア王国の西側一帯、隣国との間に跨がる前人未踏……は大袈裟かな。でも人間の生活圏が及んではいない魔境の森。
その奥地に封じられたドラゴンがいる。
神話の再来と恐れられ、歴戦の実力者達が討伐を試みるもついぞ叶わず、種族の垣根を越えた叡知の粋を集めてようやく封印に成功した希代の怪物。
世界の全てを賭けても封印することしかできなかったドラコン。
千年竜『マシリス』
今は「いた」と表現するのが正しい。
昨日未明、百年以上に渡り封印結界によって森林ごと封じ込められていたマシリスが忽然と姿を消した、という報せがわたしの元へ届いた。
その報せを聞いて耳を疑うよりも先に、反射ともいえる速さで封印されているはずのマシリスの魔力を探った。
結果は最悪。魔力の残滓は感じ取れたがマシリス本体は影も形もなくなっていた。
封印結界を張っていた術師達は「突如として結界内に何者かが現れ数十秒後にはマシリスと共に姿を消した」と語っているらしい。
これにより世界は今恐慌状態に陥っている。
とても公に公表できる情報じゃないから事実を把握しているのはごく一部の限られた人達だけだけど、だからこそ現状がどれほど危険なのかもしっかり理解している。それこそ頭が痛くなるほどに。
なにせ単体で国を滅ぼすことさえ可能な存在が解き放たれ、その所在も掴めていないのだ。
今この瞬間にブラスティア王国が襲われるかもしれない。
「うう~……」
立ちはだかる問題のあまりの大きさに思わず机に突っ伏す。
さすがにコレをキャサリンには相談できないなぁ。
おでこを机にくっ付けて熱を冷ましているとノックの音が響く。
「どーぞー」
「失礼致します……如何なさいましたか?」
「乙女は悩み多きものなのだよ、キャサリン」
「はあ」
「今、『二百歳の独身女のクセに何が乙女ですか』って思ったでしょ」
「思っていませんよ!」
「ホントにー?」
「本当です」
まあキャサリンってそんな子じゃないもんね。真面目が服を着て歩いてるみたいなものだし。
そのせいかちょーっとお堅すぎて未だに独り身だけど。それに対して本人が焦りを感じてないし、このままじゃわたしみたいに行き遅れちゃうぞー?
「それで何かあったのかな?」
「『魔法の家』から使いの方ががいらっしゃいまして、こちらを学園長にお渡しいただきたいとのことでした」
キャサリンが封書を取り出す。それはいいんだけどさ。
「うん?その使いの方はどこ?」
「それが用件だけを伝えて帰ってしまいまして。とても急いでいるようでしたが」
「そっか」
そりゃそうだよねー。マシリスの封印に関しては『魔法の家』が実質的に全権を担っているわけだし、言わば今回は『魔法の家』の大失態でもある。
信頼失墜は免れないかなぁ。それだけで済めばまだ良い方だと思うけど。
わたしも学園長という立場じゃなかったら今頃王国中を飛び回っていたに違いない。精霊族の広域魔力探査に勝る捜索方法はないからね。
「それでは私はこれで。失礼致しました」
「ありがとー」
キャサリンはわたしに封書を手渡すと速やかに退出していった。恐らくこれが密書であることを悟ってるんだろうなぁ。
なんとも気が利いた部下だ。
しかし予想通り嫌なタイミングで『魔法の家』から使いが来たものだね。緊急招集の類いかもしれない。
渋々封を切って羊用紙に記された内容を確認する。
幸いにして封書の内容はお呼び出しなどではなく、マシリスが姿を消した際の詳細な証言をまとめたものだった。
大まかに聞いていたのと大差はなかったけど、一つ注目するべき部分があった。
「……マシリス失踪は単独犯による可能性が高い、か」
結界内は何十人もの優秀な術師が絶えず状況を観察している。その中で得られた情報なのだから、突如として結界内部に現れた侵入者が一人だったのは間違いないのだろう。
だがそれはつまり――
「世界最高峰の封印結界を意に介さず単独でマシリスをどうこうできちゃう更なる怪物がいるってことだよね」
マシリスだけでも手に負えないのにそれと同格、ヘタをすれば格上の存在がいるかもしれないなんて悪夢だよ。
しかもソイツが近頃魔獣を狂暴化させて人を襲わせている詳細不明の集団に属している疑いもあるときた。確かに最近森の周辺でもあの集団の一味らしき男達が目撃されたりはしていたけど……。
まさか封印を解こうと躍起になるんじゃなくて中身を直接かっさらおうだなんて、いったいどんな思考回路をしてるのさ。
仮にマシリスと単独犯が同時に暴れだしたら国の一つや二つ容易に墜ちてしまうだろう。勘弁してほしいなー。
もうここまでくるとわたしに出来ることなんてほとんどない。元々戦闘では役に立たないし、今までやってきたのだって封印状態の観察や魔方陣が綻びそうな箇所の修復・組み換えくらいだ。
そういった魔法技術は稀少でも、封印対象が結界の外に出てしまっては何の意味も成さない。
学園から動けない以上これに関しては追加報告待ちかな。
そう思い脱力して背もたれに体を預けたその時。
バチィン!
「っ!うそ!?」
わたしが学園全体に展開している防御結界。それが突破されたことを右腕全体を襲うビリビリとした感覚が報せてくれる。
しかもこの魔力は……
「マシリス……な、なんで……?」
これまで何十年も観察してきたのだから間違いようもない。まさしく本物のマシリスが今この瞬間ウィンザストン魔法学院へ侵入を果たした。
世界を脅かす怪物が。
「――って、コレはちょっとおかしくない?」
非常時にわたしが怯えてどうする、と自分を叱咤し、幾分心を持ち直してことでふと違和感に気付く。
マシリスの魔力量が……少ない。
魔力自体は間違いなく本物だけど総量は一粒の水滴とギリギリまで満たされた水桶くらいの差がある。
こんなに近付かれるまで察知できないのも納得。これじゃ本質が一緒でもまるで別物だよ。
どんな現象が起こっているのか見当もつかないけど、ここで私が取るべき行動くらいは分かっているつもりだ。
窓から飛び立ちマシリスがいる場所へと向かう。窓、それも三階から『フライ』なんて校則違反もいいところだけど今は気にしていられない。
魔力探査を展開しながら一直線で現場へと急行する。
そして見た。彼を、彼等を。
合格発表で賑わう正門広場の一角。
胸を撫で下ろしている少年と、その横で手を取り合って喜びを分かち合っている少女二人。
その光景を一歩下がった位置から暖かい眼差しで見守るカイト君。
そして彼の足元に大人しく座っている黒い鱗が特徴的なドラゴンの幼体。
マシリスと同質の魔力の発生源はあの幼体だ。つまりあれが伝説の再来とさえ謳われた千年竜。
「えー……?」
もう、どういうことなの?何一つ意味が分からなくて思考を整理できないよ。
しかもカイト君と一緒にいる少女の片方。あの髪と瞳の色は……。
いや、今はよそう。最優先事項はマシリスだ。
どうやら彼には魔力以外にも聞かなきゃいけないことが山ほどあるみたいだね。
「合格おめでとうカイト君」
地面に降り立ち、動揺も困惑も恐怖も押し隠して何気ない顔で声をかける。
わたしに気付いたカイト君も柔和な笑みをこちらに向けた。
「ありがとうございますフィオナ学園長」
学園長、という言葉に他の三人の気付いて慌ててわたしに挨拶をしてくれる。それぞれの合格を祝いながら、改めてカイト君に向き直る。
「それでね、一つ聞きたいことがあるんだけど?」
「学園長にでしたら何でも包み隠さずお教えしますよ」
「それは嬉しいなー」
本当に、心の底からそう思う。
その言葉が真実で、カイト君の潔白……はもう無理だけど。
せめて王国から敵意を向けられないで済む証明が得られることを祈ろう。
「じゃあ学園長室までご同行願えるかな?できれば二人っきりでお話ししたいし」
「熱烈なお誘いですね。思わず期待してしまいますよ」
警戒心を表す様子は微塵もなく、カイト君は一緒にいた三人に別れを告げて言われた通りわたしの後を追って歩く。
素直ないい子にしか見えないけど、その笑顔の奥に潜む真意を読み解くことができない。
ただ単に何も考えていないのか、それとも……。
それは今から判明することだ。
どうかあの暖かい笑顔が仮面じゃありませんように。
柄にもなく神様にさえ祈りながら、わたしは学園長室へと足を進めた。
感想の方で「もう一人のカイトの話も読みたい」という声がいくつかありました。
私も投稿当初は番外編のような形で書こうかな、と思っていたのですが絶望的なまでの筆の遅さと話の進まなさにより現在は断念しています。
未だにスタートできない学院編も、最初の予定では10話前後から開始するはずでした。
今回でもう21話なのに……。
なので書くにしてももう少しあとになると思いますので、どうかご容赦ください。
それと沢山の誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
ご指摘の部分は明日の夜か明後日の内に修正いたします。
いかんせんミスが多いので、気付いた所はガンガンお知らせ願います。




