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16話



side トーリ・ブリッジス



 ボクが彼と出会ったのはウィンザストン魔法学院の編入試験、その当日だった。


 魔法実技が苦手なボクは筆記試験で得点を稼ごうと考え、時間ギリギリまで知識を詰め込むために魔法書を読み耽りながら歩いていた。

 当然そんなことをしていれば前が見えるわけもない。

 学院の敷地内に入って程なく、ボクは何かにぶつかって尻餅をついた。その拍子に魔法書を辺りに散らかしてしまう。


「あわわわわ」


 緊張のあまり謝罪するのも忘れて散らかった魔法書を拾い集める。

 今から思えばとんでもなく失礼な行為に恥じ入ってしまう。もしぶつかったのが彼以外の貴族だったらと考えると背筋が凍る思いだ。


 そんなボクに対してもカイト君は膝を折って一緒に拾い集めるのを手伝ってくれる。

 遅ればせながらそこでようやくボクはカイト君の存在に気が付いた。


「す、すみません!ありがとうございます」


「僕の方こそ済まなかった。怪我はないかい?」


「大丈夫ですっ」


 向けられた相手を落ち着かせるような笑みを浮かべる、まるで陽射しみたいな温かさを持った人。それがボクが抱いたカイト君への第一印象だった。


「重ね重ね済まない。こんなところで呆けていては邪魔でしかなかった」


「いえ、ボクも前を見てなかったから……!」


「ならこの件はお相子ということでいいかな?」


「は、はい」


「じゃあ一件落着、ということで会場に向かおう。まだ時間に余裕はあるけど早く着くに越したことはないからね」


 カイト君の言葉に一瞬きょとんとしてしまう。大人の余裕といえばいいのか貴族の風格といえばいいのか。この時はごく自然に彼を学院の先輩だと勘違いしてしまっていた。

 まあ受験資格を満たしているだけなら同じ試験を受けるにしても年上ということは考えられるんだけど。


 カイト君が同い年なのか年上なのか分からないまま、その場の流れで一緒に試験会場へと向かう。今度は礼を逸しないために自分から名前を名乗った。


「あの、ボクはトーリ・ブリッジスって言います。アックスフォード魔法学校から来ました」


「アックスフォードか。結構遠くから来たんだね」


「ボク、将来は魔法薬師エイワーズになりたいんです。だけど魔法薬科があるのはこの辺だとここだけだから」


 魔力量が少なく治癒師キュアーの素質に欠けているボクが、それでも父の後を継ぐために選んだ道が魔法薬師エイワーズだ。

 治癒師キュアーならまだしも魔法薬師エイワーズともなると男性の比率はグッと下がる。それが原因でアックスフォードでは女々しいと笑われたこともあった。


 そんなボクの夢をカイト君は自然体で受け止めてくれる。

 当たり前とも言えるその態度がボクにとっては喜ばしいことだった。その喜びは次の一言で吹き飛ばされたんだけど。


「おっと、名乗るのが遅れてしまったね。僕はカイト・スタビノア。以前はここの高校に通っていたけど一度辞めてしまったから外部進学組として再入試さ」


「うん、よろしくね!スタビノア……君」


「カイトで構わないよ。どうかしたかい?」


 その名を耳にし、自分の口から発し、全てを理解してボクの時間は止まった。文字通り体も、そして思考も。

 スタビノア?それってまさかスタビノア家?王国でも有数の大貴族と言われるあの!?

 ボクの心の中は暴風吹き荒ぶ大恐慌に陥っていた。そんな状態でも確認だけはしっかり取った自分を褒めてほしい。


「えっと、もしかしてスタビノアってあのスタビノア侯爵家の……?」


「ああ、ウラジミール・スタビノアは僕の実父だよ」


 その結果は予想通りだった。目の前にいる人間の大きさに目眩がする。


「ごごごごめんなさい!侯爵家の方とは知らず無礼な態度を……」


「気にしなくていいよ。僕自身は何も偉い人間じゃないんだし」


「でもボクは貴族でもないですし、しがない町医者の倅で……」


「貴族であるかないかなんて関係ないさ。町医者の倅、大いに結構じゃないか。トーリのお父さんは沢山の人達の怪我や病気を治してきたんだろう?

 それは素晴らしいことだ。その後を継ごうというトーリの意志もね」


 ああ、この人は本当に貴族なんだとそれを理解できる言葉だった。

 自分は偉い人間じゃないなんて謙遜していたけれど、ただの平民にこれほど思いやりのある言葉をかけられる貴族がこの国にいったいどれ程いるだろうか。


 彼は真の意味での貴族に違いない。

 だって言葉一つで迷うこともあったボクの在り方を肯定し、それだけでボクの心を救ってくれたのだから。


「スタビノア君……」


「カイトでいいさ」


「……カイト、君」


「さあ、行こうよトーリ。今日は君が夢へ向けて漕ぎ出す記念すべき日だ」


「うん!」


 確かに今日、この日はボクにとって生涯忘れ得ぬ一日になった。

 それはなんといってもカイト君との出会い。


 この日だけで彼について語ることは山ほどある。コロコロ鉛筆というマジックアイテムに、魔法陣を用いることもなく行われた転移魔法。

 そしてカイト君のとんでもなさを最も象徴する魔法の実技試験。


 いつ思い返しても信じられないけれど。

 ボクはこの日、歴史に名を残す偉大な人物と友達になった。







side エドワード・ミュラー



 出来心とでも言えばいいのか、気まぐれとでも言うべきなのか。ああ、気の迷いというのが一番しっくりくるな。

 つまり俺はそんな軽い気持ちでカイト・スタビノアに二千点という馬鹿げた合格基準を吹っ掛けた。まあ結果的に馬鹿を見たのは俺の方だったんだが。


「で、どうする?特別基準でやってみるか?クリアしたら成績に色を付けてやるぞ」


 基礎魔法コモンマジックで二千点。魔法学校を卒業したばかりの生徒には到底無理な点数だ。

 先ほど千点を越えた生徒がいたが、あれでも数年に一人の有望株というレベルである。


 だと言うのに――


「そのような利益供与は必要ありませんが、一つだけ約束をしていただきたいことがあります。それさえ了承していただければ二千点基準でも問題はありません」


 全く問題ないと断じるようにカイトは答えた。

 世間知らずか、大貴族故の過剰な自信か。果てはアルセナ結晶を破壊するなどと口にする始末。

 これで不合格になれば後から文句を付けてくることも考えられるが、伝え聞くスタビノア侯爵の人柄を踏まえればそんな不様を許容するような人物ではないだろう。

 たとえ実の息子であっても。


 身をもって世の厳しさを知るといい、カイト・スタビノア。

 俺はそんな、ある種見下したような心持ちでカイトの実技試験を開始した。

 あの瞬間が訪れるまでは。


「ああ、それと僕の後ろからご覧になっていただけませんか?その位置では危険かと思いますので」


 ふと、アルセナ結晶の隣に立っていた俺に向かってそんなことを言い出した。

 使用魔法が基礎魔法コモンマジックのみであればさしたる危険はないというのに……。


「問題ない。お前が何を危惧しているか分からんが基礎魔法コモンマジック如きで――」


「僕は人を殺めたくはないのですよ」


 今までと変わらない声。

 にも関わらずこれまで存在しなかった圧力を感じさせる。

 発言の真意も急に感じた圧力の謎も理解できない。

 それでもわずかばかり背中に冷たい汗が流れたのを知覚してカイトの後ろへと回り込んだ。


「これでいいのか?」


「ありがとうございます。これだけの距離が空いていれば大した影響は出ないでしょう」


 影響?コイツは何を言ってるんだ?

 カイトが不可解な言動を繰り返す。それは俺とカイトの認識の違いに起因していたことを、この時の俺が知るよしもなかった。


 力押しでアルセナ結晶の破壊は不可能。それはある程度魔法に熟達した者なら誰でも当然だと分かりきっている――否、思い込んでいる事実だった。


 対してカイトにとってアルセナ結晶はいとも容易く破壊が可能な、その辺に転がっている石と大差などない鉱物だったのである。

 その齟齬が不可解さを生んだのだ。


「では行きます」


 そんな言葉と共に練り上げられていく魔力。

 それは俺の常識からはかけ離れた、本能が畏怖や恐怖を訴える、圧倒的という表現さえ生温い魔力の根源だった。


「な、何だコレは……!」


 俺の驚愕に答える者などいない。皆が皆、目の前で起きている現象を現実として受け入れることができていなかったのだから。

 だが、カイトの魔法はこんな程度では済まなかった。ここからさらに魔力が跳ね上がる。


 そして言葉を失った俺など一顧だにせず放たれた魔力の奔流。

 閃光、衝撃、轟音。

 理解が追い付いたのはそのくらいのものだ。それすらカイトがこの場の全員をカバーできるほど巨大な『シールド』を展開していなければ、認識することも叶わなかっただろう。


 轟音で満足に機能を発揮しない聴覚、足元から伝わる今にも大地が砕けそうな地響き、そして障壁の一枚向こうでは世界がカイトの魔力に戦くように震えている。

 シールドに守られていても、守られているからこそ明確に感じ取れるでたらめなその威力。


 衝撃と轟音が収まるまで時間にすれば数十秒。しかし体感では数時間にさえ思える長く永い一時。

 魔獣から身を隠す幼子のように体を丸めてただひたすらに耐え、そしてようやく世界に静寂が戻る。


 聴覚がまともに働かない現状、それが静寂なのか何も聞こえていないだけなのかは判別できないのだが、ともかく脅威が去ったらしいことは頭の片隅で薄ぼんやり把握した。


 だが誰も、何も、言葉を発しない。

 目の前で繰り広げられた光景は一体なんだ?あれは基礎魔法コモンマジックと呼べるのか?

 アルセナ結晶は砕け散り、半壊した闘技場は果たして現実の出来事なのか?


 意味が分からない。理解できない。

 気が付けばカイトの魔力に当てられたのか体は小刻みに震えていた。絶対的強者への畏怖を体に覚え込まされたかのように。


 どれ程の時間呆然と立ち尽くしていたのだろうか。カイトがゆっくりと踵を返して俺の顔を真正面から捉える。

 この場を完全に支配したカイトは、世界を蹂躙するかのような力を見せつけた少年は、しかし相も変わらず軽やかな口調で俺に尋ねる。


「この結果を踏まえて僕の合否は如何なさいます?」


 場違いにすら思えるほどの質問。

 だが、問われて思い出す。これが編入試験の一部だったことに。

 しかし正常な判断力を取り戻せたわけでもなく、咄嗟に合否を答えることはできなかった。


「いや、結果というか……」


 返答に窮する俺へ、カイトは明確な事実を告げた。


「二千点、越えていますよね?」


 その笑顔にぐうの音も出なかった。

 結果だけ見ればそうだがこの惨状をどうする気だ、と責任を追及することもできない。何が起きても不問とする言質を、試験開始の前に取られているのだから。


 つまりこれらは全てカイト・スタビノアにとって予定調和の出来事。

 ならば俺にできることなど、精々が大人しく全責任を被ることくらいだろう。


 放心した俺に悪魔の誘いを断る気力は存在しなかった。アルセナ結晶や闘技場を修繕できるという言葉の真偽を確かめることすらどうでもいいと思考を放棄してしまう。


「……カイト・スタビノア。合格だ」


 何もかも投げ出したような気分で俺はそれだけを口にするのだった。




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