18話
レジェンド葛西、銀メダルおめでとう!
どうしてこうなった。
後悔の言葉が何度も頭を過る中、今にも膝をつきそうな体を叱咤してなんとか前を見据える。
黒い山。
そう表現するしかないほど巨大な体躯。両翼を開いた全長となればどれくらいの大きさなのか考えたくもない。
唯一の救いは相手も俺と大差ないレベルでボロボロだということくらいだ。共に満身創痍である。
この世界を甘く見ていた。
突如手にした力に慢心していた。
早い話が油断していた。
ドラゴン。
あらゆる創作物の中で最強、もしくは最上位に君臨する絶対的強者。それが今、俺の目の前に立ちはだかっている。
ああ、こんなことならフィオナ学園長の忠告をもっと真面目に聞いとくんだったな。
突如として王都近隣を襲来したドラゴン。その初撃を辛くも凌いで一時的に追い返したまでは良かった。
その話を耳に挟んだ俺は好奇心に負けてドラゴン見たさに有志を含めた討伐騎士団へ立候補した。せっかくなら強くて格好いいヤツに会いたいなー、とかそんなことを思いながらドラゴンの元へ向かう。
そしてその姿を目にして舐めた考えは一気に吹き飛ばされた。
存在自体からして格が違うと嫌でも理解させられる圧倒的な威圧感。咆哮だけでアップデートで強化した俺の精神ですら揺らぐ。
ドラゴンを相手にそれは致命的な隙だった。
放たれたブレス。まともに反応し防御に徹することができたのは俺を含めてわずか数人だけだった。
その一撃で騎士団は壊滅。
必死になって敗走する兵の殿を務めている内に取り残され、興奮状態のドラゴンを放置するのは危険と判断した俺はここで食い止めることにした。
正義感だけじゃない。自分の力を試したいという思いもあったし、ドラゴンでも倒せるだろうという傲りもあった。
千年竜。
竜種の中でも最長の長寿を誇り、文字通り千年の時を生きるドラゴン。死の直前まで成長を続けると言われ、過去に確認されている最大級の千年竜は体高だけで五百メートルに達する個体もいるなどまさに超弩級の怪物。
目の前のコイツは千年竜としては平均サイズだろう。
しかし年の頃は六百歳前後と見られ、戦闘能力でいえば最盛期だ。俺が窮地に立たされるほどには強い。
それを如実に物語るのが俺と千年竜の戦いの余波で既に焦土と化したさら地だ。これでも数時間前までは岩肌の目立つ山岳地帯だった場所である。
結局のところ、俺は人間だった。
いくら神様から最高の才能を与えられていようとも、肉体の強さや種族としての地力には埋めがたい差が存在している。そこを読み違えた――いや、軽視した結果がこの不様だ。
「ほんと、笑うしかねぇわ……」
自分で自分を笑ってしまうほど愚かしい。救いようのないバカだ。
むこうの世界でもこっちの世界でも、俺はダメな人間らしい。
だが、そんな俺にもまだできることは残されている。
フィオナ学園長の話ではドラゴンの習性上、そう時間を置かずに千年竜は再び王都を襲う可能性が高いのだという。だからコイツはここで、俺が倒さなきゃいけない。
たとえ自分の命を犠牲にしたとしても。
「歓べよデカブツ。お前は必殺技の生け贄第一号だ」
誰にでもなく、強いて言うなら目の前の千年竜へ対する意味のない虚勢。
なにせこれから放つのは必殺には違いないが技とも呼べないお粗末な魔法だ。そしてそれが今の俺にできる最大の攻撃。
俺の体内に存在する膨大な魔力。その全てを循環させ、俺の肉体と精神を完全に魔力と同化させる。
魔力とその根源となる精神、それらの器となる肉体。三つの要素を渾然一体として、己を魔力そのものへと昇華する。自我という指向性を得た魔力を一点に集束させた破壊の奔流。
その名も
「終末魔法――『イド』」
高速で回転し凝縮された魔力が弾ける。刹那より短い時間で周囲数十キロの範囲を魔力が飲み込んだ。
意識と肉体と魔力。それらの境目は消え去り、魔力に覆われた範囲すべてに俺の意識が点在する。
破壊の意思に支配された空間で、千年竜は成す術なく押し潰され消滅した。
その最後を知覚して融け合っていた意識と肉体が霧散していく。
俺そのものとなった魔力が一層の輝きを増し、世界は白く染め上げられた。
ああ、命が、終わる――。
まず最初に目に入ったのはベッドの天蓋。これじゃ「知らない天井だ」ができないじゃないか!と嘆いたのも今は昔。
正確には四日前の話だが。
まあそんなことはどうでもいい。
自分が置かれた状況を正しく把握した俺は今にふさわしい言葉を呟いた。
「夢落ちですね、分かります」
これがいっぱしの主人公ならシリアス展開のフラグだろう。だが俺のようななんちゃって主人公にはそんなものは立ったりしない。
少なくとも千年竜相手に苦戦することはないと言える。
「夢の中のお前はラスボス級だったのになぁ」
ベッドのサイドテーブルに置かれたクッションの上で丸まって眠っていた千年竜の首根っこを掴んで視線の高さまでつまみ上げる。
「キュ~……」
快眠を邪魔されたからか不満げな声で唸る千年竜。
ああ、初めて出逢った時の凛々しく勇ましく猛々しい姿は何処へいってしまったのか。
事の起こりは二日前。
フィオナ学園長から直々に合格を言い渡された翌日、俺は王都にあるスタビノア家の別邸で暇をあかしていた。
既に勉強をする必要はなく、本邸と比べて手狭な屋敷内では魔法の練習も行えない。娯楽が少ないこの世界だとあとは読書くらいしか手頃な暇潰しの手段しかなく、仕方なしに屋敷内の本をパラパラと捲っていた。
その時カイトに電流走る!
冗談抜きでそれくらいの衝撃が俺を襲った。
だってこの世界にはドラゴンが実在するって分かったんだから興奮しないわけがない。
つまり俺がこう考えたのも必然だったのである。
そうだ、ドラゴンに会いに行こう、と。
そこからの俺は早かった。
いつの間にか別邸へ派遣されていたメリッサちゃんにちょっと近所の本屋を見てくると告げた俺は、人気の無い裏通りで転移魔法を発動した。
目指すは「格好いいドラゴンがいる場所」。
そう念じて転移した先にいたのが今は俺に摘ままれて成すがままになっている千年竜だった。
無論、最初からこんな愛玩動物サイズだったわけじゃない。そらもう生物とは思えないデカさだった。『アップデート』を使ってなかったらその姿を目にした瞬間気絶、最悪ショック死してた自信がある。
とにかくそれだけ巨大な千年竜はいきなり姿を現した俺に警戒して臨戦態勢。「ちょ、おま……」とすら言う間もなく戦闘が開始された。
その結果は開始七秒、俺のKO勝ち。
出会い頭の攻撃を回避した俺はとりあえず基礎魔法の『フリージング』を放った。主にナマモノを長期保存する際に使われる、生活には欠かせない魔法だ。
無情にもそんな一撃で千年竜は瀕死状態となった。きっとタイプ的に効果は抜群だったんだろう。
ドラゴンとはいえ爬虫類の壁は破れないのかもしれない。
しかし基礎魔法で息も絶え絶えなドラゴンはかなり憐れみを誘う。フィクションにしか存在しないはずのドラゴンという種族に憧れを持つ俺としてもそんな弱々しい姿は見たくなかった。
かといって普通に回復させると再び襲われる可能性がある。
それを回避するために俺は『キュア』を使いながら別の魔法を発動させた。言うならば浴びせると物が小さくなる光。
あれだ、『スモールレイ』とでもしておいてくれ。オリジナルなのにオリジナルじゃない、そんな感じの魔法だ。
ともかく『キュア』と『スモールレイ』の合わせ技で完成したのがこの小さな千年竜である。
ずいぶん小ぢんまりしてしまった千年竜がモンスター蔓延る世界で生き延びることができるのか。そんな不安に駆られた俺は仕方なしに連れて帰ることにしたのだった。
ペットとしてちょうどいい大きさになっていたことだし。
「トーリの合否を聞きに行くついでに散歩でもするか?」
「キュー!」
俺の言葉を理解しているかのように元気に鳴く千年竜……って飼うなら名前つけなきゃな。これから寝食を共にするんだからいつまでも千年竜やドラゴンと呼ぶわけにはいかん。
どんな名前が良いかと思案しながら頭上で旋回する小さな竜を連れて屋敷を出る。
出掛ける旨を伝えた使用人は困惑の表情で俺の頭上を見ていたが。もしかしてドラゴンって室内に入れちゃダメなんだろうか?
カイトの知識にドラゴンに関する深い知識はない。この辺も含めてトーリに相談してみよう。
トーリが宿泊していると言っていた宿屋は学院の程近くの場所にある。屋敷から徒歩で向かうにはキツい距離だ。
まあ大した問題じゃないけどね。
未だに飛び回っている千年竜を捕まえて抱き抱える。
「あ」
っと言う間に目的地へ到着。散歩?言葉のあやだよ。
だいたいコイツ歩かねぇし。羽あるから。
そんな言い訳をしつつ木製の扉を押して宿屋へ入る。ロビーにトーリの姿は確認できず、カウンターの女将さんらしき女性に声をかける。
「こんにちは」
「はい、いらっしゃ……」
女将さんの笑顔が凍る。視線は俺の胸に抱かれる千年竜に釘付けだ。
まあ確かにキュートな見た目してるからな。女性受けはいいのかもしれん。
「それ、ドラゴンかい?」
「ええ、そうですよ。可愛いでしょう?」
「可愛いというか……いや、何でもないよ。あんた魔獣使い《テイマー》かい?幼体とはいえドラゴンを使役するなんて若いのに大したもんだね」
魔獣使い《テイマー》でもなければ幼体でもないけど。ああ、魔獣使い《テイマー》というのは読んで字の如くだ。
否定するのも面倒なのでスルーしよう。
「まだまだですよ、僕もこの子も。ところでここにトーリ・ブリッジスという少年が宿泊していませんか?緑がかった髪に丸い眼鏡をかけた小柄な少年なんですけど」
「ああ、いるね。お友達かい?」
「ええ。カイトが来たと伝えてもらえば分かると思います」
「ちょっとお待ち」
女将さんが伝声管らしきものを使ってトーリの部屋へ声をかける。
「もしもしトーリ君、今部屋にいるかい?」
『あ、はい。どうかしましたか?』
「受付にお友達が来てるよ。カイト君だってさ」
『ええっ、カイト君が!?』
伝声管がぐわんぐわんと震える。そういや約束取り付けてたわけじゃなかったな。
それにしたって驚きすぎだと思うけど。
「伝声管の番号が部屋の番号ですか?」
「そうだよ。トーリ君のいる十三号室は二階の右手奥さ」
「どうも」
女将さんにお礼を伝えてトーリの部屋へ向かう。
言われた通り階段を登った右手奥、十三のナンバープレートが取り付けられた扉をノックする。
「やあトーリ、失礼するよ」
「か、カイトく……うわあっ!」
ドンガラガッシャーン、みたいな古典的な転倒音が部屋の中から聞こえてきた。
「大丈夫かい?」
扉を開けて無事を確認。
転んだ拍子に色々ぶちまけたのか、トーリの周囲に物が乱雑としている。
「あはは、へーきへーき。少し慌てちゃって……ってドラゴンっ!?ひゃわっ!」
ちょうど顔を上げた位置で俺の胸に抱かれた千年竜と目が合い、その存在を認識したトーリが今度は後ろにひっくり返る。
コミカルな動きを見ているとつくづく思う。
これだけのドジっ子属性を持ちながら、どうしてトーリは男なのか、と。
投稿の間隔が空いてしまって申し訳ありません。
プロ野球のキャンプ情報追っかけてると時間が……。