10話
デモンストレーションを終えて再び書斎へと転移する。
帰還してしばらく、押し黙る二人を前になんかやらかしちまったのかと心配になったが、それは杞憂だった。
ようやく開かれた父の口からはお許しの言葉が飛び出した。
「お前が今までその力を隠してきた理由は理解できた。露見した時のことを考えれば最善とは言い難いが賢明な判断でもある」
どうやら内に眠る世界に禍を招きかねない力との葛藤(笑)とかいう邪気眼系中二病なら誰しもが通る厨設定で俺は最大の危機を切り抜けることに成功した模様。
やったぜ。
「あれだけのモノを見せられたら信じるしかないよ。カイトはとんでもない男だったみたいだね」
茫然自失の状態から意識を取り戻したカイルの方も腕を組んでしきりに頷いている。
この様子から察するに二人に見せたあの魔法はやっぱり非常識に分類されるようだ。予想より簡単に納得してくれたが、何にせよ俺の思惑通りに事が運んだな。
「それでは次に魔力フィールドに関してですが……」
「待て」
この調子でさくさくっと進めようとしたら父から制止がかかった。
右手で顔半分を覆い、一つため息を吐くと若干鈍った眼光で俺を見る。
「どうかしましたか?」
「魔力フィールドについては明日以降日を改めて話してもらう」
「はあ」
なして?
あんなに説明を要求していたはずの父がいきなり「日を改めて」なんて言い出すものだからその意味が分からず、超テキトーな相槌を打った俺の元へ歩み寄ってきたカイルが耳打ちをする。
「これ以上はさすがの父さんでも一度では受け止めきれないよ。ただでさえ忙しい通常業務に加えて事件の事後処理、鉱物の解析、そしてカイトの力とそれに対するリスク管理。手一杯な所への追い討ちになってしまう」
「聞こえているぞ、カイル。あくまで優先順位を決めたが故の措置に過ぎん。現状の最優先事項は領民への説明と王都への報告だ」
だから魔力フィールドについてはそこまで急がなくてもいいや、ってことか。
カイルからおおよそ伝わってるのも大きいのかもしれない。
ただまあそれも事実なんだろうけど疲れからかその言葉に先程までの圧は感じられないし、やっぱりカイルの見解も間違っているわけではなさそうである。
なんかすまん。
「これは失礼を。失言でした」
「ふん」
軽口の叩き合いというわけでもなさそうだが、どこか軽妙なやり取り。
次の担い手を探す職人堅気の頑固親父と若いながら実力のある弟子みたいな関係性に見える。
俺は差し詰め出来の悪い二番弟子ってとこか。
「どちらにせよ僕に否はありません。ただ魔力フィールドについては兄さんに語ったことが全てなので改めて時間を作るのは無駄になるかもしれませんけど」
「そうだとしても実際に視覚で捉えられるのはお前だけだ。あの鉱物を解析するにあたってお前の力は必ず必要になる」
お手伝いフラグですね、分かります。
俺にしては珍しいくらいに、いやもう人生の中で最も働いたと言っても過言じゃないので極力ご遠慮願いたい。そもそも何しろってんだよ。
「必要と言われましてもそれこそ本当にただ見ているくらいしかできませんよ?専門的な知識はありませんから」
「構わん。その上で気付いたことがあれば逐一私やカイルに報告するなり担当の者に口を挟め」
うわぁ、前者はまだしも後者はクソうぜぇな。
変に睨まれても嫌だし口出しするのさえ控えればそこまで面倒そうじゃないのは救いだが。
「担当の者とは?」
「まだ決まっておらん。近々うちの研究畑の人間に打診する。奴等からすれば垂涎の的だ、一も二もなく飛び付いてくるだろう。
だが準備を整えるのにも時間がかかるし本格的な研究解析を開始するのはもう少し先になるがな」
「そうですか……」
もう少し先というのがどれ程の期間かは不明だが、俺はまだ自由な時間を満喫できそうだ。
満喫といってもこの世界の娯楽はピンとこないし魔法の練習くらいしかすることないけど。
「……ところでカイトよ」
「はい」
「お前がこうして部屋から出てきている以上、魔力制御という課題はクリアしたのだろう?」
「そうですね。暴発させるような心配はもうありません」
正直めっちゃ不安はあるが、こうでも言っとかないと隠れて魔法を使うのも禁止されちゃいそうだ。
当分表立って魔法は使わず『インビジブル・エリア』で修業した方がいいだろう。ありゃちょっとしたミスで人の命を簡単に奪ってしまうくらいには危険だ。
「ではこれからのお前は自分を偽る理由はない、ということだな?」
「それは……」
どっちだ、どっちの話だ!?
流れからすれば魔法を使えないフリは必要ないってことだろうが、相手はこの千里眼とか備えてそうな高性能な親父だ。
俺の人格が変化しているのを感付いて言葉の裏的な意味を含めている可能性もあるんじゃないか!?
もしかしてここで読み間違えたら捕まるか?最悪処刑されたりするのか!?
「……偽りを止めても、よいのでしょうか?」
精神力を底上げしたところで知性が上がるわけもなく、頭を悩ませても正解なんて思い付きもしないのが凡才の限界だろう。
悩んだ結果、俺が絞り出せたのはそんな情けない言葉だけだった。
考えても分かんないんだったらお伺いを立てよう、という丸投げ根性。
こんなんだから元の世界じゃ弟から「思考停止野郎」と罵られたんだろうな。
「そう望むならいずれ生まれるかもしれない柵になど構うな。もはや父として言えた義理ではないかもしれないが、それでも自分の好きなように生きろ」
やっぱり、気付かれていたか。
だが貴族様の度量はそんじょそこらの凡人には計れないほど深く大きかったらしい。
人格の変化によってもたらされるだろう柵は気にするなと。
それどころが自身が俺の父と名乗れなくなったことを承知の上で、それでも俺の好きなように生きて行けとは……。
この漢度、間違いなくカイルの父親だ。
未だかつてない器の大きさを見せ付ける偉大な人物を前に不覚にも目が潤む。
「ありがとうございます……」
感極まって自然と頭が下がった。俺は何があってもこの人を裏切っちゃいけない!
たとえ本物のカイト・スタビノアじゃなかったとしても、俺は俺なりのカイトとしてスタビノア家の名に恥じないように生きなければ。
「一つ聞こう。お前はこれからどうしたい?」
日本人のお手本のような腰を折ったお辞儀に感ずるものがあったのか、柔らかみの増した父が語りかけてくる。
しかしどうしたいか、とはどういうこった?
これからの身の振り方って意味なら、この世界に来たばっかなんでまず選択肢が思い浮かばない。
必殺技の開発とかはまた別の話だろうし……。
元の世界なら俺の歳だと高校に通うか働きに出るかのほぼ二択なんだが。
あー、高校といやぁ結局一ヶ月しか高校生やれなかったなぁ。
女子の制服が可愛いという家族一同に正気を疑われる志望理由で進学した高校生活をまともに謳歌できなかった。
「学校、か」
無意識に出た俺の呟きにカイルが反応を示す。
「学校……魔法学院のことかい?」
魔法学院!そんなのがあるのか。
そういえば確かカイルが在学中で首席だっていう記憶があったな。一体どんなおおおおおっ!?
「学院への復学を希望しているのか?」
「できるんですか!?」
つい被り気味で食い付いてしまう。
そんな俺に二人揃って驚くが構うものか!
カイトの記憶にある魔法学院の制服……モロ好みどストライクだ!
シンプルな白のブラウスと学年によって色分けされたネクタイ。
その上には黒を基調色にして襟や縁回りにアクセントとして赤いラインが施されたブレザー、チェックのスカートは黒地に赤や緑といったクリスマスカラーが用いられている。
そして最も特徴的なのが制服の上から纏い首元で留められた膝下まで届く紺色のローブ。
現代日本にファンタジー要素がプラスされた、まさに魅惑の逸品じゃないか!
付属の魔法学校も同じデザインの制服だし、なんでこんな桃源郷に身を置きながら二年も引き籠ってたんだよアイツ。
「今の時期なら復学は可能だろう。問題は編入試験をパスできるかどうかだが……」
「やってみせます、ですから僕に魔法学院へ復学するチャンスを下さい。お願いします!」
「願いを乞われるまでもない。今のお前ならそれが理想的だと私も考えていたからな」
それはアレか、父さんが俺のバックアップしてくれるってことで間違いないな?
よっしゃ、テンション上がってきたぁ!
「なら直ぐにでも編入手続きの用意をしておこう。
もし分からない問題があれば遠慮なく来てくれ。可能な限り時間を作るよ」
兄貴まで!
なんだこのイイ男達は。
ここが公園のベンチだったら危うくホイホイ付いていってしまうところだぞ。
またしても込み上げてきた涙を隠すため、顔を伏せて深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、必ず試験に合格して見せます」
お辞儀をしているから顔は見えないけど、雰囲気で二人が苦笑していのが分かった。
なんとなくそれが俺へ向けられたエールのように感じて、さらに熱意を昂らせてくれる。
こうして魔法学院への復学を目指し、父と兄への感謝と制服愛を燃やしながら机にかじりつく日々が始まった。