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14話



「うぅ、胃がムカムカする……」


「無理をして全部食べる必要はなかったのに」


「貴族様のもてなしを無下にするわけにはいかないよ」


「気にしなくてもいいんだけどね」


 なんちゃって貴族だし、ファーストフードだし。まあ食料をムダにしないという心意気は買うけど。


 筆記試験が行われた教室から場所を移して、今俺達が肩を並べて立っているのは屋外の闘技場。実技試験が行われる石造りの四角いリングの上だ。

 全方位観客席によって囲まれている。まるでコロッセオ。

 そんな物々しいリング上には受験生が三列で横並びになり、その眼前ではいかにも魔法使いらしいローブの男が名前を読み上げて出席確認を行っている。


 すでに名前を呼ばれている俺とトーリは声を潜めてついさっきの昼食について言葉を交わしていた。

 しかしどうもこの世界の人間にとって現代日本のハンバーガーの味付けは濃すぎたようだった。確かにこっちの食事は全体的に薄味なんだよなぁ。


「でもコーラって言うんだっけ?あれはすごく刺激的だけどクセになりそうだよ」


「お気に召したようで何よりさ。僕はハンバーガーとコーラの組み合わせが何よりも好きでね」


 最初の一口では吹き出しそうなほどむせ込んでいたが、コーラの魅力は文字通り世界を越えるようだ。せっかくならハンバーガーやコーラを普及させられないものかな。


「ローラン・アルトネン」


「はい!」


「……うむ、欠員無しだな。以上四十八名、これより魔法の実技試験を行う。名前を呼ばれた者は前に出ろ。それ以外は客席にて待機だ」


 試験官の言葉に受験生達が「はい!」と声を揃える。三階席まである観客席からの反響も相まってとてもうるさい。


「アーニー・シリング、前へ」


「は、はいっ!」


 栗色の髪のひょろっちい少年が試験官に従う。俺達はさっさと移動するとしよう。

 その間にリング脇から三メートル四方ほどの立方体の半透明な水晶がふよふよ浮かびながら運ばれてきた。


 あれ魔法だよな。単位的にはどう考えてもトンは下らないだろうに、試験官は顔色一つ変えずに立方体の岩をリング中央に下ろした。

 俺を除く受験生達からは感嘆のため息が漏れる。


「あれだけの重量を軽々……」


「伊達にここの教師を務めているわけじゃないということだね」


 余裕ありげにそんな台詞を返すが、周りの反応からしてやっぱ重量のある物体を浮かべるにはそれなりの魔力や技量が必要のようだ。


「ちなみにだけどあの人が何人いれば山を浮かび上がらせることができると思う?」


「山?」


 俺のおかしな質問に首を傾げるトーリ。遠方の出身だけあってこの辺りの情報には疎いようだ。

 といってもクラード山浮遊事件を知っているのはスタビノア領民を除けば各領地や王都の上層部と有力者、それから荷馬車商人くらいのものらしい。今のところ情報統制がうまく嵌まってるんだろう。

 このまま鎮静化してほしいもんだ。


「そう。あの人と同等の魔法使いが何人いれば山を浮かせることができるだろう」


「うーん……無理じゃないかな。集合魔法の発動限界も十人前後だと言われているし、どれだけ魔力量に優れた人を揃えても百や二百じゃ全く足りないと思うよ」


「そうか……けどもし仮に万が一、そんなことを単独で成し得る人がいたとしたら?」


「それは多分人間じゃないんじゃないかな……」


 トーリの表情は「それはあり得ないよ」と語っていた。

 友人から人外認定を頂いた形になったが、そう言われても仕方がないレベルのやらかしをしてしまったんだと改めて反省する。これからはもうそんな間違いは犯さないぞ!


「まずコイツで指定した魔法の威力を調べる。知っている奴もいるだろうがコイツはアルセナ結晶といい、決められた手順で衝撃を加えない限り傷一つ付かない優れものだ」


 試験官が水晶をコツコツと軽く叩きながらこちらへ向き直ってそんな説明を始めた。


 アルセナ結晶。見た目は半透明の水晶だが世界で最も固い物質として知られ、その堅固な防御力から王宮など重要施設の壁材として重宝されている。

 特定の手段で破壊・加工は可能だが十センチ削るだけで一ヶ月もの期間が必要。高密度によってその圧倒的な防御力を生み出しているが、それ故重量過多となり刀剣や防具への転用は不向きである。


 カイトの記憶と擦り合わせつつアルセナ結晶とかいう不思議鉱物について教わるが、そんなことより気になるワードが耳に残ってそっちに意識を奪われる。

 指定した魔法?あのローブ男はそう言ったよな。


「合格基準は五五〇点オーバー、チャンスは二回だ。使用する魔法は『エアーボール』のみとする」


『エアーボール』

 その名称からは意外なことに無属性の魔法である。基礎魔法コモンマジックの中でもポピュラーな、ただ魔力を固めて打ち出すだけの魔法。魔力弾とも呼ばれている。


 バスケ的に縁起でもない名前だが、こいつぁやべぇ。この魔法、使ったことねぇや。

 俺にとってそれはある意味で致命的だ。発動自体は恐らく成功するだろうが、問題はその威力にある。


 この二週間で初歩魔法ファーストマジックの反復練習を繰り返した成果もあり発動精度は格段に向上した。しかしその弊害というか、魔力の扱いに慣れたせいで制御不足の魔法を発動させてしまうとちょっと力を込めただけで大惨事を招きかねない状態なのである。

 だとういうのにぶっつけ本番で初めての魔法を行使しなければならないという窮地に追い込まれた。


「では開始」


 焦燥に駆られる俺を置き去りにして無情にも実技試験が開始される。いくらなんでも今から練習する時間はない。


 そんなに心配なら威力を落としまくれと思うかもしれないが、基準点に届かなければ不合格だ。それじゃ意味がない。

 せめて視覚的な感覚を掴もうと次々に『エアーボール』を放つ奴らを食い入るように見つめるが……。


「はあっ!」


 結晶に向けてまるで野球のピッチャーのようなフォームで『エアーボール』を投げつける少年。

 ドンッ、という衝撃音が観客席まで届く。


「ロジャー・エイデンハート、七一二点。次、クロエ・ブランシェ」


「は、はいっ」


 続いて名前を呼ばれたのはオドオドした見るからに気弱そうな少女。


「えい!」


 右手をかざして気合いを込める。すると掌にこぶし大の球体が形成され、結晶へ向かって一直線に飛んでいった。

 直撃すると先程とは違う甲高い炸裂音が響く。


「五九七点」


 ……わ、分かんねぇ。

 いや、『エアーボール』の姿形や軌道とかはハッキリ見えるけどさ。人によって撃ち方にも形状にも差がある。

『エアーボール』が大きければ威力が高いわけでもなく、速度が遅ければ威力が低いわけでもない。得点に繋がる要素は何なんだ?


「ふんぬりゃああああ!」


 リングを切り裂く咆哮。

 魔法使いというよりはボディービルダーと形容したくなる筋骨隆々の大男が結晶をぶん殴る。

 おい、なんだそりゃ。


「アンドリュー・プホルズ、一〇三三点」


 おおおおお、と周囲から驚きの声が上がる。

 それ魔法じゃなくね?と思ったがどうやら拳に『エアーボール』を乗せて殴りかかったようだ。そんなんでもいいのかよ。


「次、トーリ・ブリッジス」


「はい!」


 俺限定でますます混迷が深まる中、ついにトーリの名が呼ばれる。

 マッチョマンのすぐ後とはついてないな。


「行ってくるよ」


「せっかくなら二千点越えを記録してくるといい」


「いくら何でもそれは出来ないかな……」


 俺の励ましを冗談と受け取ったトーリが苦笑いを見せる。その背中を軽くポンと押した。


「それくらいの意気込みで挑むといいってことさ」


「あは、それもそうだね」


 マッチョマンが千点オーバーだったからトーリをけしかけてみたがそれは難しいようだ。明らかに高得点を狙いに行ってくれれば力の入れ所が分かるかと思ったんだけどな。

 まあ適度に力は抜けたみたいだからいいか。それに考えてみれば全員高得点を狙ってんだから、結局こうして観察してるしかないわけで。


「トーリ・ブリッジス、六〇三点」


 青白い『エアーボール』を放ったトーリの結果は現時点で合格基準はをクリアした中では中の下。魔法より筆記の方が得意っぽいな、メガネだし。

 これといった根拠のない考えに納得しつつ観客席に戻ってきたトーリを労う。


「お疲れ様。悪くはなかったよ」


「残念ながら二千点は出せなかったけどね」


 肩をすくめて答えるその表情は清々しい。

 少し距離を縮められたのか、いい感じの茶目っ気が出てきたな。これが貴族や平民って隔たりをなくした時のトーリの素なのかもしれない。


「ではその無念は僕が晴らしてくるとしよう」


「うん、お願いするよ」


 そんな青春っぽいやり取りを楽しむことしばらく。

 この試験も佳境に入った頃、満を持して俺の名前が呼ばれた。


「カイト・スタビノア」


「はい」


 他の受験生達が「スタビノアってあの?」やら「大貴族じゃないか……」やらと囁き合う声が耳に届いたが、今そんなことに構っている余裕はない。

 どうすればそこそこの点数を取れるかこの期に及んで未だに頭を悩ませている最中だ。


 だが試験官はリングに上がった俺対して、さらに追い詰める台詞を口にした。


「スタビノア、お前の合格点は二千点な」


「……はい?」


 唐突すぎる提案に俺だけでなくこの場にいる試験官以外の人間全員が呆ける。

 何その俺ルール。


「さっきからブリッジスとそんな話をしていただろう。あれだけの大口を叩いたんだから自信はあると思ったんだが」


 だからって公平性を欠くのは受験制度上とんでもない欠陥だと思うんだが。

 それとも俺とこの世界の受験に対する認識にズレでもあるのかと疑念に駆られたが、トーリ達の反応を見る限りコイツの独断っぽいな。


「お耳がよろしいんですね」


 生意気な口を聞く俺を懲らしめようって魂胆かもしれんが、二千点オーバー?そんなもん当然自信はある。

 さっきのマッチョマンで千点を越えてるならむしろ自信しかない。

 だが逆に二千点を越えるだけで無事に済ませられる自信は皆無だった。


「で、どうする?特別基準でやってみるか?クリアしたら成績に色を付けてやるぞ」


 とんだ無茶振りしといてリターン少なっ。せめて合格手形くらい寄越せよ。

 貴族という体面上そんな露骨すぎる交渉はさすがにマズイと思われるので、代わりに俺が最も欲している条件を引き出してやる。


「そのような利益供与は必要ありませんが、一つだけ約束をしていただきたいことがあります。それさえ了承していただければ二千点基準でも問題はありません」


 予想外にすんなり了承した俺に意表を突かれたらしくわずかに驚く試験官。ざまぁ。


「ほう……その約束というのは?」


「私の試験によって発生した事柄には全て目を瞑っていただくということです。例えばアルセナ結晶が破壊されたりしても、ね」


「は……ははははは!いいぞ、その約束は守ろう」


「ありがとうございます」


 何を言われたのか一瞬だけ情報処理能力が停止したようだが、すぐに俺の言葉を理解し腹を抱えて笑い出した。

 対して俺は澄まし顔を装ってるが、内心では会心のガッツポーズをキメている。言質は取ったぜぇ。

 これで憂いはほぼ無くなった。


 正規に魔法を扱える場、絶対に壊れない標的、万が一が起きても責任を被らなくて済む立ち位置。初めての魔法に挑戦するには最高の条件が整った。


「では後もつかえていることですし速やかに開始致しましょう」


「『エアーボール』程度の魔法で二千点を越えることがどれほど難しいか理解しているのか?」


「浅学菲才の身なもので詳しいことは知りません。何しろ『エアーボール』という魔法はろくに扱ったことがありませんので」


「笑えない冗談だ」


 冗談じゃないけどな。なんせ今から初撃ちである。

 それでも発動さえすればいけるだろう。


「ああ、それと僕の後ろからご覧になっていただけませんか?その位置では危険かと思いますので」


「問題ない。お前が何を危惧しているか分からんが基礎魔法コモンマジック如きで――」


「僕は人を殺めたくはないのですよ」


 割りとマジなトーンでの心配事なのでグダグダうるさい試験官をつべこべ言わずに黙らせる。

 現代日本人の危機管理能力舐めんな。いのちだいじに。


 必死の想いが伝わったようで試験官が先に折れる。口を挟まずさっさと進行させようと判断したんだろう。

 俺の後方およそ五メートルくらいの位置まで下がった。


「……これでいいのか?」


「ありがとうございます。これだけの距離が空いていれば大した影響は出ないでしょう」


 これで全ての条件が揃った。あとはもう魔法をぶち込むだけである。

 とはいっても全力を出せるわけもなく、かといって魔力を抑えすぎて基準点に届かないのもまずい。ここは余裕をもってさっき千点越えを果たしたマッチョマンの三倍くらいをイメージしておこう。

 千点の三倍、千点の三倍……。


「では行きます」


 イメージに寸分違わぬ魔力が俺の右手に集中していく。これなら二千点は楽々突破だ。


「な、何だコレは……!」


 背後から聞こえた試験官の声は驚愕に震えていた。いい気味だ。

 俺にいちゃもん付けたことを悔いるがいい!

 どうせならもっと見せ付けてやろうかな。いっそのこと三倍とは言わず三千倍くらいドーンといっちゃうか!?


「あ゜」


 瞬間、空気が悲鳴を上げ、空間が軋むほどの魔力が集約される。

 同時にそこまでの高魔力制御に備えていなかった俺の意識からあっさり切り離された魔力の塊は、止める間もなくアルセナ結晶を直撃した。


 何らかの音が聞こえた。それは俺の乏しいボキャブラリーでは表現できないほどの、まさしく轟音としか表しようのないけたたましい破壊音だった。

 尋常じゃない衝撃波を伴ったそれを咄嗟に展開した防御魔法の『シールド』で自分のみならず俺の後ろに控える総勢四十八人の安全を守りつつ、スペースシャトルに搭載されたジェットエンジンの噴射を真下で食らったこんな感じなのかなぁと、立ち込める粉塵の向こう側に広がっているだろう惨状から目を逸らすためにひとまず現実逃避をすることにした。


 あれだな、何が危機管理能力(笑)だよ。




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