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19話



 一通り混乱して落ち着きを取り戻したトーリに勧められ手作り感溢れる木製の椅子に座る。丸形のテーブルにはトーリが淹れてくれた紅茶が出された。


「カイト君の口には合わないかもしれないけど……」


「そんなことはないさ」


 俺は紅茶の味なんか分からんからな。茶葉から淹れてる時点でティーパックよりは上等だろう。

 対面に腰を下ろしたトーリがあらためて俺の来訪について尋ねてくる。


「それで今日はどうしてここへ?」


「試験の合否を聞きにね。まあトーリなら合格しているだろうし、半ば合格祝いも兼ねてさ」


「そうだといいんだけど……」


 不安そうな面持ちのトーリ。受験だし結果が分かるまでは自信があっても不安は尽きないよな。

 というか試験結果はどうやって通達されるんだ?今さらだがそこんところを聞いてみる。


「十一時に学院の掲示板に合格者の名前が貼り出されるらしいんだ」


「十一時……あと一時間もないな」


 この世界に機械仕掛けの時計は存在しない。日時計や決まった時間だけ飛行を繰り返すトキヨミドリという鳥を用いて時刻を把握するのが一般的だ。

 王都ではトキヨミドリの飛行を元に一時間間隔で鐘が鳴らされる。それによっておおよその時間が分かるという仕組みだ。

 屋敷で身支度を整えている時に十時の鐘が鳴っていたので必然的に時間を割り出せる。


「ということはもう出かける予定だったかな?」


「実は迷ってたんだ。早く結果は知りたいんだけど、合格発表直後はすごい人混みだろうし」


「受験生は例年八百人前後だというからね」


 人数の割りに倍率はそこまで高くないようだけど、入学後成績下位の生徒は退学処分の対象になることもあるらしい。要するにいくら努力しても結果出せなきゃ評価されない実力至上主義だ。

 これまでゆるい人生を送ってきた俺にとって息の詰まる環境だが、まあ神様が言う『人類史上最高の才能』があればやっていけるだろう。


「やけに他人事だけどカイト君も行くんだよね?」


「……あー、発表待ちのトーリに伝えるのは申し訳ないけど僕はすでに合格通知をもらってるんだ」


「え?」


 トーリに面接試験での流れをかいつまんで説明する。一番食い付きがよかったのは学園長が精霊族だったという箇所だ。

 冗談抜きで希少な種族らしい。今度会ったら優しくしてあげよう。

 そして俺のざっくりした説明を吟味したトーリのリアクションはかなり薄かった。


「そうなんだ。まああの魔法を見たら納得できるよ」


「恥ずかしながらあれは失敗だったんだけどね」


「あの威力で!?」


「逆だよ、強すぎてしまった。闘技場まで破壊するつもりはなかったんだけどね」


「えーっと、それってつまりアルセナ結晶は壊す気満々だったってことじゃ……」


「黙秘権を行使させてもらうよ」


「あははは……」


 乾いた笑いを返された。

 いやだってミュラー先生の方から吹っ掛けてきたわけだし、やってやらぁって気にもなるじゃない。


「ところでカイト君、あの子はどうしたの?」


 若干の気まずさを誤魔化すようにトーリが部屋のベッドで丸くなっている千年竜サウザンドに疑問を呈す。

 そういやベッドにドラゴンを乗っけるのはマズイのか?全身鱗だし毛で汚れる心配はないはずだけど。


「色々あって僕が世話をすることになったんだよ」


「世話?使役じゃなくて?」


「僕は魔獣使い《テイマー》じゃないからね。ペットみたいなものさ」


「ど、ドラゴンをペット扱い……」


 ドラゴンといってもこんなミニマムスタイルじゃ高が知れてると思うけどな。出会った時の姿ならさぞかし戦闘で役立ってくれただろうに。


「そうだ、まだ名前を決めていないんだよ。どんな名前がいいだろう?」


「ドラゴンの名前かぁ……」


 トーリは思案顔で考え込む。犬猫じゃあるまいし、いきなりドラゴンの名前をつけてくれと言われたら困るよな。

 女将さんやトーリの反応から見てもドラゴンを手元に置いてる人は少ないみたいだし、参考になりそうなサンプルもあまり思い付かないんだろう。


「そういえば王立軍の竜騎士団に所属している翼竜ワイバーンには名前をつける習慣があるみたいだよ」


「でも名前自体はあまり聞いたことがないね。僕が知っているのは『ロザリンド』くらいかな」


「竜騎士団団長の翼竜ワイバーンだっけ?通常よりかなり大きい個体らしいけど……」


 言葉尻を濁したトーリの視線の先に、小さな体をさらに丸めた千年竜サウザンドの姿。本家とのあまりの違いに参考にするのも憚られる。

 まあ本来の姿に戻ればちょっとデカイくらいの翼竜ワイバーンには負けないと思うが。メタリックな黒鱗赤眼のフォルムは某カードゲームのドラゴンを彷彿とさせるほど格好良かったし。


「ちなみにこのドラゴンは何種なの?」


千年竜サウザンドらしい」


「さ、千年竜サウザンド!?」


 こうして言葉を交わすのは二回目だというのに、トーリの驚愕を目にするのはもう何度目だろう。

 思わずそんなことを考えてしまうほどトーリのこの顔は見慣れてしまったぜ。


「……『グラーバク』」


 そろそろ自重した方がいいのか?いやでも俺としては普通に魔法を楽しんでるだけだし……などと自らの身の振り方にふと疑問が沸いた俺をよそに、トーリがそんな単語を呟いた。


「トーリ、そのグラーバクというのは?」


「神話の中に登場する千年竜サウザンドの名前だよ。『傾国のグラーバク』と呼ばれる黒い千年竜サウザンドの神話さ。

 あくまで神話だし今まで黒い千年竜サウザンドが発見されたこともない。というか千年竜サウザンド自体発見数がかなり少ない個体なんだ」


「つまりこの千年竜サウザンドは『傾国のグラーバク』に類似した個体なのか」


 しかし傾国とは縁起でもない名前である。美女とは違って物理的に国へダメージを与えたんだろうな。

 今度時間があればトーリの言っている神話について調べてみるか。異世界の神話とか中二心を刺激される単語だ。

 それはさて置き本題に入ろう。


千年竜サウザンド、『グラーバク』という名前はどうだい?」


「キュー!」


 丸めていた体を起こし、千年竜サウザンドが一段と元気の良い反応を示す。どうやらこの名前を気に入ったらしい。


「なら命名しよう。今この時からお前の名はグラーバクだ」


「キュ~」


 嬉しそうに鳴き声を上げるグラーバク。ドラゴンって人の言葉が分かるんだろうか?

 まあだいぶファンタジーな世界だし喋るドラゴンがいても驚かないけど。


「ボクが決めた名前で本当にいいの?」


「構わないよ。最終的に選んだのはグラーバク自身だしね」


「『傾国のグラーバク』はそれほど大衆に知られた神話じゃないけど、黒いドラゴンにグラーバクなんて名前を付けたら連想する人もいると思うよ?」


「だとしても問題ないさ。この子が神話に語り継がれる恐ろしいドラゴンに見えるかい?」


 膝元まで近寄ってきていたグラーバクをトーリの目線まで抱え上げる。一切の抵抗はなく、短い手足をぶらつかせるだけだ。

 ゆるキャラに通じる可愛らしさすら感じる。


「な、撫でてもいいかな?」


「どうぞ」


 トーリ陥落。これが答えだ。

 ほとんどの人間は成体のライオンには怖くて近づけないが、仔ライオンの愛らしさには骨抜きになるアレ。

 こうして大人しく撫でられている姿を見ていれば神話の怪物だなんだと騒ぐのもバカらしくなるだろう。


「キュ~……」


「あれ、どうしてたんだろう?」


 トーリに撫でられていたグラーバクが弱々しく呻いた。

 なんかくてっとしている。


「ああ、お腹が空いたみたいだね」


 昨夜もそんな感じだったから手当たり次第に生鮮食品をあげたらすげー勢いで貪り食っていた。肉も野菜も平らげていたので雑食だと思われる。

 そういや俺もコイツも朝飯はまだだったな。


「一階のロビーで食事は摂れるかい?」


「あらかじめ予約していないから軽食くらいしか食べられないと思う」


「それで充分だよ。ついでに僕らも軽くお腹に入れてから学院へ向かうとしよう」


「分かったよ」


 俺の提案を受け入れたトーリと並んで一階の受付まで戻る。

 そろそろ十一時になろうという朝食にも昼食にも微妙な時間帯のためかロビーに人影は少なかった。


「おや、さっきの……」


 俺の顔を見て女将さんの方から声をかけてきた。

 会釈を返して今食事を出してもらえるか確認してみる。


「どうも。食事の用意をお願いしたのですが」


「前もって予約しておいてくれないとこちらもろくな物は出せないよ。外で食べた方がまともな食事にありつけると思うけどねぇ」


「承知しています。それに僕とトーリは軽食、メインはこの子ですから」


「まさか食事ってドラゴンのかい?何を食べるのかあたしゃ知らないよ」


「生の肉や魚、野菜、なんでも食べますよ。露店で買った物を与えるのは手間なので、僕としては是非ともここで食事を済ませたくて。

 もちろん迷惑料と材料費はこちらが負担しますから無理を聞いていただけませんか?」


 お釣りは要りませんからと言って一枚の金貨を受付のカウンターに置いた。

 女将さんが目を剥いて驚く。


「……本気かい?アンタの注文を丸飲みしても銀貨一枚ですら破格だと思うんだがね。せいぜい銅貨十枚が妥当な値段だよ」


 相場はそんなもんか。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚換算なので、そう考えると頭おかしいレベルの過払いだ。

 でも俺の手持ち金貨しかねーんだけど。


 物入りがあれば使えみたいなノリで父親がたんまりと寄越した金貨が詰め込まれた袋。太っ腹だがこれじゃ使い勝手が悪すぎる。

 俺としては金貨一枚で一万円くらいの感じだったのだが、どうもそれ以上の価値がありそうだ。一枚十万だと仮定すれば今俺の手持ちは一千万を優に越えていることになる。

 あ、急に胃が痛くなってきた。


 唐突にガシャンと背後で大きな音が響く。

 何事だよ、と振り返れば少年が二人組の少女に詰め寄っていた。少女の内の一人と少年が口論している。


 少年が田舎者だのなんだの罵り、ツインテールの小柄な少女がそれに真っ正面から立ち向かい、ツインテール少女の背に隠れるようにして立ち竦んでいる黒髪の少女。それは身長差的に無理がある。

 両者の言葉の端々から察するに少年は王都の貴族であり、少女達は他国から学院の入試試験を受けにきているらしい。


「カイト君……止めなくていいの?」


 次第に激しくなる言い争いをぼんやり眺めているとトーリがそんなことを口走る。

 え?俺が止めに入る流れなの?


 期待するようなトーリの視線に疑問しか湧かない。

 そんなことを考えている内に事態は一触即発の寸前まで発展する。

 なんと少年がいきなり魔法を発動しようとしたのだ。しかもバインド系ならまだしも攻撃系である。

 マジかよ。至近距離、おまけに室内で攻撃魔法なんか使ったら相手も自分も周囲もただじゃ済まないぞ。


「トーリ、少し預かっていて」


 抱き抱えていたグラーバクをトーリに手渡して仕方なしに俺は口論していた二人に歩み寄る。

 いざ少年が魔法を発動させ、それにツインテ少女が対抗しようとした瞬間、俺は二人の魔力を霧散させた。


「はい、ストップ」


 何が起こったのか理解できていない二人になるべく軽い口調で割って入る。逆ギレで俺が標的になっても困るし。

 だが俺の存在に気付いた二人から睨み付けられる。


「君はなんだ?今何をした!?」


「答える義理はないよ。それよりもこんな場所で攻撃魔法を使おうなんてどういうつもりかな?」


「貴様、俺に口答えするつもりか?このレキトン家が嫡男、パトリック・レキトンに!」


 誰だよ。知らないよレキトン家。

 ってかなんでローブをはだけるんだ……ああ、ローブの内側に刺繍されてる家紋をアピールしてるのか。

 俺もこうした方がいいの?恥ずくね?


「申し遅れたね。僕の名はカイト・スタビノア。スタビノア家の次男さ」


 パトリックのローブとは違い襟元に刺繍されてる家紋を控え目に見せる。それだけでパトリックの顔が一瞬で青ざめた。

 現代日本の文化が染み付いているからか、いまいち貴族社会の名前の重さというのが実感できない。たとえパトリックの反応が正常だと言われてもな。


「幸い被害は出ていないし自分の短慮な行動を反省するというならこの場は目を瞑ろう」


「も、申し訳ありませんでしたぁ!」


 潔いほどの変わり身でパトリックが頭を下げる。反省したならまあいいか。

 しかし問題はもう一つ。


「というわけで彼を許してもらえないかな?」


「はあ!?っていうかアンタ誰よ?」


「ティナちゃん、カイトさんだよ……」


「誰だろうと関係ないわ。他国からの留学生であるあたし達を侮辱するなんてこの国の貴族の質が知れるわね!」


「まだ合格が決まっているわけじゃないから正式な留学生じゃ……というか言い過ぎだよぉ……」


 いいコンビである。

 そして黒髪の子は暴言を吐かれた俺が怒らないか戦々恐々だった。


「いや、返す言葉もないよ。すまなかったね」


 怒れる少女と怯える少女。そんな二人に俺は深々と頭を下げた。

 母国仕込みのお辞儀で謝罪の意を表明する。

 今度はなぜかポカンと呆けた少女達に対して俺はひとまず手打ちとなる提案した。


「見たところこれから食事のようだし、ここは僕にご馳走させてくれないかな?」


 絶句している彼女達が俺の言葉の意味を理解し了承を示したのは、それからたっぷり三十秒はあとのことだった。




最近週一投稿になってる。

せめて週に二話は更新したいなぁ。

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