1話
自称神様は自称なんかじゃなくて本物の神様でしたとさ。
いや、自称自称言ってたのは俺だけども。
何が言いたいのかというと、不覚にも寝落ちしたと思ったら異世界にいました、まる。ということ。
本当に異世界かは知らんけど、窓の外には東京ではあり得ないレベルの広大な自然が広がっている。日本の可能性で言えば北海道とか?
などと考えていると、窓の外を三メートルはありそうな頭が二つある怪鳥が横切っていった。
すげぇな北海道。
「いや、さすがにそれはねぇよ」
自分の思考にすかさずつっこみ。
ベッドの上に立ってぼよんぼよんと跳ねながら物思いに耽る俺こと北山海斗くん十六歳。
この世界的にはカイト……なんだっけ?あ、スタビノア?こっちのカイトも十六歳なんだ。ふーん。
自意識とは別に、存在しないはずのカイト・スタビノアの記憶が自然と出てくる。
これが神様の言ってた記憶の共有か。混乱や頭痛もないしマジ便利。
まあそれはさておき。
「どーすりゃいいわけ?」
神様は魔法の才能で世界を変えろとか言ってたが、そんな簡単に変わるもんじゃなかろーよ。
魔王でも名乗って世界征服でも掲げればいいのか?
そんなことしたら討伐されんだろ。魔法とかあるみたいだし。
「ってそうだよ!魔法使えんじゃん俺!」
あの神様が本物なら人類史上最高の魔法の才能があるって話も嘘八百ではないかもしれん。
さすがにそれは盛りすぎだとは思うが、魔法で一山稼げれば億万長者も夢じゃない。
思い立ったが吉日、魔法を使えるか試してみよう。
「火とか水はミスると怖いし……お、そうだ」
目に止まったのは窓際のテーブルに置いてある花瓶。こいつを浮かせてみよう。
とりあえず「浮け!」と念じる。
花瓶に変化なし。
……あっれー?
使い方が違うのか?それとも念じる力が足りない?
ならばもっと力強く「浮けっ!」っと念じてみた。
「おおおおっ!!?」
そこで初めて変化に気づく。
依然花瓶はその場に佇んでいる。浮いているのは“窓の外”。
山が浮いてた。
「え、何で?山?これ俺のせいなの?いやいや違うでしょコレは」
浮遊大陸的なアレでしょ?空飛ぶ山でしょ?
予想外の事態に自問自答を繰り返してみても返事はない。そりゃそーだ。
自問自答の間も山は空中に浮遊している。
落ち着け俺。
もし仮に万が一アレが俺の仕業だとしても何事も無かったようにしれっと元に戻せばいいんだ。
まずはアレが本当に俺の制御下にあるのか検証してみよう。
左に動けー。
山は俺から見て左の方へふよふよと漂う。
右向けー右。
山がその場で四分の一回転する。
バク中しろオラァ!
ちょっと楽しくなって脅しながら念じてみると物凄い勢いで後ろ向きに二回転した。
あ、間違いなく俺の仕業だわ。
山が浮くとか世界崩壊の序章にしても演出が過ぎる。手遅れ感はハンパないが、これ以上大事になる前にさっさと元に戻した。
ゆっくりゆっくり慎重にと念じてみたが接地の際には日本人感覚で震度3くらいの振動がこっちまで伝わってきた。
麓付近の住民は大丈夫だろうか。この世界の耐震技術によっては震度3でも倒壊の危険性はある。
だがひとまずその心配は胸にしまい込み、ありったけの力で叫んだ。
「――なんでだよっ!」
俺の目標は花瓶だよ!高々二十センチの焼き物を浮かそうとしただけなのになんで山!?
オートフォーカス雑すぎんだろ!「花瓶を割ってみよう」とか思い付かなくてよかったわ!!
怒りの矛先を向けるものがないので今度は寝そべりながらベッドの上で跳ね回る。
ひとしきり悶えていると突如として部屋の扉を打つ音が響いた。
「カイト、無事か!?返事だけでもいいからしてくれ!」
誰やねん。え、兄?落ちこぼれのカイトをいつも心配してくれて、引きこもりの弟を根気強く見守ってくれてる?
むっちゃくちゃできた兄ちゃんじゃねーか。つーかこっちの俺は引きこもりなのかよ。
そして今は北山海斗になっているであろう以前のカイトはこの兄に苦手意識を持っていたみたいだ。こんないい兄貴なのに贅沢だぞぅ。
北山海斗には兄にゴミを見る視線を向ける弟はいたが、年上の兄弟いなかった。ならばここはいっちょ兄孝行といこうぞ。
「……兄さん」
「カイト!怪我はないか?」
「ぐ……それが、お腹が……」
「お腹?お腹がどうしたんだ!?」
俺の疑似餌に全力で食いつく兄、カイル・スタビノア。呼び掛ける声と扉を叩く勢いがどんどん増していく。
それに伴って俺の心もほっこりする。
いいねいいね、心暖まるこの感じ。どうやらカイルは本気で俺っつーかカイトを心配してくれてるようだ。
もう少し盛り上げたいところだが、これ以上はカイルのストレスと扉の寿命がヤバイので素直にご対面といこう。
「兄さん、お腹が……」
「くそ、すまないカイト。この扉を破るぞ!」
それはアカン!
マジで蹴破る五秒前まで切羽詰まる兄を尻目に、俺は普通に扉を開けた。
「お腹が減りました」
さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返り、俺とカイル兄さんの間に舞い降りる沈黙。
カイルはイケメンフェイスをぽかんとさせながら、まるで幽霊でも見たかのような視線を俺に向ける。
向こうではゴミ、こっちでは幽霊扱いとは。
「兄さん、お腹が減りました」
未だに兄さんが回復しないので、意味も無く迫真顔で同じ言葉を繰り返す。
やがて事態を理解したのか、目尻に涙を溜めた笑顔を俺に向ける。
引きこもっていたなら言いたいことも聞きたいことも積もり積もっているだろうに、それでもカイルはこう言って弟を迎え入れた。
「じゃあ朝食にしよう!カイトの好物も用意してあるぞっ!」
それを見てこう思う。
やだ、俺の兄貴超イケメン!