12話
毎日投稿できる人って本当に凄い。
そう思います。
いきなりであれだが北山海斗はバカだ。主に学力的な意味で。
特に理数系はほぼ壊滅状態、中でも科学と物理はテストの点数が一桁で当たり前ってくらい惨憺たる有り様だった。
かといって文系や暗記系の教科が得意というわけでもない。ごく一般的な公立の中学で赤点を免れるかどうかの点数を取るのが関の山だ。
テスト勉強してこれだからな。目も当てられない。
我ながらよく高校受験を乗り越えられたもんだと思う。面接で披露した“目隠しをして二十秒以内に鶴を折る”という自己アピールが功を奏したのだろうか。
まあそんな受験秘話はさておき。
中三までアルコールランプとガスバーナーを混同してたり、未だに分数の掛け算割り算に苦戦するほどバカな俺がいきなり剣と魔法の世界にやって来て学院の編入試験をパスできるだろうか。
冷静に考えて普通にムリじゃね?
と、いつもの俺なら戦うまでもなく戦意喪失してるだろうが、今回は強い味方が二つある。
ズバリそれはカイト・スタビノアの記憶と魔法の力だ。
以前のカイトは魔法を使えなかったが、その分魔法に関する知識の集積を怠ることはなかった。自分でも魔法を扱える方法がないか常に探し求めていたようだ。
同時に魔法以外で魔法に対抗できる手段も。
何度否定されても心折れかけても諦めずに努力し続けたその姿勢には頭が下がる。ついでに泣ける。
そんなカイトの不断の積み重ねがあったからこそ俺は今光明を見出だせているんだからな。
恐らくこの知識があれば編入試験の合格も難しくないはずだ。
さらにここで強力な援護射撃をしてくれるのが魔法である。
より確実に合格するにはカイトの記憶にある膨大な魔法知識を十全に生かしきらなければいけない。
それを可能にするのが『アップデート』だ。
この世界に来てからリリーの投擲ナイフを受け止めたり、ブラウンが従えた兵士二人の剣を目に映らないスピードで奪い去ったり、強面親父の睨みにも動じないようにするため胆力を底上げしたときに使ったバフ効果のある魔法。
身体能力や生身の耐久力を強化する『フィジカルアップ』など類似する魔法は存在するんだけど、上昇率や発動時間にアホらしいほどの差があるみたいなので分類しておくことにした。つまりオリジナル魔法である。
まあ『インビジブル・エリア』や『マテリアライズ』もそうなので今さら感のある話だが。
要するに『アップデート』で思考能力と速度を上げ、カイトの知識をより効率よく生かす作戦だ。
これなら合格は堅い。なんせ学院に通っていた頃のカイトは筆記試験だけは上位五十位以内をキープしていたようなのだ。
それも一学年千人を越えるマンモス校でだ。二年のブランクがあっても平均以下まで成り下がってることはあるまいて。
しかしそんだけ勉強できんのに“落ちこぼれ”ってバカにされるとかないわー。
つかカイトでこれじゃ手先の器用さしか取り柄の無かった俺はなんなの?ゴキブリの糞くらいの価値しかなくね?
あ、鬱になりそう。
「さすがに緊張しているかい?」
隣に座っていたカイルが心配そうに声をかけてきた。
緊張してんじゃなくて哀しみに包まれてんだよ。異世界同位体のはずなのに、旧カイトより遥かに劣る性能の俺という存在はいったい何なのか。
「違いますよ。ただ久しい光景ですので……」
車内に備え付けられた小窓の外に目を向ける。
その先に広がるのはレンガ造りの商店が建ち並ぶ大通りと、そこを行き交う活気ある人々。細々としたスペースには屋台などの露店商もあってまるで縁日のようだ。
これが王都のメインストリートの日常的な光景らしい。
そう、ここは既に“王都”なのだ。
復学の話が出てからはや二週間、今日は学院の編入試験当日である。
五日前にスタビノア領を発ち、俺とカイルが乗った馬車を中心に八名の分隊が前後に二つ、左右に一つずつ、さらには三十人ほどで構成された先導隊まで従えての行軍の末、王都入りしたのがおととい。
この過剰戦力を前に襲いくるモンスターや盗賊などいるわけもなく、ゆったりと馬車の旅を堪能した次第である。
まあさすがに王都入りしてから護衛の皆さんの出番はほとんどないので現在は王都郊外に位置するスタビノア家の別宅で骨を休めているが。
ただこれはどうも過剰戦力ではないらしく、スタビノア家の嫡男かつカイルくらいに有能な人間であれはこの程度の護衛は当たり前なのだとバリオスさんが教えてくれた。
俺の兄貴と家名ってすげーなと感心する一方、これで王族とかになったらどうなるのか興味が湧く。ちょっとした軍事行動になりそうだ。
「以前はよくこの辺りで魔法関連の書物を買い占めていました」
「魔力制御の技術を磨くためだろう?」
「ええ。加えていかに威力を抑えて魔法を発動させるか、という課題もありましたので」
「その成果はあったようだね」
「永らくかかってしまいましたけど」
この二週間、勉強の合間を縫って毎日『インビジブル・エリア』で魔法の練習はしている。
おかげで初歩魔法の扱いに関してはだいぶ安定してきた。少なくとも暴発させて辺り一面焼け野原にするような事態は引き起こさずに済むだろう。
だが初歩魔法より高ランクの攻撃魔法は未だに手をつけられないでいる。なんせ俺の場合だと魔力量が多すぎて、かなり抑えをきかせないと軽々『インビジブル・エリア』の効果範囲を越える射程になってしまうのだ。
よく考えたら炎の矢や氷柱、風の刃に雷レーザー辺りはちょっとでも制御マズってたらマジでやばかったよな。
もしかしたら“人類史上最高の才能”によって致命的なミスは犯さない設定になっているのかもしれないが、それを確かめる度胸はない。
「見えてきたよ、カイト」
メインストリートを抜けてしばらく、カイルが発した言葉に再び小窓から外を伺う。
目に入ったのはそびえ立つ二本の白亜の門柱と重厚感のある細工を施された鉄格子の扉。
三十メートルはあろうかというこの巨大な建造物がウィンザストン魔法学院の正門である。
いやー、記憶にはある光景だけどこうして直に目の当たりにするとやっぱ迫力あるなー。
馬車から降りて左右を見渡しても学院を取り囲む門柱と同じ白亜の壁は先が見えない。どんだけ広いねん。
「準備は出来ているね?」
「勿論」
内心では広大な敷地面積にツッコミつつ、カイルの問いかけには力強く頷く。
合格すれば晴れて再びウィンザストン魔法学院の生徒だ。そうなればあの制服に身を包んだ女子達とのバラ色なスクールライフが待っていることだろう。
目をつむり、大きな深呼吸を二度。
この編入試験は新しい人生の最初のターニングポイントになる。そんな気がした。
制服フェチの底力、とくとご覧じろ。
「では行ってきます」
「ああ、合格を祈っているよ」
その言葉に背を押されるように学院へと踏み入れる。
試験会場となる第八実習棟へ向けて足を進めていくと、周囲には俺と同じように編入試験組と思われる少年少女達が増え出した。
皆この学院とは違う制服に身に纏い、その表情は一様に緊張で強張っている。
俺はといえば元はここの生徒だったが引き籠り中に退学扱いとなり、二年の間に制服のサイズも合わなくなっていたため有り合わせの制服っぽい服装をチョイスしてきた。おかげで格好がバラバラの集団の中に上手く馴染んでいる。
実は父親からスタビノア家の家紋をあしらった正装で試験を受けたらどうだと提案されたが、記憶内のそれが余りに派手な装いだったので辞退した。魔法カーストの底辺からのし上がっていくんだから、スタートは“落ちこぼれ”らしくいこう。
そんな決意を胸に編入試験組、言わば外部進学組の女生徒の制服をまじまじと見比べる。
うーん、どれもぱっとしないなぁ。やっぱりこの学院の制服が群を抜いている。
視線をさ迷わせれば俺達外部進学組を遠巻きに観察している内部進学組の姿があった。走り出して間近で視姦したい衝動をぐっと堪える。
その時立ち止まっていた俺の背中にどん、と軽い衝撃が襲う。
「うわぁっ」
そしてそんな情けない悲鳴、バサバザと何かを撒き散らすような音が続く。何事かと振り返ってみれば一人の男子生徒が這いつくばっていた。
これが女の子じゃない辺りに自分の主人公補正の低さを感じる。
「あわわわわ」
とても分かりやすい慌て方をしながら石で舗装された道の上にぶちまけられた紙の束を拾い集めている姿を見下ろしていても仕方ないので、俺もしゃがんで紙拾いを手伝う。
前方不注意のこいつもこいつだが、ボケっと突っ立ってた俺も悪いのだ。
「すす、すみません。ありがとうございます!」
「僕の方こそ済まなかった。怪我はないかい?」
「大丈夫ですっ」
全てを拾い終わるとメガネの少年が勢いよく立ち上がる。目測だが俺より十センチ以上背が低く、かなり小柄だ。
「重ね重ね済まない。こんなところで呆けていては邪魔でしかなかった」
「いえ、ボクも前を見てなかったから……!」
「ならこの件はお相子ということでいいかな?」
「は、はい」
「じゃあ一件落着、ということで会場に向かおう。まだ時間に余裕はあるけど早く着くに越したことはないからね」
とまあこんな感じのなり行きで俺はメガネの少年と一緒に歩き出した。
道すがらメガネ君が自己紹介を始める。
「あの、ボクはトーリ・ブリッジスって言います。アックスフォード魔法学校から来ました」
「アックスフォードか。結構遠くから来たんだね」
「ボク、将来は魔法薬師になりたいんです。だけど魔法薬科があるのはこの辺だとここだけだから」
魔法薬師というのは魔法薬の専門家である。どちらかというと女性が多い職種だが。
ちなみに魔法学校というのは元の世界での高校、魔法学院は大学にあたる。カイトが四年間在籍し退学になったのもウィンザストン魔法学院の付属校だ。
魔法学校は十歳で入学して前期三年、後期三年の六年制。魔法学院は入学後一年間の共通学科期間ののち、三年間の専門学科の計四年制。
魔法学校を卒業して働きに出る者、俺のように魔法学校を辞めながら再度学院に入学する者など色々いるらしい。魔法学校に三年以上在籍していれば編入試験の受験資格を得られるという規則があるからかなり複雑な履修の仕方をしている生徒もいるとか。
「おっと、名乗るのが遅れてしまったね。僕はカイト・スタビノア。以前はウィンザストン学院の付属校に通っていたけど一度辞めてしまったから外部進学組として再入試さ」
「うん、よろしくね!スタビノア……君」
「カイトで構わないよ。どうかしたかい?」
「えっと、もしかしてスタビノアってあのスタビノア侯爵家の……?」
「ああ、ウラジミール・スタビノアは僕の実父だよ」
「……」
トーリが目をひん剥いて硬直している。
あれか、スタビノア家の威光ってやつか。だとしたらホントに有名なんだなあの親父。
「ごごごごめんなさい!侯爵家の方とは知らず無礼な態度を……」
「気にしなくていいよ。僕自身は何も偉い人間じゃないんだし」
「でもボクは貴族でもないですし、しがない町医者の倅で……」
医者の息子!え、凄くね?
あー、だから魔法薬師になりたいのか。将来の目標をしっかり定めて努力してる時点で俺なんかよりよっぽど立派だけど。
俺の今の目標なんて可愛い制服と必殺技の開発だからな。
「貴族であるかないかなんて関係ないさ。町医者の倅、大いに結構じゃないか。トーリのお父さんは沢山の人達の怪我や病気を治してきたんだろう?
それは素晴らしいことだ。その後を継ごうというトーリの意志もね」
「スタビノア君……」
「カイトでいいさ」
「……カイト、君」
「さあ、行こうよトーリ。今日は君が夢へ向けて漕ぎ出す記念すべき日だ」
「うん!」
トーリの輝かんばかりの笑顔が眩しい。
どうやら貴族と平民の溝をいくらか埋めることには成功したようだ。
こちとら貴族歴二週間ちょっとの元日本人である。いきなり与えられた立場だけで敬われる状況は極力回避したいのだ。
妙な達成感を味わいつつ、俺は試験会場に到着するまでトーリと並んで歩きながら談笑することにした。