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9話

新年一発目。

年末に投稿する予定だったのにな……。



 後を継げってことは今から政治やら人の上に立つための勉強やら諸々させられるってことだろ?

 俺にとっては罰ゲーム以外の何物でもなければ、そもそもそんな器じゃないので躊躇なく断った。


「即答か」


「ええ、当然です」


「何が不満だ?」


「不満はありませんが興味もありません」


 俺のあまりな物言いに父の眉がピクッと動く。

 自分が誇りに思っているものをばっさり切り捨てられたらいい気はしないだろうが、一方的な価値観でそんなもんを押し付けられそうになってる身からしたら迷惑な話である。

 まあ激おこされても困るのでセルフフォローは入れておくけど。


「意味を違えないように言葉を足すなら“自らが当主の席についたスタビノア家”に興味がない、ということです」


「理由を聞かせろ」


「単純明快な理由ですよ。スタビノア家の未来を背負えるのは兄さんだけだと思っているからです」


「何を以ってしてカイルのみだと?」


「能力、人格、人望。どれをとっても僕より優れているでしょう。

 何より僕は兄さんのことを尊敬しているんです。だから当主の座につき威風堂々とその道を歩んでいく兄さんを影から支えるのが自分の役目だと」


 これは面倒事や責任のある立場が嫌だという理由を抜きにして、心の底からそう思う。

 カイトの記憶にあるカイルの姿はまさに“完璧な兄”であり、数日前まで弟がいた俺からすればその能力も人間性も尊敬に値する。

 そしてそんな人間に敵うとも思わないしそもそも争う気すら起こらないので、俺としてはカイルの行く末を微力ながら応援できればそれでいいのだ。


「それでも私が“継げ”と言えばどうする?」


「この家を出ましょう。この国を立ちましょう。カイト・スタビノアの存在を誰一人知らぬ果ての地で、カイル・スタビノアこそが次代の当主に相応しいと謳いましょう」


 ひたすらに完全拒否の意志を滲ませた言葉を述べ続ける。

 そんなもん強制されるくらいならマジでこの家を出てってやるくらいの覚悟はあるのだ。

 ある意味全力の現実逃避だが、今使える魔法だけでも生きてくだけならいけるだろうと目処が立ったのも大きい。


「……ふん」


 俺の瞳から頑なな意志を汲み取ったのか父が鼻を鳴らして、前傾になっていた体を椅子に深くあずけた。

 そしてあらぬ方へ向けて声をかける。


「カイル、入ってこい」


 ……なんですと?


 その言葉に応じて隣の私室に繋がっている内扉が開くと、そこから涙を堪えるような表情をしたカイルが現れた。


「まいったな、カイトがそんな風に考えていてくれたなんて知らなかったよ」


 状況を整理すると


 父親から後を継げと命令される

 兄のことを想うとそれは出来ないと拒否

 その会話を聞いていた兄本人が登場←今ここ


 やめてええええ!その嬉しさと申し訳なさを含んだ泣き笑いの微笑み、今だけはやめてええええ!

 なんだよこれ、何なんだよこれ。

 僕は兄さんを尊敬しているんです(キリッ とか言ってんの本人に聞かれちゃってんじゃねーかよぉ!


「……これはどういうことですか?」


 (震え声)にならなかっただけでも褒めてもらいたい。

 俺はハグやキスは当たり前なほど親愛表現がどストレートなアメリカンでも、普段はきつい態度だけど兄のふとした優しさにデレるツンデレ系の妹キャラでもないんだよ。

 実兄への親愛宣言なんて恥ずか死レベルの羞恥プレイである。


「言われないと理解できないか?」


「狙いは分かっています。そういうことではなくて、今さら僕の野心など計らなくてもいいでしょう」


「今日の今日まで本性を隠し通しておいてよく言うわ」


 猛禽類のような鋭い眼光が俺を射抜く。

 自分に魔法をかけてなきゃまともに口すらきけなさそうな迫力だ。


「なんのことやら」


「白々しい誤魔化しはいらん。なぜこれまで無能を装ってきたか、それを今になって止めた訳、洗いざらい白状してもらうぞ。勿論魔力フィールドなるものについてもな」


 魔力フィールドに関しては恐らくカイルから伝わったんだろう。

 帰りの馬車の中でがっつくカイルに適当な思い付きで魔力フィールドの説明をしたからな。

 それは気に留めるようなことじゃない。


 問題はカイト・スタビノアの人格の変化を疑われかかっていることだ。

 素は隠して優等生ぶってもやっぱ中身が別人じゃ騙し通すには厳しいのか。


「別に装っていたわけでは……」


 だがしかし、まともに言い繕うこともできない俺に対し、この偉大なるお父様は他にも重大な秘密を見破っていたようだった。

 いきなり爆弾発言が投下される。


「ならばなぜ魔法が使えぬフリをしていた」


 カイトは こんらんした。


 バレテーラ!え、なんで?

 これには驚きのあまり表情に出てしまったらしく、それを見た父は、むしろそれ自体が意外に感じたようである。

 ぞんざいな口調でこんなことを言い放った。


「敷地内で魔法を発動させておいて気付かれないと思うのか?」


「……周囲の人からは知覚できないようにしておいたはずなんですけど」


 まさか不発だったとか?

 いや、だったらあんだけ好き勝手する前に誰かしら止めに来るよな。


「確かにあの魔法が人知れず発動されればお前の言う通りだろう。あれを魔法と称して良いか疑問は感じるがな」


 その言葉で父が言わんとしていることを理解する。

『インビジブル・エリア』の効果は当たり前だが魔法が発動して初めて発揮されるのだ。

 つまるところ、魔法を使うまでの俺は完全無欠にその姿を周りに晒しているわけで。


「なるほど、魔法を使う瞬間を見られていたわけですね」


「まあそういうことさ」


 恐らくその場を目撃したのであろう満足げな顔をしたカイルはさておき、そういうことなら納得がいった。

 まだ魔法バレを行うにははえーだろ、と思ってたのに……脇が甘すぎるでしょ俺ぇ。

 こんなちょっと考えれば気が付けたはずの可能性にすら思い至らなかったなんてマヌケとしか言えない。


「私も忙しい身だからな。いつまでも時間は取れんし、キリキリ吐いてもらうぞ」


 こうして予定外にも程がある早さで俺は魔法バレをする羽目になった。

 どれだけ優れた魔法の才能があろうとも、政界の荒波で揉まれている我が父・ウラジミールの洞察力の前では素人考えの隠蔽工作など遠く及ばず、腹の探り合いすら挑めないのだと悟った瞬間だった。







side ウラジミール・スタビノア



「では一通り簡潔に説明させていただきます」


 下の息子であるカイトが私とカイルを前に長らく黙してきたであろう真実を語るためにその口を開く。

 自身の記憶にあるカイトはいつの頃からか周囲の目や評価に怯え、私達家族に負い目を感じている弱々しい男だった。


 そして二年前、ついに耐えきれなくなって自室から出ることが滅多になくなった時から私は自分の息子を見限った。

 冷酷と言われるかもしれないが、貴族の家に生まれたのであれば行く行くは必ず責任ある立場というものを背負わなければならない。

 魔法が使えないというコンプレックスにさえ勝てぬのであれば、いずれ世に出ても遠からず潰れるだろうと判断したのである。


 それがどうしたことか、王都での公務中に突如として耳に届いた報せに飛んで帰ってみれば飄々と屋敷内を歩き回るカイトの姿があった。

 そこから以前の怯えや弱々しさは微塵も感じ取れず、さらにカイルからの報告によれば此度の一大事に尽力し大きな成果を上げたという。


 私が知っているカイトからすればとても信じられる話ではなかった。

 たが心の片隅ではそれを信じたい、という想いが燻っているのも事実だった。


 だから確かめることにしたのだ。

 カイルの口から語られた事が、自らの目で見て感じたカイトの変化が本物であるどうかを。


「既に気付いているようなので正直に言いますが、魔法を使えないというのは偽りです。意図して今までの評価を作り上げました」


「どうしてそんな事を。カイトはそれが原因で苦しんでいただろう?」


「そうしなければならない程、僕の魔力制御には欠陥がありました」


「欠陥とは大袈裟だろう。確かに制御が甘ければ発動不良によって怪我に繋がることも珍しくないが、それでも初歩魔法ファーストマジックの暴発程度だ。命の危険があるわけではない」


 基本的に魔力の制御が行えなければ上級の魔法は発動すらさせることが出来ない。

 体内で魔力を循環させる際にロスが大きいと中級魔法セカンドマジック上級魔法ハイクラス・マジックを発動させるための魔力が不足してしまうからだ。

 魔力量によって暴発する魔法の階級や威力に若干の差はあるが、逆に言えば制御力不足で暴発する程度の魔法ならば本来そこまで危険視されるものではない。


「ごもっともです。もし僕の魔力量が常識的な範囲に収まっていたならばそのように開き直ることも出来たでしょう」


「ふん、お前がそこまで自分を大きく語る男だとは思っていなかったぞ」


 まるで自分が物語の中の英雄であるが如くの語り口につい皮肉が混じる。

 狭い世界しか知らぬからこそ自分を特別に感じるのだ。


 やがて経験を重ね、視野を広げ、才ある者達の中で淘汰され、世界を知り自分が決して特別な存在ではないと理解する。

 その過程を経ても尚自らの優位性を損なわなかった者が天才と呼ばれる人種だ。


 私はそういった人間を少なからず知っているが故に、カイトにその者達に劣らぬ力があるとは到底思えない。

 自分ではどれほど努力しようとも届かないと思わせる、あの絶対的と評する他ない力を。


「こればかりは言葉を労するよりもその目で見てもらった方が早いでしょう」


 だが、カイトのそんな台詞と共に周囲の景色が一変し、自分が陥った事態を理解すると同時にこれまで積み上げてきた常識を一気に覆される事となる。


 辺りは見渡す限りの荒野。

 人影も物陰も有りはしなく、この場に居るのは私達三人だけであった。


「な、何をした?」


「魔法を使うので生き物がいなく、かつ危険の無い場所へ転移しただけです。条件を満たした場所へ転移しただけなので地名は分かりませんが」


 事も無げにそう語った。

 これには私もカイルも絶句するしかない。



 有り得ない筈の事が起きた。



 転移魔法『トランジション』はそれ自体が修得難易度は最難関とされ、転移に特化した術師でさえ発動には魔法陣の補助が不可欠である。

 その上で転移可能なのは一名のみだ。


 それをカイトは魔法陣はおろか詠唱すら用いず、まるで指を一つ鳴らすような気軽さで私達三人を一気に転移させた。

 常識という部分だけは彼方へ置き去りして。


「周囲から知覚されなくなる魔法も展開したので見つかる可能性は万に一つもないはずです。なので早速」


 私達から距離を取ったカイトは言うやいなや、初歩魔法ファーストマジックの『ファイアボール』を発動させる。

 そして再び常識を破壊された。


「……カイトよ、それは何だ?」


「『ファイアボール』です。基礎的な魔法ですね」


 確かにそれは間違いではない。

 だがその大きさとそこに込められた魔力が大問題だった。


 私が修得している中で最大の威力を誇る上級魔法ハイクラス・マジック『フレイムバースト』。戦闘を生業にするものには及ばなくとも腕に覚えがないわけではない。

 しかし初級魔法ファーストマジックにしてそれを軽々凌ぐ……いや、比べることさえ馬鹿らしく思えるほどの熱量を持った極大の火球。


「これが私がごく自然に初級魔法ファーストマジックを発動させた結果です。二人ならこれを暴発させる危険性が理解できるでしょう?」


 ああ、出来るとも。

 こんな魔法が制御を失えば間違いなく辺り一面焼け野原だ。

 自分も周囲の人間も命の保証はない。


「『ファイアボール』に限らず逸脱した魔法を一般的な程度にまで抑える訓練が私には必要でした」


「だから落ちこぼれを演じてまで人前で魔法を使うことを避けていたのか……」


 歴史上の伝説として語られる天才達すら霞む規格外の魔力量。

 強力すぎるそれは、一度扱いを間違えば甚大な被害を招くだろう。


 また、それだけの力を見逃すほどこの世界は優しくできてはいない。

 私利私欲のために利用しようとする権力者がカイト、ひいてはスタビノア家へ食指を伸ばすだろうことは想像に難くなかった。


 カイトはその可能性に辿り着いたがゆえに汚名を被ってまで魔法を使えぬフリをしてきたのだろう。

 自分がどれだけ蔑まれ、心に傷を負ってでもスタビノア家や周りの人間を守るために。

 ただひたすらに己れの力を、己れ自身を律してきたのだ。


 それはどれだけの苦渋の末だったことだろう。

 内包した強大すぎる力とたった一人で向き合うのはどれだけの恐怖だったのだろう。きっと逃げ出したくなった時もあった筈だ。


「これが今まで僕が自分の力を隠していた理由です」


 それでもカイトは高く険しい壁を乗り越えたのだ。

 その一念を貫き通した姿は、誰よりも気高く、私の目に映った。


 そして長年に渡り誰にも知られることのなかった我が子の献身に思わず目頭が熱くなる。

 もし遅くないのであれば今からでもカイトに報いてやりたい。

 父として、また一人の人間として、私の中にそんな気持ちが芽生えた。




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