17話
俺が好きなヒロインの三大属性は
1ツンデレ
2クーデレ
3ロリババア
結論から言うと俺は見事実技試験をクリアした。それも二次、三次試験をパスした上、その場で合格を告げられて、である。
本来ならば二次で防御魔法の試験を行う予定だったらしいのだが、俺が咄嗟に展開した初級魔法のシールドを見ていたミュラー先生が試験をするまでもないと口添えしてくれたおかげだ。
三次試験では自分が最も得意とする魔法を行使してその威力や効力の高さを図るというものだったがこれも以下同文。ミュラー先生が顔を青ざめさせて「基礎魔法であの有り様だというのに初級魔法など使わせられるか」と呟いていたのが印象的だった。
すんません、わざとじゃないんです。
ただまあ無条件で合格となったわけでもない。
試験をパスする代わりに面接試験が課せられたのだ。なぜだろう?
もしやあの一撃で危険人物としてマークされちゃったとか?
まあいい、そんなものは些細なことだ。今俺にとって何より重要なのは――
「ちょっと、聞いてるの?スタビノア君」
ウィンザストン魔法学院の制服を身に纏った美少女を心行くまで眺めることだ!
制服フェチの俺が求めて止まない芸術作品を、テレビ画面越しでも見たこと無いような美少女が身に付けているその姿はまさしく理想の体現。ただでさえポイント高いのにトドメのニーソックス+絶対領域とか俺の理性が崩壊寸前まで追い込まれている。
っていうか『アップデート』で精神力を強化してなかったら今頃狂喜乱舞の真っ最中だっただろう。
北山海斗ならそれで構わないんだけど、カイト・スタビノアにそんな醜態は許されないからな。これが貴族の義務ってやつか。
「もちろん聞いていますよ」
言葉ばかりのおざなりな返答をしつつ視線は常にイングリット・ランカスターという名らしい少女から外さない。
面接の準備が整うまでの間、その一挙手一投足を目に焼き付けている。
「まあまあイング嬢、彼も反省しているようだしこれくらいにしておこう」
「そうよ、カイト君が可哀想だわ」
イングリットの両脇に控えていた男女がお説教を止めようとしてくれるが彼女には逆効果だった。
「お二人は半壊した闘技場を目にしていないからそんな甘いことを言えるんです!」
ついには怒りの矛先が先輩二人にまで向いた。ふむ、ローブを羽織ったままだと後ろ姿はブレザーもスカートも見えないな。
後ろから楽しむ場合はニーソックスではなく生足か、思いきってローブを脱いだ方がいい。実際女性の先輩はさっきまでローブを羽織っていなかったし、着崩した制服によってエロさが増していてなかなかグッドだった。まあ速攻でイングリットに矯正されたんだけど。
「とは言われてもね。確かにすごい衝撃と音はしたけど俺達が見たのはいつもと変わらない闘技場だし、イング嬢やミュラー先生が口を揃えても……」
「にわかには信じられないのよねぇ」
先輩二人は半信半疑といった様子で俺を訝しんでいる。後輩の言い分は信じたいが、内容があまりにも突拍子すぎるということか。
「むぅう……何とかしなさい、スタビノア君!」
そしてイングリットは彼等の態度に納得がいかず、ついにはこんな無茶を仰る。
「僕としては信じていただかない方が都合良く進むような気がするんですけどね」
「そりゃそうだ」
男の先輩が苦笑を浮かべる。言い忘れていたがこやつもイケメンだ。
ああ、世界中のイケメンが憎い。ただしカイルは除く。
「セドリック先輩、騙されないでください。スタビノア君のような危険因子の入学を簡単に認めては院生騎士の名折れです!」
「ちょっとイングリットちゃん、本人の前でその言い方は……」
「心配要りません。そういった類いの扱いは慣れていますから」
今度は俺が苦笑いする番だった。
北山海斗の人生、カイト・スタビノアの記憶。
そのどちらもが他者から馬鹿にされ蔑まれ諦められ期待されることすらなかった、合計三十二年の歳月。今さら危険因子とか言われても思うことは「間違ってねぇんだよなぁ」くらいのもんである。
そんな極めて軽い感じで口にした台詞によって、何故だか場の空気が重くなった。えっ、意味が分からん。
まあ俺のせいということくらいは理解できるので、責任を持って空気を変えることにした。
「そうだ、試しに何か魔法を使ってみせましょうか?皆さんを驚かせるとっておきの魔法がありますよ」
「……攻撃魔法はダメよ?」
「承知しています」
イングリットが釘を刺してくるが、そんなことするほど俺もアホじゃない。
そしてこの魔法はトーリによってまあ手品レベルの驚きくらい取れるかな、という手応えを掴んだ一発だ。きっとイングリット達もビックリしてくれるだろう。
「では僕の両手にご注目ください。行きますよ?三、二、一……0」
瞬間、音もなく現れたのはもはやお馴染み、ストロー付の紙コップが四つ。中身は刺激物を避けてバニラシェイクを用意した。
これでも飲んで和やかにいこうじゃないの。
「「「……」」」
そんな俺の思惑とは裏腹に三人は言葉を失って目を向いていた。確かに驚かそうとはしたけどこれはリアクション大きすぎじゃね?
もっとこう和気藹々とした盛り上がりを期待したのに、若干引かれてるじゃないか……。
「失礼致します。スタビノア様、お待たせしました……如何なさいましたか?」
制服姿ではない三十代前半と思われる女性が入室し、室内のおかしな空気を察知して首を傾げた。
さすが秘書っぽい雰囲気を醸し出しているだけはあるな。空気が読める。
「いえ、特に大したことではありませんよ。ああ、これどうぞ」
「は、はあ……ありがとうございます」
「皆さんもどうぞ。美味しいですよ?」
秘書子さんと三人にバニラシェイクを手渡す。ここは華麗に撤退だぜ。
「では行きましょう」
そそくさと控えていた教室から飛び出す。少し遅れて秘書子さんも出てきた。
「それでこれから何処へ?」
「ご案内致します」
「お願いします……それ、邪魔でした?」
「いえ」
即答してくれたけど本当だろうか。しかしキリッとしたキャリアウーマンの片手にバニラシェイクは似合わねぇな。
こういう人にはやっぱス○バだろ、○タバ。
一番秘書っぽい飲み物ってなんだろうと下らないことを考えながら学院の廊下を闊歩する。
やがて中でもやたら重厚感のある前で秘書子さんの足が止まった。ここか。
コンコンコン、と三度のノック。
「学園長、スタビノア様をお連れしました」
「どうぞ~」
軽いっ!
扉越しからの返答は学園長という肩書きにそぐわない軽さだった。
「失礼致します」
「……失礼します」
秘書子さんに付いて学園長室に踏み入る。さほど広くはないが真っ赤な絨毯にきらびやかなシャンデリアとかセレブ感ハンパないな。
「やあ、君が闘技場をぶっ壊したっていう受験生?基礎魔法の『エアーボール』でどうやって?しかも大規模な破壊痕を『リカバリー』で完璧に直したって聞いたよ?というかスタビノアってあのスタビノア侯爵家の子だよねっ?」
質問攻めがウザい。っていうか
「……子ども?」
見た目十歳くらい、膝下まで伸ばした藤色の髪に真っ白で大きなリボンが特徴的な少女が無邪気な笑顔で俺を待ち構えていた。
「あはっ!フィオナはこんなナリだけどもう二百年は生きてる精霊族だよ!」
「それは失礼致しました。何分精霊族の方とお会いしたのは初めてなものでして」
なるほど、これがロリババアってやつか。まさか実在するとはな。
「おやおや?初めてという割には反応が薄いね?精霊族といえば稀少種として有名なんだけど?」
そうなの?
カイトの記憶にある知識って魔法に極振りされてるから、結構分からないことあるんだよなぁ。絶対に報われない分野にポイント極振りとかアイツの人生ドMプレイにも程がある。
「これでも驚いていますよ。ですがあまり顔に出しても失礼でしょう?」
「まあねっ!さっき“子ども?”って言われたときには思わずぶん殴りそうになっちゃった!わたしの細腕でそんなことしたら折れちゃうけど!」
殴ったら折れるのか、折れるほど殴るのか。どちらにしろバイオレンスな怒り方をするババアである。
「それくらいか弱い方が男としては護り甲斐がありますよ」
「君はお世辞が上手いねっ!それともわたし口説かれちゃってる?」
「そうしたい所ですが残念なことに教育者と生徒という立場なので積極的な肯定はできかねます」
割とマジで。
さすがにリアルロリに手を出す気はないけど合法ロリなら話は別だ。まあそもそもこの世界に児ポ法があるかは知らんが。
「あははっ!うんうん、君は面白いなぁ。曖昧に誤魔化さず正直なのは好感が持てるよ!だから合格にしてあげるねっ!」
……ん?
「僕の聞き間違いでなければ今“合格”と仰られましたか?」
「うん、そうだよ!あっ、生徒になったからって遠慮しなくていいからねっ?わたしは独身だから気兼ねなく口説いていいんだよ?」
「いえ、重要なのはそこではなくて……まあいいか」
「い、いいんですか?」
秘書子さんが驚いているが合格なら概ね問題はない。
合格の判断基準はなんだとか二百歳で独身は寂しくないですかとかそんな疑問は無視だ。
「ありがとうございます、フィオナ学園長」
「善きかな善きかな!君の学院生活に幸多からんことを、ってねっ!」
「今日学園長と出逢えたのですからこれ以上ないほど幸先のよいスタートになりましたよ」
「やーん!胸がきゅんきゅんしちゃうー!」
胸を押さえていやんいやんと体をくねらせる二百歳の独身女。これロリババアじゃなかったら放送事故レベルの光景だよなぁ。
テンション高まる見た目幼女を俺は生暖かい眼差しで見守るのだった。
side キャサリン・ラザフォード(秘書子)
「学園長、良かったのですか?」
「なにがー?」
「スタビノア様のことです。ろくに質疑すらせずに……」
「だって彼スタビノア侯爵家の息子でしょおー?魔法実技でぶっちぎりの成績なら合格させないわけにはいかないよー。おまけに筆記試験でも上位だったみたいだし?」
スタビノア様の試験成績が記された書類を指でつまんでピラピラさせながら楽しげに笑うフィオナ様。
賢人とさえ呼ばれる彼女のことだから考え無しということはない筈だ。
「まあ彼が侯爵家の息子だとか試験トップだからとか、そんなものは建て前なんだよねっ!他の学院、他国への流出なんてことになったらウィンザストン魔法学院、引いてはこの国にとって多大な損害を招く危険性があるよ?」
「それ程までですか?」
「キャサリンも知ってるでしょー?精霊族は魔力関知に関して他種族に比肩する存在はいないって言われてること」
まあその分弱っちいんだけどねっ!とおどけながら、次の瞬間には珍しく真剣な顔つきで彼女は語る。
「そのわたしが二百年という歳月の中で見たことないほどの魔力量。伝説級の魔獣でも、真竜でも及ばないと感じさせる圧倒的な力。彼が本気になれば国と、大陸と、世界と戦争しても勝てる。それほどの潜在魔力を秘めているの」
声に温度があれば氷点下だろうフィオナ様の語り口に思わず唾を飲む。
世界と戦争しても勝てる?とても信じられるような話ではない。
でももしそれが本当ならば、個人で世界を相手取れるとしたならば、果たしてあの少年を――人間と呼べるのだろうか?
「ところでところで、キャサリンが持ってるのは何かな?」
「え?ああ、これはスタビノア様に頂いた飲み物?らしいのですが……」
「へー!彼がくれたんだ?わたしにもちょーだい!」
「ど、どうぞ」
受け取った時には冷えていたそれは既に温くなってしまっている。それを知るよしもないフィオナ様はストローに口をつけて勢いよく吸い込んだ。
そういえばよく冷えていましたがどこから取り出したのでしょうか?
「美味しー!何コレ!?あっまーい!」
歓声を上げながらバニラシェイクというものに舌鼓を打つフィオナ様。舌が肥えている彼女がここまで喜ぶことは滅多にない。
そんなに美味しいのでしょうか?
「彼にお願いしたらコレ飲ませてくれるかなー?」
楽しげに笑うフィオナ様。その姿は年相応の少女のように純真無垢。
そんな彼女を見て思う。
フィオナ様がいれば彼がどのような人物であれこの学院は安泰なのでしょう、と。
例え容姿は幼くとも、そう迷い無く確信させてくれる安心感がフィオナ様にはあった。